鞠躬尽力、死して後已まん
「あまり気に病むなよ、フォレスト」山頂へ向かう道中、ヒトの姿に戻ったフォレストは、尚も心配そうに声をかけてくるティルキスに努めて明るく返す。
「お気遣い有難う御座います。私は平気です」
「レフォードはあの近衛騎士様を父上って呼んでいたけれど……本当にそうなの?」
「分からん。だが体が本人のものだったとしても、中身もそうであるとは限らない」
「――そうか! 教皇やロミーと同じように、あの人もスポットに乗っ取られて……!」
「確かに、周りに居た他の近衛騎士も様子がおかしかったからなぁ」
「でも、そうだとしたら何故、リカンツに殺された≠ネんて嘘をレフォードに教えたのかしら……? 事実を隠す理由が分からないわ」
不思議そうに言うアーリアに、フォレストはその理由とやらを考えて――思いついた答えがあまりにも不愉快だったので、口にはしなかった。
山頂に辿り着いた一行は、ジャンナの教会と遜色ない立派な建造物と、その先の侵入を拒むように聳える大きな扉の前で足を止める。
前衛3人は、こんなものは力ずくで壊せばいいとそれぞれ武器を振りかぶったが、扉に届く前に、見えない何かに弾き返される。
「何だ? ここに何かあるな」
「今の感触……さっきロミーに攻撃を防がれた、あの黒い障壁と似てる!」
『――漸くここまでやって来たな』
「!?」
さてどうやってこれを突破しようかと考え始めた矢先に、全員の耳に聞きなれない男の声が届いた。
驚き周囲を見渡しても、そこに人の姿は無い。
「誰だ!? 何処にいる、姿を見せろ!」
『お前達のその勇気は称えるが、己の住む国の王に対する言葉にしては、些か無礼ではないか?』
「……! お前、国王か!!」
『ここより先は、ヒトもレイモーンの民も入ることの出来ぬ領域……そこで大人しく、生命の法の成就を待っておるが良い』
「何言ってやがる! すぐにお前さんのツラを拝みに行ってやるから、顔を洗って待っておけよ!」
『フッ……良かろう。だが、残された時間は長くない。精々急いでくれたまえ』
どうせ辿り着くことなど出来はしない、とでも言いたそうな高笑いを残して、男の声は止んだ。
ティルキスは苛立ちを扉にぶつけたが、やはり同じように跳ね返ってくるだけ。
「ロミーの障壁と似たようなものなら、ルキウスになら何とか出来るかもしれないわね」
「でも、ルキウスにあれ以上無理をさせるのは……ねぇ誰か、他に何か良い方法は無い?」
「ヒトもレイモーンの民も、入ることの出来ぬ領域だと言っていたな……カイウス、物は試しだ。一度入れないか試してみてくれないか?」
「え、オレ? さっき試したけど弾かれたよ」
「先程は剣で殴っていただろう? 今度は普通に、手で扉を開けようとしてみてくれないか」
「? いいけど……」
フォレストに言われるがまま、両開きの扉に手をついたカイウスは、そのまま力を入れて押し込む。
すると、重い扉はゆっくりと音を立てて開いた。同時に、見えない壁も音を立てて崩れ去る。
「え? あれ? なんで……?」
「なんだ、普通に開くじゃない」
「やるなカイウス! どうやったんだ?」
「いや、オレは別に何も……普通に力入れて押しただけで……」
理由が分からない様子のカイウスは、指示を出したフォレストを見た。
フォレストは先の国王の言葉をもう一度繰り返してから言う。
「カイウスはヒトである教皇と、レイモーンの民であるメリッサ様の間に生まれた子だ。この領域が拒む対象からは外れているのではないかと思ってな。どうやら正しかった様だ」
「ああ、だからロミーはわざわざ下で待ち伏せていたのね。カイウスがここを通れることに気付いていたんだわ」
「じゃ、早く行きましょう! わざわざ入られないように壁を作ったってことは、入られたらマズいってことよね?」
「加えて、国王は通れやしないと高を括ってる。油断してる今がチャンスだ!」
「だな! よし、待ってろよ!」
建物は塔のように高く、カイウス達は国王が居るであろう最上階へ迷いなく進んだ。
邪魔をして来るスポットや近衛騎士達を蹴散らし、長い階段を上りきった一行は、呼吸と気持ちを整えるほんの少しの間を置いてから、部屋の中に入る。
ここは謁見の間だろうか。紋様の入った綺麗な絨毯張りの広い空間。少し高い位置には玉座が見える。
そしてそこに座っていたのは、カイウスやルビアよりも幼く見える一人の少年。
「初めてお目にかかる。私がアレウーラの王だ」
その声は下で聞いたのと同じ、国王を名乗る男の声。
声だけを聞けば教皇と同じ老年の姿が思い浮かぶが、それは目の前の少年から発せられている。
この子供も、ロミーや教皇と同じく、スポットに巣食われている様だ。
ティルキスは一応、センシビアの王子として同じように名を名乗ったが、国王は「今更形式的な挨拶など要らんよ」と冷たく笑う。
「ここまで来ることが出来るとは、想定外だった」
「あんな壁なんかでオレ達を止められると思うな! 国王、もう終わりだ!」
「ふむ。確かに少し前の私であれば危機であったよ。だが……少々遅かった様だな。見よ、既に私の悲願は果たされたのだ!」
国王は立ち上がり、その小さな両手を頭上に掲げた。
すると空間に歪みが生まれ、深淵のような闇が口を開く。
「なっ、何だあれ!?」
「まさか、クベールさんの言っていた、闇が溢れる小さな扉……?」
「だがアレを小さいと呼ぶのは無理がないか!?」
「クベールの時のものは未完成だったのだ。これこそが、真に完成された扉……私の世界へと繋がる扉だ」
「私の世界……まさか本当に異世界の住人だとでも言うのか……?」
「そうだ。実験の失敗によりこの世界へ流されてから幾星霜……私は元の世界へ戻る方法を考えていた。その手段として編み出したものが生命の法――世界を繋ぐ術だ。だが、生命の法は中々完成には至らなかった。幾度の実験を経て漸く完成したが……100年もかかるとは」
その長い歳月と苦労を噛み締めるように、見事目的を果たした己に酔いしれるように、目を閉じて語る国王に、憤りを隠せないフォレストが叫ぶ。
「その実験とやらの為に、何人が犠牲になった!? お前はそんな事の為に、我が祖国を滅ぼしたと言うのか!!」
「そう吠えるな。何事にも犠牲はつきものだ。それに、お前の祖国を滅ぼしたのは私ではなくクベールだ。私は生命の法を教えたに過ぎん」
「それはあなたが嘘を教えたからでしょう!? 教皇様だってそうよ! 生命の法で最悪な状況を変えられるって、皆そう信じてたのに……!」
「フフ、そうだな。教皇を動かすのは簡単だった。生命の法で妻が蘇ると教えれば、必死になってペイシェントを集めてくれた。クベールも同じだ。この世界は御しやすい者が多くて助かる」
「ふざけるな!! お前だけは絶対に許せない……自分の為だけに、皆の心を弄んだお前だけは……!!」
「許せなければどうする? 今の私には、故郷から送られてくる膨大なエネルギーがあるのだぞ? 援軍も間も無く到着する」
「援軍……?」
怪訝な顔をする一行に、国王は黒い渦の中を指し示した。
目を凝らせば、闇の中に蠢く無数のスポットが見える。
「まさか、オレ達の世界に向かって来てるのか!?」
「お前、正気じゃないぜ! あれだけのスポットがこっちに来れば、多くの罪もないヒト達が死ぬことになるんだぞ!」
「良いではないか。古き住人は駆逐され、この世界の住人がスポットに入れ替わるだけだ。そうすれば、この世界も住み易くなる。私は2つの世界の王となろう」
「ならばわが命を賭してでも、あの扉を閉じるまで!」
フォレストの発言に、国王が堪えきれず笑い出した。
何がそんなにおかしいのかと憤る一行に、国王は口先だけの軽い謝罪を述べる。
「いや失礼。先程から随分と懐かしいやり取りだと思ってな。――試してみたいのならやってみるといい。お前達の相手をした近衛騎士と同じことになるだけだろうがな」
「……!? 何?」
「仮に上手くいったとしても無駄な事だ。生命の法はもう確立されたのだからな。ペイシェントさえあれば何度でも扉は開ける。そのペイシェントも、素材が尽きればヒトの魂で補えば良いだけのこと。リカンツほど効率は良くないが、数十万ほど集めれば使い物にはなるだろう」
「なんて恐ろしいことを……」
「待て、今言っていた近衛騎士とは誰のことだ? 同じことになるとはどういうことだ」
「かつて全く同じことを私に言った男が居たのだ。国王とは不便なものでな、何処で何をするにも常に近衛騎士がついて回る。お陰で、私の正体や生命の法の真相に気付く者が多くてな」
「……お前からペイシェントを奪って、フェルンに逃げてきた騎士様みたいにか?」
「ああそうだ。そう言えば、そのペイシェントはお前達がわざわざ返しに来てくれたのだったな? 今更だが礼を言っておこう」
「…………っ!!」
「カイウス、今は抑えてくれ」
フォレストは国王に飛びかかろうとするカイウスを小声で制した。
正当な怒りを抑えさせるのは忍びないが、今国王の話を遮られるのは困る。
「その愚かな盗人も含め、多くは私や同胞の手で殺してやったが……過去に一人だけ大した実力の持ち主が居たのだよ。当時まだ力を取り戻せていなかった私は、その男を斃すことが出来なかった。あのまま戦っていれば私の方が危うかっただろう。だが、幸いにも私が当時行っていた生命の法に救われた」
当時の生命の法で出来た穴は、クベールの時と同じく不完全なもので、世界を行き来出来るほどのものでは無かった。
国王――正確には、その中に巣食うスポット――がこの世界に来た時と同じ、あくまでもスポット達の世界からこちらの世界へ流れてくることしか出来ない、一方通行の失敗作。
だがそれでも、その小さな穴から這い出てくるスポットは、この世界の人々にとって大きな脅威となる。
故に今のフォレストと同じように、騎士は己の身を賭してその穴を塞ごうとした。
騎士の体が無数のスポットに巣食われていく様を思い出しながら、国王は嗤う。
「あんな真似をせずとも、放っておけば扉は自然と消滅しただろうに……まあそのお陰で、私は優秀な駒を手に入れられた。巣食ったスポットが多すぎたせいで精神は壊れてしまったようだが、それでも我が身を守る盾としては十分に機能してくれたよ。お前達がここに居るということは、アレも斃されてしまったのだろうが……ヒトの身で14年も保ったのだ、文句は言うまい」
「14年……やはり、お前の言っている騎士と言うのは……」
「ああ、そう言えばその息子はどうした? 父親共々、お前達に殺されたか?」
その一言で、フォレスト以外の面々も、国王の今の話がレフォードの父親のものであると気付いた。
フォレストは今すぐ殴り飛ばしたい衝動を抑えて問う。
「その騎士には妻が居た筈だ。彼女はどうなった?」
「妻……ああ、不遜にも私へ意見しに城へ踏み入ったあの女か。それならば夫が殺していたぞ」
「!?」
「え……嘘……!」
「丁度あの男がスポットに支配された直後だったものでな。女は部屋に入ってくるなり無防備にも男に駆け寄って、そのまま八つ裂きだ。あれは中々に痛快だったぞ」
「……っでは、彼女は夫に……いや、その中に居たスポットに殺されたのだな? ならば何故、その事実を伏せてリカンツの犯行だと広めたのだ。スポットや生命の法の存在を隠したかったからか? それとも、リカンツ狩りの口実を増やす為か?」
「無論それもあるが、最たる理由は、奴らの息子の処分に困ったからだ」
やはりそうか。
フォレストは予想した通りの解答をする国王を睨んだ。
国王はそれに気付かず、或いは気付いていたとしても気にしないのか、得意気に語り続ける。
「両親の死を探られて真相を暴かれては困る。だが下手に殺すと余計に怪しまれるだろう? そこで私は閃いたのだ。クベールや教皇のように、嘘を吹き込んで利用することは出来ないかと。結果は――お前達には説明するまでもないな? 奴はペイシェントを集めるのに大いに役立ってくれた。ヒトの心とやらは実に面白いな。誰も彼も、言葉一つでああも容易く思い通りになってくれるとは」
「お前は……!!」
と、カイウス達が怒りを露わにする中、フォレストの耳は「嘘だ」と小さく呟くレフォードの声を拾った。