鞠躬尽力、死して後已まん

驚き振り返ると、そこにはルキウスと共に待っている筈のレフォードの姿がある。

「レフォード!? どうしてここに……」

「僕は……さっきの態度を貴方に謝らなければと……それより、今の話は……」

「なんだ、生きていたのか。こうして顔を合わせるのは初めてだな、レフォード」

「レフォード、あいつに構うな。今すぐルキウスのところへ戻るんだ」

駆け寄り、部屋から出て行かせようとするフォレストに抗って、レフォードはその向こうにいる国王に問いかける。

「今の話が本当なら……僕は、僕はずっと両親の仇であるお前に、ほ、奉仕し続けてきたってことに、なる、だろ。お前を野望を叶える為に、スポットにこの世界を蹂躙させる為に、僕は何の罪もないレイモーンの民を、14年もの間ずっと、ころっ、殺してきたって、言う、のか?」

「ああ、その通りだ。父親共々、良く働いてくれたな」

「………………う、うそだ。嘘だ。そんな、違う。僕は、僕はそんな……」

「レフォード、もういい。何も聞くな。何も考えるな」

「滑稽だな。目を背けさせたところで、事実が変わるわけでも無かろうに」

「黙れ!!」

耐え切れずフォレストは怒鳴った。
錯乱し、震えているレフォードを落ち着かせようとするが、レフォードは崩れ落ちるように膝を折る。

いつもは輝きを帯びている銀色の瞳が、今は絶望に曇っていた。
何と声をかけても反応せず、うわ言のように何度も何度も「嘘だ」と繰り返す様を見て、フォレストは彼を救う手立てがないことを歯痒く思いながら、仕方なく国王に向き直る。

「お前は……私達からどれだけのものを奪った? 罪なき人々の命……そこにあった筈の笑顔も、皆が抱いていた願いや誇りも……!」

「私にとっては瑣末なものだ。お前達人間もよく言うだろう、何かを成し遂げるのに犠牲はつきものだ≠ニ」

「確かに聞いた覚えのあるフレーズだが、生憎と、俺はそういう詭弁は大っ嫌いなんでね!」

「私もよ。そんな言葉は、己の過ちを肯定する為の言い訳でしかないわ!」

「犠牲になった人達の命の重みを、遺された人達の心の痛みを知らないから、そんな風に簡単に言えるのよ! あたしは、そんなの認めない……!」

「どんな事情があったって、犠牲になっていい人なんてどこにも居ないんだ! お前が皆の命を脅かすなら、オレがここでお前を止める!」

「私に勝てると思っているのか? いいだろう、試してみるがいい。大敗し絶望したお前達の命を、新たなる王国の誕生への贄としよう!」

国王の宣言と共に、沸騰した湯のように沸き立つ闇が、扉から溢れ出した。
一帯を包んだその闇は、カイウス達に重く伸し掛かる。

手足が上手く動かせない。呼吸がしづらい。視界も悪い。
それでも、一行は煮え滾る怒りと確固たる信念によって己を奮い立たせ、抗う。

カイウスとフォレストは揃って獣人化した。
いつもは力が制御出来ずに暴走してしまう万が一の事態に備え、なるべく片方ずつ獣人化するようにしているのだが、今はそんな保険を掛けている余裕は無い。
全力を出さなければ負ける――皆がそう感じていた。

先陣切って突っ込んだカイウスとフォレストの攻撃は、国王を捉えたかのように見えたが、その姿はぐにゃりと歪んで消えた。
次の瞬間、後方でプリセプツを唱えようとしていたアーリアの悲鳴が上がる。

見れば、吹き飛ばされ地面に倒れ伏すアーリアと、いつの間にか移動していた国王がそこに居た。
彼の魔術がアーリアを襲ったのだと理解したティルキスは、剣で国王の体を叩き斬った――ように見えたが、またも国王の姿は煙のように闇に溶けて消える。

「くそっ、出たり消えたり面倒な奴だな! アーリア、大丈夫か?」

「ええ、有難う。――攻撃が避けられるのは、恐らくこの暗闇が原因だわ。何か特殊な力が働いているのかも。先にこれを何とかしないと……」

「何とかって言っても、どうするの? こんなプリセプツ……ううん、プリセプツかどうかも分からない魔術の破り方なんてあるの?」

「分からないわ……でも、諦めるわけにはいかないでしょう? 負ければ私達だけじゃなく、この世界が終わってしまうんだもの」

「……そうね、そうよね」

ルビアは、あちこちに瞬間移動する国王に、負けじと食らいついているカイウスを見た。
翻弄されているその姿は、国王の目には可笑しく映っているのかもしれない。だが、ルビアは臆せず立ち向かっていくカイウスを心から格好良いと感じた。

(あたしだって……あたしだって、負けてられない!)

ルビアは国王が転移するタイミングに合わせて、光のプリセプツを唱えた。
無数の光線が闇を切り裂く。その攻撃は、初めて国王に傷を負わせた。

と言っても、それはかすり傷程度のものだったが、それでも当たったことにルビアと仲間達は思わず歓喜の声を上げた。
それまで余裕の笑みを湛えていた国王の顔が曇る。闇はより深さを増した。

「……無数の流星よ、彼の地より来たれ! メテオスォーム!」

闇の中に大小様々な太陽――炎を纏った隕石が生まれた。
それは凄まじい勢いで地上に降り注ぎ、カイウス達を押し潰す。

圧倒的な力だった。いつも見ているプリセプツとは、規模も威力も全く違う。
たった一度受けただけで、カイウス達はボロボロになっていた。痛みに呻く一行を見て、国王がせせら笑う。

――――まだだ。
カイウスはよろめきながらも立ち上がった。
もしかすると、勝ち目など無いのかもしれない。それでも、ここで屈してはならない。

「諦めろ。お前達では私に勝つ事など出来まい」

「……そうだな。確かに、お前は強いし、オレ一人じゃきっと無理だ。でも……今のオレには仲間が居る。託された想いがここにある。沢山のものが、オレを支えてくれてるんだ。だから……お前がどれだけ強くても、この心は折れない。オレは諦めない」

「そうか。ならば私が全てを終わらせてやろう」

国王は更に強力な魔術を繰り出そうと、扉から力を吸い上げ始めた。
為す術なく立ち尽くしているカイウスを、ルビアが後ろから小突く。

「あんな啖呵切って、何か策でもあるの? どうせ考え無しに言ったんでしょ」

「たっ、確かに策は無いけど……こんな時にまでそんな風に言うなよ!」

「こんな時だから言ってるの! まったく、しょうがないんだから……いいわよ、考えるのはあたしの役目だもんね。さっき光のプリセプツが効いたのを見て、一つ思いついたことがあるの」

ルビアは皆の傷を癒してから、意識を集中させて詠唱を始めた。
それは先にロミーとの戦いで聞いたものと同じ。何をしようとしているのか察して、カイウスが「無茶だ」と止めようとする。

「それ、使うと凄く疲れるんだろ!? 今の状態でそんな大技使ったら……!」

「いいの! 今頑張らなくて、いつ頑張るのよ!」

「はは、確かにルビアの言う通り、ここが踏ん張りどころだな」

そう答えたのはティルキスだった。
彼は国王の詠唱を阻止すべく向かって行き、フォレストがそれに続く。
アーリアは、ふらついているルビアの体を支えた。

「カイウス、ルビアのことは私に任せて。ティルキス達の方をお願い」

「あぁもう、分かったよ! でも、本当に無理するなよ!」

ルビアは頷き、カイウスはティルキス達の元へ走る。
それと同時に、アーリアも別のプリセプツの詠唱を始めた。

重なった二人分の詠唱が、まるで歌のように空間を満たした。
カイウス、ティルキス、フォレストの三人は、その歌を止めさせてはならないと必死に国王を囲い込む。

暫くして、先にルビアの声が止んだ。
発動したセイクリッド・シャインが、闇の中に居た皆の姿を照らし出す。
国王はその光に怯み、カイウス達は今が好機だと畳み掛ける。

一方、力を使い果たし、倒れるルビアを抱き留めたアーリアは、尚も歌い続けていた。

あと少し――逸る気持ちと同じだけ、もし失敗したら、という不安が大きくなる。
皆の命、この世界の未来、全てが自分にかかっている。そう思うと怖くてたまらない。

アーリアがクベールから教わったプリセプツは、ルビアのものよりもっと攻撃性の強いものだ。
発動出来たとしても、一歩間違えれば、敵はおろか味方も己も破壊し尽くしてしまう恐ろしい術。その上、まだ覚えたばかりで、上手くいく保証はどこにもない。

「……大丈夫よ。だって、あたしにだって出来たんだもの」

心を見透かしたようにルビアが言った。
彼女はアーリアの震える手を握り、微笑みかける。

「あたしに出来て、アーリアに出来ないなんてこと、絶対に無いわ。アーリアの方がずっとプリセプツの扱いは上手いんだから。そうでしょ?」

アーリアは答えられなかった。
流石に今回ばかりは自信が無い。そう表情に出すアーリアに、ルビアは続ける。

「あたしは、アーリアなら絶対大丈夫だって思ってる。あたしがそう信じてるの。だから――もし自分のことが信じられないのなら、代わりにあたしを信じて。アーリアなら、絶対に大丈夫!」

――――ルビアを信じる。

それは幾度も迷い、裏切りを重ねた自分を信じるよりも、ずっと容易いことだ。
深呼吸をして、アーリアはルビアの手を強く握り返した。震えはまだ残っているが、もう気にはならない。

ルビアはカイウス達に国王から離れるよう伝えた。
アーリアは長い詠唱の最後の一節を迷いなく唱える。

「荒れし刃にて、災厄の印を刻め!
――テンペスト!!」

ふわり、と、始めは柔らかい風が吹いた。

部屋の中を駆け回るように、くるくると渦を巻く風。少しづつその速度は上がっていく。

国王も事態に気付いたが、彼は既に風の檻から抜け出せなくなっていた。渦の外側に居るカイウス達も吸い寄せられそうになり、慌てて部屋の外に逃げる。

風は竜巻となって部屋を破壊し始めた。
まず燭台が飛んで行き、敷かれていたカーペットが捲れ上がり宙を舞った。
次いでガタガタと音を鳴らしていた窓が割れ、玉座が浮かび上がる。渦潮のように全てを巻き込んで、尚も威力を増していく。

部屋の中に留まれなくなった力は、天井を突き破って天へと昇っていった。それでもまだ風の勢いは収まらない。

まるで、風そのものに意思があるかのようだ。
その荒々しさから感じ取れるものは純粋な怒りだった。
国王に弄ばれた人々の怒りが具現化し、積年の恨みを今晴らさんとしている。そんな風に見えた。

長く続いた嵐が鎮まった時には、国王はボロボロの状態で地面に倒れていた。
同じく、消耗し倒れそうになったアーリアを、ティルキスが支える。

「何故だ……この私が負けるなど……お前達の何処にそんな力が……」

「自分のことしか考えないお前に説明しても、分からないだろうが……」

「我々は己の為では無く、仲間の為に戦ったのだ!」

「オレには父さんや母さんの強い思い、ルキウスの願い、そして仲間の支えがある。国王、お前は独りきりで、自分の為だけに戦った。そんな奴に、オレ達が負ける筈は無い! 」

「…………!!」

国王は悔しげに何かを口走って、そのまま水面の泡のように弾けて消えた。
依代となっていた少年の体もそこには無い。全てスポットに取って代わられていたのだろう。

戦いは終わった。だが、まだ最大の問題は残っている。
皆は玉座の上で拡大を続けている異界への扉を見上げた。あれを何とかしなければならない。

「もう一度、生命の法を行うんだ。扉を開くことが出来るのなら、その逆もきっと出来る」

そんな提案をしたのはルキウスだった。
ふらついた足取りで近くにやって来る弟に、カイウスが慌てふためく。

「お前! 待ってろって言っただろ!?」

「僕だって国王の被害者なんだ。怒りをぶつける権利はあるだろ? まあ、一足遅かったみたいだけど……それより、早く扉を閉じないと。僕がやってみるよ」

「やってみるって……そんなフラフラな状態で大丈夫なのか?」

「他に生命の法を扱える人なんて居ないだろ? ただ知っての通り、生命の法にはペイシェントが必要なんだ。教会が集めていたものは、もう全て消費してしまった……」

「……分かった。なら、これを使おう」

カイウスはそう言って、首に提げていたペンダントを外した。
それはカイウスとルキウス、二人の母親の形見。

生命の法に使ってしまえば、この形見は消えてなくなる。
躊躇するルキウスに、カイウスは笑いかける。

「きっとこれは今この時の為に、オレの手元にあったんだよ」

「そうかな?」

「そうだ。母さんが遺してくれた希望だ。ヒトとレイモーンの民が、笑って暮らせる未来の為に」

「…………確かに、そうなのかもしれないね」

ルキウスも笑った。目を伏せて、亡き母の事を想う。

ヒトである教皇を愛し、彼と子を成した母は、産まれた子供がハーフであると知った時、どんな気持ちだったのだろう。
喜んでくれただろうか。それとも、この先の苦難を想像して悲しんだのだろうか。

分からない。けれどきっと彼女は、ハーフを忌むべき存在だとは思わなかっただろう。
ヒトとレイモーンの民の絆の証とも言える新たな生命の誕生を、心から祝福し愛してくれた筈だ。身を呈して庇ってくれた父と同じように。

だから、ここでこの世界が終わることも、自分達が死ぬことも、彼女はきっと望まない。
ルキウスは目を開き、杖を構えた。そして詠唱を始める。

教皇やロミーと共に何度も行ってきた詠唱。それに引っ張られて、これまでの日々が走馬灯のようにルキウスの脳裏を過ぎった。
生き残ったのは自分一人。けれど、独りではない。

「兄さん、ペイシェントを!」

「ああ!」

ルキウスの合図で、カイウスはペンダントを勢いよく放り投げた。
赤く煌めくペイシェントは闇に吸い込まれるように消え、一呼吸の後、扉の内側から光が溢れ出す。

白と黒が混ざり合い、やがて小さくなって消えていくのを、カイウス達は静かに見守った。
二人のハーフの手によって、今度こそ本当の意味で、長い戦いは終わった。
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