01.握れば拳、開けば掌

「どなたかは存じませんが、危ない所を助けて頂き感謝します」

崩れて風化した建造物に囲まれた場所で焚き火に当たるレフォードは、車座で同じようにしている初対面の男女四人に頭を下げた。

闖入者は一人だけではなかった。
斧使いの男性のお陰で難を逃れた後、最初に声を上げてくれたと思しき青年と、更には少年少女までもが揃って戦場に乱入して来たのだ。

その場にいた敵は彼らの協力もあって全て倒す事が出来たのだが、この森の敵は倒したところでまた復活してしまう。
故に挨拶もそこそこに揃って今居る場所――恐らくは森の中間辺り――まで避難して、現在に至る。

「どういたしまして。困った時はお互い様だからな」

そう言ってくれたのは大剣を背負った青年だった。

薄暗がりの中ではよくわからないが、扱う武器に似合わぬ色男、のように見える。
先程の戦いぶりを見ていなければ、剣など持つことすら出来なさそうな印象を受ける。落ち着いた甘い声がそれに拍車をかけていた。

どこかの貴族だろうかと思いながら、次いでレフォードはその隣の男に目を向けた。

こちらは戦士という言葉がよく似合う、身の丈2メートルほどの筋骨隆々な巨漢だった。
日に焼けた――というよりは生まれつき、だろうか? 褐色を通り越して黒い肌は、夜の森の中では迷彩になって見え難い。焚き火や月明かりに照らされていなければ、白い髪と金色に光る瞳だけが、闇の中に浮かんでいるようだった。

この二人だけであれば、物見遊山にやって来た若者と、その護衛を任された傭兵、とでも思っただろうが。
レフォードは最後に、その二人の対面に座っている少年少女を見た。

ルキウスとロミー。最初にこの二人を見た時に抱いた感想はそれだった。
歳はルキウス達と同じくらいだろう。背格好もほぼ一緒。特に少年の方は、日頃仮面で隠されているルキウスの素顔に顔立ちがよく似ている。

少女の方は髪の色こそロミーに似ているが、目尻の垂れ下がった丸い瞳のせいか、こちらの方が優しそうな印象を受けた。花を模したスカートとその可憐な容姿は、まるで妖精のようだ。

全員の観察を終えたレフォードは思う。
わからない。この四人の関係性がわからない。似てはいないが家族だろうか?

「俺はティルキス、こっちはフォレスト。そっちの二人がカイウスにルビアだ。君は? 見たところ騎士のようだが……」

「あ、いや、騎士という訳では無いんだ。紛らわしい格好をしていてすまない。私はレフォード・オルレイス。教会の異端審問官だ」

「「異端審問官!?」」

カイウスとルビアが揃って立ち上がった。
そのリアクションにきょとんとするレフォードを見て、ティルキスがすかさずフォローする。

「すまない。俺達はレダの町から来たんだが、そこで行商人からフェルンで捕物騒動があったという話を聞いたんだ。異端審問官の活躍ぶりもつぶさに聞かせてもらったが、この子達には少々刺激が強かったみたいでね」

「ああ……成程。そうだな、リカンツを前にした時の我々の姿は、子供の目には恐ろしく映るのかもしれない。怯えさせてしまってすまない」

「……いえ、こちらこそ……」

強ばった表情のままルビアは言って、元の場所に座り直した。
手を引かれ、座るように促されたカイウスも、レフォードを睨んだまま腰を下ろす。

「それで、一仕事終えたばかりだろう異端審問官殿が、どうしてこんな夜更けに一人で森に? 王都に帰るのなら、反対方面のナルスから船に乗った方が、安全で速いだろうに」

「ああ、それは……少々込み入った事情があるんだ。君達こそ、どうして今ここに?」

「不純な動機で申し訳無いんだが、さっきの噂話を聞いて興味が湧いてね。野次馬根性でフェルンに見に行こうとしたんだが……恥ずかしながら、この森の中で迷ってしまって。本来なら夜になる前に抜けるつもりだったんだが……そう甘くは無かったな」

「好奇心旺盛だな。しかし、こんな幼い子供まで巻き込むのは感心しない。社会見学なら、もっと安全なものを選んだ方がいい」

「今それを痛感しているところさ。こうなったらフェルンはやめて、代わりに王都にでも向かおうかな。捕らえたリカンツは全て王都に連行されると聞いたが、その後はどうなるんだ?」

「裁判が終わるまで牢に入れておく。その後は……裁判の結果にもよるが、多くは処刑される。少なくとも今回は確実にそうなるだろうな」

「それほどの罪を犯したのか?」

その質問はティルキスではなく、黙って聞いていたフォレストから出たものだった。
レフォードはロミーの暴挙と、それを止められなかった己の失態を思い出して眉根を寄せる。

ロミーのした事は許されざる行為だ。司祭夫婦を殺した事は勿論、例え相手がリカンツだとしても、罪を擦り付けるような真似はするべきではないし、彼女は正しく裁かれるべきだと思う。

だが審問官が司祭を殺し、その罪を擦り付けたのだと知れれば、フェルンの人々は今後一切、異端審問官の話に耳を貸さなくなってしまうだろう。
ラムラスの処刑にも反対するかもしれないし、最悪暴動でも起こるかもしれない。

その点、悔しいがロミーの言っていた通り、「ラムラスが司祭を殺した」という今のこの状況は、あらゆる意味で都合が良かった。

人望が厚過ぎて処刑し辛いラムラスの評価を落とすにも、リカンツの脅威を皆に再認識して貰うにも、リカンツ狩りへの理解、協力を得るにも。

よってレフォードは、良心の呵責を押し殺して答える。

「……司祭夫婦が殺された。ヒトの犯した罪であっても殺人は重罪だ。リカンツであれば尚重い」

「そんな……!」

「嘘だ! お前らが殺したんだろ!!」

絶句するルビアの隣で、カイウスはそう叫んで再び立ち上がった。

流石にこれにはレフォードもおかしいと感じた。そして思い至る。

(フェルンから逃げ出したのは、司祭の娘とリカンツの息子……年齢的にはおかしくない。それに、彼が身につけているあの首飾りは……)

焚き火に照らされて煌めく赤い宝石。その見た目はペイシェントにそっくりだ。
レフォードは憤るカイウスから、それを宥めようとしているティルキスに視線を移して言う。

「……言うべきかどうか悩んだが、一応伝えておく。フェルンに潜んでいたリカンツには息子が居た様でな。我々が父親を捕らえている隙に逃げ出したらしい。彼らを庇っていた司祭の娘も見当たらなかった。恐らくはその息子の逃亡に手を貸しているのだろう。丁度、君達と同じくらいの年齢の筈だ」

最後の言葉だけは、ルビアとカイウスを見て言った。

――――マズい、バレたか。だが構うものか、ここで仇を取ってやる!

カイウスはそう思ったが、彼が武器に手をかけるより早く、ティルキスが口を開いた。

「そうか、忠告感謝する。だが、間違っても俺の可愛い妹や、その友人を疑うような真似はよしてくれよ?」

「とは言え、今のはカイウスの発言にも問題がある。疑われても仕方がないだろう。――審問官殿、私の息子を疑うのなら、ザンクトゥがあるかどうか、その目で確かめるといい」

ティルキスに続けて発せられたフォレストの言葉に、レフォードとカイウスは、揃って「え?」という顔をした。
ザンクトゥとは、リカンツの身体に現れる特徴的な痣のことだ。獣化せずとも、それさえあれば一目でリカンツだと分かる。

「ほ、本当に良いのなら、確かめさせて貰いたいが……」

「だそうだ。脱げ、カイウス」

「いや、脱げって言われても……」

「ちょっと! レディの前でやめてよね! 脱ぐなら向こうの陰に隠れてやってよ!」

これまで恐怖やら何やらで縮こまっていたルビアが、途端に調子を取り戻して叫んだ。

話の流れに全くついていけずに混乱しまくっているカイウスに、レフォードはとりあえず上半身だけでも脱いで見せてくれないかと頼む。

「疑いを晴らす為だ、協力してやれ」

ティルキスにもそう言われ、カイウスは渋々、首にマフラーのように巻いていた白い布と、赤いタンクトップを脱いだ。

レフォードはそれに感謝しつつ、ぐるりと彼の周りを回って確認してみたが、どこにもそれらしき痣は無い

ズボンも限界ギリギリまで捲り上げて貰ったが、健康的なヒトの少年の脚があるだけだった。
手袋を外し、靴を脱いでも、やはりどこにも痣は無い。

「なあ、もういいだろ? まさか下着まで脱げなんて言わないよな」

「いい加減にしてよ! 異端審問官だか何だか知らないけど、それ以上やるなら、こっちが公然わいせつ罪で訴えるわよ!!」

明かりの無い場所では見えないので、焚き火の近くでそのままボディチェックを行っていたレフォードは、ルビアのその一言でそれ以上の確認をやめた。

顔を両手で覆って膝に埋めている彼女がカイウスを庇って言っているようには見えないし、どれだけ服を剥いでもフォレスト達には一切の動揺が見られない。
本当にカイウスにはザンクトゥが無いのだろう事は、それらの反応からでも伺い知れる。

「……有難う、もう結構だ。そして、疑ってしまってすまなかった。非礼を許して欲しい」

服を着直したカイウスと他三人に、レフォードは地に両手をつけて深々と頭を下げた。
疑うだけの材料は揃っていたが、リカンツである決定的な証拠が無い以上、己の間違いを認めざるを得ない。

「許してやれカイウス。脱いでみせるくらい良いじゃないか、別に減るものでもないし」

「そういう問題じゃないわよ! 女性の前でいきなり脱ぎ出すなんて、どんな理由があっても許される事じゃないわ!」

「まあそう怒るな妹よ。ずっと疑われたままで居るより、一時の恥を耐え忍ぶ方がマシだろう?」

カイウスが脱ぎ始める前にも突然言われた、妹、という言葉にきょとんとしたルビアは、すぐにティルキスの意図を理解して話を合わせる。

「お兄様がそう言うのなら、仕方ないわね」

「……その、今更だが、君達はどういう集まりなんだ?」

「さっきので分からなかったか? ルビアは俺の妹で、カイウスはフォレストの息子だ。ご近所同士で、昔から家族包みの付き合いがあってね。今回も仲良く旅行の最中だよ」

「フェルンから逃げ出したのは少年と少女だけなのだろう? 保護者同伴で逃げたのか?」

「い、いや……子供二人だけだと聞いている」

「ならばその時点で、我々は容疑者から外れても良さそうなものだが」

「それは……その通りだな。すまない」

実際彼らに血の繋がりがあるかどうかなど分からないが、この森で偶然に出会ったばかりの赤の他人同士なら、先の揺さぶりでカイウス達を売り渡すだろう。初対面のリカンツを庇うメリットなど無いのだから。

そう考えて素直に謝るレフォードに、ティルキスとフォレストとルビアは視線を交わして、互いの連携を密かに称え合った。

「さてと。それじゃ誤解が解けたところで、そろそろ行こうか。とりあえず森を抜けないと」

「そうね。それじゃあさようなら、異端審問官さん」

若干棘のある声色で――レフォードは一連のやり取りが気に障ったのだろうと思ったが、理由はそれだけではない――別れの挨拶を告げたルビアは、ティルキスと共に立ち上がって歩き出した。

釈然としない面持ちのカイウスも、ルビアに呼ばれてついて行く。

「お前はどうする? 森に残るのなら、無闇に動かず陽が昇るまではここに居ることを勧めるが」

最後に残ったフォレストは、座ったままのレフォードにそう言った。
返答次第で焚き火を消すか消さないか決めるつもりなのだろうと理解したレフォードは、槍を手に立ち上がる。

「貴方がたは王都へ向かうと言ったな? なら、護衛も兼ねて私も同行させて欲しい。どの道成果が上がらなければ、私もそのまま王都へ帰る予定だったのでな」

「……まだ疑っているのか?」

「いや、そうでは無いんだ。ただ、助けて貰った恩を返せていないだろう。取調べでせっかくの楽しい旅行を台無しにしてしまった様だし、このまま何もせず別れるのは心苦しい。何か礼をさせて欲しい」

「結構だ。気遣って貰えるのなら、どうかこれ以上、家族水入らずの邪魔をしないで欲しい」

「そ、そうか。ならせめて謝礼だけでも……」

「必要ない。金品が目的で助けた訳でも無いし、金に困っている訳でもないのでな。それで納得出来ないのなら……貸しにしておいてくれ」

「貸し?」

「いずれまた何処かで会うことがあれば、その時に我々が困っていたら……その時は手を貸して欲しい。まあ、そんな機会など無い方がいいが」

と、フォレストは苦笑して言った。
レフォードはそんな事でいいのかと思ったが、現状他に出来ることも無さそうだと頷いた。

「わかった。その時は必ず」
目次へ戻る | TOPへ戻る