00.Beginning

その後、モンティにも試食の上で合格を貰い、無事新メニューにパンケーキが追加され、それから夜までは気分良く過ごせたのだが。
閉店時間になり、バレットにそれを伝えに行く時になって、シユウの気分はまた落ち込む。

行く宛ての無い二人に、閉店だから帰ってくれ、と言うのは気が進まないが、こればかりはどうしようも無い。
そう割り切ってバレットに伝えに行くと、船を漕いでいたマリンが、

「きょうもこのひとのおうちにとまるの?」

と純粋な目で尋ねた。
バレットが違うと答えると、マリンは悲しい顔でシユウの服の裾を掴む。

「マリン、このひとのおうちがいい」

「それは無理なんだマリン。ほら、父ちゃんと帰ろう」

「かえるってどこに? またおそとでねるの?」

バレットは答えなかったが、マリンはその考えを読んで、イヤイヤと首を振る。

「このひとのおうちがいい! おねがい、マリンなんでもする、なんでもしますから、おうちにとめてください。おねがいします」

まだ3歳ほどだろう子にそう懇願されて、シユウは狼狽えた。
バレットはマリンを抱えて立ち去ろうとしたが、マリンはシユウの服の裾を掴んだまま離そうとしない。

「マリン、離してやれ」

「やだ! おそとさむいし、こわいし……! なんでダメなの!? このひとのおうちがいいよぉ……!」

と、今にも泣き出しそうなマリンに、シユウはたまらず折れてしまった。
懐から家の鍵を取り出して、それをバレットに手渡す。

「先に行って、マリンちゃんとシャワー浴びてて下さい。俺が居ると着替えたり出来ないでしょうから。俺は店の片付けしてから帰ります」

「お前、本当にいいのかよ?」

「マリンちゃんがこれだけ必死なのに、他にどうしろって言うんですか。マリンちゃんにとっては物凄く切実な事なんですよ。俺やあんたは自分の都合で好きに生きられますけど、この子はそうじゃない。だったらマリンちゃんの意見を尊重すべきでしょう。俺達大人はその次。分かったらさっさと行ってください」

バレットの手に無理やり鍵を握らせて背を押すと、バレットは「すまねぇ」と言って天望荘へ向かった。
その腕に抱かれているマリンが笑顔になったのを見て、シユウは「これで間違ってない」と自分に言い聞かせた。






それから小一時間ほど。
セブンスヘブンの扉にCLOSEのプレートを提げて自宅に戻ったシユウは、玄関でバレットと鉢合わせた。

「おう、帰ったか。丁度良かった」

「? どこ行くんですか?」

「マリンが寝たからよ、今のうちに出て行こうと思ってな。随分と世話かけちまって悪かった」

申し訳なさそうに謝るバレットの腕の中で、マリンは何も知らずに眠っている。
確かに、ずっと二人の面倒を見続けることなど出来はしないのだから、今このまま出て行って貰った方が良いのかもしれないが、逡巡の後、シユウはバレットを引き留める。

「マリンちゃんを裏切るようなことはしたくありません」

「じゃあどうすんだよ。お前が一番困るだろ」

「それはそうですけど。今どうするか考えてるんで、とにかくマリンちゃんはベッドに戻してあげて下さい」

バレットは渋々言う通りにして、マリンをベッドの上にそっと降ろした。
気持ちよさそうに眠るその姿にシユウは一瞬癒されたが、いや和んでいる場合ではないと眉根を寄せる。

(こうして泊めても何の解決にもならない。他に俺に出来ること……マリンちゃんが居ても出来るような仕事ってなると、やっぱり難しいな)

バレットが仕事をしている間、マリンの面倒を見てくれる誰かが居れば解決するのだろうが。
そこまで考えて、シユウは気付く。

「あの、不躾な質問で申し訳ないんですが、マリンちゃんの母親は……?」

バレットはその質問に口を引き結んだ。
まあ事情があるのだろうと、シユウは無理に問い質すことはしなかったが、少し考える間を置いてバレットが答える。

「死んだ。いや、殺されたって言った方が正しいのかもな。お前、コレル魔晄炉の話は聞いたことあるか?」

「ああ、確かアバランチが爆破したとかいう……」

「アバランチだぁ!? 全然違ぇよ! あれは神羅の連中がやったんだ!」

憤るバレットに、シユウは目を瞬かせた。
今の声でマリンが起きていないかを横目で確認しつつ、

「どういう事ですか?」

「魔晄炉は誰にも爆破なんかされてねぇ、勝手に爆発したんだ。設計ミスだか何だか知らねぇが、それを神羅の奴らは隠したかったんだろうよ。魔晄炉建設に反対してた奴らの仕業だって事にして、村を焼きやがった。マリンの母親はそのせいで死んだんだ」

「……コレルの出身なんですか?」

「ああ。オレのこの腕もその時にな」

と、バレットは肘から先が無い右腕を振って言った。
神妙な顔で考え込むシユウを見て、「まぁミッドガルに住んでる奴に言っても信じねぇだろうけどよ」と付け加える。

「俺は信じますよ。神羅の横暴さはよく知っていますから」

「へぇ? そりゃ珍しいな。お前も神羅に何かされたクチか?」

「そんなところです。それより、そういう事なら再婚とか考えないんですか? あぁでも、したくても出来ない場合もありますよね。すみません」

「オレが答える前に失礼な結論出すのやめろ。お前が言ってんのは、つまりマリンの世話を他の誰かに任せるってことだろ? 一時的に預けるだけならともかく、ずっとってのはダメだ。マリンはオレが育てる」

「その変なこだわりで、マリンちゃんにこんな苦労をかけるのはどうなんですかね」

シユウの容赦ない指摘にムッと不機嫌な顔になったバレットは、

「うるせぇな。んな事より、今日は静かに寝てくれよ。また起こすんじゃねぇぞ」

と返して、今度はそれにシユウがムッとする。

「分かってますよ。シャワー浴びに戻っただけです。俺は外で寝ます」

「あぁ? 何言ってんだお前。何で家主が外で寝るんだよ。おかしいだろ」

「他にどうしようも無いじゃないですか。俺だって好きであんなことした訳じゃ無いんです。貴方だって寝相や鼾を何とかしろって言われても困るでしょう。それと似たようなものですよ」

「だからってよぉ……外でやってたら余計にマズいだろ」

「人目につかない場所を探しますよ」

会話を打ち切って、シユウはシャワールームに消えた。バレットは頭をがしがしと掻く。

流石に自分たちのせいでそこまでさせるのは忍びない。だがマリンの前でああいったことをされるのも困る。
うーんと悩みつつ、バレットは扉越しに話しかける。

「単に溜まってるだけなんじゃねぇのか? 先に抜いときゃ解決しねぇのかよ」

「さぁ……試してみてもいいですけど、今ここでやれって事ですか?」

「起きてる間なら声抑えられんだろ? シャワーの音で掻き消されるだろうし、問題ねぇよ」

「……分かりました。じゃあ耳塞いでおいて下さい」

「腕が片方しかねぇのに、どう塞げってんだよ」

「なら寝てて下さい」

「へいへい」

バレットの気配が扉の前から無くなったのを確認してから、シユウはゆるゆると自分のものを扱き始めた。
刺激である程度勃ちはするものの、扉一枚隔てた向こう側にバレットやマリンが居るという事実が、それ以上の快感を得ることを阻害してしまう。

結果、シユウは中途半端に高められた性欲を持て余すことになってしまった。
状況が悪化している。この状態で寝れば、確実に昨夜の二の舞になる。

それでは困ると尚も己と格闘し続けるが、成果を得られないまま時間だけが過ぎていく。

「おい、いつまでやってんだ」

「ぅわっ、吃驚した。なんでまだ起きてるんですか」

「気が散って眠れねぇんだよ。何をそんなにモタモタと……」

「悪かったですね。こっちだってあんたらのせいで気が散って上手くいかないんですよ」

扉越しになるべく声を潜めて抗議するシユウに、バレットは「ったく、しょうがねぇな……」と独りごちた。
そして、服を脱いでシャワールームに入る。

「おら貸せ、ヘタクソ」

「は!?!?!?!? なんっ、何で脱いで、何して」

「手伝ってやるっつってんだ。感謝しろよ」

「要りませんよ! 何考えてるんですか、出て下さい今すぐに」

「いいから貸せって!」

バレットは壁を背に目一杯逃げようとしているシユウの竿を乱暴に掴んだ。
他人に触られる嫌悪感と羞恥心で、シユウの全身の毛が逆立つ。

「ちょ、そんな、そんな触り方されても気持ち良く無いですって。あんたの方が下手くそじゃないですか」

「なら一人で何とかしろよ! オレだってこんなもん触りたかねぇよ!」

「何とかしようとしてたのにあんたが勝手に入ってきたんでしょう!」

怒りと困惑と焦りで一瞬声を荒らげた二人は、すぐにマリンのことを思い出して静かになった。
言い争っていても仕方がないと観念して、シユウは仕方なくバレットの愛撫を受け入れる。

お世辞にも上手いとは言えないが、彼なりに助けようとしてくれてはいるのだろう。
シユウはその気持ちを汲んで、少しでも早く終わらせようと自分で後ろを弄る。

「……昨日見た時も思ったけどよ、それ痛くねぇのか?」

「はい?」

「だからその、ケツに指突っ込むやつ」

「指くらいなら今は別に……初めての時は痛かった気がしますけど、薬のせいで朦朧としてて、よく覚えてません」

「薬ぃ? お前薬までやってんのかよ」

「やりたくてやったんじゃありません。今だって本当はこんな風には……」

と、話している内に今の状況が惨めになってきて、シユウは歯を食いしばった。

「俺だって嫌ですよ、こんなの」

こんな事をするために、こんな風になるためにミッドガルに来た訳じゃないのに。
その悲痛な表情を見て、バレットは一度手を止める。

「……やめとくか?」

「………………どっちでも」

「嫌なんだろ?」

「嫌ですけど、体の方はそれで納得してくれないから困ってるんですよ」

「あ〜、なるほどな。じゃあ、もうちょい我慢しろよ」

そう言って、バレットは愛撫を再開した。
一人でしていた時よりも行為に集中は出来ているが、バレットの手つきでは達せそうにない。

「……もう少しどうにかなりませんか?」

「どうにかって何だよ。これ以上どうしろってんだ」

「適当に擦るんじゃなくて、もっとこう……」

と言って、シユウは萎えているバレットの性器に触れた。
下から掬うように撫で上げると、バレットが「ぅおっ!?」と情けない声を上げる。

「いきなり何すんだ!」

「お手本を見せようかと思って。俺に触られても嬉しくないでしょうけど、どう触って欲しいか口で説明するのも難しいんで」

シユウはそのままバレットのものを指で優しく包み込んで、マッサージをするように丁寧に扱き始めた。
先端の鈴口を指の腹で擦っていると、少しづつ勃ち上がり始める。

精液が滲み始めたところで、今度はそれを塗り広げるようにまた全体を撫でる。
そうやって摩擦を減らしてから、少しづつ扱くスピードを上げていく。たまに指の一本一本をバラバラに動かして、揉むように力を込めたりもする。

バレットはその快楽に翻弄されて、シユウの相手をすることをすっかり忘れてしまっていたが、シユウも相手を悦ばせることに没頭して本来の目的を忘れてしまっていた。

そうして立派に反り立ったバレットのものを見て、シユウは手を止めた。
絶頂の手前に居るバレットは、はぁ、と熱を吐き出しながら言う。

「そこで止めんなよ…………」

「……すみません」

シユウはバレットのものを見詰めたまま、熱に浮かされた顔で徐に己の性器や肛を弄り始めた。

「おい、オレをオカズにすんな」

「嫌な言い方しないで下さいよ……」

と、言いつつも手は止まらない。
バレットは呆れつつ、だが元はそれが目的だったかと思い出して、一緒にシユウのものを扱き始めた。

レクチャーした甲斐があったのか、はたまた興奮しているせいか、先程よりもずっと気持ちが良い。

互いの中の嫌悪感はいつの間にか無くなっていた。自分の手で相手が乱れるのが愉しい。
気を良くしたバレットは、腰を寄せて自分のもので相手の腹を叩く。

「もし挿れたらココまで入っちまうな」

「っは、そんなつもり無い癖に、何言ってるんですか」

「でもお前はそのつもりでさっき止めたんだろ?」

バレットは半ば冗談のつもりで言ったが、シユウは決まりが悪い顔で黙って目を背けた。
甘ったるい沈黙がシャワーと共に流れる。

「…………違うって言えよ、馬鹿」

「……違います」

「もう遅ぇ」

バレットは言うなりシユウの腰を掴んで引き寄せた。
自らは少しだけ屈んで高さを合わせると、勃起したそれを入口に宛てがう。

「え、ちょっと」

「挿れて欲しいんだろ? そっちの方が気持ち良いってんなら、してやるよ」

「まっ、待って下さい。貴方とそこまでするつもりは――――」

と、シユウが理性で止めても、バレットは待たなかった。

以前マスターに抱かれた時とは違い、今は意識がハッキリしている。
故に、バレットのものが自分の中に押し込められていく様を、目と感覚がしっかりと拾う。

「ぅあ……! ちょ……っと、待って、くださ、い。そんな、急に、奥までっ……」

「っなんだよ、ゆっくりしてやってんだろ?」

「速さの問題、じゃ、なくて、深さが……っ、ちょっと一旦、そこで止まってくださ、い」

シユウは今以上奥に進まれないよう、バレットの腹を両手で押し返した。
止められたバレットは不満そうに腰を揺する。

「善くねぇのかよ」

「……っ、…………ンッ、ぅ」

結果として挿入された竿は丁度良いところで止まり、バレットの腰の動きに合わせて先端が前立腺を擦った。
長時間の愛部で高まった感度も相俟って、官能的な刺激をシユウに齎す。

悪態の応酬で色気など無かった空間は、次第にそれらしい雰囲気に染まっていった。
シユウの手からは徐々に力が抜け、解放されたバレットはより深く速くシユウを穿つ。

シユウは己の指を噛んで必死に声を押し殺したが、それでも隠しきれない嬌声が零れた。
不意に左太腿を持ち上げられて、バランスを崩しかけたシユウはバレットの肩を掴む。

会話は無くなり、互いの息遣いと水音だけが鼓膜を揺らした。
バレットのものを咥えている穴が、先走りの精液で温められ、白く汚されていく。

――――嗚呼、駄目だ。気持ち良い。
ウォール・マーケットでのあれは、ただの強姦でしかなかったが。今のこれは何だろうか。

その答えは分からないまま、シユウはバレットに絶頂へと追いやられて、彼と共に果てた。







「ケツ痛くねぇか?」

情事が終わって、シャワールームから出たバレットの第一声はそれだった。
シユウは水の滴る髪を拭きながら答える。

「聞くのが遅いです」

「痛かったのかよ」

「そりゃあ痛いですよ」

「だったらアンアン喘いでないでその時に言えよ」

「そんな喘ぎ方した覚えありませんけど」

「細けぇな。あんな気持ち良さそうな顔されたら、こっちは大丈夫かと思うだろ」

あんなって、どんなだったんだ?
最中の自分の姿を想像しようとしたシユウは、いや気持ちが悪いなと途中で止める。

「それで、ムラムラは解消したのかよ?」

「…………スッキリはしましたけど」

「おっし、じゃあ寝るぞ」

着替え終えたバレットは、昨日と同じく壁を背に床で寝始めた。
シユウもやはり同じように床に転がって目を瞑る。

心地よい疲労感に襲われて、睡魔はすぐにやって来た。
恐らく今日はぐっすりと眠れるのだろう。が、

(……解決方法、これで合ってるのか……?)

これはこれで、また別の倫理的な問題が生じてはいないだろうか。
シユウは思ったが、今日のところはもういいかと、思考を放棄して眠った。
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