00.Beginning

――――気が付くと、ウォール・マーケットのバーの中に居た。

「シノ、おかえり。俺が恋しかったろ?」

すぐ近くにマスターが居る。
手元には、あの日飲んだのと同じ酒瓶がある。

自分は、下半身を晒した状態で、机の上に座らされていた。
マスターの手が太腿を撫で上げて、その間にある竿に触れる。

「我慢しなくていい。一緒に気持ち良くなろうな」

マスターの手が竿を扱き始めた。
刺激され、先端から溢れ出した精液をマスターが指で掬い、後ろの穴へ塗り込む。

マスターも自分のものを取り出し、その穴にあてがった。

「シノ、欲しいか?」

「……………………」

「強情だな。素直にさせてやるよ」

マスターは笑いながら、竿を力強く扱き上げた。
痙攣しピュクピュクと精液を吐き出したところで、畳み掛けるように挿入して揺さぶる。

ああ、これだ。これが欲しかったんだ。
求めていた快感に全身が歓喜した。淫らな声が口から零れる。

「シノ、戻って来いよ。そしたら、俺が毎日こうして可愛がってやる。お前は何にも我慢する必要なんて無いんだ。な?」

その言葉はとても魅力的に聞こえた。
絶頂を求めて互いの腰が揺れる。

「…………マスター、もっと…………」

そう強請る声は、紛れもなく自分の声だった。







「……い、おい、起きろ」

フワフワとした快楽に包まれたまま、シユウはマスターのものではない男の声で目を覚ました。

暗いが、目に映る景色はウォール・マーケットではなく、天望荘の自室だった。
それから、何やら気まずそうなバレットの顔が近くにある。

「近くでマリンが寝てるってのに、何考えてんだ? 正気か?」

「……? 何が…………」

「何ってコレだよ」

バレットはシユウの手首を掴んで、互いの顔の前に掲げてみせた。
その掌に白い液体――己の精液が纏わりついているのを見て、シユウは硬直する。

「は……、な、なに、何だこれ、なんで…………」

「こっちが聞きてぇよ。寝てたら急にお前の喘ぎ声が聞こえて、何かと思ったらコレだ。そういうのは一人の時にやれよ」

シユウは、今の夢で得ていた快楽が全て自分の手によるものだと理解した。
そしてそれを――――寝ぼけながらしていた自慰行為をバレットに見られたことも理解して、言葉を失くす。

「だがまあ、お前が着替えの時に恥じらってた理由は分かったぜ。性的な目で見られてるとは思わなかったけどよ」

「違います!!」

「ぅおっ、声がデケェ!」

何度目かのそんなやり取りをしながら、とりあえずこの気持ち悪い手を何とかしようと、シユウは再びシャワールームに入った。

ムズムズするなと思ったら、肛にまで精液がついている。
夢の内容を思えば当然かもしれないが、前だけでなく後ろまで弄っていたらしい。そしてそれをバレットに見られたのだ。

シユウは絶望しながらシャワーを終えた。
今回はバレットも起きているが、最早裸がどうこうという問題ではなくなったので、そのまま目の前で下着を履き直す。

「で、何が違うって?」

「貴方のことを性的に見たわけじゃありません」

「説得力が無ぇな。さっきのも、男に抱かれて善がってるようにしか見えなかったぞ」

「それは…………」

「ったく、随分と優しいと思ったらそういう事かよ。とんだ変態に拾われたもんだぜ」

違う。そう言いたかったが、上手く説明出来る気がしなかった。

薬を盛られて犯されたのだと、その影響で自慰がやめられないのだと話して、それでバレットが抱く自分への印象が変わるとも思えない。

シユウはバレットへの弁明を諦めて、仕事着に着替えるとそのまま玄関へ向かった。外はまだ暗い。

「どこ行くんだよ?」

「こんな奴が一緒だと眠れないでしょう。俺は適当に外で時間を潰して、そのまま仕事に行きますから、貴方はマリンちゃんが起きるまでごゆっくり」

「別にそこまでしろとは言ってねぇだろ」

「俺が嫌なんですよ」

自分でコントロール出来ないのだから、もうこうするしかない。
シユウはバレットを部屋に置いて天望荘を出た。夜風のお陰で冷静さが戻ってくる。

(寝てる時は……流石にどうしようも無いな。ここまで酷いと思わなかった)

たが、見られた相手がバレットでまだ良かったかもしれない。あのリアクションからして、もう店にも来ないのでは無いだろうか。

自分の尊厳は失ったが、それでセブンスヘブンの迷惑客を追い払えるのなら安いものだ。
シユウはそんな風に前向きに物事を考えようとしたが――――

夜が明け、店を開けるなり、バレットはマリンを連れて平然と店にやって来た。

まるで友達にでもなったかのような気安さで「よう」と声をかけられたシユウは、オーダー伝票片手に暫し立ち尽くす。

「………………ご注文は?」

「珈琲とジュース。お前ほんとにそのまま出勤したのかよ。戸締りしに戻ってくるくらいしろよ。仕方ねぇから大家の婆さんに声かけたけどよ」

「ああ……考えてませんでした。それはどうも……有難うございます……」

これでは結局自分が損をしただけではないかとシユウは思ったが、シャワーと洗濯のお陰で最初の頃より忌避感はマシになっており、バレットを見て逃げる客の数も減った。

それなりに賑わいを取り戻した店内にシユウはホッとしたが、根本的な原因であるバレットは、今日も珈琲をだらだらと飲んで居座っている。

(……あの二人、ちゃんとしたもの食べてるのか?)

昨日も一昨日も、珈琲とジュース以外のものを口にしていないように見える。
まだ幼いマリンはともかく、バレットは珈琲だけで腹を満たせるとは思えないが、どうしているのだろうか。

(かと言って、俺がご飯まで用意するのもおかしいし……店のメニューをタダで提供するわけにもいかないよな。でもあのまま放置してると餓死するか犯罪に手を染めるかになるんじゃ……それも流石に……)

休憩を取るように言われたシユウは、自分とモンティの分の賄い飯を作りながら、うーんと頭を捻った。
ちょうど客が途絶えたところで、モンティと一緒に出来上がったご飯――今日はオムライス――を食べていると、

「なぁシユウ、うちの新しいメニューを作る気はないか?」

モンティが徐にそう提案してきた。
シユウは口の中を飲み込んでから答える。

「カクテルの種類を増やすってことですか?」

「いや、昼に出すメニューを考えて欲しいんだよ。ほら、今はランチプレートと他所から仕入れてる菓子類しか無いだろう? お前さんが来てから昼に来る客も増えたからな。特に女性客。そういう層にウケそうなメニューを考えて欲しいんだ」

「成程。でもどうして俺に?」

「そりゃあ、お前さんの作ってくれる賄いがいつも美味いからだよ」

シユウは納得し、快く引き受けると早速案をメモに書き始めた。
新メニューとは言え、その為だけに材料を仕入れるのは勿体ない。既に店にあるもの、或いは他のメニューにも使える材料が好ましい。作る手間がかかり過ぎるのも良くない。

それらを踏まえて、シユウは絞り込んだ案のうち1つ、パンケーキを試作する事にした。
完成した二種類――ベーコンエッグを乗せたおかず系のものと、フルーツとジャムを乗せたデザート系のもの――を皿に盛り付け、さてモンティと次に来た客にでも試食をして貰おうと考えたところでハッとする。

そうだ、これなら食べさせても問題は無いはず。
シユウは窓からテラス席を見て、まだバレット達が居ることを確認し、テーブルに皿を運んだ。
バレットは「んなもん注文してねぇぞ」と顔を顰めたが、マリンはパッと表情を明るくして身を乗り出す。

「おいしそう! これなに?」

「セブンスヘブンの新メニューの試作品だよ。食べてみてくれる?」

「たべていいの!?」

「勿論」

「やったー! いただきまーす!」

マリンはお行儀よく手を合わせてから、小さな手には少々大きいフォークを使って、フルーツの乗った方をはむはむと食べ始めた。

「ふぉいひぃ!」

「良かった。バレットさんも良ければどうぞ。男性の意見も聞きたいので」

「……後で金取ったりしねぇだろうな?」

「しませんよ。俺ってそんな風に見えます?」

「かなり見える。特に働いてる時のお前はそういう感じだ」

そう言いながらも、バレットもベーコンの乗った方を食べ始めた。
殆ど噛まずに飲み込んでいるのを見て、シユウは思わず「ちゃんと味わってくださいね」とツッコむ。

「で、どうですか?」

「うめぇ」

試食の感想としては簡素過ぎるが、シユウはそのストレートな賛辞に満足して笑った。
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