00.Beginning

その後、シユウは店に戻って、いつも通りセブンスヘブンを開けた。モンティからそうするよう頼まれていたのだと、マーレに聞かされたからだ。

皆にモンティの訃報を伝えるのは心が傷んだ。いつもは夜にしか酒は出さないが、この日ばかりは時間を問わず注文があれば応えた。
酔った客達はセブンスヘブンの素晴らしさを口々に語り合い、モンティを悼んだ。この店はどうなるのかという質問がいくつか挙がったが、シユウは「出来れば続けたい」としか答えられなかった。

夕方頃になって、ティファがやって来た。
モンティが死んだことを伝えると、彼女は目を閉じて長い黙祷を捧げた。いつもはセブンスヘブンの営業終了時刻よりも早くに帰ってしまうが、この日は店を手伝いたいからと、終わりまで残ってくれていた。

そうして恙無くその日の営業を終えて、閉店後の後片付けも終えたところで、マーレが皆を集めた。マリンは下でテレビを見ているように言われて、一人地下の部屋へ向かう。

「で、何の話だ?」

「この店の話さ。ダラダラ引き伸ばしたってしょうがないから、結論から言うよ。今月末までに20万ギル用意出来ないと、この店は人手に渡る。この店を建ててくれた大工にまだ支払いが出来てないんだと。親方も猶予をくれたんだけど、もう限界らしくてね」

「この店が20万? 安すぎじゃねぇか?」

「とりあえずの金だよ。残りは毎月払うのさ」

バレットは納得し、しかし自分には払えないと懐の寒さを披露しつつ言った。
マーレは最初からアテにはしていないと言いたげな顔で付け足す。

「モンティが4万遺してた。だからあと16万。用意出来なけりゃあ店は売りに出される。ここは場所がいいからね。買い手は幾らでも居るだろうよ」

「16万……」

シユウはここで働いて得た金を頭の中で計算した。
毎月マーレに払ってきた家賃ぐらいしか使ってはいないが、それでも16万には程遠い。

「ちっ。マリンが悲しむだろうな」

「また野宿する気かい!?」

「寝袋は高級だぜ」

「信じられない」

女性陣とバレットのそんな口論に近いやり取りが聞こえたのか、下の階からマリンが上がってきた。
皆は一斉に口を閉じたが、マリンは泣きそうな声で呟く。

「おうちなくなるの? また、おそとでねる?」

「大丈夫。何とかする。また別の家を探すさ」

「マリン、ここがいい。シユウ、おみせなくならないようにして」

恐らく自分に言えば全て何とかなると思われているのだろうと、縋りつかれたシユウは感じた。
出来ることなら今回も助けてはやりたいが、シユウは苦しい顔で謝る。

「ごめんマリンちゃん、俺も店が無くなるのは嫌だけど……俺の持ってるお金じゃ足りないみたいなんだ」

「だめなの? どうにもならないの? マリン、もっとはたらけるよ! なんでもするよ! それでもだめ?」

誰も答えられなかった。
マリンは嫌だ嫌だと首を振って泣き出す。

「マリンここがいい! またおそとでねるのいやだよぉ……!」

「ごめんなマリン、父ちゃん頑張るから……」

「あのっ!」

ティファが突然声を上げた。
悩むような素振りの後、

「私、お金持ってます。16万、あります」

「ほ、ホントか!?」

「はい。だから、私がこの店を買います。いいですよね?」

「待ちなティファ。そんな大金、どうやって用意したんだい?」

「屋台で働いて貯めたお金です。その、本当は借金を返す為に貯めてた分なんですけど……」

「借金? 屋台?」

思わず疑問が声に出た。
不躾な質問をしたと謝るシユウに、ティファは彼女がスラムに来た経緯や現状を掻い摘んで説明する。

「故郷……ニブルヘイムって村なんですけど、そこでちょっと事件、みたいなものに巻き込まれて……死にそうになってたところを、色んな人に助けてもらったんです。でも、その治療費がすぐには払えなくて……返済の為に、八番街スラムで働くようになって」

「八番街スラムだって? まさかコンテナ横丁じゃないだろうね」

「えっと……その通りです」

「そのコンテナ横丁ってのは何だ?」

「名前の通りだよ。コンテナの中が簡易的な居住スペースになってるんだ。住めるって言っても、ティファみたいな子が暮らしてて良い場所じゃないよ。まさかそんなとこに住んでるなんて……」

「屋台って言うのは?」

「駅前で饅頭を作って売るんです。七番街の駅前にもあるような感じの」

「じゃあ、16万はその屋台だけで稼いだんですか? そんなに稼げるようなものなんですか?」

「調子の良い時は、日に300ギルくらいは……」

「300!? それを16万ギルまで貯めるって、一体どれだけ……そんな苦労して貯めたお金を今ここで使っていいんですか?」

「いいんです。私もこの店が好きですし、いつかシユウさんみたいに、ここで働けたらなって思ってましたから」

「……おみせ、なくならないの?」

「うん、大丈夫だよ」

「やったー!」

ティファの苦労も何もまだ理解出来る歳ではないマリンは、吉報を聞いて無邪気に喜んだ。
結局、ティファが支払いをするということで話は纏まった。バレットはティファを送ると言って、二人で駅の方へ向かうのを、シユウはマーレやマリンと見送る。

「……ティファさんに払わせたら、彼女は今後もずっと借金に苦しめられることになるわけですよね」

「そうなるね。でも、あの子がそうするって決めたんなら仕方ないよ。それに、あんたもあたしも、他の誰も、16万なんて用意出来ないだろう?」

「それは…………」

「どうにもならないことを考えたって仕方ないよ。今日はもう休みな」

マーレはそう言って、マリンを寝かせる為にセブンスヘブンの地下へ。
シユウは帰る気にはなれず、カウンターで項垂れる。

(確かに、今の俺じゃどう頑張っても16万なんて……ウォール・マーケットの件が無ければ、今頃それくらいは貯まってたかもしれないけど……いやでも、そうか。ウォール・マーケットにまだ俺の財布が残ってれば……)

可能性はかなり低いが、ホテルの部屋に置いてきた自分の私物が、忘れ物として保管されているかもしれない。
あんな場所にはもう二度と行きたくは無かったが、このまま何もせずティファに払わせることを思えば耐えられる。

マーレにもそれを伝えて、シユウは一人六番街へと走った。







「ああ、やっと戻ってきた! ちょっとあんた、今から六番街へ行ってくれないかい?」

ティファと別れ、セブンスヘブンに戻ってきたバレットは、店の扉を開けるなりマーレにそう迫られた。

「マリンは?」

「下で寝てるよ。それより今の聞いてたかい? シユウが一人で行ったんだ。心配だから付いてっておくれよ」

「何だそりゃ。男が一人で夜出かけんのに付き添いが必要かよ? マリンじゃあるめぇし」

「あたしだって他の場所ならこんなこと言わないよ。でも今回は良くない。ウォール・マーケットなんだ」

「ウォール・マーケットって……あれか、確か歓楽街だろ? なら尚更付き添いなんざ必要ねーだろ。つーかこんな時に何やってんだアイツ……」

「……あんた、何も知らないんだね? 通りであの子の家に何日も泊まれる訳だよ……ただ無神経なだけかと」

「あ?」

「あの子がウォール・マーケットでどんな目に遭ったか、ここに来た時どんな状態だったか、知らないなら教えてあげるよ」

そう言って、マーレは捲し立てるように早口でシユウの悲惨な過去を語って、語り終えるとバレットのリアクションを待たずに、

「心配する理由は分かったね? 分かったならさっさと行くんだよ!」

そう言って彼の尻を蹴った。






そうして、半ば追い出される形で七番街を後にし、ウォール・マーケットまでやって来たバレットは、寄ってくる客引きを威嚇して追い払いつつ、かつてシユウが住処として使っていたというホテルに入った。

バレットの風貌に若干怯えた様子のフロントマンに、シユウが来ていないか彼の特徴を混じえて尋ねる。

「もしかしてシノさんの事ですか? 彼なら確かにさっき来ましたよ。でも、彼の所持品はうちにはもう無いんです。彼が元々勤めていたバーのマスターが、翌日に取りに来たので」

「それで渡したのかよ……」

「ええ。シノさんに頼まれてって話だったので。さっきもシノさんにそう伝えたら、じゃあそっちに聞きに行ってみるって」

「聞きにって、あいつそのマスターとやらのとこに行ったのか!?」

なんて不用心な。また同じ目に遭ったらどうするつもりなのか。
バレットは店の場所を聞いて、慌てて向かった。周囲の喧騒に混じって、店の中から喘ぎ声のようなものが聞こえる。

「おい! そこで何やって――――」

と、店の扉を蹴破ると、中にいたマスターと思しき男が「ひいっ!?」と声を上げた。
シユウもやはりそこに居たが、目の前に広がっている光景はバレットが想像していたものと随分違っていた。

まず、シユウはマスターに犯されている、などという事はなく、空の小瓶片手に、床に蹲るマスターの肩を踏みつけていた。
踏まれているマスターは、火照った顔ではぁはぁと息を荒らげながら、股を床に擦り付けている。

シユウはキョトンとした顔で一言。

「バレットさん? 何でここに」

「いや、婆さんに頼まれて……これどういう状況だ?」

「俺が昔置いてった財布、こいつが持ってるって聞いたんで問い詰めに来たんですけど、性懲りも無くまた薬飲ませようとしてきたんで、返り討ちにしたところです」

「あー……そりゃ何よりだ。ソイツ大丈夫か?」

「さぁ。薬全部飲ませたんで、あんまり大丈夫じゃないかもしれませんね。それより……」

シユウはマスターの肩を蹴って、彼の体を地面に倒した。
胸板を踏みつけられて、マスターが悲鳴とも喘ぎとも取れる声を上げる。

「俺の財布は? 中の金だけでもいいですけど」

「も、もぉ使っちまったから無いんだって……悪かったよ。お前はもう戻ってこないと思ったから……」

「戻って来なければ勝手に使っていいんですかね? っていうか、まさかその金でこの薬買ったんですか? コレまだ他にも残ってます?」

「い、いや……こ、これで最後……」

「目が泳いでますよ」

シユウは一度マスターから離れて、ガサ入れの如く店内を物色し始めた。
すると、それらしき粉末の入った袋があちこちから出てくる。

「すごい数。これ全部俺の金で買ったんですか? 高いって言ってましたもんねコレ。幾らしたんです?」

「え、えぇっと……」

「まぁもういいですけど。使っちゃった分はもう戻ってきませんし、しょうがないですよね」

その言葉に、赦して貰えたのかと笑顔を見せたマスターを、シユウは容赦なく蹴りつける。

「しょうがないんで、代わりに今この店にある金は全部貰っていきますね。あんまり無さそうですけど」

「え!? そ、そんな……待ってくれ、そんなことされたら店が潰れる……!」

「潰れた方がいいですよこんな店」

シユウは勝手知ったる元職場といった様子で、レジや金庫に仕舞われた金を回収していった。
淡々と金を数えるシユウと床で悶えるマスターを見て、バレットが「あいつおっかねぇな……」と呟く。

「全然足りませんけど、何も無いよりはマシですね。それじゃあ俺はこれで」

「ま、待てよシノ……金はやるから、せめて最後にもう一回だけシようぜ? お前だって、本当は俺とヤリたいんだろ? だから戻って来たんだよな?」

退店しようとしたシユウはピタリと足を止めた。
そして、近くにあった酒瓶を手に取り、逆さに持つ。

彼が何をするつもりなのかバレットは察したが、「今のは向こうが悪ぃな」と言って止めなかった。
そして、シユウはマスターの頭にその酒瓶を叩きつけた。
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