00.Beginning
その次の週の水曜日。ティファの持ってきてくれたお金も併せて大工への支払いを済ませた一行――ティファ、マーレ、シユウ、バレット、マリンの5名は、無事営業を続ける権利を得たセブンスヘブンに集まっていた。
ティファの借金の件はチャラになったらしい。
聞けば請求金額を割り増しされていたらしく、実際に払う金額は既に払い終えている、とのことだった。
「とんでもねぇ悪党が居たもんだ」
「本当に。もっと早くに気付きたかった。でも、そのお金があるから今こうしてセブンスヘブンを守れるんだし、結果的には良かったのかも」
「ティファさん……」
なんて強くて真っ直ぐな子なんだろう。
彼女を騙してあんな場所で働かせていたその悪党には殺意が湧くが、シユウは今ここでそれを爆発させてもしょうがないと気を落ち着かせる。
「それで、良かったら私もここで働かせて欲しいんですけど……」
「勿論、大歓迎です。いや本当に。心から助かります」
「オレん時と随分と違うじゃねぇか」
「文句はティファさんと同等の働きをしてから言ってくださいね。そもそも、ティファさんはもうこの店のオーナーみたいなものですから、俺の許可を得る必要は無いと思いますけど」
「え? シユウさんがオーナーじゃないんですか?」
「そうなれたら良かったんですけど、俺はいつまでこの店に居られるか、ちょっと分からないので」
「あ? 何だよそれ」
「私も初耳だよ。どこかに移るのかい?」
「すぐにどうこうって話じゃないですから、あまり気にしないで下さい。とにかく、オーナーがやるべき仕事については、ここに居る間は手伝いますけど、諸々の権利はティファさんにお譲りします」
「そんな……本当にいいんですか?」
「ティファさんが嫌じゃなければ、俺はその方が助かります」
「嫌なわけありません。シユウさんが本当にそれでいいなら、喜んで引き受けます」
「じゃあそういう事で。とは言え急に丸投げする訳じゃないので、もし店のことで分からないことがあれば何でも聞いて下さいね」
「じゃあ、この前やってたあのダンスみたいなシェークのやり方、教えて貰えませんか?」
「あれはこの店のって訳じゃ無いんですけどね。それでも良ければ」
「お願いします!」
今日は午後からジェシーもビッグスやウェッジを連れて店に来ることになっている為、店は一日貸し切り――というか、単に休業日――ということにして、シユウは午前の間にティファに店のあれこれをレクチャーして過ごした。
元々店の手伝いをしてくれていたのもあって、教えることはそれほど多くは無かった。
ティファはかなり勉強熱心な様で、シユウが教えたシェークの動きを、空のシェーカー手に何度も繰り返し、見る間に上達していった。
もう自分の指導は必要無いと、テーブル席で感心しながら見守るシユウの隣に、マリンと遊んでいたバレットがドカッと腰を下ろす。
「おい」
「はい? お昼ご飯はジェシーさん達が来てから作りますよ」
「メシの催促じゃねぇよ! お前はオレを何だと思ってんだ!」
「時間的にそうかなって。違うなら何ですか?」
「いつまで店に居られるか分からない≠チて、どういう事だよ」
「そのままの意味ですけど」
「説明になってねぇだろ。何で居られねぇのかって聞いてんだよ」
「それそんなに気になります? 大したことじゃ無いですよ」
「ほー。ならその大したことじゃない理由で、お前はモンティから譲り受けたこの店を捨てんのか。あんなに大事そうにしてたのによ」
涼しい顔をしていたシユウは、その一言で顔を顰めた。
バレットは期待した反応が返ってきて内心で安堵する。
「ま、どうするかはお前の勝手だけどよ。理由も言わずにハイさよならって、随分冷てぇじゃねぇか」
「……………………」
「別に引き留めようとしてるわけじゃねぇぞ。洗いざらい全部話せとも言わねぇ。ただ、ざっくりとでもこういう事情があって≠ュらい言えねぇのかよ?」
そう詰め寄られて、シユウは難しい顔で悩んだ後、
「家庭の事情です」
言われた通り、かなりざっくりと答えた。
「家庭って、お前結婚してたのかよ?」
「いやそうじゃなくて……親とか? 妹とか?」
「なんだそっちか。つか何で疑問形なんだよ」
「厳密には違うので。でも説明が難しくて。大体そんな感じです」
「大体って……まあいいけどよ。で? その親とか妹みてーなのがどうしたんだよ?」
「今は何とも無いんですけど、今後彼らになにかあった場合、すぐ帰れるよう身軽にしておきたいんです。それだけです」
「何だそりゃ。あれか? 親の老後の面倒誰が見るとか、家督の問題がどうとか、ミッドガルには出稼ぎに来てるとか、そういう話ってことか?」
「まぁ……」
実際には違うがそれで良いか。
そう思って肯定したシユウに、バレットは脱力する。
「隠すほどのことじゃねぇだろそれ……」
「大したことじゃないって言ったじゃないですか」
「そりゃそうだけどよ……」
「気にし過ぎですよ」
「……まあそうだな。悪かった」
勘繰ったことを素直に謝るバレットに、本当の事情を話せないシユウは「こちらこそ」と声には出さずに返す。
セブンスヘブンに愛着があるとは言え、己にはウータイのシノビとしての本分がある。
本国から何らかの要請を受けたり、招集がかかった際には、それに応じる義務がある。
「……この店は好きなんで、なるべく長く居られたらいいんですけどね」
「だったら居ろよ」
いつか来るその日のことを考えながら呟くと、間髪入れずにバレットが言った。
目を丸くするシユウに、バレットが繰り返す。
「居りゃあいいだろ。何なら家族をこっちに呼べよ」
「それは……ちょっと難しいですね」
「そーかよ」
何やらムスッとした顔で頬杖をつくバレットに、シユウは首を傾げる。
「なんでそこで不機嫌になるんですか?」
「おめーが諦めんのが早ぇからだろ。そもそも、お前の実家どこだよ」
「えーっと、西の方です」
「……お前さっきから適当に喋ってねぇか?」
「個人情報をペラペラと話すのもどうかと」
「わーったよ! もう聞かねーよ」
「ごめんくださーい! これ勝手に入っていい感じ?」
「ジェシー! いらっしゃい、どうぞどうぞ」
へそを曲げているバレットのことが気にはなったが、待ち人来たりでその話は打ち切られた。
ジェシーは連れてきた二人の男性を皆の前に引っ張り出す。
「はい、自己紹介」
「え? ああ。俺はビッグス。ジェシーから聞いてると思うが、アバランチの一員だ。よろしく」
「おれはウェッジっす! よろしくッス!」
ビッグスもウェッジも、それぞれタイプは異なるが一般的な成人男性だった。テロリストだと言われなければそうは見えない。
二人ともジェシーと揃いの赤いバンダナを頭に巻いているが、これがアバランチ、或いは七番街スラム支部の仲間の印だろうかとシユウは考察する。
「ティファは知ってるけど、他は初対面だよな? 名前聞いてもいいか?」
「おうよ! 歓迎するぜ。オレはバレット。こっちは娘のマリンだ」
「あんたがバレットか! って、子連れ!?」
「父ちゃん、このひとたち、だれ?」
人見知りを発動させてバレットの背に隠れるマリンに、ふくよかな腹を揺らしながらウェッジが近付く。
「ジェシーの友達ッス!」
「こわいひとじゃない?」
「怖くないッスよ〜、ティファとも友達ッス!」
「そうなの?」
「うん、そうだよ。皆優しくて良い人達だよ」
ティファもマリンの傍に屈んで言った。
マリンはそれならと警戒を解く。
「マリンです、よろしくおねがいします」
「わお、礼儀正しい。この子本当にバレットの子供?」
「どういう意味だよそりゃあ」
「そっちの兄さんは? ここの店員?」
「はい、シユウと申します。皆さん昼食はまだですか? 良ければお作りしますよ」
「いいんすか!? 是非!」
「ウェッジ、あんたさっき屋台で食べてなかった?」
「あれはおやつッス!」
シユウは賑やかな一団を席へ案内して、自らはキッチンへ向かった。
手伝いを名乗り出てくれたティファと一緒に手際良く調理をこなし、まず出来上がったオードブルをテーブルに運ぶ。
「うお〜! めちゃくちゃ美味そうッス! いただきます!」
「ウェッジ、早いって!」
「皆さんも冷めない内に食べてください。飲み物はどうします?」
「お酒ある?」
「勿論」
「じゃあそれで! 美味しいやつならなんでも!」
ウェッジはご飯、ジェシーはお酒を上機嫌で胃に流し込み、ビッグスは空いた酒瓶や皿をテーブルの端に並べて、次の料理が置けるようスペースを作る。
その様子で何となくジェシー達三人の性格や関係性が分かって、シユウは思わず笑みを零した。良いメンバーだ。
「二人も作ってばっかいないで一緒に呑も! 今日はほら、作戦会議じゃなくて懇親会? だからさ!」
ジェシーにそう誘われたので、キリの良いところでティファと一緒に席に着いたシユウは、バレットが全く料理に手を付けていないことに気付いた。
「バレットさん、お腹空いて無いんですか?」
そう声を掛けると、ジェシー達とは楽しげに喋っていた相手は、ふいと顔を背けた。
どうやらまだご機嫌ナナメらしい。シユウはそっとしておくかとそれ以上構わなかったが、バレットの膝に乗っていたマリンが同じく異変に気付く。
「父ちゃん、たべないの?」
「ん? ああ、気にすんな。マリンは好きなだけ食べていいぞ」
「もしかして、これもおかねかかる? だから父ちゃんはたべられないの?」
「いや、そうじゃねぇ」
「じゃあなんでたべないの? おいしいよ? おなかいたい?」
単なる当て付けだとは知らず、本気で心配している様子のマリンが不憫になって、シユウは取り皿に何品か盛ってバレットの前に置く。
「これはティファさんが作ってくれた分です。これなら食べられますよね?」
バレットは考えを見透かされ、気を遣われたことに居心地が悪そうな顔をしたが、しかしこれ以上マリンに余計な心配をかける訳にもいかないと、黙って食べ始める。
が、マリンの疑問は尽きなかった。
「シユウのごはんはいやなの? どうして? 父ちゃん、シユウのつくったごはんは、なんでもおいしいっていってたのに」
「え?」
「まっ……! 違う! そんなことオレは言ってねぇ!」
「いってたよ! このまえもね、ほかのおみせでごはんたべたらね、これならシユウのほうがじょうずだって」
「マリン……!」
勘弁してくれ、と掌で顔を覆うバレットに、シユウは耐え切れず笑う。
「光栄です」
「うるせぇ!」
バレットはフンと鼻を鳴らして、「ティファのメシの方が美味ぇ」と取り分けられた料理を掻き込んだ。
が、その程度では先の話を無かった事には出来ず、シユウの料理をマリンに「あーん」とされたバレットは、結局観念して食べた。
「あ〜美味しかった! ご馳走様!」
「ここは楽園ッス〜!」
「名前の通りだな」
三人のそんな賛辞と共に、懇親会はお開きとなった。
バレットの住処がセブンスヘブンということもあって、今後このメンバーで集まる時はセブンスヘブンを使うことになった。
モンティの忘れ形見をテロリストの集会所として使うことには抵抗があったが、神羅から身を隠したい、他に行き場もない、という今のジェシー達の境遇は他人事とは思えず、また現オーナーであるティファが了承したこともあり、シユウも最終的にはそれを受け入れた。
ティファはマーレの誘いでコンテナ横丁から天望荘へ移ることになり、明るい内に二階の角部屋――シユウの部屋の真上――に転居を済ませた。
プレートの上での暮らしに比べれば、これでもまだ若い女性に適した環境とは程遠いが、コンテナ暮しに比べればずっとマシだろう。
充実した一日を終えたシユウは、シャワーを済ませてベッドに横たわる。
(バレットさん、本当にアバランチに参加するのかな……マリンちゃんが居るのに)
先日神羅に潰された大規模集会は、また別の日、別の場所で改めてすることになったらしい。他のアバランチのメンバーへのバレットの紹介は、その時に行うとのことだった。
バレットにはバレットの事情や考えがあるのだろうが、もし身に何かあればどうするつもりなのだろう。
そうでなくとも、親がテロリストだと周囲にバレれば、マリンがどんな目で見られるか分からない。
(でも俺が口を出すと、絶対また喧嘩っぽくなるよなぁ……喧嘩したい訳じゃないんだけどな)
どうすれば上手くやれるだろう。
シユウはそんなことを考えて、随分平和な悩みだなと眉を下げて笑った。
それから二年の間は、小さな変化――アバランチが本家と分派に分かれたり、ティファがジェシー達のチームに入ったり、シユウがジージェと再会出来たり――はあれど大きな事件もなく、七番街スラムの面々は比較的平和な時間を過ごした。
それが大きく変わり始めたのは、ティファが同郷の友人だという青年を連れて来てからだった。