01.Lost

「じゃあな、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃい」

「皆、気をつけてね。クラウドも」

「ああ」

夕刻、アバランチのメンバーを見送ったシユウとティファは、その後すぐ帰ってきたマリンと一緒に夜まで働いた。

魔晄炉爆破が上手く行けば、少なくとも一番街の電力は落ちて停電騒ぎくらいにはなるだろう。
神羅の事だ、事実をそのまま報じることはしないかもしれないが、停電について市民への説明はされる筈。

そのニュースが流れてくることを期待して、シユウとティファは店内に設置してあるブラウン管のテレビを頻りに確認。

「……予定通りなら、そろそろ始まる頃、ですよね」

「そうですね…………」

「? 何が始まるの?」

マリンには、バレットはジェシー達と同じ自警団――アバランチであることを隠す為の表向きの仕事――をやっている、ということにしている。

故に今日の作戦のことも当然知らない訳で。シユウとティファは「どう誤魔化そうか」と顔を見合わせる。

「えっと……ほら、あれ」

「忠犬スタンプ」

「そうそう!」

「マリンちゃん、お腹空いたでしょ。スタンプ観ながらグラタンでも食べる?」

「食べる!」

客足が落ち着いたところで、シユウは多めにグラタンを作って、ティファと自分の分も合わせて三人前をカウンターに並べた。
マリンを中央に座らせて、その両隣にシユウとティファが座る。

「父ちゃん、今日は帰ってくるの遅い?」

「そうだね。だからマリンは先におやすみしてよっか」

「ううん。父ちゃんが帰ってくるの待ってる」

「そっか……」

「あ、始まった!」

子供向けに作られた番組特有の愉快な音楽と映像が流れ始め、マリンはグラタンを頬張りながらテーマソングを口ずさむ。

神羅は憎いが、親の帰りを待つ子供の寂しさを紛らわせてくれる忠犬スタンプは悪くない。
そう思いつつ、シユウはマリン達と忠犬スタンプ鑑賞会を楽しんでいたのだが、エンディング曲が流れ始めたところで突如画面が切り替わった。

『ここで臨時ニュースをお伝えします。つい先程、壱番魔晄炉が突如爆発し、その影響で、一番街および八番街に避難命令が出ています。現場から中継です』

『こちら現在の八番街の映像です。ご覧下さい、魔晄炉の爆発により、各地で甚大な被害が出ています。八番街では建物の倒壊に巻き込まれた市民の救助活動が行われていますが、現場では火災も発生しており、救助は難航しています』

うそ、と、ティファが小さく呟いた。

プレート上の整備された市街地が炎に包まれている。逃げ惑う人々の姿と、瓦礫と化した高架が映し出されている。
まばらに居る客も含め、皆がその画面に釘付けになった。一瞬静まり返った店内は、徐々にざわめき始める。

「何だぁ? 魔晄炉の爆発? どうなってんだ?」

「まさかアバランチの仕業なんじゃ……」

「だとしたらやり過ぎだろ……星の為とか何とか言って、結局はただのテロリストだな」

客達はそれきり興味を無くして談笑に戻ったが、ティファとシユウはそうはいかなかった。

「違う……こんな、ここまで…………」

青ざめた顔で画面を凝視したまま、ティファがうわ言のように言った。

確かに、事前に聞いていた話では、設置する爆弾の威力は魔晄炉の内部にどデカい穴を空ける程度のものだった筈だ。
だが映像を見ると、まるで魔晄炉そのものが爆発したかのような崩れ方をしている。

不意に服の裾を掴まれて、シユウは隣を見た。
マリンも不安そうな顔でテレビ画面を見詰めている。

「……父ちゃん、まだ帰って来ない……」

どうやらニュースのせいで忠犬スタンプの魔法が解けてしまったようだ。
シユウは優しく頭を撫で、他に気を紛らわせるものは無いかと店内を見渡す。そして、目に留まった紙ナフキンを数枚手に取った。

正方形に千切ったそれを幾重にも折っていると、幸いマリンが興味を示してくれた。
完成した作品を渡すと、パッと笑顔になる。

「お花!」

「マリンちゃんも作る? バレットさんにあげたら、きっと喜ぶよ」

「つくる! マリンね、折り紙持ってるよ!」

明るさを取り戻したマリンは、慣れた様子で仕掛けを動かして地下の部屋に向かった。
ティファも取り繕った笑顔でそれを見送ってから、未だ落ち着かない様子で呟く。

「ジェシー達、大丈夫かな……」

「……あれが爆弾のせいなら、起爆するまでの間に避難出来てると思いますけど……」

もし何か想定外の事態――例えば、今回の作戦が神羅に漏れていて、アバランチを潰す為に神羅自ら魔晄炉を爆破した、などという事が起こっていれば、ジェシー達が無事で居られる保証は無い。

「悪い想像はやめましょう。そういうのは、日付が変わっても皆が帰って来ない場合にでも考えればいいですよ」

「……そう、ですよね。うん。そうだ」

ティファは深呼吸をして、よしっ、と気を持ち直した。
それから、マリンの持ってきた折り紙を一緒に折り始める。

「シユウさん、こういうのも得意なんですね。何処で覚えたんですか?」

「これは……ずっと前に友人に教えて貰ったんです。そいつ妹が居て、小さい頃よく一緒に作って遊んでたみたいで」

自分が面倒を見ていた少女のご機嫌取りに使えるかもしれないと教わったものだが、結局その少女は折り紙には興味を示してはくれなかった。
それきり誰かに披露する機会も無かったが、覚えていて良かったなと思いつつ、シユウはマリンとティファにお手本を見せる。

そうこうしている内に閉店の時間になり、最後の客をティファと一緒に見送ったマリンは、完成した折り紙の花を手に外の階段に座る。

「マリン?」

「父ちゃん、もう帰ってくるよね? マリン、ここで待ってる」

「……そっか」

ティファもマリンに倣ってその隣に腰を下ろした。
シユウは彼女らに近付く輩が居ないか店内から確認しつつ、いつもの様に閉店後の片付けに勤しむ。

何かしていれば時間が経つのは早いもので、あっという間に更に一時間ほど。

「父ちゃん、おかえりなさい!」

「ただいまぁ! いい子にしてたか?」

弾んだマリンの声と、扉越しでもハッキリ聞こえるバレットの声が耳に入ってきて、シユウはほっと息を吐いた。

どうやら最悪の事態は免れたらしい。
ウォーレス親子に続いて、クラウドと、黄色い生花を手にしたティファも店の中へ。

「それは?」

「今さっきクラウドに貰ったんです。珍しい」

と、ティファははにかみながら答えた。

ティファの言った「珍しい」が「クラウドがこんな事をするなんて」という意味だとは気付かないシユウは、「確かにスラムで生花は珍しいですね」と、クラウドに入手経路を尋ねる。

「八番街の花売りから貰った」

「へぇ。商売に出来るほど花が採れる場所が、ミッドガルにもまだ残ってるんですね。――いやでも、自然に咲いたものじゃない可能性もあるか。魔晄を使って育ててるとか……」

「花に興味があるのか?」

「いえ、それほどは。ただ、カクテルに添えたら見栄えが良くなりそうだなって」

「それ良いですね! コスタ・デル・ソルにぴったり」

「コスタ・デル・ソル?」

「そういう名前のカクテルがあるの。実際はリゾート地の名前なんだけど、そこをイメージしたカクテル。飲んでみる?」

「いや、今はいい。それより報酬の話がしたい」

「あ……そうだよね」

ティファはクラウドを手招いて、彼と共に店を出た。
去り際のティファの顔を見て、恐らくまだ提示された金額は用意出来ていないのだろうなとシユウは察する。

そんな苦労の耐えないティファとは裏腹に、バレットはマリンお手製の花の折り紙を貰ってご満悦。

「あのね、シユウが折り方教えてくれてね、ティファと一緒に作ったんだよ!」

「そうかそうか! 上手に作れたなぁ〜!」

「あとね、スタンプもやっててね、一緒に観てたの。でも……」

楽しそうに語っていたマリンは、チラとテレビの方を見た。
依然として流れ続けている八番街のニュースに、表情を曇らせる。

「途中からね、このニュースばっかりになっちゃったの。魔晄炉が爆発したんだって」

当然そのことを知っているバレットは、まさかその爆発を起こしたのが父だとは思ってもいない様子のマリンに、何とも言えない顔で「そうか」と返す。

「死んだ人は、ちゃんと星に帰れたかな」

「ああ……マリン、父ちゃん今夜はもう何処へも行かないから。テレビ消して、ねんねんしような」

「いや。父ちゃんとおはなしする」

娘の可愛いおねだりに「特別だぞぉ〜?」と笑って応じるバレットは、何も知らなければいつも通りに見えた。
その気丈さは大したものだと感心しながら、シユウは親子水入らずの邪魔をせぬよう帰り支度を始める。

「もう帰んのか?」

「はい。やる事は済ませましたし。あ、お腹空いてたら冷蔵庫の中にグラタンあるんで、良ければ焼いて食べて下さい。マリンちゃんおやすみ」

「おやすみ! 父ちゃんグラタンあっためる? マリンも食べたの。美味しかったよ!」

「お? おお」

目まぐるしい話の流れについていけないバレットに笑いを零しつつ、シユウは店を出た。
あの爆発の原因について聞きたかったが、マリンがバレットと過ごす貴重な時間を奪う訳にもいかない。

他のアバランチのメンバーも帰ってきては居るのだろうが、夜中に家に押しかけるのも迷惑かと諦めて、真っ直ぐ天望荘へ向かった。

そうしてシャワーを浴びて、柔らかくは無いベッドで眠りについて、深夜。

「やめて!」

上階から薄らとティファの叫び声が聞こえて、シユウは飛び起きた。

彼女の身に何かあったのかと、慌てて部屋を出て階段を駆け上がると、まずクラウドと鉢合わせた。その向こうにティファと、マルカート――天望荘の住民、魔晄中毒――が蹲っているのが見える。

クラウドの手に剣が握られているのを見て、シユウは一瞬彼が何かしたのかと思ったが、特に争った形跡は無く、振り向いた彼にも敵意は感じられなかった。

「あんた、何でここに居るんだ?」

「いや、それはこちらの台詞ですが。ティファさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ごめんなさい、煩かったですよね」

ティファはマルカートを助け起こして、彼の住む203号室の部屋へ運んだ。
残ったクラウドに何があったのか問うと、相手は首を振る。

「何でもないんだ。その、寝ていたら隣から呻き声が聞こえて。扉越しに呼び掛けても返事が無かったから、中の様子を見ようとして……騒がせて悪かった」

「隣? 202ですか?」

「ああ。ティファに紹介して貰って、今日から住むことになったんだ。あんたも此処に住んでるのか?」

「ええ。俺は1階の角です。101号室」

「101……ティファの部屋の下か?」

「そうですね」

「…………一つ聞きたいことがあるんだが」

「どうぞ」

「あんたとティファはどういう関係なんだ?」

訝しんでいるのを隠さず尋ねるクラウドに、シユウは「若いなぁ」と思いつつ答える。

「同じ職場で働く同僚ですよ、ただの。ああでも、今はティファさんがオーナーですから、俺は彼女に雇われてることになるんですかね」

「…………そうか」

「因みに、俺がセブンスヘブンで働き始めたのも、ここに住み始めたのも、彼女と出逢う前の話ですからね。ティファさんに付き纏っている訳でも、そういう下心がある訳でも無いので、ご心配なく」

「そうか…………」

どうにも自分は軟派な印象を持たれ易いようだ。
実際には女性を口説くような真似はしたことが無いのだが、見た目の影響は強いなとシユウは苦笑する。

「俺も一応聞いておきたいんですが、剣を抜いているのはどういう?」

「え? ――ああ、これは……ドアを開けた瞬間にマルカートに掴みかかられそうになって、反射的に。魔晄中毒の患者だと知っていれば、驚きはしなかったんだが」

シユウは「成程」と納得して見せたが、クラウドのどこか落ち着きの無い語り口には少し引っ掛かりを覚えた。
ソルジャーの性かもしれないが、掴みかかられただけで武器を向けるのも、少々やり過ぎな気がする。

とは言え、知り合って間もない相手に、これ以上の追求は印象が良くないなと、シユウは一旦引き下がった。

「ティファさん、何か困ったことがあれば、いつでも相談して下さいね」

マルカートの部屋から出てきたティファに念の為それだけ耳打ちして、シユウは寝直すかと一人部屋に戻る。

一方、目の前でヒソヒソ話をされたクラウドは、ムッとした顔でシユウを見送ってから、ティファに尋ねる。

「あの男は何なんだ?」

「シユウさん? セブンスヘブンのバーテンダーだよ」

「それは知ってる。それだけか?」

「それだけって……? あ、そうそう。あの人もここの住民なの」

「それもさっき本人から聞いた」

「じゃあ他に何が知りたいの?」

ハッキリしないクラウドに、ティファは首を傾げていたが、あれこれと考えている内にハッとする。

「クラウド、もしかして……シユウさんに口説かれたりした?」

「…………は?」

「あ、違う? 違うならいいの。ごめんね。気にしないで」

「待ってくれ。どうしてそんな発想になったんだ。ティファには俺が女に見えてるのか?」

「そうじゃないんだけど……」

ずっと前にバレットが言っていた「シユウは男が好き」という話をクラウドに伝えてもいいのかと迷うティファを見て、それを聞く前にクラウドが思い至る。

「まさかあいつ、男が好きなのか?」

「バレットがそう言ってたの。ずっと前に一度だけ。シユウさんとそういう話はした事が無いから、実際にどうかは分からないんだけど……」

「そうなのか……なんだ、良かった……」

「良かった=H」

「何でもない。じゃあな、また明日」

ティファとシユウの関係を疑って探りを入れていたとバレるのが嫌なクラウドは、早々に会話を打ち切ってそそくさと自室へ引っ込んだ。

そして残されたティファは、

「良かった≠チて……クラウド、まさかシユウさんのこと……」

恐ろしい勘違いをしていた。
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