01.Lost
「お、居た居た。シユウ! 今いいか?」時間が空いたので、適当に七番街スラムをぶらつこうと思っていたシユウは、店を出るなり声をかけられた。
相手はここ一年ですっかり顔馴染みとなったジージェだ。
たまに情報交換がてら、かめ道楽――ウータイに本店がある飲み屋――へ飲みに行くことはあるが、今回はその誘いでは無いらしい。
「あんたの古巣絡みの話だ。場所を移していいか?」
古巣、というと、ウータイ、或いはシノビに関することだろう。
橋渡し役だとは聞いていたが、実際にジージェからその類の話が出るのは初めての事だ。
シユウは緊張しつつ先導するジージェについて行く。
案内されたのは、武器屋の向かいにある小さな建物。
壁には「七番街診療所」と書かれてあるが、まさか本当にそんな場所で内緒話をするつもりでは無いだろう。明らかにフェイクだ。
「ここは?」
「本家アバランチのアジトだ」
「え、本当に? こんな所にあったんですか。知らなかった」
「分派には内緒にしてるからなぁ。奴らが無茶しないようって見張りも兼ねてるらしい」
「ああ……心中お察しします。ところで、まさか本家アバランチに入れって話じゃありませんよね?」
「それは無い。が、本家アバランチも関わっては居る。ウータイ暫定政府から協力要請があったんだ」
「協力要請?」
「あれ、聞いてないか?」
「聞いてません。俺は勝手に飛び出してきた感じなので、アテにされてないのかもしれませんね」
「そうだったのか。シノビの任務って話だったから、てっきりあんたも関係してるのかと……そういう事なら悪い、忘れてくれ」
「でも一応俺もシノビですし、他人事じゃありませんから、出来れば協力させて貰いたいんですけど」
「うーん。なら当人同士で話し合って決めてくれ。俺にはその辺りの決定権が無いんでね」
「任務に当たるシノビの方はもう此方へ到着済みなんですか?」
「一人はな。もう一人は明後日に来る予定だ。任務開始は全員揃ってから。今はその為の準備を進めてる」
なら先に着いている一人に挨拶をと思ったが、その人物は情報収集の為にウォール・マーケットへ行っているとの事だった。
シユウは大人しく帰ってくるのを待つことに決める。
「任務の概要は?」
「神羅ビルに潜入して、究極マテリアを奪取するんだとさ」
「究極マテリアって……なんだか名前からして胡散臭いですけど、そんなもの実在するんですか?」
「さぁな。だがそういう噂は以前からある。マテリアっていうのは隠語で、実際は何か別のものだとか、予算を増やす為にでっちあげた架空のプロジェクトだとか、色々と言われてるが」
「大丈夫なんですかね……まあ、それを調べろっていうのが上からの指示なら従いますけど」
「じゃあ一応あんたも作戦に参加するメンバーってことにしておく。明後日になったらまた此処に来てくれ。他のメンバーにも話は通しておくから、好きに出入りしてくれていい。ただ、分派の連中には秘密にしてくれよ」
「分かりました。ちなみに、シノビのお二人のお名前は? 古参のシノビなら俺の知ってる人かもしれませんし」
「ああ。一人はユフィ。こっちが明後日に来る方な。で、先に来てる方はソノンだ」
その名を聞いた瞬間、シユウは心臓が止まるほどの衝撃を受けた。
え、と短く発して固まってしまった相手に、ジージェはきょとんとする。
「どうした?」
「…………い、いえ。ちょっと、吃驚して……すみません」
――――まさか。そんな偶然があるのか?
動揺しつつ、二人と顔見知りである事だけ伝えると、ジージェは「それならスムーズに進みそうだな」と朗らかに笑った。
シユウはそれにぎこちなく合わせることしか出来ず、これ以上話を広げられる前にと、逃げるようにアジトを後にした。
その夜。
明後日のことを考えて、全く眠れずベッドの上で鬱々としていたシユウは、コンコンというノックの音で顔を上げた。
誰だろうと思いながら扉を開けて、そこに居たバレットに目を丸くする。
「悪い、寝てたか?」
「いえ全然。どうしました?」
「昼間は悪かった」
唐突に謝られて、シユウは再度目を丸くした。
何についての謝罪なのかは何となく分かるが、どうしてこんな夜中にわざわざ足を運んでまで謝る気になったのか。
その理由は次の言葉でわかった。
「明日の作戦、オレ達全員で行くことになってな。そうなると、マリンが店に一人になるだろ? マーレに頼もうかとも思ったが、もし何かあった時に女子供だけじゃ心配でよ。 いや、勝手なこと言ってんのは分かってる。でも、お前しか頼める相手が居ねぇんだ」
つまりはバレット達が戻ってくるまでマリンを見ていて欲しい、という事らしい。
シユウは納得して、頼む、と頭を下げるバレットに微笑する。
「頼まれなくても、そうするつもりでしたよ。マリンちゃんが居なくても、店の営業もありますし」
バレットは安堵した様子で「そうか」と息を吐いた。
「その代わりって訳じゃないですけど」と、今度はシユウが頼みを話す。
「俺、明後日はちょっと出掛ける予定があって。店のことお任せしていいですか?」
「そりゃいいけどよ、予定って?」
「ええっと、覚えてるかどうか分からないんですけど、前に妹みたいな子が居るって話したでしょう。その子がミッドガルに遊びに来るみたいで、案内でもしてあげようかと」
「何だそんなことか。いいぜ、楽しんで来いよ」
「有難うございます、助かります」
これで後顧の憂いは無くなった。
今も寝ているマリンを一人で置いてきているからと、足早に店に帰るバレットを見送ったシユウは、覇気のない顔でベッドに戻る。
(どうしてソノンがお嬢と一緒に……いや、別におかしくは無いか。ソノンだってゴドー師匠の弟子な訳だし。でもよりにもよってその二人……)
ユフィだけなら歓迎したが、ソノンとは顔を合わせ辛い。
任務に私情を挟むつもりは無いが、作戦が終わるまでは息の詰まるような思いをする事になるだろう。
別行動になればいいんだけどと子供じみた事を考えながら、シユウは目を閉じて眠るよう己に命じた。
そうして碌に眠れないまま夜を明かして、シユウは眠気眼を擦りながら出勤した。
セブンスヘブンには既にアバランチのメンバーが集まっており、作戦前の最終確認を行っているところだった。
「おっはよーシユウ! なんか眠そうだけど、大丈夫?」
「おはようございます。まぁ何とか。あれ、ビッグスさんは?」
「先に行ってる。オレ達の潜入経路の確保の為にな」
成程と返しながら、シユウは輪に混ざっているティファを横目で見た。
結局彼女も参加することを選んだらしい。リスクを理解した上でそうすると言うのならもう何も言うまいと、シユウは目を伏せる。
「よし、行くぞお前ら! 準備はいいな? 忘れ物は無ぇか?」
「大丈夫」
「モチロン!」
「バッチリっす!」
「そんじゃ作戦開始だ! 目指すは伍番魔晄炉!」
おー!と皆で気合を入れる様は仲睦まじく微笑ましいが、やろうとしている事を考えると全く笑えない。
拗ねた様な顔をしているシユウに、バレットが「まだ怒ってんのかよ」と嘆息。
「そりゃあ、こっちの忠告は無視された訳ですからね。でも別にご機嫌取ろうとしなくていいですよ。俺の事はお構いなく」
「お前がそんな顔してたらマリンが気にすんだろ」
「マリンちゃんの前ではしませんよ。貴方に対してだけです」
「そーかよ。ったく、嫌われたもんだぜ」
「別にバレットさんの事が嫌いでこんな顔してるんじゃなくて、俺はただ過激なやり方をやめて欲しくて――――」
「ちょっと、何よコイツら!?」
先に店を出たジェシーの困惑した声を聞いて、バレットとシユウは会話を中断してそちらへ顔を向けた。
どこから湧いて出たのか、何やら黒いマントのようなものが、海を泳ぐ魚の群れのように宙を漂っている。
「魔物か!?」
「分かんない! こんなの見たことないし!」
「こっちに向かって来るッスよ!」
「外で迎え撃つぞ! シユウ、お前は中に居ろ。マリンを頼む」
「分かりました」
中に魔物が入らないようにと扉を閉めて、バレット達はそれを背に庇うように立ち、得体の知れない敵と戦う。
が、倒せども倒せども数は減らず、ティファはクラウドに助けを求めるべく一人天望荘へと走って行った。
シユウは窓からその様子を窺っていたが、敵の勢いに圧されたバレットが倒れたのを見て、思わず扉を開けて助け起こす。
「バレットさん! 大丈夫ですか!?」
「バカ出てくんな! ちょっと転んだだけだ、このぐらい何ともねぇ!」
「でもコイツらキリが無いよ!」
「このままじゃマズいッス〜!」
奮戦する皆の嘆きを聞いて、シユウは奥歯を噛んだ。
忍具や忍術さえ使わなければ大丈夫だろうと、店内にあるカトラリーやマテリアを駆使して援護してみるが、大した戦力にはならない。
程なくしてクラウドを連れたティファが戻ってきたが、合流を阻むように敵が道を塞ぐ。
普通の魔物にしては統率が取れ過ぎているし、知性も高過ぎる。
「何なんスかこのウジャウジャ! 突然変異ッスか!?」
「或いは神羅が開発した新型兵器って可能性もありますよね」
「ま〜た神羅かよ! ほんっとロクでもねぇな!」
「でもそれにしては数が多過ぎない!? スラムを襲いに来る理由もよく分からな――あっ!?」
一瞬目を離した隙にジェシーは持っていた銃を弾かれ、更にはそのまま突き飛ばされる。
階段下へ転がり落ちたジェシーに敵が群がり、黒い塊の中から悲鳴が上がった。
「ジェシー!!」
「ちくしょう!!」
ジェシーから敵を引き剥がそうと皆は駆け寄ったが、何かするまでもなく敵はジェシーから離れた。
同時に周囲に居た敵も攻撃を止め、引き潮のように撤退していく。
「……何だ? 終わりか?」
「ジェシー、大丈夫!?」
「えへへへ、ドジっちゃった……」
足を挫いたのか、立ち上がろうとして失敗したジェシーをクラウドが抱えて店内へ運ぶ。
応急処置はしたが怪我の度合いは軽くは無いようで、安静にしておくようにとバレットが留守番を命じる。
「作戦はどうするの!? ビッグスはもう潜入しちゃってる、今更中止には出来ないでしょ!?」
「オレが頑張りゃいい!」
「よけい心配!」
他の面々も同意して頷き、閉口したバレットはクラウドの方を向く。
「お前、今から出られるよな?」
「報酬は割増だ」
「おう、任せとけ! よーし、クラウドを入れて作戦再開だ!」
ジェシーはクラウドが行くならと留守番を承諾し、出て行く皆をシユウと共に見送った。
「また舞台に出そびれちゃった。本番に弱いのかな、わたし」
「また≠チて?」
「アバランチに入る前はね、舞台女優を目指して色々やってたの。ゴールドソーサーのショーに出たりね。でも、主役として出る予定だった公演の直前に、父親が倒れちゃって。結局舞台には上がれなかったんだ」
「そうだったんですか……でも、それでどうしてアバランチに?」
「パパが倒れたの、魔晄炉のせいだから。いや、厳密には魔晄のせい? 魔晄炉の整備をやってたんだけど、そのせいで魔晄中毒になっちゃってさ。だから、魔晄炉を壊しちゃえば、そういうのも無くなるんじゃないかって思って……単純だよね」
「いえ、動機としては十分だと思いますよ」
「ありがと。でもさ、そういう理由があったとしても、前回の爆発は良くなかったよね。沢山の人を巻き込んで……あれ、私のせいなんだ」
「原因分かったんですか?」
「爆弾を作る時にね、設計図の指定よりも強力な火薬ユニットを乗せちゃったんだ。多分それのせい。威力が足りなくて失敗するよりは良いと思ったんだけど……まさかあそこまで酷いことになるなんて……」
軽率だったと、ジェシーは当時の惨状を思い出して項垂れた。
重苦しい空気を振り払うように、でも、と顔を上げる。
「今回は大丈夫。昨日の夜にね、クラウド達に手伝って貰って、設計図通りに作り直したんだ」
「そうだったんですか……良かった、ちょっと安心しました」
「ごめんね、シユウにまで気苦労かけて。バレットにもさ、今朝もうちょっと爆弾の威力を落とせないかって相談されたんだよね。昨日シユウに言われたこと、かなり気にしてたみたい」
「え、そうだったんですか? 聞き流されたと思ってたんですが」
「だから言ったでしょ? シユウはわたし達のご意見番だって。わたし達はさ、何だかんだバレットをリーダーとして動いてる訳だから、バレットの決めたことにはあんまり強くは言えないんだよね。文句あんなら抜けろ!ってスタンスだし」
「確かに。それでかなり人数減りましたもんね」
「そうそう。だからシユウがズバッと言ってくれるの、すっごく助かるんだよね。巻き込んじゃって悪いけど、バレットの手綱を握れるのはシユウしか居ないから、今後とも宜しくね」
「手綱握れてますかね……? 俺は制御出来てる実感が全然無いんですが」
「握れてる握れてる。あ、マリンおはよ〜」
「おはよう。ジェシーどうしたの? ケガしたの?」
「ちょっと店の前で転んじゃってね〜、マリンも階段降りる時は気を付けなね」
居残り組がそんな会話をしている頃、駅で電車を待つ作戦参加組は、
「クラウド、今聞くような事じゃないかもしれないんだけど、気になってることがあるの。聞いてもいい?」
「ああ。どうした?」
「クラウドって、シユウさんのことが好きなの?」
「は?」
「あ゙ぁ!?」
「いや待ってくれ。色々と待ってくれ。まずティファ、どうしてそうなった?」
「だって前に、シユウさんが男の人が好きかもしれないって話した時、良かった≠チて言ってたから……それに、シユウさんに恋人が居るかどうか聞いたりもしたんだよね? シユウさんから聞いたよ」
「ああ……あれはそういう意味で言ったんじゃない」
「じゃあどういう意味?」
「ええと……とにかく、ティファが思っているような事は無い。そもそも、つい最近初めて会ったばかりの相手だぞ?」
「それはそうなんだけど、一目惚れってこともあるかなって」
「無い。それで、あんたは何で怒ってるんだ」
「別に何でもねぇよ」
「シユウが男が好きだって話も、あんたが発端らしいな? 本人からそう聞いたのか?」
「いや、そうじゃねぇけどよ……」
「なら何を根拠にそんなことを」
「色々あんだよ! お前にゃ関係ねぇだろ!」
そんな会話をしていた。