01.Lost

「無事ですか?」

「いたたた……なんとか。助かった?」

「いや……」

ソノンは閉じた扉の近くに歩み寄り、操作パネルを叩いた。が、反応は無い。

「閉じ込められたな……」

「!? ちょっと貸してくれ」

シユウも同じく開閉操作をしてみたが、確かに動かない。
ならばこじ開けられないかと試して見たが、ビクともしない。

「くそっ! ふざけるな! 早くしないと七番街が……」

「落ち着け」

「だって、プレートを落とすって言ったんだぞ!? 街一つ落とすって! あんなもの落ちて来たら、下に居る人達は助からないだろ!? 早く行って避難させないと――」

「落ち着け!」

ソノンはバチンと両手でシユウの顔を挟んだ。
シユウは目を瞬かせてソノンを見る。

「慌てたってしょうがないだろ。落ち着け」

「……ごめん。でも、七番街スラムの人達には沢山世話になったんだ。あの人達は敵じゃない。死なせたくない……」

「分かったから。誰も見殺しにするなんて言ってないだろ」

「そうだよ。ナヨ達や分派の皆もまだ居るかもしれないし。でも、その為にはまずアタシ達が無事にここから脱出しなきゃ」

「そういう事。平静さを欠いてると命を落とす。だからどんな時でも、まずは落ち着くのが大事――いつもお前が言ってたことだろ。分かったか?」

「…………わかった」

「よし。じゃあとりあえず、この部屋の中を調べてみよう」

僅かに痛む頬を擦りながら、シユウは大人しく二人に従った。
その様子を横目に見て、ソノンが薄く笑う。

「ミッドガルなんてどうでもいいのにな。結局こうなる。まだまだ甘いな、俺も」

「……ソノンはさ、シユウのこと嫌いになった訳じゃないんでしょ? 仲直りしないの?」

「あいつの選択を赦せば、メルフィの死を肯定する事になる。あれが正しかったなんて、俺は言いたくない。言えない」

「でも、それじゃどっちも苦しいだけだよ」

「そうだな。だからあいつは俺から離れた。お互い傷つけ合わないようにする為には、そうするしかない」

「それでいいの?」

「……まあ、あいつにはもう別の友達が出来たみたいだしな」

「その人達がソノンの代わりになるわけじゃないじゃん。ソノンは寂しくないの?」

「お陰様で」

賑やかな先輩が傍に居るから気にならない、といった意味でしたり顔をするソノンに、ユフィはむぅ、と口をへの字に曲げた。
二人のやり取りには気付かず、部屋の中央にあるモニターを調べていたシユウは、そこに表示されている文字を読み上げる。

「Pain Reality MAX=H」

「なに?」

「ここにそう書いてます」

『ペインリアリティがMAXに設定されました』

室内に機械音声でアナウンスが流れた。
同時に仮想空間が展開され、再現されたモンスターが現れる。

「この部屋、バトルシミュレーターですかね。ソルジャーの戦闘訓練なんかに使われてるって聞いたことがあります」

「へぇー! で、ペインなんとか〜ってどういう意味?」

「痛みの現実感が最大」

「多分、とんでもなく痛いってことだ」

「マジか〜!」

一先ず湧いて出た敵を倒してはみたものの、すぐに増援が現れる。
痛みや感触があっても、この敵は幻覚のようなものだ。現実のように倒せば済むというものではない。

「システムを停止させないと駄目ですね」

「何処かに投影装置がある筈だ。それを見つけてぶっ壊せば……」

「何処にあんの!?」

「俺達の五感も仮想空間に取り込まれてますから、見つけるのはちょっと難しいと思います。という訳でソノン」

「はいはい。ユフィ先輩はシユウの近くに」

「どうすんの?」

「見えないなら部屋中薙ぎ払おうかと」

ソノンは長い棍を構え直して、円を描くように振り回した。シユウが忍術で起こした風が、その動きをなぞる。

数拍置いて映像が乱れ、偽りの世界は消えた。
上手い具合に扉のロックも解除されて、三人は胸を撫で下ろす。

「外の敵、まだ居るかな?」

「どうでしょう。でもどちらにしろ出ないと」

「不意を突けるかもしれない。扉を開けたら一気に走ろう」

「オッケー。じゃあ行くよ。せーのっ!」

ユフィが開閉ボタンを叩くと同時に三人は外に飛び出したが、最初の一歩で転んだユフィに巻き込まれて、揃って転倒。

「お嬢……自分で合図出しといて……」

「だ、だって今、足に何か引っ掛かって――っ!?」

ユフィは自分の足元を見て、そこに横たわっているソルジャーの死体に気付いた。
周囲を見れば、同じような死体がゴロゴロ転がっている。

「これは……何が起きたんだ……?」

「誰かがアタシ達を助けに来た……って感じじゃないよね」

「だとしても好都合です。今のうちに脱出しましょう」

「気は抜くなよ」

「分かってる」

ソルジャー達を殺した何かと、この先で鉢合わせる可能性もある。
それを警戒しつつ、不気味なほど静かな通路を駆け抜けること数分。

「うそ、行き止まり?」

先頭を走っていたユフィが足を止めて言った。
続けて、ソノンが「誰か居る」と呟く。

四角い部屋の中央に、拘束具で巻かれた異様な男が一人立っていた。
周囲には瘴気のような黒い靄が漂っており、そこから伸びた触手がソルジャーの死体をマリオネットのように吊るしている。

「どうなってるの……仲間割れ?」

「仲間? ディープグラウンドにそんなものは無いよ」

男が顔だけを三人に向けて言った。
拘束具の隙間から見える目と口元が弧を描いている。

「ディープ……なに?」

「ボクと兄さんの遊び場」

「そこ、どいてくれない!?」

ユフィの指示にも男は微動だにせず、静かに佇むだけ。三人は臨戦態勢になる。

「……ダメらしいね」

「一応聞いてみただけ」

「さあ、楽しみましょうか」

男の背中で機械仕掛けの羽が広がった。
浮遊し、突進してくる男をそれぞれが避ける。

「神羅って変なヤツしかいないの!?」

「油断するな。只者じゃない」

ソノンの言う通り。ソルジャーが手も足も出ていないのだから、相応の実力はあるのだろう。
そんな奴の相手をしている時間は無い。何処かに出口は無いかとシユウは室内を見渡すが、靄のせいでよく見えない。

一方、ソノンとユフィは果敢に挑んでいたが、動きが素早いせいで棍も手裏剣も忍術もロクに当たらず苦戦。
暫くは何の進展の無かったが、突然敵が動きを止めた。チャンスだとユフィは懐に潜り込む。

然しそれは失敗に終わった。
男は雄叫びを上げて拘束を解き、振り下ろされた手裏剣を掴んでユフィごと投げ飛ばす。

豪速球のようなスピードで飛んで行ったユフィは壁際のガラスを突き破り、その向こうのモニタリングルームへ投げ出された。
戦いの様子を見ていたらしい神羅職員たちが、引き攣った顔でユフィと暴走する男を見る。

「誰ですか、ボクの邪魔をするのは」

「う、うわぁぁああっ!」

身の危険を感じた職員達は逃げ出したが、触手に四肢を絡め取られ、黒い靄の中に溶けて消えた。
ソノンとシユウは割れたガラスを飛び越えてユフィの傍へ。

「あの黒いの絶対ヤバいよ……!」

「ヤバいですね。捕まらないようにしましょう」

「見ろ、あそこにエレベーターがある」

ソノンが指した先、部屋の奥に、確かにエレベーターがあった。
だが乗り込もうにも、男は見逃してくれそうに無い。

「シユウ、お前一人くらいなら行けるかもしれない」

「馬鹿言うな。何の為に来たと思ってる」

「でももう時間が無い。七番街の連中を助けたいんだろ?」

「助けたいよ。でもお前とお嬢を置いては行けない」

触手と靄が部屋を覆っていく。
このままでは殺されたソルジャーや職員達の仲間入りは必至。

「本当にお前は、俺の意見を聞かないな」

「……お前の意見が偶にろくでもないからだろ」

「メルフィの事もか?」

「…………俺にとってはそうだよ」

親友を見殺しにしろなんて意見、聞き入れられる筈が無い。
ソノンがそれを望んでいなくても、きっと何度繰り返しても同じ選択をする。

「お前がメルフィを助けたかったのと同じで、俺はお前を助けたかったんだよ。赦さなくていいから、その気持ちは分かれよ」

「…………でも俺の気持ちも分かるだろ」

「俺は分かってるけどお前は分かってない」

「俺だって分かってる」

「こらそこ! 喋ってないで戦え〜!」

ユフィの手裏剣が言い争うソノンとシユウの間を通過したので、二人は言われた通り気持ちを切り替えて敵に挑む。

「どこもかしこも、真っ黒け!」

「飲まれる前に片をつけるぞ」

伸びてくる触手を避けながら、ソノンは距離を詰めて棍を叩き込む。
ユフィも反対側から近付いて手裏剣で相手を刻み、シユウが合間に忍術を挟む。

反撃の隙を与えてはならない。
よろけた男をソノンが打ち上げ、ユフィが蹴りつけて叩き落とす。
床に倒れた男が起き上がる前に、シユウが雷撃で追い打ちをかける。

「先輩、ここで決めよう!」

「まっかせなさ〜い!」

ソノンの棍とユフィの踵が男に振り下ろされて、衝撃音と呻き声が響いた。
黒い靄が収束して男を包み、何かに吸い込まれるように渦を巻いて消滅する。

「消えた…………」

「…………勝った?」

「ああ」

「やったあ〜……」

ユフィは疲労困憊で床にへたり込んだ。
ソノンはそれを労りながら、エレベーターのボタンを押しに向かうシユウを見る。

「お疲れのところ何ですけど、急いで脱出しないと」

「え〜……ちょっと休憩しない?」

「シユウが待てそうにない。歩けないならおぶろうか?」

そう言って屈むソノンに、ユフィは「結構です!」と慌てて立ち上がり、ボタンを連打しているシユウの元へ。

「シユウ、それ壊れるって」

「だって来るのが遅いんですよこのエレベーター」

「階のボタンいっぱいあったからね〜。無駄に高く作りすぎなんだよ、このビル!」

神羅はそういう所が〜と呆れたように語るユフィに対し、シユウは余裕なくカチカチとボタンを押し続ける。
早くしないと七番街が、というのは勿論あるが、それとは別に嫌な予感がする。

(さっきの奴……あの消え方、死んだって感じじゃなかった。もしかしたらまだ――――)

何処かに潜んでいるのでは、と、確認の為に振り向こうとしたシユウは、ユフィ共々突然背後から突き飛ばされた。

何かと思えば、すぐそこにソノンの顔がある。それを認識するかしないかのタイミングで、ドス、と鈍い音が鳴った。

ソノンの胸から刃が生えている。
口から血が流れている。

「え――――」

「…………ソノン?」

消えたはずの闇が再び広がり始めた。
何処からか男の笑い声がする。

「ソノ――」

「行って」

ユフィの言葉を遮りソノンが言った。
エレベーターが到着し、背後で扉が開く。支えを失った体が後ろに傾き、シユウとユフィは箱の中へ。

「先輩……生き延びて……戦え」

「そんな……うそ、やだ……!」

再度ソノンの体が刃に貫かれた。
飛び散った血が辺りを朱に染める。

閉じようとする扉をシユウが止めた。
何が起こっているのか分からない――否、状況の理解は出来ている。だが脳がそれを拒んだ。

助けなければ、という気持ちと、もう助からない、という冷静な判断が交互に浮かぶ。
何も言葉が出ない。動けない。その様子を見たソノンが弱々しく笑う。

「今度は……間違えないでくれよ、優先順位……俺のこと、分かってるなら……ちゃんと……」

シユウは首を横に振った。
ソノンの手がその頬に触れる。

「…………頼むよ、親友」

喀血し、もう喋ることすら出来なくなっても、ソノンは穏やかな笑みを崩さなかった。
お前を信じていると、そう訴えるように、真っ直ぐにシユウを見詰める。

シユウは扉を開けているボタンから手を離した。
ソノンに近付こうとするユフィを制する。

「なんで……ダメだよ、こんな時だけそんなのズルい……!」

扉の向こうで、残されたソノンが闇に飲まれていくのを、シユウは最後まで見ていた。
エレベーターが動き出すと、ユフィは崩れ落ちて泣き喚く。


――――ずるい。ああ、本当に狡い。


あんな風に言われたら、裏切れない。


「……意見、聞かないのは、お前の方だろ…………馬鹿」

シユウがそんな反論をしても、もうソノンには届かなかった。
地上に戻された二人は、走って、走って、息を切らしながら走って、神羅ビルから無事に脱出する。

「なんだよぉ……ナメんな、妹じゃないってぇ……!」

涙声でユフィが言うのを聞きながら、彼女の手を引いて走っていたシユウは、外に出て暫くすると足を止めた。

「……………………ああ」

道の先にある筈の七番街が無くなっていた。
プレートのあった場所はぽっかりと空洞になっていて、遥か下の方で、積み重なった街の残骸が炎に包まれている。

「……………………どうかしてるよ」

立ち尽くすシユウの傍らで、同じものを見たユフィが言った。
膝を折り、空を見上げ、胸の内に溜まった感情を絶叫に乗せて吐き出す。

シユウもそうしたかったが、彼女のようには出来なかった。
叫ぼうにも力が出ない。何処にも力が入らない。

仕方が無いので、泣き叫ぶユフィを宥める方に回った。
肩を抱いて背中を摩っていると、ユフィに叩かれる。

「だからっ……アタシは、妹じゃ、ない……! シユウもソノンもなにさ! アタシはッ……アタシだってちゃんと……!」

「ウータイのシノビ、ですもんね」

彼女も幼い頃から修行をして、戦う為の準備をして来たのだ。
肩を並べて戦えるだけの実力があるのに、勝手に妹と重ねて、庇護の対象のように扱われるのは心外だ――ユフィが列車の中でソノンの手を退かした心境を理解して、シユウは謝る。

「分かってるならなんで……!」

「守りたいって気持ちに、強さは関係無いからですよ。お嬢のことを侮ってる訳じゃないです」

「納得出来ない! それじゃあ、アタシの気持ちはどうなんの!?」

「…………そうですね、すみません」

「謝って済ませようとすんなぁ! アタシは……アタシだって、守りたかったのに……!」

泣きじゃくるユフィの背を、シユウはポンポンと優しく叩いた。
ユフィはシユウの服を握り締める。

暫くの間そうして、やがて泣き止んだユフィは、腕で涙を拭って立ち上がった。

「……もう、平気。ゴメン」

「なんで謝るんですか」

「だって、泣きたいの、アタシだけじゃないのに……シユウの方が……」

ソノンと付き合いは長いから、と言いたいのだろう。
苦しそうな顔で言うユフィに、シユウは眉を下げて微笑む。

「俺、こういう時涙出ないんですよ。感情表現が下手なんですかね。お嬢が代わりに泣いてくれて助かりました」

「……何それ。バカ」

「それより、ここから離れた方がいいですね。追っ手が来るかもしれませんし」

「そだね……でも、何処行こう?」

「とりあえずミッドガルの外に。その後は……ジュノンとかどうですかね。都市部は神羅の軍事拠点になってるらしいですけど、その下に反神羅の人達が暮らす集落があるって、前にジージェさんに聞いたことがあります」

「へぇ、いいね。神羅と戦うには仲間も沢山必要だもんね」

距離があるので、まずは近場の町カームを目指そうと二人は歩き出したが、シユウは途中で立ち止まった。

振り向き、七番街のあった方を見詰めていることに気付いたユフィは、その背中を押す。

「お嬢?」

「行ってきなよ。アタシは一人で大丈夫だから」

「いや、でも……今更行ったってしょうがないですし。きっともう……」

「でも気になるんでしょ?」

「……………………まぁ」

「だったら行け! お世話になった大切な人達なんでしょ? アタシとはまた後でジュノンで合流すればいいじゃん」

ほらほら、と更に背を押され、シユウは逡巡の後、礼を言って駆け出した。
ユフィはその姿をやれやれと見送って、反対方向へと歩いて行った。
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