01.Lost
七番街崩落の影響で、プレートの上下を繋ぐ道は全て使えなくなっていた。ダチャオ像を登り下りするあの修行にも意味はあったなと思いながら、シユウは道無き道をひょいひょいと下りて行く。
直接崩落現場に飛び降りる訳にもいかないので、まずは六番街に降り立ち、そこから七番街に向かって進む。
道中、七番街から逃げてきたのだろう傷だらけの人々と何度もすれ違った。怪我が酷くて動けないのか、道端に座り込んでいる人も多く居る。だがバレット達の姿は無い。
七番街のゲート付近の道は、瓦礫で完全に塞がれていた。
避難している人々はどこから来ているのかと流れを辿ると、ゲート近くの公園に出る。
ドーム状になっている遊具の下から人が這い出てくるのが見えたので、中を覗き込んでみると、地下に伸びる梯子が見えた。
降りてみると、細いトンネル道が七番街に向かって伸びている。
こんな道があったのかと驚きつつ、人の流れに逆らって更に進み、再び地上に出た時には、塞がれていたゲートの向こう側に居た。
予想はしていたが、七番街は街としての形を保ってはいなかった。
炎や瓦礫を避けつつセブンスヘブンに向かうと、途中で避難誘導をしているマーレと鉢合わせる。
「マーレさん!」
「シユウ! あんた、無事だったのかい! 何処にも姿が見えないからどうしたのかと……!」
「すみません、ちょっと用事で出掛けてて……お怪我はありませんか?」
「あたしは大丈夫だよ。ああ、あんたも無事で本当に良かったよ……!」
マーレは感極まった様子でシユウを抱き締めた。
大丈夫、とは言うが、マーレの髪や服は煤けており、肌には擦り傷が出来ている。
シユウは噛んだ歯を軋ませて、小さな体を抱き締め返す。
「……あの、マーレさん、他の皆は……マリンちゃんや、ティファさん達は……?」
「マリンは前もって別の場所へ避難させてたらしい。ティファも無事だよ。今はこの奥で、バレット達と一緒に生存者を探してる。あちこち崩れ易くなってるから、あんたも行くなら気をつけるんだよ」
それを聞いて、沈み込んでいた気分は少しだけ軽くなった。
言われた通り周囲には気を付けつつ、折り重なった瓦礫の隙間を抜けてセブンスヘブンの前へ。
最初に見えたのは、折れて文字が読めなくなった看板。
そのお陰で、その後ろに積まれている瓦礫がセブンスヘブンの残骸だと辛うじて分かった。酒に引火したのか、他の建物よりもずっと損傷が酷い。
モンティの夢が詰まった店。皆の居場所。
シユウは黒い炭と化した店の柱を撫ぜた。少し触っただけで、ボロボロと崩れていく。
「……シユウさん?」
名を呼ばれて顔をそちらに向けると、ティファと目が合った。
傍らにはクラウドと、ウェッジを担いだバレットも居る。
「良かった、無事だったんですね……! 巻き込まれてたらどうしようかと……」
「ティファさん達こそ、よくご無事で。……その、ウェッジさんは……」
「生きてる。気を失ってるだけだ」
バレットがずり落ちてくるウェッジを担ぎ直しながら答えた。
シユウはほっと息を吐く。
「ビッグスさんとジェシーさんは?」
ここまで良い報せばかりだったので、シユウは調子に乗ってしまった。
皆が目を逸らし口を閉ざしたのを見て、ああ聞かなければ良かったと後悔する。
「ウェッジのこと任せていいか。オレはここであいつらを待つ。ウェッジが生きてたんだ、可能性はゼロじゃない」
「……俺は支柱の上で、ジェシーとビッグスと話した。だから、二人の状況は知っている。帰ってくる可能性は……」
「でもよ!」
「星に還ったんだよ」
涙を堪えてティファが言った。
星命学の考え方だ。日頃それを散々説いているバレットは、掠れた声で呟く。
「帰る場所、間違えやがって……」
「行こう。今はウェッジを安全な場所に運ばないと」
「……そうだな。立ち止まってたら、あいつらに笑われちまうな」
バレット達は歩き出した。
シユウもついて来るよう言われたので、皆の後に続く。
「どちらへ?」
「伍番街。マリンがそこに居るの。話せば長いんだけど……」
ティファとクラウドは、伍番魔晄炉の爆破の後の出来事を順に説明してくれた。
魔晄炉から逃げる途中、ティファ達はクラウドとはぐれてしまった事。そのクラウドが伍番街に落ちて、エアリスという女性に助けられたこと。マリンは今、彼女の家に預けられていること。
ティファはウォール・マーケットに向かって、バレットを探していたドン・コルネオに目的を聞きに言ったらしい。
神羅の差し金だったそうだが、そこでプレート落下の話も聞いて、急ぎ戻ったが止められなかった、とのことだった。
「エアリスにマリンのことを頼んだのは私なの。そのせいで、エアリスは神羅に連れていかれちゃったみたいで……」
「どういう事ですか?」
「俺もよくは知らないが、エアリスは古代種らしい。それが原因で神羅に狙われてる。七番街の崩壊の前、俺とティファはプレートの落下を止めるために支柱の方へ向かって……エアリスはマリンを逃がしにセブンスヘブンへ行った。その時に攫われたんだ」
話している間に伍番街へ到着し、シユウはエアリスの母、エルミナが待つ家に通された。
バレットがウェッジを休ませて貰えないかと申し訳無さそうに頼むと、エルミナは「怪我人を追い出すような薄情は出来ないよ」と快く引き受ける。
バレットは礼を言って、ウェッジを二階の部屋へ運び、ベッドに寝かせた。
マリンは隣の部屋――普段はエアリスが使っている部屋――で眠っているらしい。
「お前、今日何処で何してたんだ?」
自分がセブンスヘブンに居れば、もう少し助かる人は多かったかもしれないし、エアリスが攫われるようなことも無かったかもしれない。
帰りが遅くなったことを謝ろうと、バレットを追って二階に来ていたシユウは、先にそう問われて機会を逃した。
不誠実だとは思うが、シノビの極秘任務について語る訳にはいかないので、適当に誤魔化す。
「妹と会ってました」
「それは聞いた」
「ミッドガルの観光案内をしてただけですよ。そしたら急に七番プレートが落ちて……」
「本当にそうか?」
素直に聞き入れられると思っていたシユウは、予想外の返答に戸惑った。
「……どういう意味ですか?」
「随分とタイミングが良過ぎねぇか? オレとお前が初めて会った時から今日まで、その妹とやらがお前に会いに来たことなんか一度も無かっただろ。それがなんで急に、こんな何でもない日に来るんだよ」
「そんなの知りませんよ。妹に聞いてください」
「ならその妹をここに連れて来い」
「それは……もう帰っちゃったんで無理です」
月明かりに照らされた薄暗闇の中、表情がハッキリとは見えなくても、バレットが苛立っているのがシユウには伝わった。
じりじりと迫ってくるバレットに壁際に追いやられる。
「そもそも妹なんか居ねぇんじゃねぇのか。妹みたいな≠ニか、わけわかんねぇこと言ってたしよ」
「居ますよ。何なんですかさっきから。何を疑ってるんですか?」
「全部だ。お前の言うこと全部、信じられねぇ。最初っから全部嘘なんじゃねぇのか」
「最初からって……」
まさか、ウータイのシノビだということがバレたのだろうか。
シユウはもしそうなら観念しようと思っていたが、バレットの口から出た言葉は全く違うものだった。
「お前、ウォール・マーケットに居たんだろ。コルネオと通じててもおかしくはねぇ。あの野郎が、オレを探しにすぐ七番街に部下を寄越したのは、お前がオレ達の情報を流してたからじゃねぇのか?」
「――――は?」
流石にそれにはシユウも眉根を寄せた。
それでもバレットは続ける。
「でなきゃどうして七番街なんだ? 最初に爆破したのは壱番魔晄炉なんだからよ、普通はまずその近くから調べる筈だろ。なのになんで真っ先に七番街に来たんだ? まるでオレがそこに居るって、最初から分かってたみてぇによ」
「だからって俺が怪しいなんて考えにはならないと思いますけど」
「オレだってそれだけなら疑ったりはしねぇよ。でもその後に今回のコレだ。お前、プレートが落ちるって分かってたんじゃねぇのか? 妹に会うなんてのは嘘で、本当はただ安全な場所へ逃げてただけなんじゃねぇのかよ」
「な…………」
シユウは絶句した。
そんな風に思われていることが信じられず、非難するようにバレットを見る。だが相手も同じ目でシユウを見ている。
「違うんなら何処に居たか言えよ。観光案内ってんなら、具体的な場所くらい言えんだろ。本当にお前がそこに居たかどうか調べてやるよ」
「……そこまでして俺のこと疑うんですか」
「オレだって疑いたかねぇよ! でも一度考えたら気になってしょうがねぇ。お前の言ってることが本当だってんなら……神羅の寄越したスパイなんかじゃねぇってんなら、オレにそれを証明してくれ。オレが間違ってたら、後で詫びでも何でもしてやるよ」
「……………………」
「言えよ。今日何処に居たんだ?」
――――言えない。
シユウは唇を噛んだ。
理由は話せないが神羅ビルに居た、などと正直に話せば、疑惑の信憑性が増すだけだ。
だが誤魔化そうにも、本当に調べられれば、すぐに嘘だとバレてしまう。
故に答えられず押し黙るシユウに、バレットもギリリと奥歯を噛んだ。
全て杞憂で、妹と巡った場所をスラスラと答えてくれるのではないかと、少しは期待していたのに。
「……今まで散々、胡散臭ぇとは言ってたけどよ、何も本気でお前がオレ達を騙してると思ってた訳じゃねぇんだよ、こっちは。なのに……それが答えかよ……」
バレットはシユウの腕を掴んで、部屋から追い出した。
扉を閉めながら吐き捨てるように言う。
「失せろ。二度とそのツラ見せんじゃねぇ」
バタン、と荒々しく閉まった扉を、シユウは暫く放心して見ていた。
言いたいことが沢山あった。
神羅のスパイなわけ無いだろ、とか。本当にスパイだったらもっと上手くやる、とか。
なのに言葉が出てこない。
確かに自分はミッドガルの人間では無いし、本当の意味で彼らの仲間になることなど出来はしないのかもしれないが。
それでも、たった二年だけだとしても、苦楽を共にして少しは信頼関係を築けたと思っていたのに。
たまたま以前ウォール・マーケットに居たから。たまたま今日ユフィが来たから。
ただ色んな偶然が重なっただけで、こんなにもあっけなく崩れてしまうほど、脆い絆だったのか。
シユウはドアノブに手を伸ばした。
触れた金属の冷たさが、バレットの拒絶を表しているようで。結局、何も出来ずに離す。
(…………しょうがないよな。本当のこと言えない俺が悪い)
とぼとぼと階段を降りて、言われた通り出て行こうとすると、何処へ行くのかとティファに呼び止められた。
その視線に探る様な意図は感じられない。ただ心配して聞いているのだろう。
どうやらティファには疑われていないようだ。シユウはその信頼に胸中で感謝する。
「バレットさんが、俺が神羅と通じてるんじゃないかって気にしてて。こんな時に余計な心配事を増やしたくは無いので、俺はここで失礼します」
「え!? 何でそんな話に――――」
お邪魔しました、とエルミナに会釈して、スタスタ歩いて行くシユウを、ティファが慌てて追いかける。
「待って下さい! シユウさん、どうして……バレットと喧嘩でもしたんですか?」
「喧嘩というか、バレットさんは結構真剣に言ってると思いますよ。俺が神羅のスパイだって」
「そんなわけ……色々あったから、気が動転して疑心暗鬼になってるだけだと思います」
「そうかもしれませんね。でも、俺にはその疑念を解く手段がありません」
「だからって、シユウさんが出て行かなくても……!」
「俺の事は気にしないで下さい。それより、バレットさんをお願いします。多分相当参ってると思うので」
自分が励ませれば良かったのだけれど、とシユウは苦笑した。
ティファは泣き出しそうな顔で口を噤む。
彼女の事も心配だが、そこはクラウドに任せよう。
家の中から彼が出てきたのを見て、シユウは立ち去る。
(あとはどうするんだっけ…………ああ、そうだ。お嬢を追いかけないと…………)
吹き付ける夜の風を冷たく感じながら、一人ミッドガルの外を目指して歩く。
バレットと言い争った直後とは裏腹に、頭の中は空っぽになっていた。
抜け殻になったかのような心地で、黙々と歩き続ける。
ミッドガルを囲う塀の外に出て、その全景を外から眺めた。
長いようで短かった、これまでの日々を振り返って思う。
(…………俺、結局ここに何しに来たんだっけ)
祖国の為に何が出来た訳でもない。
良くしてくれた人達に報いれた訳でもない。
ここで得たものは全て失くなった。モンティが託してくれた店も、そこに居た人達との絆も。
その上、たった一人の親友さえ守れず、究極マテリアを持ち帰ることも出来なかった。
(神羅に滅茶苦茶にされて……喪って、逃げて。俺の人生、そんなのばっかりだな…………)
この先も、その繰り返しなのだろうか。
そんな人生に何の意味があるのだろう。
星一つ見えない澱んだ空の下、シユウは重い足取りで、ミッドガルに別れを告げた。
「バレット、どうしてシユウさんにあんなこと言ったの?」
シユウとの口論の後、目を覚まさないウェッジの傍で不貞腐れていたバレットは、二階に上がってきたティファにそう詰め寄られた。
「あんなことって?」
「シユウさんが神羅のスパイだって話」
「あいつもう話したのかよ……」
「本気で思ってるの?」
「実際怪しいだろ」
「全然」
ティファはキッパリと言った。
バレットはその毅然とした態度に気圧される。
「シユウさんのどこに怪しい要素があるのか、私には分からない。どこ?」
「どこって……あいつはセブンスヘブンに来る前はウォール・マーケットに居たんだぜ。その前は何処で何してたのか分かりゃしねぇ。だから実はあいつは神羅の手先で、コルネオを通じて神羅にオレ達の情報を流してるんじゃねぇかと思ってよ。セブンスヘブンで働いてたのも、それが目的で……」
「シユウさんがセブンスヘブンで働くようになったのは、バレットがセブンスヘブンに来る前の話じゃ無かった? 元々シユウさんが居た所に、私達アバランチが後から勝手に集まっただけ。そうでしょ?」
「それは…………確かにそうだけどよ。でも、今回だってプレート落下の直前に急に出掛けるなんて言い出しただろ。これまで私用で仕事休んだ事なんか無かったのによ。何が起きるか分かってて、一人で逃げたんじゃねぇかって……」
「もし本当に逃げたんだとしたら、危ない現場にわざわざ戻って来たのはどうして?」
「……オレ達がちゃんと死んだかどうか、確認しに来たんじゃねぇか?」
「そんなの、シユウさんじゃなくても出来ると思う」
「なら今後も仲間のフリしてオレ達の見張りを続ける為に――」
「だったら、バレットに言われたくらいで出て行ったりしないよ」
悉く反論されて、バレットはぐうの音も出なくなった。
ティファは疲れた顔で溜息を零す。
「ねぇバレット、シユウさんはきっと、私達が居なくなったって、困ることなんて無いと思う。あの人は何処でだって、一人で上手くやっていける……シユウさんが居なくなって困るのは、私達の方だよ」
「……別にオレ達だって、そんなに困ることはねぇだろ」
「困るよ!」
堪えきれずティファが叫んだ。
バレットは驚き目を丸くする。
「私達みんな、ずっとシユウさんを拠り所してた。不安で押し潰されそうな時、もうダメだって思った時、どうすればいいか分からなかった時、いつもあの人が私達の話を聞いてくれてた。私達の居場所を、帰る場所を、シユウさんが守ってくれてた。だから私達、ここまでやってこれたんだよ。違う?」
「……………………」
「シユウさん、さっき出て行く時も、バレットのこと心配してたよ。参ってるだろうからって。あの人の存在に、一番助けられてきたのはバレットでしょ? せっかく無事に……生きて戻って来てくれたのに、変な疑いをかけて追い出して。ビッグスもジェシーも、シユウさんも居なくて、これから先どうするの?」
「……………………」
「バレット!」
必死に訴えてもバレットは何も答えず、ティファは「もういい」と滲む涙を拭って、パタパタと階段を駆け下りて行った。
そのまま家を飛び出したらしく、それを追いかける音も聞こえる。恐らくはクラウドだろう。バレットは深く長い溜め息を吐く。
(んな大袈裟な……あいつは元々、アバランチのメンバーって訳でもねぇんだ。居なくたって、神羅と戦う分には何の支障もねぇ。オレだって別に…………そりゃ少しは困るかもしれねぇけどよ)
シユウの居ない生活を想像して、バレットはその不便さに、思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。
湧き上がってくる後悔の念を、言い訳染みた理由で無理矢理腹の底に沈める。
(けど、神羅の手先だってんなら、離れて正解だろ。もし違うってんなら……まあそのうち帰ってくるだろうし。そんな騒ぐほどのことでも…………)
――――失せろ。二度とそのツラ見せんじゃねぇ。
バレットは自分が言ったことを脳内で反芻した。
いやいやと首を横に振る。
(まさかそんな、本気にするわけねぇだろ。スパイじゃねぇならそうする必要も無ぇし……いつもみてぇに、オレが冷静になるまでちょっと離れとくかって、ただそれだけのことだよな? まさか本当に、二度と戻って来ねぇなんて、そんなことあるわけ…………)
無い。バレットはそう信じて、今日はもう寝ようと、ウェッジの眠るベッドを背もたれにして目を閉じた。
だが翌日、エアリス救出の為にエルミナの家を出る時間になっても、シユウが戻って来ることは無かった。