03.IFeelYou

その後、神羅の増援を警戒し、その場から離れるために延々とバギーを走らせて、気付けば辺りは暗くなっていた。
流石にここまで来ればもういいだろうと、ティファはバギーを止める。

明かりも何も無い夜の荒野は真っ暗だ。
うっかり崖に転落でもすれば洒落にならないので、一行はその場で夜が明けるのを待つことに。

夜番を買って出たシユウは、周辺を見渡せるよう木の上に登った。
暗闇に目が慣れてくると、月明かりだけでもある程度見えるようになる。

他のメンバーは皆バギーの上で眠っていた。
運転席にクラウド、助手席にユフィ。後部座席はティファとエアリスが使っている。
レッドはケット・シーを背に乗せて床で眠っていた。バレットもその近くに居た筈だが、目を離した隙に居なくなっていた。

どこへ行ったとキョロキョロしていると、真下から声をかけられる。

「夜番代わってやるよ」

「……まだ信用されてないですか?」

「ちげーよ。交替しねえと、お前が休めねぇだろ」

「別に構いませんよ。俺は昼に寝てたので」

「昼? いつそんな暇があったんだよ」

「人質にされてた間に。VIPルームのソファーで存分に休ませて貰いました」

「……お前それ本当に人質か?」

「そう言われましたけどね。まあとにかく、俺のことはお気遣いなく」

そう伝えても、バレットはバギーには戻らず、木の幹に寄りかかって座った。
シユウは敵影がないか警戒しつつ、バレットに話しかける。

「眠るつもりがないなら、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだよ」

「マリンちゃんのことです」

「……盗聴器で聞いてたんじゃねーのかよ」

「神羅の襲撃のせいで、後半はほぼ雑音しか聞こえなかったんですよ。本当はダインさんの娘なんですか?」

「……ああ。燃え落ちる寸前のあいつの家で、一人で泣いてるのを見つけてな。連れ出したのはいいが、その後のことなんか何も考えてなくてよ。最初の頃は大変だったぜ。あの頃のマリンは、まだ産まれたばかりの赤ん坊で……当然喋ることも、立って歩くことも出来ねぇ。オレはずーっと抱っこ紐ぶら下げて、あちこちで日雇いの仕事をやってた」

見知らぬ土地にも、片腕の生活にも、子育てにもすぐには慣れず、暫くは苦労の連続だった。仕事も長くは続かず、各地転々とする日々。稼いだ金は殆どがマリンの世話代に消えた。

「そうこうしてる内に抱っこ紐が外れて、マリンは自力で歩けるようになったんだが、何故か全然喋らなくてな。オレの育て方が悪かったのか、コレルで怖い思いをしたせいなのか、原因は未だに分からねぇが……当時は不安でいっぱいだった。こんなんで、オレはマリンを幸せにしてやれるのか、このまま父親を名乗ってていいのかってな。そんな時に、ジェシーと出逢ったんだ」

「ジェシーさんに? そんな古くからの知り合いだったんですか」

「まぁな。古いっつっても、お前とそんなに変わらねぇけどよ」

各地で開かれていた、星命学の勉強会や上映会。
多くは建物の中で行われる為、当初は宿代わりにする為に参加していただけだったが、同じく参加していたジェシーの話を聞いている内に、少しずつ考えが変わっていった。

「星の下では皆家族。血が繋がっていなくても、肌の色が違っても、ライフストリームが繋いでくれる=c…当時のオレには染みたぜ。オレとマリンはちゃんと親子なんだって、認めて貰えた気がしてな。しかもその講義の後、マリンが初めて喋ったんだ。オレの目を見てとうちゃん≠チてな。そりゃあもう、言葉にならねぇくらい嬉しくてよ。それまでの苦労なんか全部吹き飛んじまった」

嬉しそうに語るバレットに、シユウも当時の光景を想像して目を細めた。

「良かったですね」

「ああ、本当に良かった。村を焼かれたあの日から今日まで、オレはマリンのお陰で生きてこられたんだと思ってる。マリンが居なけりゃ、オレはずっと絶望したまま、何の為に生きてんのか分からねぇ日々を送ることになってただろうよ」

けど、と、そこでバレットは表情を曇らせた。

「オレがそうやって救われた結果、ダインがそっち側になっちまった。オレはあいつからマリンを……生きる希望を奪ったんだ」

「奪ったって……貴方にしては随分と卑屈な言い回しですね」

「実際あいつに言われたんだよ。オレはあいつの愛するものを全て奪っていくってな。言われてみりゃあ、確かにその通りだ。ダインはずっと魔晄炉の建設に反対してた。なのにオレは……オレのせいで、あいつは仕事も、住処も、家族も全部失った。あいつはずっと独りで苦しんでたのに、オレは何も知らずにマリンと楽しく暮らして……その幸せは、本来ならダインが得る筈のものだったのによ」

お前は生きて苦しめ=\―ダインは最期にそう言った。
自分が何をしたのか、今の幸せがどんな犠牲の上にあるのかを理解しろ。それを一生忘れるな――そう言われたように感じた。

「マリンが生きてるって事を伝えれば、あいつを救えると思ったんだ。でも……違った。あいつは、もうマリンに会う資格なんかねぇって……自分の手はもう血塗れだからって……そう言われて、何も言えなくなっちまった。お前が昔オレに言ったみたいに、なんか良い感じのフォローでも出来れば良かったんだけどよ。なんて言えば、あいつを救えたんだろうな。どうすりゃあ…………」

苦悶するバレットを見て、シユウもその問いについて考えたが、答えは出なかった。

魔晄炉建設に反対していれば。
マリンを連れ去っていなければ。
コレルを離れていなければ。或いはもっと早くに、コレルに戻っていれば。

もしもの可能性は幾らでも思いつくが、それらを選んでいたとして、その先の未来が今よりもマシかどうかなど誰にも分からない。

「……どうにもならない事はありますよ」

結局、シユウの口から出たのは疑問に対する答えではなく、諦めの言葉だった。

「だからダインを救えなくてもしょうがねぇってか? そんな簡単に割り切れるかよ」

「前向きに考えましょう。星命学の教えの通りなら、今頃ダインさんは星に還って、奥さんと再会してるかもしれないでしょう。貴方が救えなかったからって、ダインさんがずっと苦しみ続けるわけじゃない」

「……だといいけどな」

バレットは星空を見上げて、再会を喜ぶ二人を想像した。
自分に都合のいい妄想だとは思うが、そうであってくれと願う。

「貴方が今考えるべきなのは、これからのこと――マリンちゃんのことですよ。今後も貴方が育てるんでしょう?」

「当たり前だろ」

「ダインさんのことを悔いているのなら、より一層責任と自覚を持って、マリンちゃんの父親として頑張って下さい。ダインさんとエレノアさんが、マリンちゃんを育てたのが貴方で良かったって思えるくらい。貴方が自分の選択を、肯定出来るようになるくらい。いつか真実を知ったマリンちゃんが、納得出来るくらい」

「高ぇハードルだな」

「貴方なら大丈夫ですよ」

シユウは迷いなく断言した。
ダインはバレットのことを「上手くいかないとすぐに諦める」と評していたが、彼はマリンを育てることは諦めなかった。

「もし大丈夫じゃない時があったら、仲間を頼って下さい。クラウド君が言ってたように。貴方は一人じゃないんですから」

バレットは仲間達の顔を思い浮かべた。
今共に旅をしている仲間、かつて共に戦った仲間。

「……オレは恵まれてるな」

「貴方の周りに人が集まるのは、貴方に人徳があるからですよ」

「随分褒めてくれるじゃねぇか」

「流石に今日くらいは優しくします」

バレットはシユウの方を向いた。
木の上のシユウは、宙に投げ出した脚をぷらぷらと振って、退屈そうにしている。

「敵居るか?」

「いえ、全く。驚くほど何の気配も無いです」

「じゃあちょっと下りてこいよ」

「?」

疑問を抱くシユウに、いいから来い、とバレットは手招き。
シユウは腰掛けていた木から飛び降りる。

「なんですか?」

「いや、別になんもねぇけどよ。上に居たら顔見えねーだろ」

「はぁ」

顔を見る必要性はよく分からないが、まあいいかと、シユウはバレットの左隣に座った。
背もたれにしている太い木の幹を二人で分け合う。

「お前、バギーに乗る前のあれは何だったんだよ」

「あれ? とは?」

「なんか手ぇ握ってきただろ」

「え? 先に掴んだのバレットさんじゃありませんでしたか?」

「そりゃそうだけどよ。その後、なんかギュッてしてきただろ」

「ああ……特に意味は無いんですけど、嫌でしたか?」

「気になっただけだ。意味ねぇのかよ」

「うーん…………」

あの時はただ、バレットの気持ちを勝手に想像して、勝手に同情していただけだった。
掴まれた手を握り返した理由を問われても、言語化するのは難しい。

「そういう時もあります」

「なんだそりゃ」

バレットはガッカリした様子で言って、大きく欠伸。

「なんか急に眠くなったな……」

「戻って寝た方がいいですよ。睡眠不足になっても、俺は責任取れませんよ」

「おう……お前はまだ見張り続けんのかよ」

「まあ念の為に」

その場でフラフラと船を漕ぎ始めるバレットに、まあバギーの床でも地面でも寝心地は似たようなものかと、シユウは咎めずに木の上に戻ろうとしたが、手を掴まれる。

「……ここに居ろよ。敵、居ねぇんだろ」

「今は居ませんけど……」

「だったらいいだろ」

くいくいと手を引っ張られて着席を促されたシユウは、大人しく座り直した。
バレットは手を握ったまま寝に入る。

今は人恋しいのかもしれないが、傍に居るのが自分でいいのだろうか。
シユウのそんな心配を余所に、バレットは早くも寝息を立て始めた。

自分のように、魘されたりはしないだろうか。嫌な夢を見ないだろうか。
あれこれ心配していると、また握る手に力が籠る。

(…………なんか俺も眠くなってきたな)

昼に寝たのに。夜番が寝てしまうのは良くないと、シユウはふるふる頭を振って睡魔に抗っていたが、小一時間ほどで眠りに落ちてしまった。

明け方に目を覚ましたバレットは、寄り添うように肩に凭れて眠るシユウを見て驚く。

(こいつ、なんでここで……ってそうか、オレが手ぇ握ってたせいか)

力が抜けて、今はただ重なって置かれているだけの互いの手を見て、バレットは得心。
だが、振りほどこうと思えば出来たはず。恐らくは傷心した自分を慰める為に、傍に居ることを選んでくれたのだろう。

(やっぱ優しいんだよな、こいつ)

ティファ達のように、分かりやすく心配を表には出さないが。
何とも思っていなければ、こんな風に傍で眠ったりはしないだろう。

「……ありがとな」

バレットは隣のシユウに囁いた。
位置的にほぼ頭しか見えないが、規則正しい呼吸の音が「眠っています」と告げている。

(……まだ朝早ぇし、もうちっとこのままにしとくか)

何となく起こすのは勿体ない気がして、バレットは彼が起きるまでの時間を、自分の気持ちの整理の為に使った。

それが終わった後は、暇潰しにシユウの髪を摘んで、枝毛が無いか探したりもしていたが、シユウは結局そのまま起きなかったので、頃合いを見てバレットが起こす。

「シユウ、起きろ。朝だぞ」

呼びかけるとすぐに目を覚ました。
薄目でバレットを見て、周囲を見て、もう一度バレットを見る。

「…………寝てました……?」

「寝てたな」

「うわ……夜番……すみません……」

「あー……別に敵襲とか無かったからよ、気にすんな」

シユウは眠気眼を擦りながら、じい、とバレットの顔を見た。

「なんだよ?」

「バレットさんも今起きたんですか?」

「オレはもうちょい前だな」

「……眠れませんでした?」

「いや? グッスリだったぜ」

答えてから、ああ心配されているのかと悟ったバレットは、

「オレはそこまで繊細じゃねーからよ」

そう付け足して笑った。
シユウはそれがこちらを安心させる為のものであると理解して、眉を下げて笑う。

「それもそうですね」

「納得すんのかよ」

「でも感受性豊かではありますからね」

立ち上がったシユウは、はい、とバレットに手を差し伸べた。
バレットはそれをしっかりと掴む。

「……………………」

「……………………」

「…………え、立たないんですか?」

「あん? お前が立ち上がらせてくれるんじゃねーのかよ」

試すように言われて、シユウはぐっと足に力を込めて引っ張った。が、バレットは動かない。
両手で掴んで更に力を込めたが、僅かに尻が浮き上がるだけ。

「全然ダメじゃねーか」

と、笑われたシユウはムスっとした顔になりつつ、無言で印を結んだ。
ボン、という音と白煙と共に現れたシユウの分身が、バレットの両脇に手を入れて持ち上げる。

「おい、ズルすんなよ」

「ズルじゃ無いですよ。実際は俺一人じゃなくて、クラウド君達も手伝ってくれる筈ですから」

バレットを立ち直らせるだけの力が、自分一人には無くても。
彼が大事に思う人達が、彼を大切に想う人達が、力を貸してくれる。

役目を終えた分身は消え、立ち上がったバレットにシユウは満足。

「立てましたね」

「……わーったよ。オレの負けだ」

バレットは観念した様子で言った。
マリン相手に遊びで負けた時のような、穏やかな顔だった。

「歩けます?」

「そこまで世話にはならねーよ」

そう言って、バレットは仲間達の方へ歩き出したので、シユウはその姿を見守りつつ後に続いた。
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