04.Promise

「ティファ! シユウ!」

「えらいこっちゃ!」

「おいクラウド! お前なにやってんだ!」

一部始終を見ていたバレットは叫んだが、クラウドは何の反応も示さなかった。
エアリスや他のメンバーは、魔晄溜まりの近くに集まる。

「待て。迂闊に入らない方がいい」

「じゃあどうすんのさ!? シユウ、泳げないんだよ!」

魔晄溜まりは魔晄の湖のようなものだ。長く浸かっていれば、魔晄中毒になる恐れがある。
幸い、ティファはすぐに浮上してきたが、シユウがいないのを見て、また潜る。

暫くして、シユウを抱えたティファが再び顔を出した。

「シユウさん、しっかり!」

「ティファ! こっちだ! 早く来い!」

魔晄を吸ってしまったのか、シユウはぐったりとして目を覚まさない。
ティファは急いで陸に上がろうとしたが、行く手を遮るようにウェポンが浮上してくる。

飛び上がり、大きく口を開けたウェポンは、そのままティファとシユウを飲み込んで、再び水底へ沈んでいく。

「おいおいおい……そりゃねぇだろ……!」

「た……食べられちゃった……?」

「ウソ……美味しくない、美味しくないって! 吐き出せー!」

「ティファーーー!!」

頭上からクラウドの絶叫が聞こえた。
どうやら正気に戻ったらしい。バレットは「遅ぇよ」と愚痴りながら彼の元へ。

「おい、大丈夫か?」

「ティファ……ティファが……俺が、俺がティファを……」

「わかったわかった。いっぺん深呼吸しろ。落ち着け。とりあえず下行くぞ」

立ち上がろうとしないクラウドと、地面に放られているバスターソードを拾って、バレットは下層へ戻った。
一体何があったのかと仲間達に問われても、瓦礫の上に座らされたクラウドは項垂れるだけ。

「どないしましょ。あのクレーンでも使てみます?」

「アタシがやる!」

ユフィはクレーンの操縦席まで移動し、見様見真似で動かして魔晄炉溜まりの中を探る。
だが何度やっても水を掴むばかりで、全く手応えがない。

「何も見えないな」

「ウェポン、深いとこ、行っちゃったのかな」

「なんかエサとか無いの? こう、アームの先にぶら下げてさ、釣りみたいに出来ない?」

「ウェポンって何食うんだ?」

「さっきの見た限りでは、人とちゃいます?」

何か他に良い手はないかと考えていると、不意に水面がブクブクと泡立ち始め、ウェポンが姿を現した。
今回はすぐには戻らず、上体を起こして水面の上に浮かんでいる。

その胸部の巨大なマテリアの中に、気を失い漂っているティファとシユウの姿を見つけて、仲間たちは恐る恐るウェポンの傍に近付く。

ウェポンが天を仰いで口を開くと、その口から魔晄の光が溢れ出した。
集まった光は徐々に人の形――ティファとシユウへと変化し、二人は重力を無視した緩やかな動きで地上へと降ろされる。

ウェポンは役目は済んだと言わんばかりに、一鳴きして水底へと帰って行った。
意識を取り戻したティファが、咳き込みながらそれを見送る。

「がんばって、ね…………」

それだけ言って、ティファはまた目を閉じた。
呼吸はしているが、呼びかけても反応がない。これについてはシユウも同じだった。

魔晄の影響なのか、単に疲労のせいなのか判断がつかないが、ともかく今は休ませるべきだと、一行は手分けして二人を村へ運んだ。










――――水の音がする。


(……あれ、なんだこれ。今何してたんだっけ…………)


――――水の感触がする。


(そうだ……確か、ティファさんを助けようとして……魔晄溜まりに落ちて…………)


――――水の中に居る。


彼女を助けないと。
そう思うのに、体が動かない。


魔晄色の水が赤色に染まっていく。
血。誰かの血。知っている人達の血。


息が出来ない。苦しい。溺れる。
でも、声を上げれば見つかってしまう。殺される。


耐えなければ。耐えろ。耐えろ耐えろ耐えろ――――


「…………い、おい、シユウ。どうした、どっか痛ぇのか?」

呼びかけられて、シユウは目を覚ました。
ぼやけた視界に、心配そうなバレットの顔が映る。

「オレのこと分かるか?」

「…………ティファさん………」

「オレがティファに見えてんのか? こりゃやべぇ」

「違います……ティファさんは……?」

「別の部屋で寝てる。多分大丈夫だ。お前はどうだ? 具合悪ぃとか、幻聴とか幻覚とか、おかしなとこねぇか?」

シユウは周囲を見渡した。
バレット以外に人の姿は無い。寝ている間に夜になったのか、辺りは薄暗かった。窓から差し込む月明かりと間接照明の光が、部屋の中を優しく照らしている。

「……今のところは大丈夫です。ここ、シスネさんの家ですか?」

「おう。今日は泊まっていいってよ。他の奴らはリビングで寝てる。ユフィはついさっきまでお前にひっついてたが、寝ちまったんでソファーに運んどいた。心配してたぞ」

その姿を想像して、シユウは申し訳ないと眉を下げた。

「後で謝らないとな……」

「ま、無事だったんならそれでいいだろ」

「そうだ、クラウド君はどうなったんですか?」

「パニックになってたが、今は落ち着いてるぜ。ティファが心配だってんで、傍についてる」

「ティファさんの傍に……って、駄目ですよ! あの人、ティファさんを斬ろうとしてたんですよ!?」

危険だと、飛び起きてティファの居る部屋に向かおうとするシユウを、バレットが引き止める。

「そりゃ分かってるけどよ、今は二人にしてやろうぜ」

「そんな気遣いしてる場合ですか! ティファさんの身に何かあったらどうするんです」

「クラウドの様子がおかしくなんのは、近くにフィーラーや黒マントが居る時だけだ。だから、今は大丈夫だ」

「…………本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫だろ。信じてやろうぜ」

「……………………」

「お前も、もうちょい休んどけよ」

今一つ納得のいかない顔で従ったシユウは、ベッド脇の壁を背凭れにして床に座っているバレットを見て、はたと気付く。

「そう言えば、バレットさんはなんでここに居るんですか?」

「あぁ? なんでって…………別に理由なんかねぇよ」

「……もしかして、ずっと付き添ってくれてたんですか?」

バレットは気まずそうな顔でもごもご口を動かして、しかし上手い言い訳が思いつかずに白状する。

「しょうがねぇだろ。魔晄溜まりに落ちたんだ。お前、ティファと違ってずっと気ぃ失ったままで、全然起きねぇしよ……心配すんだろ。なんか魘されてたしな」

「魘されて…………」

シユウは起きる直前まで見ていた夢のことを思い出した。
ずっと昔の記憶なのに、鮮明なまま残っている。

「……水、苦手なんです。すみません」

「トラウマでもあんのか?」

答えられなかった。
言葉にしようとすると息が詰まる。胸が苦しくなる。

沈痛な顔で押し黙るシユウに、バレットは「無理に話さなくてもいいけどよ」と言って欠伸。

「もう付き添いは要らねぇな。オレは寝るぜ」

「え? あぁはい、どうぞ。有難うございました。ベッド使います?」

「ここでいい」

そのまま目を閉じ、静かになったバレットを、シユウはじっと見詰める。
ずっと寝ずに見ていてくれたのだろうか。
いや、恐らく自分が起こしてしまったのだろう。

また魘されて起こしてしまうのは悪いので、シユウは横になることはせず、立てた膝を抱いてベッドの上に座った。
少しだけ窓を開けると、心地好い夜風が頬を撫でた。流れる雲や星を眺めていると、心が落ち着きを取り戻していく。

暫くの間、そうしてぼんやりと過ごしていたが、

「……お前、あんま一人で抱え込み過ぎんなよ」

眠ったと思っていたバレットの声が聞こえた。
シユウは視線をそちらへ向ける。

「そんなに俺のこと心配ですか?」

「茶化すなよ。マジで言ってんだ」

真剣な眼差しに、シユウは困ったように頬を掻いた。

「俺、よっぽど酷い魘され方してたんですね」

「かなりな。それにお前、あんまそういうの話さねぇだろ。たまには誰かに甘えろよ」

「誰かって、誰にですか」

「誰にって……」

バレットは今居るメンバーの顔を順に思い浮かべた。

クラウド、ティファ、エアリス、ユフィ。全員シユウより歳下だ。歳下に甘えられる人はそう多くない。
レッドとケット・シーの年齢はまだ分からないが、彼らは年齢以外の理由で甘え難いだろう。

「……オレが居んだろ」

「貴方は今そんな余裕無いでしょう」

「変なとこで気ぃ遣うなよ」

「別に俺は大丈夫ですよ」

「大丈夫に見えねぇから言ってんだよ」

バレットは腰を上げてシユウの隣に座った。
寝るのでは無かったのかとシユウは苦笑し、軽く深呼吸をしてから話し始める。

「……子供の頃、川で溺れたことがあるんです。神羅との戦争って、元はウータイが優勢だったんですけど、マテリアやらソルジャーやらが出て来たせいで、形勢逆転されちゃって。ちょうどその頃の話です」

皆奮戦したが歯が立たず、敗走を余儀なくされたシユウは母親と共に逃げた。
しかし追い詰められ、二人は苦肉の策で近くの川に飛び込んだ。

「奇跡的に、俺は流される途中で岩場に引っ掛かって助かりましたけど、母親含め、他の皆は駄目でしたね」

同じように、川に飛び込んで逃げようとした人。敵に殺され、川に投げ捨てられた人。
色んな死体が血と共に流れてきた。

「その時のこと、今でも忘れられなくて……水に浸かると未だに怖くて……頭では、もう大丈夫だって分かってるんですけどね。情けない」

「情けなくなんかねぇよ」

バレットはシユウの肩を抱き寄せた。
触れられて初めて、シユウは自分の身体が震えていたことに気付く。

「……こういうところ、あんまり他人に見られたく無いんですよ。弱いと思われるでしょう」

「オレには見せろよ。知ったからって、虐めたりしねぇからよ」

「本当ですか? 水辺に連れて行ってほーら水だぞ〜≠ニかしません?」

「お前の中のオレのイメージそんなんかよ……」

「だって、俺のこと嫌ってるじゃないですか」

「別に嫌いなわけじゃねぇよ」

バレットは肩を抱く手に力を込めた。
他所に向いていた視線を、シユウの方へ向けて繰り返す。

「……嫌いじゃねぇ」

シユウもバレットの方を向いた。
相手の瞳に自分が映っている。真っ直ぐに自分を見ている。

落ち着いたと思っていた心音がまた速くなって、シユウは胸を押さえた。

「……なんか、やっぱり、調子良くないかもしれません」

「具合悪ぃのか?」

「いえ、気持ち悪いとか痛いとか苦しいとか、そういう感じじゃないんですけど……不整脈かな……」

「それ大丈夫かよ。エアリス呼ぶか? 術で何とか出来んのか分かんねぇけどよ」

「うーん……まあ、一先ずは様子見てみます。寝てるとこ起こすのは悪いですし」

「だったらとりあえず寝とけ」

「そうします」

ベッドに横になったシユウは、元の場所に腰を下ろしたバレットを見遣る。

「そんな所に居ないで、バレットさんもちゃんと休んで下さいよ」

「どうせ人数分のベッドなんか無ぇよ。どこで寝たって同じだ。オレの鼾がうるさくて眠れねぇってんなら出て行くが」

「それはもう慣れました。……さっきの話、他の人には秘密にして下さいね」

「言わねぇよ」

鼓動はまだ少し五月蝿いが、夢見の悪さで生じた不安感は消え去っていた。
陽だまりの中に居るように、胸の奥が仄かにあたたかい。

そんな心地良さを感じながら、シユウが穏やかな顔で眠りに落ちたのを見届けて、バレットも目を瞑った。
目次へ戻る | TOPへ戻る