05.SecretDesire
他になにか暇を潰せそうなものは無いだろうかと探していると、イベントスクエアから出てきたエアリスを見つける。相手はシユウには気付かずに、そのままホテルのあるゴーストスクエアに消えた。
やりたいことがあると言っていたが、何をやっているのだろう。
気になってついて行ってみると、エアリスはラウンジのソファーに座って、真剣な面持ちで紙に何かを綴っていた。
たまに手を止めて、書いた文面を読み返しては、「なんか違うなぁ」と独りごちて、また書き始める。
「エアリスさん? 何を――」
「わぁっ!?」
話しかけられたエアリスは飛び上がって、紙を挟んでいるクリップボードを庇うように抱きしめる。
「見た!?」
「見てません。すみません」
見られてはマズいものだったのか。
シユウは「覗くつもりはない」の意思表示で一歩後ろに下がった。
エアリスは安堵して、紙面を伏せて膝に置く。
「わたしこそ、ごめん。びっくりしちゃって。どうしたの?」
「用があった訳じゃないんです。何してるのかなと思って……」
「これ? 歌詞、書いてるの」
「歌詞? エアリスさん、作詞家だったんですか」
「ううん。歌詞、考えるの、これが初めて。コンテスト、応募したくて」
聞けば、今夜公演される舞台「LOVELESS」に因んだものらしい。
グランプリに選ばれたものは、実際に公演で使われるのだとか。
「まだ途中で、ぐちゃぐちゃなの。それに、知ってる人に見られるの、ちょっと恥ずかしいから……」
「そういう事でしたか。分かりました、見ません」
「シユウは? 一緒に応募、してみる?」
「遠慮しておきます。俺はそういう分野の才能はないので」
「やったことあるの?」
「作詞の経験は無いですけど、やらなくても大体分かりますよ」
「そうかな? やってみたら、新しい発見、あるかも。それに、上手く出来なくても、思い出にはなるよ」
「もしかして、それが応募の動機ですか?」
「うん。こんな機会、もう無いかもしれないから。せっかくだし、チャレンジしてみようかなって」
賞金や栄誉の為ではなく、思い出作りの為に、わざわざ慣れないことに挑むのか。
そのチャレンジ精神に感心しつつ、シユウは邪魔にならないよう立ち去ろうとしたが、エアリスに呼び止められる。
「クラウド、あの後どこに行ったか、知らない?」
「クラウド君なら、今はチョコボレースの真っ最中ですよ」
「それって、いつ終わる?」
「どうでしょう。あと1時間ほどじゃないですかね」
「うーん、どうしよう……歌詞、先に仕上げたいなぁ……」
「?」
「あのね、これ、貰ったから、使いたいの」
そう言って、エアリスはデートチケットを取り出した。
話の流れからして、クラウドを誘うつもりなのだろう。
「エアリスさんは、クラウド君が好きなんですか?」
「うーん……そうなろうとしてる途中、かな?」
「なろうとしてる?」
「クラウド、昔好きだった人に似てるの。その人もソルジャーで……5年前、任務で遠くに行って……それっきり。帰ってこないの」
寂しげに目を伏せるエアリスに、シユウはニブル魔晄炉でクラウドから聞いたザックスの話を思い出す。
もしあの話が本当なら、エアリスの待ち人は既に亡くなっているのだろう。
「わたし、諦めきれなくて、何通も手紙、出したの。でも結局、返事、無いまま……気付いたら、5年も経ってた。ずーっとこのまま、暗い顔してちゃダメだって、そう思っても、元気、出なくて……お母さんにも、心配かけて……そんな時に、クラウド、降ってきたの。プレートの上から、花畑にドーンって!」
「クラウド君、よくそれで生きてましたね……」
「ほんと。でも、ソルジャーってそういうものなのかも。ザックス――前に好きだった人もね、初めて出逢った時、全く同じだった。だから、クラウドが落ちてきた時、一瞬、ザックスが帰ってきたのかと思ったの。見た目とか、全然違うけど……雰囲気? どこか似てて……使ってる武器も同じだし」
「あ、そうなんですね」
だからあの剣に見覚えがあったのか。
八番街でザックスと共闘した時に見た光景が、頭の片隅に残っていたのだろうと、シユウは納得する。
「その後、ティファ達にも出逢って……こうして皆と旅、するようになって……わたし、今、すっごく楽しい。こんな風にね、心から楽しいって思えたの、ザックスが居なくなってから、初めてだった。少しだけ、前に進めたような気がして、嬉しかった。このまま、新しい場所で、新しい恋が出来たら……悲しい気持ち、振り切れるんじゃないかって、そう思ったの」
「……だから、クラウド君を好きになろうとしてるんですね」
「うん、そう。クラウドのことは、好き。でも、この気持ちって、恋≠ネのかなって……本当は、違う気持ちなのに、無理やり、恋ってことにしてる? そう思ったら、身動き、とれなくなるの。何が正解なのか、わからなくなる……」
「それは……難しいですね」
「産んでくれたお母さんがね、いつも言ってたの。どんな時でも、楽しむ気持ちは忘れないで≠チて。わたし、そう在りたい。ザックスのこと考えると、悲しくて、寂しくて……苦しくなる。それって、楽しめてない≠ネって思う。だったら、ザックスのことは忘れて、クラウドとヒューヒューになるのが正解? ザックスのこと好きな気持ち、まだここにあるのに。納得出来てないのに。全部に蓋をして、手放して……本当にそれでいいのかなって。――ねぇ、どうしたらいいと思う?」
縋るような目で問われて、シユウは狼狽えた。
自分はまだ初恋すら経験していないのだから、エアリスの気持ちを正しく汲み取れてはいないだろうし、適切なアドバイスなど出来るはずがない。
シユウの表情を見てそれを察したのか、エアリスは「ごめん」と笑う。
「聞かれても、困るよね」
「お役に立てなくてすみません……」
「でも、シユウはクラウドは駄目≠チて言うと思ってた」
「え? どうしてですか?」
「シユウは、ティファのこと、応援してるかなって」
「ああ……否定はしませんけど、だからってエアリスさんの恋路の邪魔はしませんよ。ティファさんとは付き合いが長いので、贔屓目には見てるかもしれませんが」
「羨ましいなぁ〜。ティファって、ズルいよね。強いし、可愛いし、料理もスポーツも得意で、何でも出来ちゃう。幽霊、苦手みたいだけど、そこがまた可愛いよね。守ってあげたくなっちゃう。スタイルも抜群だし、面倒見も良いし……何より優しいし!」
「ベタ褒めですね。まあ実際モテますからね、ティファさん」
「ねぇ〜。でも、本当に羨ましいの、そこじゃないんだ。昔も今も、好きな人と一緒に居られるのが、羨ましい。わたし、ザックスと居られたの、ほんの少しの間だけだったから……」
その期間の中でさえも、ザックスと会えるのは、ソルジャーとしての任務の合間の僅かな時間だけだった。
過去に負った心の痛みを分け合うことも、共通の思い出を懐かしむことも出来ない。
比較するものでも無いのだろうが、二人がそうしているのを見ていると、羨ましくて仕方なくなる。
「だからね、たまに、ティファにモヤ〜ってすること、あるの。ほら、ティファって、ちょっと奥手でしょ? もっとくっついたり、こう、グイグイ行ってもいいと思うんだけど……全然、しないよね。それって、勿体無いなって。というか、贅沢? いつでも会えて、話せて、触れるから、別に今じゃなくてもいいやって……そうやって先送りに出来るのが、羨ましくて、モヤモヤする」
そこは性格の違いだろう。クラウドへの接し方について、彼女が責められる謂れは無い。
だがエアリスにとって、ティファは「自分が憧れても手の届かない場所に居る、幸運な女の子」なのだろう。
エアリスがその境遇を妬ましく思うのも無理は無いなと、シユウは黙って話を聞く。
「わたしは、先送りにしない。遠慮もしない。こうしたいな≠チて思ったことは、今、全部やるの。出来なくなってから、ああすれば良かった∞こうすれば良かった≠チて、後悔したくないから……」
「エアリスさん……」
「だから、まずはこれ!」
暗い表情を消し去って、元の明るさに戻ったエアリスは、クリップボードを持ち上げて言った。
「その次は、クラウドをデートに誘って、観劇して、ゴンドラに乗って、その後は……」
「忙しいですね。俺との話に、時間使わせちゃってすみません」
「ううん。話、聞いてくれてありがと。ちょっと、スッキリしたかも。いつもは、ティファが聞いてくれるんだけど……ティファにずるい≠ニか、僻み? みたいなこと、言いたくないから。シユウが聞いてくれて、よかった」
「エアリスさんって、よくそれでティファさんと仲良く出来てますね?」
「え? なんで?」
「恋のライバルじゃないですか。普通、もっと険悪になりません?」
「だってわたし、ティファのことも好きだから。同年代の女の子の友達も、恋のライバルも、今まで居なかった。だから、嬉しいの」
そう愛おしげに語るエアリスに、シユウも微笑む。
「ティファは、どう思ってるかな。わたし、お邪魔虫?」
「それはティファさんのみぞ知る、ですね」
「ティファ、そういうの、言ってくれないからなぁ……」
「それじゃ、作詞頑張って下さいね。俺も観劇のチケット貰ってるので、夜の公演、観に行きますよ。結果、楽しみにしてます」
「観劇のチケットって、デートの? 誰誘うの?」
若干前のめりになって聞いたエアリスは、シユウの「まあ適当に」という答えを聞いて、「なぁんだ」とがっかりした様子で肩を落とした。
「好きな人、まだ居ない?」
「そんなすぐには出来ませんよ」
「気になる人は?」
「居ません」
「ほんとに〜? シユウ、最近目で追ってる人、居るよね。それは違う?」
「え? 何ですかそれ。お嬢のことですか?」
「違いま〜す」
「クラウド君?」
「はずれ〜。ほんとに自覚、ないの?」
シユウが頷くと、エアリスは「ふぅん、そっかぁ〜」と呟いて、作詞作業に戻る。
「誰なんですか?」
「内緒」
気になる。
エアリスはそれきり歌詞作りに集中し始めてしまったので、シユウはそれ以上の追求は諦めて、すごすごとその場を離れた。