05.SecretDesire
LOVELESSを観ることに決めたのはいいが、それまでの時間をどうするか。シユウはとりあえず鳥券の払戻を行い、売店で売られている軽食を買って食べながら、明日の試合のことを仲間達に伝えて回った。
バレットだけは開場の時間までに見つけられなかったので、観劇の後に伝えるかと、諦めてイベントスクエアに向かうと、ちょうどそこでバレットを見つける。
「バレットさん。ここに居たんですか」
「よう。何だよ、探してたのか? キーストーンの話なら、もう聞いたぜ」
「あ、そうなんですね」
「それよりお前、これ見たか?」
バレットは壁に飾られている役者の画を顎で示した。
純白のドレスを身に纏った女神の肖像画だ。シユウはその顔を見て驚く。
「これ、ジェシーさんですか?」
「おうよ。オレもビックリしたぜ。劇場の奴に話聞いたら、ジェシーはLOVELESSの主演だったらしい」
そう言えば、ゴールドソーサーの舞台に出たことがあると言っていた気がする。
こうして見ると別世界の人だ。気軽に話せていたことは奇跡だったのかもしれない。
「今日の公演は、特別にジェシーが演じてた頃の映像を流すんだってよ。せっかくなら観てくかと思ったんだが、チケットがもう無ぇらしい」
「それなら、これ使います? デー……ペアチケットなんで、俺と一緒で良ければですが」
「マジかよ!」
渡りに船だと、バレットは喜んでそれを受け入れた。
空いている席に座って開演を待っていると、他の客に紛れて、続々と仲間達が集まってくる。
最終的には全員集合してしまい、各々で談笑していると、
『お客様のお呼び出しをいたします。フラワー・キーパー様。フラワー・キーパー様。いらっしゃいましたら、お近くの劇場スタッフまで、お声がけ下さい』
そんな館内放送が流れて、同時に、エアリスが座席から立ち上がった。
もしかして、歌詞コンテスト絡みの呼び出しだろうか。
エントランスに駆けて行った彼女が戻ってくる前に、公演は始まった。
シユウは観賞用のゴーグルを通して、再現された当時の舞台映像を観る。
LOVELESSはミッドガルでも有名な作品だ。
八番街に劇場があり、バーには鑑賞帰りの客も多く来ていたので、大凡の内容は知っている。が、実際に観るのは初めてだ。
最初は内容に集中していたが、ジェシーが現れてからは、その姿に釘付けになってしまった。
綺麗だ。アバランチとして活動していた時の、親しみのある姉御肌の彼女とは、印象が全く違う。
舞台に立っているジェシーは、女神を演じる女性≠ナはなく女神≠サのものだった。
演目が終わり、拍手が湧き起こる中、ゴーグルを外したシユウが隣を見ると、バレットは掌で目を覆って、静かに号泣していた。
「素敵でしたね」
「おう……後半は滲んでよく見えなかったけどよ……」
「ハンカチ要ります?」
「んなのはいいから、オレの分まで拍手しといてくれ」
シユウは言われた通りにして、次の演目の為に再度ゴーグルを着用。
先程のものは所謂オペラと呼ばれる部類のものだったが、今度は演劇だ。
アナウンスで流れた「お客様参加型」という言葉の意味は、勇者アルフリードの姿で出てきたクラウドを見て理解する。
他にも、ヒロインのルーザ役としてティファが、敵役としてバレットとレッドが――悪らしく見た目に手を加えられた状態で――出て来た。
全員似合ってはいるが、普段の彼らを知っているだけに、ギャップでシユウは笑ってしまう。
だが作品自体の完成度はかなり高い。
素人の演技でもここまで楽しめるのは、純粋に脚本と映像技術の出来が良いからだろう。
決闘のシーンや、炎の中でアルフリードとルーザが別れを惜しむ最後のシーンなどは、特に見応えがあった。シユウは他の観客と共に拍手を送る。
これで終わりかと思ったが、暗転の後、舞台をスポットライトが照らした。
そこへ、ドレス姿のエアリスが現れる。
どういう事かと困惑していたが、伴奏が流れ始めて察する。
恐らくはこれが歌詞コンテストの曲なのだろう。エアリス本人が歌うらしい。
エアリスは舞台袖に居るクラウド達と、客席に居るシユウ達を見た。
祈るように胸の前で手を組んで、ゆっくりと歌い始める。
バラードだ。エアリスの透き通った歌声が、静かな劇場に響き渡る。
歌詞は決して特別なものでは無かった。ありふれた言葉で紡がれた、ささやかな願望を伝える歌。過ぎ去った日常を振り返る歌。誰かを想う愛の歌。
エアリスはそれを、全身全霊で歌っていた。
楽しそうに、嬉しそうに、哀しそうに、愛おしそうに。表情と声と動き、全てに感情を乗せて、ありったけの声量で歌う。
言葉以上の想いが込められているように、シユウには感じられた。
先程まで見ていた、完成された作品≠ニは違う。一人の人間の、魂の叫び。
歌が終わって、演者がカーテンコールに並んでも、公演が終わってゴーグルを外してからも、シユウは暫くその場で放心していた。
鼻を啜っていたバレットが、それに気付いて肘で小突く。
「何ボーッとしてんだよ」
「……凄かったですね、エアリスさんの歌」
「ああ。すげぇ良かったな。急に歌い出してビックリしたけどよ」
「前に貴方に言われたこと、納得いって無かったんですけど、今腑に落ちました」
「あん? どれだよ」
「自分の人生を投げ出してる≠チて話。……エアリスさんは、自分の人生を一生懸命に生きてますよね。一つ一つの物事に全力で取り組んでる。それに比べると、俺の生き方は随分と小賢しいなって」
ウータイの事が最優先だ。
それ以外のことは、自分が対処すべき問題では無いからと、目を背け、なるべく関わらないようにしてきた。
それは悪いことでは無いのだろうが、一生懸命に生きているか≠ニ問われれば、手を抜いている≠ニしか言えない。
「人生に本気で取り組んでる人の歌って、あんなにも心に響いて来るんですね。俺が同じ歌を歌っても、きっと薄っぺらいただの音にしかなりませんよ」
「なら変われよ。お前、いっつも口だけじゃねぇか」
「でも、生き方や考え方を変えるのって、難しくないですか?」
「そうやって何かと理由を付けてやろうとしねぇからダメなんだよ。出来る出来ないは、やってみて初めて分かるもんだろ」
「やってみて駄目だった時はどうするんですか」
「そん時はそん時に考えりゃいいだろ」
「……行き当たりばったり過ぎるのも良くないと思いますよ。巻き込まれる周りの身にもなって下さい」
「何でオレに対するダメ出しになってんだよ!」
バレットはそう突っ込んだ後、はぁと溜息を零す。
「結局、お前は変わる気ねぇんだろ。――昔はオレもよ、頑張ることがバカらしくなって、ダラダラ過ごしてた時期があったもんだ。あれはあれで楽で良かったけどよ、オレは変われて良かったと思ってる」
「どうして変わったんですか?」
「恋だよ。その頃にミーナと出逢ってな。オレは一目惚れだった。でも、ミーナは全然相手してくれなくてよ。仕事もせずに遊び呆けてるガキには興味ねぇってよ。そっからは心入れ替えて働いたぜ。ミーナと初めてデートした時の喜びは、今でも忘れられねぇ」
バレットは幸せを噛み締めるように言って、清聴しているシユウをチラリと見た。
「まあ、お前は頑張らなくても、誰とでもすんなりデート出来るのかもしれねぇけどよ」
「そうですね」
「否定しろよ。ホント憎たらしいな。まあ、お前も何かそういうキッカケがありゃあ、変わるんじゃねぇか。恋しろよ、恋」
「またその話ですか」
「好みのタイプとか無ぇのか?」
「うーん……一生懸命な人は好きですよ」
「お、じゃあエアリスか?」
確かにエアリスは魅力的な人物ではあるが。
恋人になりたいかと聞かれると疑問が残る。
「お二人さん、そんなとこで長話しとったらあきませんよ。次行きましょ」
「次ってなんだよ。どこ行くんだ?」
「ゴンドラ! こないだ来た時は乗れなかったんだよね〜」
「はやくはやく!」
ゴールドソーサーを満喫しているユフィとレッドを見て、エアリスも「ゴンドラ、いいね! クラウド、一緒に乗ろ?」と、クラウドの腕を掴んで引っ張っていく。
「ま、待ってエアリス!」
「なぁに? ティファ」
「その……わ、私も……一緒に乗りたい」
勇気を絞り出して名乗り出たティファを、エアリスは至極楽しそうな顔で見遣る。
クラウドは、何が起こっているのか分からないといった顔だ。
「いいけど、どっちと一緒に乗るの? わたし? それとも、クラウド?」
「え!? そ、それは……」
それを遠巻きに見ていたシユウは、エアリスに翻弄されているティファを憐れむ。
だが気持ちは分からなくもない。ティファの初心なリアクションを見ると、つい揶揄いたくなる。
「可愛いですよね、ティファさん」
「お前どっちだよ。エアリスが好みなんじゃねぇのか?」
「ティファさんもエアリスさんも、どっちも魅力的ですよ。それぞれ違った良さがありますよね」
「これだから色男はよ……いいか、本気の恋ってのはな、そんなあっちこっち目移りするようなもんじゃねぇんだ。今のティファみたいに、他の奴に取られそうになったら慌てるし、そいつの為なららしくねぇことだってする。二人がクラウドを取り合ってるとこ見て、そんな余裕かましてられるってことは、お前のそれは恋じゃねぇってこった」
「まぁそうでしょうね。そもそも恋してるなんて言ってませんよ。今してたのは、好みかどうかって話でしょう」
「普通はそこから恋に発展するんだよ」
「……無意識に気持ちを抑えてるのかもしれないですね。好きにならないように」
大切な人を作るのは怖いから。
その考えは、以前に聞いて知っているが。
「そう思ってても、好きになっちまうことはあるだろ。恋ってのは落ちるもんだからな」
バレットはそう言って、シユウの背を叩いた。
「ねぇまだ〜!? もうさあ、皆で乗ればいいじゃん!」
「そんなに乗れるのか?」
「結構広いですからねぇ。ギリギリいけると思いますわ」
「はい決まり! さぁ並んだ並んだ!」
「オイラ一番〜!」
「コラ〜! アタシが一番!」
そんな風に騒ぎながら、一行はスカイホエールスクエアのゴンドラ乗り場に並んだ。
カップルタイムなので、周りは大抵二人だけで並んでおり、大所帯の一行は浮いている。
「遠足かよ」
「まあいいじゃないですか。先にチケット纏めておきましょうか。持ってる人こっちに渡して下さい」
シユウは仲間達からチケットを回収し、乗り場に居たスタッフに手渡した。
ゴンドラは楕円形になっていて、全方位に大きな窓がある。それに沿って、ソファ型の座席が取り付けられている。
そこへぞろぞろと、総勢10名が順に乗り込んだ。
乗り降りする時もゴンドラは動き続けるので、時間内に全員乗り込もうとすると慌ただしくなる。
「オラ、もっと奥詰めろぃ!」
「痛っ! 急かすから足ぶつけたじゃん!」
「クラウド、先に乗って?」
「いや、ティファが先に……」
「早く乗らないと、置いてかれちゃう!」
「とりあえず全員乗れって!」
何とか間に合って、一行は座席に座って息を吐いた。