05.SecretDesire

翌朝。先に目を覚ましたバレットは、自分がシユウを抱き枕にしている事に気付いた。
寝ている間にこうなったのか。腕の中ですやすや眠っているシユウを、寝起きの虚ろな目でぼんやりと眺める。

離れ難くて、シユウの髪に頬を埋めて微睡んでいると、寝返りを打とうとしたのか、シユウが身動ぎして起きた。
抱き締めていることに疚しさを感じて、バレットは咄嗟に寝ているフリをする。

シユウは寝惚けた顔でそれを見て、すぐに離れる――と思いきや、甘えるように頬を擦り寄せてきた。
動揺したバレットの手足が僅かに動き、それを察知したシユウは、一瞬の硬直の後、すすすと離れる。

「…………バレットさん、起きてます?」

「……………………おう」

「何で寝たフリしてるんですか…………」

「いや……その……何となく……」

自分の行動を相手に知られて互いに気まずくなりながら、二人はベッドから降りて黙々と身支度を始める。

「お前はまだ寝てろよ」

「何でですか。試合出ますよ、俺も」

「マジかよ……大丈夫なのか?」

「別に怪我したわけじゃ無いですし」

「つってもよぉ……昨日あんだけ――――」

と、バレットは口から出かかったその先の言葉を飲み込んだ。
だがシユウには伝わってしまい、昨夜の行為を思い出した二人は、また揃って押し黙る。

「……………………」

「……………………」

「……薬抜けたか?」

「分かりません。けど、今は落ち着いてます。有難うございました」

「おう」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……なんか喋れよ」

「そういうのはバレットさんの役割じゃないですか」

「あ〜……まぁそうだけどよ……」

このむず痒くなるような空気を吹き飛ばせる話題が、今は何も浮かばない。

結局そのまま無言で支度を終えて、二人は仲間達と合流してコロシアムに向かった。
人数の都合でシドとヴィンセントは観戦に回ることになったらしい。途中で別れて、残ったメンバーは舞台下の奈落に集まる。

『ようこそ、ゴールドソーサーが誇る力の殿堂、マッスルコロシアムへ! 本日は、ミスターコルネオと我が楽園の名前を賭け、スペシャルバトルマッチを開催する運びとなった。思えば、私がゴールドソーサーという夢を追いかけ始めたのは――』

『ヨーヨー、なにゴチャゴチャ話してんだ、オッサン!』

『昔話なんて誰が聞きてえんだ、そんなの? ボケたオッサンはここで退場。あんがと! こっから仕切るはソッチとコッチ! 盛り上げていくぜ、皆と一緒に! 名前取り合うスペシャルマッチ!』

頭上で繰り広げられている、ディオとコルネオの手下二名による試合前の口上の後、昇降機が迫り上がって、一行はステージの中央へ運ばれた。

準備運動をしていたシユウは、眩しいライトと騒がしい音楽に合わせてビートを刻んでいる司会と、それにノッている観客を見て溜息を吐く。

「今はこのテンションについて行くのキツいんですが……」

「だから休んどけって言っただろ」

「俺が棄権すると、あの男が喜ぶんで嫌です」

「その本人は何処だよ?」

ソッチとコッチの紹介に合わせて、初戦の相手らしいゴロツキ共がぞろぞろと出て来るが、マスターの姿は無かった。

「向こうも同じ薬吸ってた筈なんで、今頃ダウンしてるんじゃないですか?」

「自分でやっといてソレかよ。バカだなそいつ」

「でも他の従業員は居るみたいですよ」

シユウは恨みたっぷりに睨んでくる数名を指して言った。
事情を説明すると、バレットは「逆恨みじゃねぇか」と呆れる。

「何でやらかしたマスターじゃなくて、お前が恨まれてんだよ」

「さぁ。ウォール・マーケットの常識で考えると、マスターより俺の方がおかしいって事になるんじゃないですか? 知りませんけど。まぁ何にせよ……」

『ネーミングライツ争奪マッチ、ラウンド・ワン、かませ〜!』

「……何にせよ、なんだよ?」

「いい加減しつこいんで、ここで全員潰します」

シユウは試合開始のゴングが鳴るなり、煙に包まれてその場から消えた。
シユウ目掛けて一目散に駆けて来ていた男達は、足を止めて周囲を見渡す。

その男達を囲うように、上空から降ってきた無数のクナイが床に突き刺さった。
同時に、稲妻がそのクナイの間を蛇のように走り、男達を痺れさせる。

麻痺して動けない男達の近くに降り立ったシユウは、クナイの一つを抜き取って低く構え、男達の間を素早くすり抜けて行った。

さながら一陣の風のようだ。
それが止むと、男達は足から血を流して地面にバタバタと倒れた。
シユウは涼しい顔で手元のクナイの血を振り落とし、他のクナイも回収していく。

試合というよりも、暗殺現場を目撃したような心地になって、バレットは顔を引き攣らせた。

「お前よぉ……そんなだから恨み買うんじゃねぇのか?」

「え、腱を切っただけですよ?」

「だけ≠チてお前……そんな事したら、あいつら暫く歩くことも出来ねぇだろ」

「それが狙いですから。俺は必要最低限の負傷で済ませてあげたつもりなんですが」

「理屈は分かるけどよ……」

バレットは他の一団に向けて銃を構えた。
圧縮したエネルギーを撃ち出すと、直撃したチンピラ達はボーリングのピンのように転がり、その光景を見た観客が沸く。

「試合ってのは、こういう風にするもんだろ。魔物退治ってワケじゃねぇんだからよ、見てて笑える程度にしとけよ」

そう言って、バレットはかいふくのマテリアでシユウにやられた男達の足を治した。
立ち上がった男達は再び向かってくることは無く、怯えて逃げていく。

「あの様子なら、もうお前に突っかかって来ることもねぇだろ」

「…………そうですかね……」

マスターも相当手酷く痛め付けたが、結局懲りずにまた同じことを繰り返した。
あの男達も、今抱いた恐怖心など時期に忘れて、報復に来るのではないだろうか。

その可能性を潰す為に腱を切ったのだ。
ゴールドソーサーの催しとしては確かに不適切だったかもしれないが、一網打尽に出来るチャンスだったのに。

釈然としないシユウと他のメンバーは、続いて出てきたサボテンダーやトンベリの集団――色んな意味で戦い難かった――も斃し、着々と勝ち進んでいった。

一際大きな個体のトンベリを討ち取ったユフィが、戻ってきた手裏剣を掴む。

「これで最後だよね!」

「コルネオはここからだ」

「だね!」

クラウドとエアリスが言って、皆気を緩めずに選手の入場ゲートを見ていたが、

「ほひ〜!」

という不快な声と共に、モンスターに乗ったコルネオは、ステージの中央のせりから現れた。
背後を取られた一行は、跳躍したモンスターの押し潰し攻撃をギリギリで避ける。

『皆様、大変なことになりました! 我らがドン・コルネオ、自ら出陣です!』

コルネオは、ティファ、エアリス、ユフィを順に見て舌舐り。ふくよかな腹を揺らして身悶える。

「ほひ〜! いいの〜、いいの〜!」

「うへえ、気持ちワル〜!」

「これで何で捕まらないんですかね……」

「見た目に惑わされるな!」

クラウドの喝で気合いを入れ直した一行は、振り下ろされるモンスターの剛腕を避けて間合いを取る。

確かに、コルネオはともかく、モンスターの方は厄介そうだ。
知性があるのか無いのか、フィールド上を暴れ回るモンスターの動きは予測しづらく、陣形を整えようとしてもすぐに崩される。

弱点属性がないかと、あらゆる魔法を試し撃ちしていたエアリスは、炎を嫌がるモンスターを見て皆に知らせる。

「炎、効いてるかも!」

「だったらシノビの出番!」

「オイラに任せて!」

忍術で炎の属性を付与したユフィと、ほのおのマテリアを着けたレッドとエアリスが畳み掛けた。
敵が怯んだところで、皆で連携して一気に叩く。

「お嬢、炎が効くならアレやりましょう」

「アレ? ……どれ?」

「昔、カッコイイ技が欲しいとか言って、試して小火騒ぎなった……」

「あ〜! 火炎旋風の術!」

「ボヤ騒ぎって、大丈夫かよ、それ」

「今回は加減します」

「シノビの力、とくとご覧あれ〜!」

二人は一つの手裏剣を投げ合い、モンスターを斬り付けながら上へ上へと持ち上げていく。
その動きで巻き上げられた空気が旋風となってモンスターを包み、それがコロシアムの高い天井近くまで昇ったところで、二人は渦から脱出して地上に戻る。

完全にシンクロした動きで同じ印を結ぶと、紋様が床に浮かび上がって、そこから炎が湧き出した。
旋風がそれを巻き込んで火柱となり、中に居るモンスターを燃やす。

風が止むと、焦げてしまったモンスターと、髪が縮れたコルネオが一緒に地面に落ちてきた。
エアリス達はシノビのコンビネーションを拍手で讃えながら、コルネオを取り囲む。
コルネオは慌てて逃げようとしたが、クラウドの大剣が阻んだ。

「おい。――斬り落とすぞ」

「ひぃっ!?」

「ねじり切っちゃう?」

「う〜ん、すり潰しちゃう?」

「ハチの巣がいいか?」

「それとも、噛み千切ってやろうか」

「ほひ〜〜〜!!」

コルネオは再度モンスターによじ登り、全速力でその場から撤退。
シユウは逃がすかと追おうとしたが、バレットに止められる。

「今はやめとけ」

「何でですか。放置すると被害者が増えるだけですよ。そもそも、あいつが神羅に情報を流したせいで――!」

七番街はああなったのに。
その声は、ディオ軍団の勝利を讃える司会の声と、客席からの歓声で消えた。

「……ここで二回も殺傷事件が起きちまったらよ、園長に悪ぃだろ」

嫌なことを思い出させてしまったらしい。シユウはその心境を汲んでコルネオを追うのは諦めたが、怒りは収まらない。

「……ちょっと、頭冷やしてきます」

「あんま一人で彷徨くなよ。また何かあったら――」

「大丈夫ですよ。……仮にあっても、相手を見逃せる程度の事なんでしょう、貴方にとっては」

「あ? お前、何言って……」

と、理解出来ていないバレットを置いて、シユウは足早にその場から立ち去った。
なんであんなことを言ったんだと、すぐに後悔の念が湧いてくる。

バレットに怒りを向けるのは違う。
今のこの感情をぶつけたい訳でもない。
だが、いつもの様に取り繕った受け答えは出来そうもない。

(…………なんか、キツいな)

昨日今日の出来事だけでなく、ミッドガルから引き摺ってきた、消化し切れていないあらゆる負の感情が、積み重なって精神を蝕んでいる気がする。

(バレットさんの言ってることも間違ってない。あの人は何も悪くない)

それは分かっているのに。
行いを諌められた時、裏切られたような気持ちになってしまった。

この人は俺のことよりも、身勝手な理由で俺をつけ狙う連中の方を庇うのかと。
七番街をあんな風にした奴の断罪よりも、ゴールドソーサーやディオの体裁を気にするのかと――――

(違う! 違う……もうゴチャゴチャとうるさい。黙ってくれ……)

バレットに非情だと咎められるのはいつものことなのに。自分だって、昨日は同じ理由でマスターを見逃したくせに。
何がこんなに気に入らないのだろう。

ベンチに座って深く息を吐き、気を鎮めていると、「よっこいしょ」と隣にでぶモーグリが腰を下ろす。

「は〜、参ったなぁ。どないしよ……」

「…………?」

でぶモーグリの上に居るケット・シーは、何やら疲れた様子で額を拭っていた。
その手には、幾何学模様の掘られた丸い石――恐らくはキーストーン――が握られている。

ケット・シーは視線に気付いて隣を見た。
それがシユウだと分かると、「にゃにゃ!?」と耳と尻尾をピンと立てる。

「どうしたんですか、こんな所に一人で。他の皆さんは?」

「それはこっちのセリフですわ〜……まぁまぁ、ボクのことは気にせんとって……」

「見つけた! あそこ!」

「ギクーっ!」

「シユウ! そいつ捕まえろ!」

「え?」

ユフィと一緒に駆けて来たバレットに言われて、シユウは咄嗟にでぶモーグリを掴んだが、ケット・シーはさっさと逃げてしまった。
残されたでぶモーグリも、ぽふんと手品のように消えてしまう。

「コラ待て〜!」

「何事ですか?」

「あいつ、タークスと結託して、キーストーンを横取りしやがったんだよ! ――とにかく追うぞ!」

全く状況が飲み込めないが、言われるがままにシユウは二人とケット・シーを追った。

辿り着いたのはヘリの発着場で、別方面から走ってきた他の仲間達とも合流。
皆の視線の先で、ケット・シーは長髪の男にキーストーンを手渡し、男は停めてあったタークスのヘリでそのまま飛び去ってしまう。

「てめえ、どういうつもりだ!」

真っ先にバレットの怒声が飛んだ。
ケット・シーは萎縮しながら、「カンニンやで」と頭を下げる。

何か事情があるのだろう。
シユウはそう思ったが、他のメンバーは納得出来ない様子だった。

「神羅にも真っ当なヤツが居る……お前と会って、そう思えたのによ……やってくれるぜ」

「オイラ達を裏切ったの……?」

「サイッテー! 神羅なんて信じるんじゃなかった!」

「……裏切り者とは、一緒に居られない」

一人、また一人と背を向けて、その場を離れる。
ケット・シーは言い訳もせず、ただ項垂れるだけ。シユウはその傍に寄って屈む。

「会社の命令ですか?」

「……それもあります。でも、ボクもこうした方がええと思たんです……」

「それは……俺達より神羅の方が信用出来るって事ですか?」

「そうやないんですけど……もう行った方がええですよ。向こうでバレットはんが睨んでます」

シユウは後ろを振り返った。
確かに、バレットが足を止めてこちらを見ている。ユフィも、「そんなヤツほっときなよ!」と手招いている。

これが原因で、黒マテリアが神羅の手に渡るのは困るが。
シユウはケット・シーを責める気にはなれず、とぼとぼと歩いていく小さな背中を見送ってから、ユフィ達の元へ小走りで向かう。

「ケット・シー、腹立つな〜。アタシ達をず〜っと騙してたってことでしょ?」

「きっと、さっそく昇進してるぜ」

「……エアリス、何か気になる?」

「人を見る目、すこしだけ、自信、あったんだ……」

「……もう忘れよう」

「どうすんの? 神羅も黒マテリアを狙ってるってことでしょ。急いで追いかけないと!」

「追いかけるたって、どうすんだよ?」

「神殿の場所を知ってるのは、ケット・シーだよね……」

「先に聞いておけば良かったですね。意図的に隠してたのかもしれませんけど……」

「あー、思い出したらまたムカムカしてきた〜!」

途方に暮れる一行に、我関せずといった様子で見ていたヴィンセントが助け舟を出す。

「……神羅は知らないが、タークスのヘリなら追跡可能だ」

「ほんと?」

「専用の周波数を知っている。連中が無線を使えば、居場所が分かる」

そういえば、この人は元タークスだと、ケット・シーが言っていたか。
屋敷でのやり取りを思い出しながらシユウは納得。

「無線機なら、タイニーブロンコに付いてるぜ」

「なら、俺達も神殿に向かおう」

「よーし、オレは先に行って準備しとくな!」

「またあれに乗るんですか……」

「しかも海路だぜ。頑張れよ」

「嫌だなぁ……」と遠い目になるシユウの背を、バレットは景気付けにばしばしと叩いた。

「ねぇ早く行こ! ここまで来て、神羅に黒マテリア取られたくないし!」

「ああ。黒マテリアは俺達が貰う」

「せっかく順調だったのによ……ケット・シーの野郎、余計なことしやがって」

「会社勤めじゃ仕方ないんじゃないですか? 神羅の人間に、お尋ね者の反神羅に協力しろって言う方が無理あるでしょう」

「なんだよ。おめーはあいつの味方か?」

「少しは気持ちが分かるってだけですよ。優先順位は人それぞれでしょう」

「優先順位ねぇ……お前はどうなんだよ」

「俺? 俺はウータイが最優先です」

「ならオレ達はそれ以下ってか? お前も、ウータイの偉い奴に命令でもされたら裏切んのかよ」

その問いに対する答えとして、バレットが期待しているものは分かるが。
シユウは敢えて正直に答える。

「それがウータイの為になるのなら、そうしますよ」

「…………けっ」

怒るか悲しむかのどちらかだと思ったが、バレットのリアクションはシンプルだった。
会話を打ち切って、ズカズカと歩いて行く。

(……………え、それだけ?)

シユウは落胆した。
そして、それを自覚した瞬間、ひどく惨めな気持ちになった。


相手に何かを期待していたのは、自分の方だったのではないか。


「シユウさん? どうかしましたか?」

ティファに声をかけられて我に返ったシユウは、「何でもありません」と作り笑いを返して、知らずと止まっていた足を前に動かした。
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