06.Farewell
ゴールドソーサーを後にした一行は、タークスのヘリから発せられる無線機の信号を頼りに、海原を行く。例によってトンベリ姿のシユウは、バレットの膝の上で何やら上の空になっていた。
いつもなら水を怖がり震えてしがみついてくるのに、今はまるでぬいぐるみにでもなったかのように動かない。
バレットが頬を突いてみても、トンベリは特にリアクションもせず、されるがままになっている。
「具合悪ぃのか?」
やはり無理をして試合に出たのが良くなかったのだろうか。
バレットが答えないトンベリの腰の辺りを摩ると、トンベリは尻尾を踏まれた猫のようなリアクションをして逃げ出す。
「あ? おい。何処行くんだよ、危ねぇぞ」
トンベリは貨物置き場の隅っこに移動した。
が、すぐ近くで聞こえる波の音に耐えかねたのか、数分で帰ってくる。
「何がしてぇんだよお前は」
バレットは足下で震えているトンベリを掴んで再度膝の上に乗せた。
「じっとしてろよ」と優しく掴んだままにしておくと、トンベリはじっと見上げてくる。
「なんだよ」
離して欲しいのかと思い手を退けようとしたが、トンベリは離れていくバレットの指を掴んで引き止めた。不正解らしい。
だがそうなると、他に何を求められているのか分からない。いや、そもそも別に何かを求められているわけではないのだろうか。
(……でもすげぇ見てくるな)
その目が何を訴えているのか、今シユウが何を考えているのかバレットには分からず、手の中の柔らかい体を捏ねる。
「見て! 見てよ!」
不意にバレットの近くに座っていたレッドが声を上げた。
彼の視線の先には、空に浮かぶ無数の立方体があり、地表に落ちて積み重なったそれが、神殿を形作っていく。
恐らくはあれが目的の場所なのだろう。
シドの運転で、タイニーブロンコは全速力でその神殿が現れた場所へ向かった。
神殿を囲む森の桟橋に降ろされるなり、エアリスは眉を顰める。
「空気、ざわざわしてる」
古代種に縁のある場所だ。セトラである彼女だけが感じられる何かが、ここには在るのだろう。
一行は木々と岩が生えたデコボコの道を徒歩で進んでいく。
「なんか言いてぇことがあんなら言えよ」
人の姿に戻ったシユウは、バレットにそう言われて視線を逸らした。
「そういう訳じゃないんですが……」
「じゃあ何だよ?」
「…………何でもありません」
余所余所しい態度を取るシユウに、原因に思い当たるものがないバレットは、首を傾げながらその後を追う。
森を抜けると、遠くからでも見えていた神殿が眼前に現れた。
タイニーブロンコから見ていた限りでは、ここにはつい先程まで何も無かったはず。
キーストーンの所有者が訪れた時にだけ現れるよう、セトラが細工していたのだろう。
「古代種ってのは、すげえな」
バレットが感嘆して、
「正しくはセトラだよ」
ナナキが訂正。
エアリスは徐に屈んで、地面に耳を押し当てて目を閉じ、
「――――ただいま」
笑顔でそう言った。
瞬間、地面からライフストリームの光が溢れ、波のように広がる。
まるでこの土地と会話でもしているかのようだ。
もしかすると本当に、彼女には星の声≠ニやらが聞こえているのだろうか? ライフストリームには、死者の魂とやらが残っているというのか。
未だ半信半疑のシユウを他所に、バレットは興奮気味に語る。
「星より生まれ、星と語り、星を開く……そして、約束の地へ帰る。至上の幸福、星が与えし定めの地=I」
ここがそうなのかと彼はエアリスを見たが、彼女は「ちがう」と首を振った。
「だって、ここにあるのは……悲しみ。そして、怒り……」
ライフストリームの光は、エアリスを導くように、神殿の方へと流れて行った。
追いかけて行くと、既に神羅の兵士達が陣を張っているのが見えて、一行は物陰に隠れる。
「まったく、強欲な連中だぜ」
「雰囲気ダイナシ! どーする?」
「あの奥にある扉が入口だよね、きっと」
「だとすれば、彷徨いている兵士の目を掻い潜れるルートは無さそうですね」
「時間が惜しい。正面から行こう」
と、クラウドは迷いなく敵陣のど真ん中に躍り出た。
アバランチの襲撃だと誰かが叫んで、無数の兵士と、ソルジャー達が群がってくる。
「ちょっとちょっと、数多すぎ!」
「全員を相手にする必要はありません。進路の邪魔になってる奴だけ退かして、扉まで走り抜けましょう」
「つっても、コイツら追いかけてくるだろ」
バレットの推測通り、敵は逃がすものかと後ろをついてきた。
やはり全て片付けるしかないかと皆武器を構えたが、赤いマントが視界を覆う。
「先に行け」
マントの向こうからヴィンセントの声がした。
次いで、上空から槍を構えたシドが降ってきて、集まっていた敵を吹き飛ばす。
「急いでんだろ? ここは任せろ!」
シドが蹴散らし損ねた敵を、ヴィンセントが拳銃で仕留めていく。
皆は礼を言って、巨大な鉄製の扉を押し開き、神殿の中へ逃げ込んだ。
ティファは後ろを振り返り、心配そうに呟く。
「二人だけで、大丈夫かな……」
「シドさんは分かりませんけど、ヴィンセントさんが居れば大丈夫でしょう。元タークスらしいですし」
「だね。タークス、強いから」
「今からそのタークスと戦うんだぜ? オレ達はよ」
「おろ〜? バレット、もしかしてビビッてる?」
「あぁん?」
そんなやり取りをしながら、一行は扉の先の螺旋階段を下っていく。
神殿の内部は外観よりも余程複雑な構造だった。広い空間の上にも下にも階段や足場が浮かんでおり、まるで騙し絵のように入り組んでいる。
しかも、上の方にある足場――クラウド達から見れば、天井と言える部分――には、上下逆さまで歩いている新羅兵の姿もあった。
「おいおい、どうなってんだ?」
「オイラ達の常識、通用しないかも……」
今自分達は普通に歩けているのだから、この空間全体がおかしくなっている訳では無いのだろう。
どこかに仕掛けがある筈だと探して、それらしき装置を見付ける。
起動すると、全員の体がふわりと浮かび上がった。
下から風が吹いている訳でもない。今この場所の重力だけが無くなっているのだ。まるで、水中を漂っている時のように。
そう意識した瞬間、シユウはう、と表情を曇らせた。
クラウドが装置の向きを変えると、周囲の景色――実際は自分達の方だろうが――も同じように回転し、元は天井だと認識していた場所に降ろされる。
「わたし達、逆さま?」
「……いや、考え方次第だ」
困惑する皆を置いて、クラウドは平然と先へ進む。
確かに、今足を着いている場所が地面なのだと思えば、さほど違和感もないなと、皆はすぐに順応した――――シユウ以外は。
「お前、やっぱ調子悪いんじゃねぇか?」
2回目、3回目と、重力操作の回数を重ねる毎に、シユウは目に見えて元気を失くしていった。
バレットの問いに「大丈夫です」と返す声にも覇気が無い。
「あのフワフワする感じが、ちょっと嫌なだけで。酔ったとかじゃないんで、大丈夫です……」
「ちょっと≠フ割には、死にそうな顔してんぞ」
「はぁ…………」
足取り重く進んだ先に、今度は遥か下に流れ落ちる滝が現れた。
先に来ていた神羅兵達が、悲鳴を上げながらそこへ飛び込んでいく。どうやら先へ進むには、ああするしか無いらしい。
「飛ぶしかなさそうだな」
「ウソでしょ?」
「下は滝壺だ。落ちても問題は無い」
「そういう事じゃねーだろ! 高さ考えろよ!」
と、喚くユフィやバレットと、尻込みしている他の仲間たちを置いて、クラウドはちょっとした段差を飛び越えるかのような気軽さで飛び降りて行った。
まあソルジャーにとっては大したことでは無いのかもしれないが。生身の人間にはかなりの勇気が居る。
まず勇敢な戦士ナナキが飛び降り、比較的高所には慣れているユフィが続いた。
ティファは怯えているエアリスの手を取って二人で飛び出し、バレットとシユウが残る。
「…………お前先行けよ」
「バレットさんこそ……高い所ダメなんですか?」
「ああ!? オレは別に……そもそも、お前だってビビってんじゃねぇか!」
「俺は高さは平気ですよ。ただ…………」
滝壺に落ちることが嫌だ。
シユウは遥か下で待ち受けている水面を見て顔を顰めた。
だがこんな所で立ち止まっている訳にもいかない。
(……ほんの一瞬、水に浸かるだけだろ。その程度のことで、一々怖がるなよ……)
そう自分を叱咤して深呼吸する姿を見て、ああ水が怖いのかとバレットも理解し、シユウの腰に腕を回した。
「ウダウダやってても仕方ねぇ。行くぞ!」
「え、ちょっと待っ――――」
待ってください、という台詞をシユウが言い切る前に、バレットはシユウを連れて足を踏み出した。
バレットは「うおおおおおお!!」と元気に悲鳴を上げているが、シユウは声も出ない。
二人はそのまま揃って滝壺に落下した。
ドボーン! と豪快な音と水飛沫が上がって、生じた波が先に降りていた仲間達を押し流す。
水面に顔を出したバレットは、腕の中でゲホゲホ噎せているシユウに一言。
「おう、大丈夫か?」
上手く喋れないシユウは、怒りを込めてバレットの胸板を叩いた。
バレットはスイスイと陸まで泳いで、そこにシユウを乗せる。
「何怒ってんだよ。一人で飛び降りるよりはマシだったろ?」
「一人の方がマシですよ!! あんな急に――」
「元気じゃねーか。大丈夫だな」
そう言って、バレットも陸に上がった。
言われたシユウもはたと気付く。
確かに、着水するまでは気が気では無かったが、今は何ともない。
いつもなら、水に浸かれば暫くの間は震えが残るのに。
「……………………?」
「何ボーッとしてんだよ。行こうぜ」
理由はよく分からないまま、シユウはバレットと共に仲間達と合流。
服がびしょびしょだと愚痴る女性陣の会話を聞きながら、更に神殿の奥へと向かった。