06.Farewell

小部屋の中に入り、背後で扉が閉ざされても、シユウはクラウドを気にして幾度も振り返る。

やはり今のクラウドは、ただの魔晄中毒とは明らかに違う。
あれは質の悪い教祖に洗脳された信者のような、そういう類のものでは無いのか。

(でもどうやってそんな……セフィロスから何か念波でも出てるとか……? それでクラウド君を操って……いやいや、そんな事出来るわけ……)

無い、とはもう言いきれなかった。
ここに至るまでに、もう散々「有り得ない」と思っていたことを目にしている。

そもそも今のセフィロスはどういう状態なのか。
生きてどこかに居るのか? さっきツォンを刺したあの男は、セフィロスでは無かったのか?

(ルーファウス曰く、黒マントはセフィロスの分身……だったっけ? 分身だから、セフィロスに化けることも出来て……近くに居ると、クラウド君はおかしくなる……って事か?)

それで辻褄が合うような気もするが、非科学的過ぎて説得力が無い。

(まあ……一応、そうかもしれない£度に思っておけばいいか。もし仮にクラウド君が操られてるなら、手に入れた黒マテリアをセフィロスに渡しに行く可能性も……)

そこまで考えて、シユウはフッと笑った。
流石にこれは悪い方に考え過ぎだろう。万が一そんな事になったとしても、全員で止めればいい。

これ以上ここで一人で考えていてもしょうがないなと、シユウはやっと足を前に進めた。
篝火に照らされた薄暗い階段を下っていくと、人の顔――恐らくはセトラの民だろう――を模した巨大な彫像を祀る祠が現れる。

さて試練とは何をさせられるのだろう。
失格になるつもりではあるが、失格=死という内容だと困るなと考えていると、不意に辺りに霧が立ち込め始めた。

生業上、毒の類かと思ってすぐに口を塞いだが、特に異常はなく、視界もほどなくして晴れる。
だが周囲の景色は一変していた。

「…………は? なん……ここ、ウータイ……か……? なんで……」

あちこちが燃えて黒煙に包まれているが、紛れもなくそこは故郷ウータイだった。
それも戦時下のウータイだ。交戦する音が絶え間なく響いている。

「シユウ! 足を止めちゃだめ! 走って!」

「え? え??」

誰かに手を引っ張られて、転びかけたシユウは慌ててバランスを取った。
手を引く相手はそのまま駆け出す。背の高い女性――いや、自分が縮んでいるのか。
その後ろ姿は、遠い昔に見たことがある。

「…………母さん?」

母親は一度シユウの方を振り返り、安心させるように微笑んだ。
ポツポツと雨が降り始める。背後からは追ってくる神羅兵の足音と銃声が聞こえる。

シユウは今自分が見ている光景が何なのかを理解した。
そしてこの先の展開を察して青ざめる。

その予想通り、走り続けた先には、トラウマの根源である川があった。
対岸に渡るつもりだったのか、壊れた木橋を見た母は「そんな……」と絶望した様子で呟く。

「母さん…………」

「…………大丈夫、きっと大丈夫よ。シユウ、貴方はウータイのシノビだもの。どんな逆境に立たされても、必ず乗り越えられる……そうでしょう?」

まだ一人で生きていくことすら出来ないこんな子供に、そんな期待をかけられても困るとシユウは思った。
だが母は自分に希望を見出そうとしている。今はもう、それぐらいしか縋れるものが無いのだ。

シユウは震えながらも、繋がれた母の手を強く握り返した。零れそうになる涙をぐっと堪える。
泣いてはいけない。泣けば不安にさせてしまう。

「大丈夫……母さん、俺は大丈夫だよ」

母は「良い子ね」とシユウを抱き締めた。
追い付いた神羅兵が銃を構える。

母はシユウを連れて川へ飛び込んだ。
川上で大雨でも降っているのか、川の流れはいつもよりも速く、水の量も多い。繋いでいた手はすぐに剥がされてしまう。


息が出来ない。苦しい。溺れる。
でも、声を上げれば見つかってしまう。殺される。

耐えなければ。耐えろ。耐えろ耐えろ耐えろ――――







「――――シユウ! しっかり!」

視界が暗転し、次に目を開いた時には、シユウは砂地に転がっていた。

土煙に覆われた空が見える。交戦する音がする。
そして目の前には、心配そうに顔を覗き込む少女の顔。

「………………メルフィ?」

「立てる? 一旦離れよう! あの兵器、多分暴走してる!」

もう何が何だか分からない。
メルフィに助け起こされたシユウは、とりあえず言われた通りに足を動かした。

辺りを見れば、負傷している故郷の仲間達や神羅兵が、先程までの自分と同じように地面に転がっている。
その中で暴れ回っている大型の機械兵器。

「何とかしないと……このままじゃ、皆あいつに殺されちゃう!」

無事だった者達は一箇所に集まっていた。
メルフィはそこにシユウを座らせる。

「でも、あんなのどうやって止めるんだ? 近付いたら襲ってくるし……」

「クソッ! 神羅の連中、あんなもの持ち込みやがって……!」

「とにかく、アタシ行ってくる! シユウ、動けるならソノンを呼んできて!」

「!? いや、それならソノンと合流してから三人で――」

「待ってる時間無いよ!!」

メルフィは制止を振り切って駆け出した。
機械兵器の居る場所から逃げてくる人々の流れに逆らって、一人走っていく。

「無茶だ! 戻れメルフィ!」

シユウは立ち上がってメルフィを追いかけたが、痛む足ではなかなか追いつけない。
そもそも、こんな状態で追いかけたところで、足手纏いにしかならないのではないか? 先にソノンを探すべきだろうか。

(でも、その間にメルフィに何かあったらどうするんだ……!)

シユウは岩場に登って目を凝らした。
機械兵器の位置はすぐに分かった。向かっていくメルフィの姿も見える。

ソノンはと言うと、そこから数百メートルほど離れた場所に居た。
事態に気付いていないのか、神羅兵と交戦を続けている。

これなら、先に助けを呼びに行ってから、メルフィの方へ向かっても遅くは無いだろう。
少しでも時間を短縮しようと、大声で呼びかけながらソノンの元へ向かう。

幸い、ソノンの方も早くに気付いてくれた。
棒術で神羅兵を昏倒させて、小走りでこちらへ向かってくる。

その途中、

「!? メルフィ! 逃げろ!!」

何を見たのか、ソノンが叫んだ。
更に、彼の背後で、気絶したと思っていた神羅兵が起き上がるのが見えた。ソノンは気付いていない。

どうするべきか、冷静に考える暇など無かった。
シユウはソノンの方へ向かって駆け出し、あらん限りの力を込めてクナイを投擲した。

銃を構える神羅兵の喉元にクナイが突き刺さり、今度こそ動かなくなる。
一方、ソノンは真横を通過したクナイには一切反応せず、シユウの横を駆け抜ける。

「メルフィーーーーーーッ!!!!」

シユウがその姿を目で追って振り向いた時、視界が捉えたのは、メルフィに迫る無数のミサイルだった。


爆発が起こった。閃光と煙で、視界が真っ白に染まる。

何も見えない。何も聞こえない。何も――――








「おーい。聞いてるか?」

唐突に視界が晴れた。
目の前で手が振られている。シユウは早鐘を打つ胸を押さえながら「え……」と声を漏らした。

また別の場所だ。
カチコチと時を刻む秒針の音がする。静かだ。珈琲の匂いがする。

そこはセブンスヘブンの店内だった。
手を振っていたのはモンティで、呆然としているシユウにコーヒーミルを差し出す。

「お前さんが珈琲の淹れ方を教えて欲しいって言ったんだろう? ちゃんと見ておけよ」

「え…………あ、はい…………」

モンティは珈琲豆をミルにセットして、挽き目を調整し、ハンドルを回し始める。

「俺は伝授するならカクテルの方を教えたいんだがなぁ。まあ、俺が作れないんじゃ仕方ない」

これも手が疲れるからと、途中でシユウに交代し、ある程度挽いたところでストップをかける。
挽き終わった豆をドリッパーに入れて、時間をかけて抽出。出来上がった珈琲を二人で試飲する。

「まぁこんなもんだな。これは俺の好みだから、お前の好みで変えてくれていい。客の好みに合わせて変えるのもいいな」

「……………………」

「ん? どうした。不味かったか?」

モンティの珈琲の味がする。
どれだけ練習しても、何度同じようにやっても、再現出来なかった珈琲の味。

「…………美味しいです。今まで飲んだ、どの珈琲よりも、一番…………」

「大袈裟だな」

モンティは笑って、しわしわの手でシユウの頭を撫でた。

顔を上げると、そこにモンティの姿は無かった。
店が燃えている。珈琲の匂いが、焼け焦げた建材の臭いに変わる。

「……………………なんで…………」


全てが灰に変わっていく。
良き思い出も、人も、居場所も、何もかも。


「なんでって、お前のせいだろ?」

後ろから、ウォール・マーケットのマスターの声がした。
シユウは言われたことを繰り返す。

「俺のせい…………?」

「そうだよ。全部お前のせいだ。親が死んだのも、メルフィやソノンが死んだのも、モンティの忘れ形見が消し炭になったのも、みーんなお前が悪いんだ。お前はいつだって、大事な奴らを救える場所に居たのに、何も出来なかった」

「…………………………」

「なぁシユウ。お前が最も怒りを向けてるものは何だ? 誰に対してのものだ? 神羅か? 俺達か? ――――違うんだろ?」

肩に手を置かれて、シユウは振り向いた。
マスターは居なかった。そこには、朧気な輪郭の黒い影があるだけ。


「お前が一番恨んでるのは、お前が一番赦せないのは…………皆を救えなかった自分自身だ」
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