06.Farewell

部屋を出た一行は、ヴィンセントの後に続いて、瓦礫の降り注ぐ通路を全速力で走る。

「遅せぇぞ! 何やってんだよ!」

「すみません。ちょっと話してました」

「私達、ケット・シーに酷いこと言っちゃったね」

「うん……」

「謝りたかったな……」

皆後ろ髪を引かれはしたが、足を止めて振り返る余裕は無い。既にあちこちの足場が崩れ、いつ道が瓦礫で塞がれてもおかしくない状況だ。

「天井、落ちてきてる……!」

「おいおい、間に合うか……?」

「ヤバい、ヤバいヤバいヤバいって!」

「うるせい、黙って走れ! 走れ走れ走れ〜!」

「うるさいって! 黙って走れ!」

バレットとユフィのコントのようなやり取りを聞きながら、一行はひた走る。
流石に最奥から入口までとなると相当な距離があり、全員息が上がっていた。
それでも、ケット・シーが作ってくれた時間を無駄にしてはならないと、休むことなく走り続ける。

「もうすぐ……!」

「うひゃあ〜!? 後ろヤバ!」

「お嬢、振り返らなくていいですから!」

「前だけ見て!」

通路を抜け、やっとのことで外に出て、最後の長い長い階段を全員で駆け下りる。
が、それと同時に階段が崩れ始めた。最後尾を走っていたバレットがそれに巻き込まれ、悲鳴を聞いたシユウが足を止めて振り返る。

「バレットさん!?」

「おいバカ、止まんな!!」

崩落から逃れる為に跳躍したバレットは、そのまま前に居たシユウとぶつかった。
二人は絡まりながらゴロゴロと床を転がる。

「いっ…………たいんですけど!」

「おめーが急に立ち止まるからだろ!」

「あんたが情けない声出すからですよ! 大体、出口までは俺が殿務めてたのに、なんで後ろに居るんですか!」

「オレはお前が遅れてると思って待ってたんだよ!!」

「シノビがそんなに足遅いわけないでしょう!!」

と転んだ姿勢のまま怒鳴り合う二人の背後で、崩壊した神殿は雷雲に飲み込まれていった。
周囲の風はその雷雲に吸い寄せられ、竜巻のように渦を巻いて収縮。
小さなボールほどの大きさにまで圧縮されたそれが、地表に落ちて大地を揺らす。

そうして、ついさっきまで立派な神殿があった場所は、あっという間に底の見えない巨大な空洞と化してしまった。
間一髪のところで巻き込まれずに済んだシユウとバレットは、青い顔で口を結ぶ。

「バレット、シユウ、だいじょうぶ?」

「お、おう……危なかったぜ……」

「一歩間違えたら死んでましたよ……」

「いや〜、壮観ですな〜!」

呑気にそんな感想を漏らしたのは、神殿と共に消滅した筈のケット・シーだった。
バレットは空洞とケット・シーを見比べながら立ち上がる。

「お前、どうやって……!」

「ボクが居ないと、ゴールドソーサーが寂しくなりますからね。ボディの予備はいっぱいあるんです」

つまり神殿から脱出して来たのではなく、別の個体らしい。
それでも、皆は再会出来た事を喜んだ。エアリスに抱き上げられたケット・シーは、「やめてえな〜!」と照れ臭そうに言う。

「よう。全員無事だな?」

「シドさん……そっちこそ、よくぞご無事で」

「あんぐれぇ朝飯前よ! で、目当てのもんは手に入ったのか?」

「はぁ〜。それ聞いちゃう?」

ユフィは嘆きながら、道中どれだけ苦労したのかをシドに愚痴り始めた。

結局収穫はセトラの歴史を知れたことぐらいか。
まあ、黒マテリアは誰の手にも渡らなかったのだから、それならそれでいいかとシユウは納得したが、クラウドは祭壇から持ち帰っていたらしい偽の黒マテリアをまだ見ている。

「お前、どうしちまったんだよ。話聞いてなかったのか?」

バレットは「こんなもん」と忌々しげにそのマテリアを取り上げて、ポイと放り捨てた。
そしてそのマテリアを、いつの間にかそこに居たセフィロスが拾い上げる。

「……これは鍵だ。世界の狭間に隠された本物を手に入れる為の、な」

「――――!?」

「返して!!」

エアリスは慌てて取り返そうとしたが、先にセフィロスが鍵を掲げて空高く浮かび上がった。
虚空に闇が生じ、そこから黒いフィーラーが溢れ出す。

「――さあ、時は満ちた。来い、クラウド」

フィーラーの群れは木の根のような姿になり、複雑に絡み合ったそれが空洞に足場を形成していく。
呼ばれたクラウドは、黒マテリアの祭壇がある部屋を訪れた時のように、覚束無い足取りでセフィロスの元へ向かう。

セフィロスはクラウドに鍵を投げ渡した。
クラウドは犬のようにそれを追いかけて拾う。

何が目的なのか全く分からない。
分からないが、止めなくてはならないことは分かる。

最初に動いたのはティファだった。
鍵をセフィロスに手渡そうとしているクラウドの背に飛び付き、彼の手から離れた鍵をエアリスが拾う。

逃げるエアリスを追おうとするクラウドの腕をティファが掴んで引き止めたが、クラウドはそれを振り解いて彼女を突き飛ばした。
それを見たシユウは、クナイを構えて彼の前に立ち塞がる。

「……退いてくれ」

「退きません。――エアリスさん、離れててください。足場狭いんで、足元気を付けて」

「……うん。シユウも、気を付けて」

「エアリス……返してくれ」

「あなたには、渡せない」

エアリスは鍵を握り締めて、クラウド達から距離を取る。
クラウドはバスターソードを握った。彼を正気に戻そうと必死に呼びかけているティファを、フィーラーが覆い隠していく。

「そこを退いてくれ。退かないなら……斬る」

「……どうしてそこまで黒マテリアに固執するんですか?」

クラウドは答えず、踏み込んでバスターソードを振り下ろした。
シユウは後ろに飛んでそれを避ける。

「俺は本気だ」

「それは分かってますよ」

「……なぜ邪魔をする?」

「言ったでしょう。貴方がおかしくなったら殴るって」

とは言え、今回は恐らく殴り合いでは済まないだろう。
バレット達に援護を頼みたいところだが、飛び回るフィーラー達のせいで、もう彼らの姿すら見えない。

本気で戦っても、クラウドの方は多分大丈夫だろう。命の危険があるのは自分の方だ。
だからと言って、エアリスが後ろに控えている状況で、退くわけにもいかない。

シユウは再び突っ込んできたクラウドの剣を、二本のクナイで受け止めた。
力比べでは勝ち目がないので、そのまま軌道を逸らして凌ぎ、体勢を崩した相手の鳩尾に蹴りを入れて押し戻す。

「こんな所で戦うのやめましょうよ。落ちたら洒落になりませんよ」

「…………邪魔だ」

クラウドの声色が変わった。視線も、憎悪に染まっていく。
先程までよりも強く、速くなった剣撃がシユウを襲った。スピードの割に一撃が重く、クナイ越しに伝わる衝撃が骨を震わせる。

受け流しきれなくなったら、自分はバスターソードで真っ二つだ。
想像して、シユウの手に汗が滲んた。そうなる前に何とかしなくては。

(……セフィロスのせいでおかしくなってるなら、アイツを消せば正気に戻るのか……?)

何をするでもなく、ただ上空で愉しそうに事の成り行きを眺めているセフィロスに、シユウはクナイを投擲。
が、クラウドがそれをバスターソードで叩き落とす。

「……大した忠犬ぶりですね。いつからセフィロスの飼い犬になったんです?」

「……………………」

「しっかりして下さいよ、本当に……」

喋りながら、シユウは後ろ手で印を結んだ。
少しの間だけでも、クラウドを無力化出来ればいい。どれか一つでも当たってくれと祈りながら、雷の属性を付与したクナイを連続して投げる。

殆ど叩き落とされてしまったが、一本だけクラウドの体を掠めた。
ほんの少し動きが鈍ったのを見て、シユウは間合いを詰めて直接攻撃を仕掛ける。

手加減無しの全力の雷撃。
普通の人間相手なら死んでもおかしくない威力だが、ソルジャーなら耐えられるだろう。
狙い通り麻痺状態になったクラウドから距離を取って、シユウは再度上空のセフィロスを狙う。

だが、先程までそこに居たはずのセフィロスは、忽然と姿を消していた。
一体何処へ。まさかエアリスの方へ行ったのかと慌てて振り返って――――


どす、と、腹部に長刀が突き刺さった。


「……私を狙ったことは褒めてやろう。だが――――弱すぎる」

「シユウ!!」

エアリスの悲鳴が遠く聞こえた。
一拍遅れて痛みがやって来て、シユウの全身から脂汗が吹き出し、喋ろうと開いた口から血が流れる。

シユウを刺し貫いたセフィロスは、そのまま彼の体を宙に放り投げた。
落ちれば死ぬ――――シユウは咄嗟に鉤縄を取り出し、足場に絡ませてぶら下がる。

その判断のお陰で落下は免れたが、今の動きはかなり傷に響いた。
クラウドの攻撃を何度も受け止めたせいで、腕の筋肉も既に疲弊し切っている。縄を握りしめるのがやっとだ。

それでも、今この状況を何とか出来るのは自分しか居ないのだからと、シユウは己を奮い立たせた。
腕が駄目なら足で上ればいいと、両足で縄を挟んで体を押し上げる。

それを繰り返して、何とか元いた場所に戻れはしたが、流石にもう戦う力は残っていなかった。
クラウドは早くも麻痺状態から復帰しており、エアリスを追い詰めている。

(…………駄目だ。俺が諦めたら……エアリスさんも、クラウド君も……ティファさんだって……皆悲しむ。俺が何とかしないと……まだもっと、頑張れるだろ……!)

己を鼓舞しながら、シユウは流れる血も厭わず、立ち上がってクラウドを追いかけた。
それに気付いたクラウドは、迎撃しようと剣を構える。

「やめて、クラウド!」

「なら、それを渡してくれ」

クラウドはエアリスに手を差し出した。
それは出来ないとエアリスは首を振り、追いついたシユウはクラウドに掴みかかる。

「いい加減、正気に戻ったらどうですか……!」

「…………あんたもしつこいな」

クラウドはシユウに肘鉄を喰らわせて、自分から強引に引き剥がした。
フラついて倒れたシユウに剣を突き立てようとするのを見て、エアリスがたまらず折れる。

「待って! ……これ、渡すから。剣、しまって」

「……エアリスさん、俺のことは、いいですから……それ、渡したら……」

「いいの。……わたしが、何とかする」

エアリスは鍵を差し出した。
クラウドは大人しく剣を下ろす。

「……何があっても、一緒だよ」

鍵を受け取ったクラウドは、「ありがとう」と微笑んで、セフィロスにそれを手渡した。
一方で、フィーラーがエアリスに襲いかかる。

助けなければと、シユウは手を伸ばしたが、最早這って進むことすら出来なかった。
段々と意識が遠のいていく。

「……………………エアリス!」

薄れゆく意識の中、不意にクラウドが叫ぶのを聞いた。
バランスを崩して足場から落ちるエアリスと、彼女の手を掴むクラウドの姿が見える。

どうやら正気に戻ったらしい。シユウは「遅い」と心中で叱った。
でも、彼女を傷付けるようなことにならなくて良かった。エアリスを引き上げるクラウドを見ながら、シユウは薄く笑う。

(…………これ、死ぬかなぁ…………)

これで命を落とすのは、ウータイのシノビとしてはかなり宜しくない。流石にゴドー様に叱られるのではないか。
そんな事を考えながら、シユウは気を失った。







「くそっ、こいつらどうにかなんねぇのかよ!」

セフィロスが現れ、クラウドがそれを追い、更にティファとエアリスとシユウがクラウドを止めに入って暫く。

狭い足場に全員で殺到する訳にもいかず、元居た場所で待機していたバレット達は、フィーラーの群れに苦戦していた。
最初の内はクラウド達の姿が見えていたが、今はフィーラーが壁になって、中の様子を窺うことも出来ない。

先程からバレットが銃で、ユフィが手裏剣でフィーラーを斃しているが、数は全く減っていないように見える。
ケット・シー操るでぶモーグリが爆弾を投げても、風穴を開けることすら出来ない。

「こらぁ無理ですわ」

「諦めんなよ!」

「……フィーラーはモンスターとは違う。斃しても意味は無い」

「このまま待つしかねぇってことか?」

「シユウー! クラウドー! ティファー! エアリスー! だいじょうぶ〜!?」

ユフィはどこか入れそうな隙間でもないかとウロチョロしていたが、暫くするとフィーラー達は何処かへと飛び去って行った。
セフィロスの姿も無く、すぐ近くで蹲っているティファを見つけたバレットが駆け寄る。

「ティファ! 無事か?」

「バレット……うん、私は平気。それより、クラウド達は……?」

「シユウッ!?」

ユフィが叫んだ。
足を縺れさせながら駆けていくその姿を目で辿って、バレットとティファも彼女と同じものを見る。

シユウが血を流して倒れていた。
その少し先で、エアリスとクラウドも重なり合うように倒れている。

その光景に愕然としながら、二人もユフィの近くまで向かう。

「何だよその怪我……! おい! しっかりしろ!」

「シユウ! シユウ起きてってば! ねぇ!」

「クラウド! エアリス!」

ティファに揺さぶられて、エアリスはすぐに目を開いて起き上がった。
クラウドも目を開いたが、ティファが呼びかけても反応しない。

「クラウド……?」

「……………………」

「ねぇ、返事して? 私のこと、分かる……よね?」

「……………………」

目の焦点が合っていない。
ティファはミッドガルで彼と再会を果たした時のことを思い出した。
あの時と同じだ。またあの状態に戻ってしまったのかと恐れて、何度もクラウドの体を揺さぶる。

エアリスもクラウドを心配しつつ、今はこちらが優先だとシユウに近付く。

「エアリス……! どうしよう、シユウが、シユウが……!」

「大丈夫。助けるから、絶対」

泣きそうになっているユフィを宥め、シユウの手を取り、エアリスは祈り始めた。
癒しの力がシユウの体に集い、傷口が塞がっていく。

「おーい! そんなとこに集まってねぇで、早くこっち戻って来いよ!」

「その足場はいつ崩れるか分からん」

シドとヴィンセントにそう言われて、ティファはクラウドに肩を貸して立たせた。
バレットは治療途中のシユウを任されて、恐る恐る抱き起こす。

状況はまるで違うのに、何故か殺されたミーナの姿が重なって見えた。
ぐったりとして動かない体と、血で汚れた彼の服や口元を見ながら、エアリスに尋ねる。

「…………こいつ、死んだりしねぇよな?」

「うん。助けるよ」

エアリスはそう答えたが、表情は険しかった。
当然だ。癒しの術に長けているエアリスでも、この度合いの怪我はそう簡単に治せるものでは無い。

「…………すまねぇ」

彼女に頼ることしか出来ない自分を不甲斐なく思いながら、バレットはシユウを抱えてシド達の元へ戻った。
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