0.いつかの彼の話
結局、アルノルドは式典に参加する事を選んだ。そうせざるを得なかった。リハーサルの間も、本番が始まってからも、意識はずっとシゾンタニアに向いていた。数多の人々を惹き付けてやまないアレクセイの演説も耳に入ってすら来ず、休憩中も焦りと不安のせいで全く気が休まらなかった。
同じく式に参加しているエステリーゼも、フレンから話を聞いたのか、ソワソワと落ち着きが無いように見えた。アルノルドを見るその目は、「助けに行くべきではないか」と訴えているように見えたが、アルノルドは歯を食いしばって式が終わるのを待つことしか出来なかった。
「アレクセイ団長、私はこれより救援部隊を編成してシゾンタニアに向かいます」
そうしてたっぷり二日もかけて、恙無く執り行われた式典が終わると、アルノルドはいの一番にアレクセイを掴まえて言った。
「……今更向かった所で、既に終わっているだろう」
「だとしても向かうべきです。式典が終われば派遣するという約束だった筈でしょう」
「約束? ……ああ、あんなものは話を終わらせる為の口実に過ぎん、奴もその程度の事は理解しているだろう」
入団したばかりの新米騎士との口約束などどうでもいい――アレクセイの態度にはそれがありありと滲んでいた。
だがアルノルドは負けじと食らいつく。
「それでも約束は約束です、守ることに意味があるのです。反故にすれば、少なからず騎士団上層部への不信や反感を買う事になるでしょう。それは貴方の本意では無い筈です」
「…………」
「アレクセイ、私からもお願いします! どうか援軍を!」
後押ししてくれたのはエステリーゼだった。幾らアレクセイと言えど姫の不興を買う事は避けたいのか、「エステリーゼ様がそう仰るのでしたら」と降参して承諾する。
アルノルドは直ぐ様手の空いた騎士を掻き集め、急拵えの部隊を編成し城を飛び出して行った。シゾンタニアまでの長い道程を、殆ど休むこと無く馬を走らせて進む。
アレクセイの言う通りこの行動が無駄に終わっても、アルノルドは構わなかった。現地の騎士や民に呆れられようが、ただ無事に事が済んでいてさえくれればそれで――
やがて見え始めたその町の門を潜った時、真っ先に目に飛び込んできたのは、棺を運ぶフレン達の姿だった。
誰かの遺体を乗せた馬車が、到着したばかりのアルノルド達の傍を駆け抜けていく。それを敬礼で見送っていた騎士たちは、門の前に並んでいるアルノルド達に気付いて、悲哀に満ちていた顔を強ばらせた。
他の騎士達に待機を命じて一人馬から降りたアルノルドに、大股でやって来た巨漢の騎士が怒りを顕にして掴みかかる。
「てめぇ、今更何しに来やがった!!」
「……要請に応じてシゾンタニアの救援に。……遅くなってすまない」
「遅くなってすまないだぁ!? ふざけんな、どの面下げてほざきやがる!!」
「やめろエルヴィン」
今にも殴りかかろうとする男を、酷く冷静な声が諌めた。
副隊長と呼ばれたその長身の青年は、フレンを含めた数名の部下や多くの民が見守る中、アルノルド達の前に歩み出る。
「フェドロック隊副隊長のユルギスです、ご協力に感謝致します。ですが、もう援軍は必要ありません。遠路はるばる来て頂いて恐縮ですが、お引き取り下さい」
それはとても静かで、けれど激しい怒りだった。
明確な拒絶を含むその言葉に、アルノルドは消え入りそうな声で尋ねる。
「ナイレン隊長は……」
「あの人は亡くなりました」
ユルギスは即答した。
この上なく簡潔な答えだった。
何も無い虚空を見つめて立ち尽くすアルノルドに、ユルギスは言葉を続ける。
「貴方が親衛隊のアルノルド小隊長ですね。お噂はかねがね、ナイレン隊長もよく貴方の事を話しておられました。この様な形でお会いする事になってしまったのは残念ですが、お目にかかれて光栄です」
その言葉の真意が、彼の言わんとする事が、アルノルドには嫌という程に伝わってきた。
もし逆の立場だったのなら、自分も彼と同じ事を言っていただろう。
反応が無いのを見て、ユルギスは早々に話を終わらせる。
「事の顛末は報告書に纏めて後日帝都に持ち帰ります。我々の部隊も撤収作業が終わり次第帝都に帰還しますと、騎士団長閣下にお伝え下さい。……行くぞエルヴィン」
踵を返したユルギスに言われ、アルノルドの胸倉を掴んだままだったエルヴィンは、彼を突き飛ばして解放した。出棺を見送るために集まっていたのだろうシゾンタニアの民達も、関心を無くしたように散り散りに去っていく。
ユルギスの背中越しに、アルノルドはナイレンが命懸けで守ったのだろう彼の部下達を見た。
双子であろう女性騎士が二人に、フレン、彼と歳の近そうな青年が一人、足下には小さな軍用犬、その他数名。そこにユルギスとエルヴィンが合流する。
――たったこれだけの人数。それも、うち二人は入団して間もない新米の騎士。
アルノルドは己の無知を呪った。そして何故フレンがあれだけ必死だったのかを理解した。
アレクセイは20にも満たないこの人数で、町一つ護れと言っていたのだ。それを仲間の元へ告げに行ったフレンの心中を思うと、黙って見送った自分に吐き気がした。
フェドロック隊の騎士達は、アルノルド達を一瞥すると、何も言わずに町の奥へと消えて行った。
どんな責め苦よりも、それは深くアルノルドの心に突き刺さった。