10.静寂の中の慟哭

――どうして、今の今まで忘れていたのだろう。

ルブラン達から話を聞き終えたシュヴァーンは、騎士団で最後に相対した時のアルノルドの事を思い出していた。

雨の降る夜。シゾンタニアでの騒動が終結したその日、帝都騎士団本部の中庭に、彼は独りで佇んでいた。
自分はそれを見た。声も掛けた。そして彼が、当時の自分と同じく死人になってしまっていることを知った。

そう、あの時に知っていたのだ。
そこに至る過程は知らずとも、彼がどんな精神状態にあるのかは、あの時に理解した筈だったのに。

自分のことで精一杯だったから?
その後の彼が元気にやっていたから?
彼はもう自分の部下では無いから?

(だとしても……覚えておいてやるべきだった)

大丈夫かと問うた自分への一瞬の沈黙。
あれはきっと、彼の最後のSOSだったのだろう。
帰るべき場所を失くし、頼るべき者を亡くした彼が、最後の最後に救いを求めた先がシュヴァーン・オルトレインだったのだ。

だが自分はその手を取れなかった。あの頃も、今も。
否、今回はそれどころか、自分がトドメを刺したようなものだ。

せっかくエステリーゼ達のお陰で立ち直りかけていたのに、その希望を奪ってしまった。
これでは、ドンを死に追いやって自分を絶望させたアレクセイと同じではないか。

「……あの、シュヴァーン隊長?」

掌で顔を覆って項垂れるシュヴァーンに、ルブランが心配そうな声色でおずおずと声をかける。
シュヴァーンは大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出すと顔を上げた。

「……すまない、大丈夫だ。それより、いつまでもここでじっとしている訳にもいかないな。やる事は幾らでもある」

そう言ってシュヴァーンは立ち上がった。
ルブラン達は敬礼でそれに応える。

「我らシュヴァーン隊、何処へでもお供致します! 何なりとお申し付け下さい!」

「いいのか? 俺はもうアレクセイに従うつもりは無いぞ。俺に手を貸すとお前達まで……」

「そんな事はどうでもいいのだ!」

「我々は隊長について行くのであ〜る!」

「もう隊長じゃない。今こうしてここに居るのは、ただのシュヴァーン……いや、レイヴンかな」

全てを受け入れた今の自分に相応しい名と振る舞いがどれなのか分からず惑う男に、ルブランはハッキリと答える。

「それでも、貴方が貴方である事に変わりはありません」

シュヴァーン隊はアレクセイが編成した部隊だ。
ルブラン達が数多の騎士の中からその一員として選ばれたのは偶然か、或いはもっと失礼な理由があったのだろう。

それでもシュヴァーンは、彼らと引き合わせてくれたアレクセイに心から感謝した。
今の騎士団に、彼らのような人物が果たしてどれだけ居るだろうか?

シュヴァーンは己の大切な部下――否、シュヴァーンにとっての"仲間"である彼らに微笑み頷いた。

「では行こう。俺達が成すべきことを成す為に」






「見えた! ヘラクレスじゃ!」

崩壊するバクティオン神殿から逃れて暫く。
エステリーゼとアレクセイを追って空から移動要塞を捜していたユーリ達は、海の上を進むそれを見つけた。

周囲には騎士団のものと思しき船が幾つも並んでおり、ヘラクレスの行く手を阻むように展開している。

「ゾディア達か!?」

「無茶なことを」

「あんなのに近づいたら沈められるわ」

「いくらなんでも真正面からぶつかるって事はしねぇと思うが……つっても、あの要塞相手にあの船団じゃ勝ち目ねぇな」

「下がダメなら上から、ね」

「えー! もうちょっと考えた方が……」

及び腰のカロルの主張を跳ね除けて、ジュディスがバウルに指示を出す。
接近するバウルに気付いたヘラクレスは、突き出した大砲をそちらへ向けた。

「ほ、砲撃されてるよ!」

「!? 砲火にムラがある……?」

「あそこ! 左後方だけ砲撃してきてない」

「よし、そこに突っ込むぞ! 出来るか?」

「当たり前のこと聞くなって、ちょっとご機嫌斜めよ?」

「そりゃ悪かった。なら頼んだぜ」

「バウル、お願い!」

咆哮で応えたバウルは、次々と飛んでくる砲撃を避けながら降下し、見事ヘラクレスに横付けしてみせた。
ユーリ達はフィエルティア号から飛び降りて、ヘラクレスのデッキに着地する。

「死ぬかと思ったよ……」

「……衛兵が倒されている」

「だからここだけ弾幕が薄かったのか」

床にのびている親衛隊の姿を見て、ユーリが納得したように言う。
一方、バウルに礼を言い安全な場所に避難するよう指示していたジュディスは、近付いてくる気配に逸早く気付いた。

「誰?」

他の面々もそれに倣って、音のした方を向く。
現れたのは見知った顔だった。ここに来る前、バクティオン神殿で見たばかりの顔だ。

「まったく無計画な連中だな、強行突破しか策がないのか」

「その通りであーる」

「ここで会ったが100年目なのだ!」

どうやってここに来たのかも分からないルブラン一味にそう言われ、まだ先の一件――シュヴァーンと戦い、崩れゆく神殿の奥深くに彼を置き去りにしてきた事実から立ち直れていないユーリ達は顔を顰めた。

「……シュヴァーン隊か。あんな事があったってのに、まだアレクセイにつくのか?」

「もうボク達の邪魔しないでよ!」

「そうよ! あんたらの顔見てると、思い出したくない顔が浮かんでくるのよ!」

「どんな顔なんだろうなぁ。よっぽど非道い顔のやつなのね」

その声は唐突に場に乱入して来た。
全く予想していなかった人物の登場に、その場の全員が息を呑む。

「レイヴン……!」

「おう、レイヴン様参上よ。なになに? 感動の再会に心いっぱい胸がどきどき?」

死んだと思っていたその人は、何事も無かったかのようにそこに居た。
一行の心情など構わずいつもの様におどけるレイヴンに、動揺していたユーリは諸々の感情を押し殺して冷静に返す。

「おっさん、何しに来た?」

「冷たいお言葉ね……。おう、お前ら! ここは任せるぜ」

「はっ!」

「「了解であります!」」

ルブラン達はビシッと姿勢を正して敬礼すると、ユーリ達に何をするでもなく、足並みを揃えてヘラクレスの中へと消えていった。
それは彼らがユーリ達の敵として現れた訳では無いのだと言う事を示している。

「ま、こういうワケ」

「レイヴン……」

「そういうことで、宜しく頼むわ」

「何言ってんのよ! 信用出来るわけ……ないでしょ!」

「おっさん、自分が何やったか忘れたとは言わせねぇぜ」

「そっか。ならサクッと殺っちゃってくれや」

そう言って小刀を無造作に投げ渡したレイヴンに、全く本心でない事ばかり言っていたリタがギョッとする。

「ばっ! 何のつもりよ!」

「命が惜しかった訳じゃない筈なのに、なんでかこうなっちまった。ここでお前らに殺られっちまうのなら、それはそれ」

「アレクセイに刃向かった今、いずれ魔導器を止められてしまって命はない。だからここで死んでも同じ……そういうこと?」

ジュディスの言葉に、レイヴンは薄く笑った。バクティオン神殿で最後に見せたのと同じ微笑み。

「俺はもう死んだ身なんよ」

その言葉にどれほどの重さがあるのか、彼の境遇を知った今ならわかる。
故に何も言えなくなってしまった一行の中で、口を開いたのはやはりユーリだった。

「その死んじまったヤツがなんでここに来たんだ? レイヴン。あんた、ケジメをつけに来たんだろ。じゃあ凛々の明星の掟に従って、ケジメをつけさせて貰うぜ」

皆が固唾を飲んで見守る中、レイヴンは静かに下される裁きを待った。
そして、その顔面にユーリの鉄拳制裁が叩き込まれる。

「痛〜ッ!」

「あんたの命、凛々の明星が貰った。生きるも死ぬも俺たち次第。――こんなとこでどうだ? カロル先生」

「えへへ、さすがユーリ。ばっちりだよ」

カロルは満足気にそう言って、同じようにレイヴンを殴る。

「あだ!」

「とりあえずこれが罰ね」

後ろにひっくり返ったレイヴンに、ジュディスが笑顔で手を差し伸べる。
それに礼を述べながら立ち上がると、再び顔面に拳を入れられた。

「ぶへっ!」

「せっかくだから、あたしもぶっとくわ」

よろけた所に更にもう一撃、リタの容赦のない拳が来たかと思うと、仕上げにパティのヒップアタックとラピードの突進を喰らい、レイヴンは撃沈。

「レイヴン、アレクセイの奴がどこに居るかわかるか?」

「うう……制御室だと思う……」

「じゃ、行きましょ」

スッキリした顔で歩き出した一行は、情けない顔で蹲っているレイヴンに一言。

「勝手に死んじゃダメだからね、レイヴン!」

皆の顔に、もう憂いや戸惑いは無かった。
かつて共に旅をしていた頃と同じように、彼らは笑っている。笑ってくれている。

「よくご無事で」

「へ? ん、ああ、ルブラン達のお陰でどうにかね。みっともない話さ」

最後に残ったフレンに今度こそ助け起こされて、ユーリ達の笑顔に見惚れていたレイヴンは立ち上がった。

「お前さんにも悪いことしたな。殴られても文句は言わんよ」

「いえ。……自分も、騎士団長に従い続けた身ですから」

「そか。そんじゃま、団長閣下に世話になったもん同士、落とし前つけに行くとするかね」

とは言え、制御室の場所がどこかまではレイヴンにも分からない。
取り敢えず道なりに進んでいこうかという話になり、艦内に居る敵――殆どが親衛隊――との交戦を避けつつ、それらしい場所を探した。

「……っとぉ、ごめん、ちょっといい?」

途中、閉じた扉の前を通り過ぎようとして、レイヴンが皆を呼び止める。
早足で進んでいたユーリ達は、突然立ち止まったせいで渋滞を起こした。

「なんだ? まさかそこが制御室か?」

「いんや、そうじゃないんだけどね」

レイヴンは小窓から中の様子を窺いつつ、その扉を開ける。
中には斬り殺された兵士達の死体が幾つか転がっているだけだった。

「この部屋がどうかしたの?」

「んー……、いや、アルちゃんが居るかもって思ったんだけどね。俺がミョルゾから連れてきた時、嬢ちゃんと一緒にここに閉じ込めておいたから」

だがこの部屋の様子を見るに、二人はさっさと脱出したのだろう。
バクティオン神殿に向かう前にエステリーゼの姿は見かけたが、その時にはアルノルドは傍には居なかった。

「ここに来る前はユーリ達と合流してるかとも思ってたんだけどね。誰か見てなぁい?」

「…………」

「……ん? あれ? どったの?」

場の空気が一気に重くなったのを感じ取って、レイヴンが尋ねる。
だが誰もそれには答えられなかった。皆悲痛な顔をして、床や壁に視線を送るだけ。

「ちょっと? 何なのよそのリアクション」

「……アイツの事はあたし達も知らないし見てない。逆に、あんたなら知ってるかもって思ってたくらいだわ」

「アレクセイから何も聞いてねぇのか?」

「全く。嬢ちゃんが今どうなってるのかは大体わかってるけど、アルちゃんはただ連れ戻せって言われただけだからねぇ。アレクセイの狙いは嬢ちゃんだけだろうし、てっきりそのへんに捨て置かれてるもんだと……」

「……そうか」

ユーリ達はそれ以上何も言わなかった。
その明らかにおかしな態度に、レイヴンの顔色も変わる。

「何か知ってるなら教えてくれ、頼む」

言い渋る面々の中、ジュディスが重い口を開いた。

「……私達も直接見たわけでは無いの。ただアレクセイ曰く、彼は"処分"されたそうよ」


――――処分。


その言葉の意味するところを考えて、レイヴンは凍りついた。

「で、でも、アルがそんな簡単にやられちゃうわけないよ! そうでしょレイヴン!」

「そうじゃ! まだウチらの目で確かめたわけでもない、だからきっと無事なのじゃ!」

「でも、それならなんでアイツはエステルの傍に居ないのよ!? なんで帰ってこないのよ!」

「それは……」

「やめろ。……もういいだろ、今はアレクセイの奴を見つけんのが先だ」

「……そうだね、急ごう」

そうして無理矢理制御室探しを再開した一行に対し、レイヴンはその場から動けずにいた。

処分という言葉だけでは何も確実な事は分からない。除隊されただけかもしれないし、そもそもアレクセイがユーリ達の動揺を誘う為に嘘を言った可能性もある。

だがリタの言う通り、無事ならばエステルの傍に居ないのはおかしい。

(……落ち着け、落ち着け。殺されたのなら、どこかに死体が残ってる筈だ)

だからそれを見つけるまでは、死んだと決めつけてはいけない。絶望するにはまだ早い。
レイヴンは自分にそう言い聞かせた。
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