10.静寂の中の慟哭

「……なんだこりゃ?」

そうして、散々ヘラクレス内部を歩き回って漸く制御室に辿り着いたユーリ達は、またも床にのびている親衛隊兵士達の姿を見た。

どうやら誰かが先にここへ来て彼らを倒したらしい。その誰かは物陰からゆらりと姿を現した。

「待ちかねたぜぇ、ユーリ・ローウェル!」

「お前は!」

派手なピンクの髪に金のメッシュ、狂気に満ちた笑みを湛えるその男――ザギを見て、一行は武器を構える。

「貴方がここの人達を倒したのね」

「余計な邪魔を入れられたくないからなぁ」

当初はフレンを狙っていた筈なのだが、今やすっかりユーリの虜らしい。
ご指名を受けたユーリは、その執着心としつこさを唾棄しつつ吐き捨てる。

「てめぇなんぞに用は無ぇ。アレクセイは何処だ? エステルを何処にやった!」

「クックック、居ねぇよ! そんなヤツは最初からここには居ねぇ」

「!?」

「なんですって!」

「どういう事なのじゃ……?」

思案したフレンは、すぐに状況を理解して歯軋り。

「アレクセイ、この要塞すら囮に使ったのか……!」

「なるほどね……ヘラクレスにオレたちや騎士団を引きつけて、自分はその間にトンズラか……」

「随分気前のいいこった、やってくれるぜ」

「すぐ追いかけるのじゃ!」

「おいおいおいおいおい! そうじゃないだろ! 喋ってる暇あるのか? さっさとお楽しみに入ろうぜぇ」

「何度も言わせるなよ。お前に用は無ぇ、消えろ! 邪魔するってんなら容赦はしねぇ!」

焦りと怒りで平常心を欠いてしまっているユーリのその態度は、ザギを悦ばせるだけだった。
呆れ顔の一行の前で、武器を手にユラユラと身体を揺らす。

「クックック……そうだユ〜リ、もっと怒れ! 昂れ! 憎め! それこそが最高のスパイス! はーっはっはっは!」

「こいつ……怒らせるためだけに邪魔して来てるの?」

「救いようのない人ね」

「さぁ……逝こうぜぇ! ユーリ・ローウェル!」

馬鹿馬鹿しい、付き合ってられるか。
皆そう思っていたが、どれだけふざけた言動をしていても、ザギの実力は本物。
無視して押し通る事も出来ず、時間に追われる中ユーリ達は交戦を余儀なくされた。

「ぐふっ! ククク……おまえは最高だ……ユ〜リ!」

「この粘着野郎! いい加減にしやがれ!」

情け容赦のない全力の一撃でザギを斬り飛ばしたユーリは、制御室の窓を突き破って外に落ちていくザギを見送る時間も惜しいとばかりにリタに向き直る。

「リタ!」

「わかってる!」

役目を終えた魔導書をしまいつつ制御盤に飛びついたリタは、凄まじい集中力で瞬く間に作業を終わらせた。
ヘラクレスは動力を失い、ガクンと一度大きく揺れてから停止する。

「……止まったわ」

「さすが天才魔導少女」

「これでゾディア達も乗り込んで来れるだろう」

口々に賞賛を受けたリタは、しかしそれを微塵も喜ぶこと無くポツリと呟く。

「エステル……どこに連れてかれちゃったの?」

「リタ……」

「アレクセイはエステルを道具としか見てない! このままエステルが力を使われちゃったら……ホントにエステルが星喰みを引き起こしてしまうかもしれない!」

「させないさ、だから俺達が居る。そうだろ」

「リタ姐、元気を出すのじゃ。絶対アイツを倒して……エステルを助け出すのじゃ」

「……そうね」

「もう一刻の猶予も無いわ。このヘラクレスもきっとヘルメス式魔導器を使ってる。これだけのものを動かしているんだもの」

「早くアレクセイを見つけないと!」

「バウルにお願いして、エアルの流れを追ってみましょう。エステルが力を使わされているのなら、きっと見つかるわ」

「わかった。じゃあ――」

と、踵を返そうとしたところで、突如窓の外から撃ち込まれた光線が部屋全体を襲った。
その衝撃はユーリ達に直撃して制御盤にまで及び、そのせいで誤作動を起こしたのか再びヘラクレスが動き出す。

「ひゃはぁ〜! ユゥゥゥリィ! まだ終わっちゃいねぇぇぇ!」

一体どれだけしぶといのか。海に落ちたかに思われていたザギは、割れた窓の前にいつの間にか戻ってきていた。
応戦するにしても逃げるにしても、今の攻撃をモロに喰らってしまった一行は満足に動けない。

「や、やべぇ……体が……」

「ダメだ……エステルみたいな高度な治癒術じゃないと、みんな同時に治せないよ……!」

「クックック、やっといい声で鳴いたなぁ……逝っちまいな!」

万事休すか。せめてもの抵抗でユーリは刀を前に突き出したが、それが必要になることは無かった。

階段が伸びる制御室の入口、ユーリ達が今居る場所より一段高いその場所から、二人の少女が降ってくる。
息の揃った飛び蹴りをザギの顔面にお見舞した二人は、今度こそ海に落ちていったザギの悲鳴を背に華麗に着地した。

「ふっふん、ビュリフォーなシャウトですね〜」

それらを高みから見ていた男――イエガーは、どういう訳か二人の少女――ゴーシュとドロワットに、皆の傷を癒すように指示を出した。

ハリーを陥れドンの命を奪った仇。
その姿を認めたレイヴンは、知らずと武器を握る手に力を込める。

「イエガー! てめぇ、何のつもりだ」

「ミーのビジネスにとって、帝国ばかりがパワフルになるのは、都合がバッドバッドなのでーす」

治療を終えたゴーシュとドロワットは、直ぐ様イエガーの所へと戻る。
そして警戒しているユーリ達と同じように、いつでも攻撃出来る構えを取りつつ、イエガーを背にして並び立つ。

「アレクセイはザーフィアスに居る」

「帝都ザーフィアスの御剣の階梯に秘密があるのだわん」

「宙の戒典がキーとしてニードな筈だったのに、ユーたちのプリンセスで代用しようとしてマース」

「なんですって!」

「エステリーゼ様をどうしようというんだ!」

「話し込んでる場合じゃなさそうよ」

尚も動き続けるヘラクレス。その行く先には帝都の街並みが見える。
もしこの巨艦が上陸でもすればどうなるか、想像して現状を理解したユーリは舌打ち。

「こりゃマズいな。このままじゃザーフィアスの下町はペシャンコだ」

「リタ! もう一度制御盤を……」

「無理よ! 完全に壊れちゃってる!」

「動力を止めるしかないよ!」

「頑張るデース! じゃ、そういう訳でシーユー!」

「待つのじゃ! エステルの状況をそこまで知っておるのなら、アルのことも知っておるのではないか!?」

「オー、あの騎士のボーイなら可哀想に、アレクセイと単身ファイトして、非常にデンジャーな状態でした」

「見たのか!? あいつは今どこに居る!」

食い気味にそう詰め寄るレイヴンに、イエガーは何処か軽蔑や呆れを含んだ冷ややかな視線を送る。

「それを聞いてユーはどうします? ユーは彼を見捨てたのでショウ? アレクセイと結託してもう一度彼をキルしますか?」

「おっさんの事情まで知ってやがるとはな。あんた、本当は何者だ?」

「なんだっていいわよ! アイツのこと何か知ってんなら、さっさと教えなさいよ!」

「彼のことなら、ユー達の方がよく知っているでショウ。彼はプリンセスのガーディアン、向かう場所はひとつしかありまセン」

「――帝都か!」

「なら、アルは無事なんだね!」

「あれを無事と言って良いのかどうかはミーには判断しかねマース。ソー、プリンセスにしろナイトにしろ、助けるつもりなら急ぐのがベターですヨ」

そう言って、イエガー達は一行の前から姿を消した。釈然としない面持ちで、ユーリ達はそれを見送る。

「奴の狙いは何なんだ?」

「それは後で考えましょ。今は早くヘラクレスを止めないと」

「わかってる、動力室へ向かうぞ」

「イエガー……次は絶対に逃がさない!」

カロルにとっても、イエガーは憧れの人物を陥れて殺した憎い相手だ。ユーリや他の皆にしても、程度の差はあれ抱く感情は同じだろう。

だがそれを理解していても、レイヴンは思う。
アレを倒す役目だけは、他の誰かに譲る訳にはいかないと。
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