10.静寂の中の慟哭

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「イエガー様ぁ! 目を醒ましました〜!」

それは、ユーリ達がヘラクレスを見つけて突入する少し前のこと。
アレクセイに敗れ、そのまま意識を手放してしまっていたアルノルドは、目覚めるなりそんな声を聞いた。

視界に映ったのはヘラクレスの一室と、どこかで見た覚えのある少女二人の顔で、片方は先の台詞を吐くと何処かへと行ってしまう。

「君は……確か前に、カドスの喉笛で……」

残ったもう一人を見ながらそう呟くと、相手はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「ご苦労様でした、ゴーシュ、ドロワット。彼の容態は?」

「なかなか傷が塞がらず時間がかかってしまいましたが、今は安定しています」

「頑張ったんですよ〜! 褒めて欲しいです〜!」

少女、ドロワットに連れられてやって来たイエガーを見て、アルノルドは飛び起きる。
その動作で塞がったばかりの傷が開いてしまい、顔を歪めたアルノルドの頭をゴーシュが叩いた。

「私達の労力を早々に無駄にするな!」

「まだ安静にしてて欲しいのだわん」

「ソーリー、驚かせてしまいました。ですが今のミーはユーの敵ではありません。リラックス、リラックス」

「ふざけるなよ、こっちはお前が今まで何をしてきたか知っ――痛っ!」

「お前! 誰のお陰で助かったと思ってる!」

またもや頭を叩かれて、アルノルドは強制的に黙らされる。
それだけでは収まらずに怒り心頭で胸ぐらを掴み上げようとするゴーシュを、ドロワットとイエガーがなだめた。

「誰が誰を助けたって……?」

「ミーがユーを、ですよ。実際に治療にあたってくれたのは彼女たちですが」

「なんだそれ。一体何のために……いや、そもそも何で海凶の爪がここに」

「それはトップシークレットね。バット、貴方をレスキューしたのは、海凶の爪とは無関係のプライベートな行為デース」

「プライベート? 尚更理解出来ないな。あんたに助けて貰えるような恩売りをした覚えは無いんだが」

「フフ、ユーが知る必要はありまセンよ。それより、黄泉の国からリターンしたユーは、この先どうします?」

疑問は尽きないが、実際に今こうして生きているのだから、彼らに命を救われたのは事実なのだろう。
礼を言うべきか否か悩んでいる間に話を進められて、タイミングを逃したアルノルドはとりあえずその質問に答える。

「エステリーゼ様を助けに行く」

「ええ〜? せっかく命拾いしたのに、また行くの〜?」

「どうせまた、アレクセイに返り討ちにされるだけだ」

「それでも、諦める訳にはいかない」

「それがユーの勤めだからデスか?」

「ああ。……いや、違うな。勤めだからじゃなくて、俺が助けたいから行くんだ」

「……その結果、命を落とすことになっても
?」

イエガーの顔と声色から軽薄さが消えた。
アルノルドは、まるで目の前に居るのがイエガーではない別の誰かのように思えた。レイヴンがシュヴァーンを名乗る時と同じように。

「よしんばアレクセイを倒せたとしても、君の大事な人を救える保証は無い。問題は他にもある。それでも、そのたった一人を救う為に君は行くのか?」

その雰囲気はどこか懐かしいものがあった。
イエガーを名乗るその人に覚えがある訳では無い。ただ、似ていると思った。かつて自分が友と呼んだ騎士達に。

だからだろう。目の前に居るのが敵だと言う事も忘れて、アルノルドは素直に答える。

「……多分本当は、あの人を救いたいんじゃ無いんだ。あの人を救うことで、俺が救われたいんだと思う」

幾度も、掌をすり抜けて零れ落ちていった大切なもののことを思い出す。
失くす度に思った。自分は今何のために生きているのかと。何のために生き残ってきたのかと。

「エステリーゼ様を助けることが出来たら……あの人の笑顔を守る事が出来たなら、変えられるような気がするんだ、色んなことを」

アルノルドはイエガーを見た。
イエガーもアルノルドを見ていた。
互いにその瞳に、懐かしき面影を写しながら。

「あんたの言う色んな問題の全てを、俺にどうにか出来るのかは分からない。でも、それでも行きたいんだ。何も出来ずにただ事が終わるのを待っているだけなんていうのは、もう御免だ」

イエガーは静かに瞼を伏せた。
どこかへ思いを馳せるかのような沈黙の後、穏やかに、少しだけ寂しそうに微笑む。

「……なるほど。君はファイヤーリリーと呼ぶに相応しい」

「? ファイヤー……?」

なんだそれ、と疑問符を浮かべるアルノルドに頭を振って、イエガーはいつもの調子に戻る。

「ユーのプリンセスはアレクセイに連れられて今は帝都デース。ですがこのヘラクレスは今や海の上、追うのなら船をお貸ししまショウ。その先はユーのフットでランニングですが」

「それは……助かる。けどいいのか?」

「ドントマインド。ですが一つだけ」

やっぱり裏があるのかとアルノルドは身構えたが、イエガーの口から出たのは交換条件では無かった。

「出来れば、生きて帰ってきてくだサーイ。我々がレスキューした意味が無くなってしまいマース」

「ホントですよ〜! 治すの大変だったんですからね〜!」

「無駄死にしたらただじゃおかない」

拍子抜けしたアルノルドは、「善処するよ」と苦笑して立ち上がった。
船までの案内役はゴーシュに任せて、イエガーとドロワットは二人を見送る。

「でも、いいんですかぁイエガー様ぁ。死なれちゃ困るって言ってたじゃないですか〜」

「仕方がありません、私に彼の人生を縛る権利はありませんから。それよりもドロワット、ゴーシュが帰ってきたら、我々は次のミッションですヨ」

「了解なのです〜!」

ビシッと可愛らしく敬礼して応えるドロワットに微笑みながら、イエガーは遠く小さくなっていくアルノルドの背中を見つめた。

十年前の生き残り。
自分やあの男とは違う、本当の意味での生存者。
砂漠で散った仲間やあの日の自分を肯定させてくれる、たった一つの希望の光。

本来の名を捨てイエガーとして生きる今の自分が、彼の為に出来る手助けはこれが精一杯。
彼が彼の望みを果たし、仲間と共に生き永らえてくれる事を、イエガーは心の底から願った。
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