10.静寂の中の慟哭

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城下と同じく、城の周辺もやはり人でごった返していた。
後ろ髪を引かれる思いで走っていたアルノルドは、少しでもルブラン達の負担を減らそうと進路上に居る人々を助けつつ、城の中へと足を踏み入れる。

が、入ってすぐに異変に気付いた。
外は赤い靄――異常発生したエアルに侵されているというのに、どういう訳か城内は正常なまま。

「げぇっ! アルノルド・ブランディーノ!」

アレクセイが何かしたのか。という事はやはり、奴はここに居るのか。
そう推理していたアルノルドは、素っ頓狂な声を上げた相手と、その傍らに居る少年にギョッとする。

「ヨーデル殿下!? 評議会の皆さんまで、どうしてまだこんな所に……」

「くそっ! 姿が見えないと思ったら、出口で待ち伏せていたか……!」

この騒ぎであれば真っ先に避難すべき人物がどうして、というこちらの疑問を跳ね除けて、何やら怯えた様子の評議会役員がヨーデルを庇うように立つ。

「何の話ですか?」

「とぼけるなっ! き、貴様は親衛隊の隊長だろう! だから平民騎士など信用出来んと言ったのだ! 貴様もアレクセイも、やはり最初からこれが狙いだったのだな!」

「はい??」

「待ってください。……様子がおかしい」

「居たぞ! 捕まえろ!」

「ひっ! も、もう来たのか!」

まるでいつかのユーリを追いかける兵士達の如く、城の奥からバタバタと走ってきたのは、親衛隊の兵士達だった。

挟み撃ちにされたと思い込んで「もうお終いだぁ〜!」と絶望する評議会員は一先ず無視して、アルノルドは武器を手に迫る部下達と対峙する。

「アルノルド隊長……! ……生きておられたのですか」

「なんとかな。けど、どうせならもう少し嬉しそうに言ってくれるか」

「……貴方がアレクセイ閣下を裏切っていなければ、そうしていました」

裏切られたのはこっちだとアルノルドは言いたかったが、アレクセイに心酔している彼らにはそう見えるのだろう。
まあ、別に今更彼らにこちらの主張を理解して貰おうとは思わないが、それはさておき。

「で、この状況はなんだ? どうしてお前らがヨーデル様を追ってる」

「その者共は貴方と同じくアレクセイ閣下に反旗を翻した。故に粛清する」

「…………は?」

「は、反旗を翻したのは貴様らだろう! このお方を誰だと心得る!」

「知ったことか。アレクセイ閣下に逆らう者は、全て我らの敵だ」

そうして有無を言わさずヨーデル達に向けて振り下ろされた親衛隊員の刃を、絶句していたアルノルドが受け止めて弾き返す。

エステリーゼに対しての暴挙からして、彼等が親衛隊としての矜恃を失っていることは既に理解していた。
それでも、エステリーゼは評議会側の選んだ候補者だ。かねてより評議会と対立している騎士団が彼女を見捨てても、ギリギリまだ納得も出来る。

だが――ヨーデルに剣を向けるのは、それとは訳が違う。

騎士団は彼を次の皇帝に据えようとしている。今はまだ正式に皇位を継いではいなくとも、ゆくゆくは彼に仕えることになるのだと、親衛隊の者は皆当然その心構えでいる筈だとアルノルドは思っていた。

皇帝が不在の今はアレクセイの私兵同然でも、来るべき時が来れば正しき親衛隊の在り方に戻ってくれるだろうと信じていたのだ。

しかし彼らはもうアレクセイ以外に仕える気は無いらしい。長きに渡って皇室を守り抜いてきた、誇り高き親衛隊の名を冠しておきながら。

アルノルドはプツリと何かが千切れる音を聞いた。

「……ヨーデル殿下、部下の非礼をお詫びします。我ら親衛隊の処遇はどうぞご随意に、いかなる罰も謹んでお受け致します。ですから、今はどうかお逃げ下さい」

「アルノルド……貴方は……」

「評議会の皆さん、申し訳ありませんが、殿下を宜しく頼みます。下町の辺りまで行けば、シュヴァーン隊の皆さんが手を貸して下さる筈です」

「は? え??」

まだ状況を飲み込めていない様子の評議会員達に代わって、ヨーデルが率先して出口へと向かった。
それを追おうとする親衛隊の兵士達を、アルノルドが剣で制する。

「お前ら、自分が今何をやってるのか分かってるのか?」

「貴方こそ。親衛隊の隊長ともあろう方が、反逆者の肩を持つとは。……せめてあの爆発事故で生き残ったのが、補佐官の方々であれば良かったのに」


――補佐官。


久しく聞くことのなかった懐かしい響き。
逃げていく評議会員達の足音を背後で聞きながら、アルノルドは僅かに目を伏せる。

「今ここに居たのが彼らであれば、こんな事にはならなかった。彼らは我々と同じく、アレクセイ閣下に忠実で……彼らと共に居た貴方もそうだと思っていましたが、どうやら違った様ですね」

今でも思い出せる。あの日の無念を。亡くした友の顔を。彼らと共に過ごした日々を。

アルノルドは遠い昔に彼らが語っていた果てしない夢の話を脳裏でなぞった。

「……お前の言う通り、あの日死んだのが俺だったら、彼らが生きていれば、"こんな事"にはならなかっただろうな」

アルノルドは前に並ぶ騎士達の顔を見た。
これで"同じ"とは笑わせる。今ここに居る誰一人として、補佐官と呼ばれた彼らとは似ても似つかないのに。

「だが一つ訂正させて貰う。彼らが崇拝していたのは、アレクセイ騎士団長閣下じゃない。あの人の掲げた理念だ」

人々を守るための剣。
世界をより良くする為の技術。
貴族も平民も関係なく、一丸となって民を守り導く為の旗印。

――本当の騎士。

「お前らがアレクセイに付き従うのは何の為だ? 帝国を混乱に陥れる為か? 皇位継承者を殺す為か? 魔導器で世界中を破壊する為か? ――違うだろ!!」

アルノルドはありったけの力を込めて剣を振り下ろした。
地面に叩きつけられた刃がギィンと鈍い音を立て、それが城内に反響して遠くまで響き渡る。

「お前らがどうしてそこまでアレクセイを慕うようになったのか、その理由を思い出せ!! お前らがやるべき事は騎士団長を守る事でも、その命令に従う事でも無い!! 弱きを助け強きを挫く、子供が思い描くような"正義の英雄"を実在させる事が俺達の役目だ!! 世界中の誰が絶望しても、最後まで希望を示し続ける事が俺達の存在意義だ!! それがアレクセイと共に俺達が目指してきた真の"帝国騎士団"だ!! そんな事すら見失ったハリボテの親衛隊なら、今ここで俺が終わらせてやる!!」

「…………!!」

親衛隊員達は剣を構えたまま、しかしそれを振るう事が出来なくなった。
大義は自分達にあると、何も間違ってはいないと信じきっていた彼らは、ここに来て漸く己の行動に疑問を抱いて狼狽え始める。

「違うと言える心がもしまだ残っているのなら、今すぐ外の人達を助けに行け。俺はエステリーゼ様を助けに行く」

そう言ってアルノルドは剣を収めたが、無防備になった彼に斬り掛かろうとする者も、その歩みを止めようとする者も居なかった。
彼らはただ、自分達の間をすり抜けて進んでいくアルノルドを見ていることしか出来なかった。
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