11.ひとつの終わり

ユーリにとっては慣れ親しんだ帝都の街並み。だがその景色は、かつて此処を出発した時とは大きく違っていた。

辺り一面に赤黒い靄――高濃度のエアルが溢れ、それに侵された植物達はケーブ・モック大森林のように異常な成長を遂げ、街を覆い尽くそうとしている。

「なんてこった、これがあの帝都なのか」

「植物が巨大化してる……エアルの暴走のせいだね」

「すごい濃度……まともに食らったら一巻の終わりよ」

とは言うものの、そう言うリタ達にはその影響は及ばなかった。
デュークに託され、今はユーリの手にある宙の戒典のお陰だ。

「私達もその剣が無かったら危なかったわね」

「ああ、皆離れるなよ」

蔦の合間から飛び出してくる魔物を片付けながら、エステリーゼ達を探して街の中を一通り歩き回る。
ふとその途中にユーリが足を止めた。その視線の先にあるものを見て、レイヴンはその心を理解する。

「ユーリ、どうしたの?」

「ん? ああ、いや何でもねぇよ。行こうぜ、エステルが待ってる」

「?」

帝都やユーリの来歴にそれほど明るくないリタやカロルは、そう言って再び歩き出したユーリを不思議そうに見つめる。

「あの坂の先は下町があった。奴さんの住んでた、ね」

レイヴンのその補足で、二人も彼の心情を理解して、憂いに沈む。
下町へ続く道は植物に覆われて完全に塞がれてしまっていた。言われなければ、その先に人の住む場所があったとは思えないような有様。

「……こんな状況でもなきゃ、寄ってくぐらいは出来たんだけど」

カロルとリタは何も言えず、ただ黙ってユーリの後を追った。ここで感傷に浸っていても、状況は悪化していくだけだ。

(しかしここまで酷いとなると……アルちゃんも無事じゃあなさそうね)

いくら他人より耐性があるとは言え、この濃度のエアルには彼でも負けてしまうというのは、カドスの喉笛で実証済みだ。諸々の傷が癒えていない状態では尚のこと厳しいだろう。

どこかその辺りで力尽きて倒れてはいないだろうかとレイヴンは目で探したが、それらしき人の姿は見つからなかった。そしてそのまま、一行はザーフィアス城へと到達する。

これだけ酷い状態ならば城の中も同様だろうと皆は思っていたが、城内は予想とは違い正常な姿を保っていた。可視化されたエアルも巨大化した植物も無く、いつもの荘厳さを保っている。

「エステルの力を使って、こんなことまでやってのけたんだわ」

「なら、エステルはこの中に居るんだね」

「ああ、きっとお出迎えがあるぞ」

ユーリのその言葉の通り、城の中には親衛隊が待ち構えていた。
皆は聞く耳持たない様子の兵士達を切り伏せながら部屋を一つ一つ確認して回ったが、親衛隊以外の人の姿はどこにも無い。

やがて食堂の前まで来た所で、ジュディスが他の面々を後ろ手に制する。

「――待って、誰か居るわ」

閉ざされた扉の奥に人の気配を感じたジュディスは、槍を構えながら皆に警戒を促した。

待ち伏せだろうか? ならばこちらが先に仕掛けようと、一行は扉の両脇に陣取って突入のカウントを始めたが、先に扉が開いて中にいた人物が飛び出してきた。

剣を構えた兵士が一人、二人、三人とユーリ達の前を通り過ぎ、そのまま対面の壁に衝突する。橙色の甲冑――シュヴァーン隊の三人だ。

「ユーリ!? ユーリか!」

何だ何だと呆気に取られていたユーリは、開いた扉の奥から聞こえてきたその声にハッとして、食堂の中に入る。
そこには声を上げたハンクスを含め、下町の住民達が集まっていた。誰も彼も憔悴してはいるものの、大きな怪我はしていない。

「じいさん!? みんな! 無事だったのか!」

「そりゃこっちのセリフじゃ」

「なんで城の中になんて居んだよ!?」

「ほんと、それにお前らまで」

レイヴンの言葉の矛先はルブラン達に向けられていた。壁際で積み重なって倒れていた三人は、すぐに起き上がって整列する。

「はっ、それがその、フレン殿の命令で市民の避難を誘導していたのでありますが、その……ふと下町の住民の姿が見えないことに気が付きまして、命令には無かったんでありますが、つまりその……」

「出口は崩れるわ、おかしな靄は迫るわ、危ないとこじゃった。なんとか騎士殿の助けで靄の無いここに逃げ込めた。命の恩人じゃよ」

「め、命令違反の罰は受けます!」

「我々も同罪なのであーる!」

成程そういう事かと合点がいったレイヴンは、本気で怒られると思っている様子の三人にフッと笑った。

「罰も何も、俺ただのおっさんだからねぇ。それに市民を護るのは騎士の本分っしょ? ……よくやったな」

三人は一瞬ポカンとして、その後いたく感激した様子で震え出す。

「こっ、光栄であります! シュヴァ……レイヴン隊長殿!」

「隊長ゆーな。俺様はただのレイヴンよ」

「はっ! 失礼しました、ただのレイヴン殿ォ!」

静かな廊下にルブラン達の声が響いた。レイヴンは額を押さえ、それを見た仲間達は笑いを零す。

「尊敬されてるのね」

「ほんと、想像つかないわ」

一方、ユーリも同じように顔を綻ばせていたが、それはルブラン達のやり取りによるものでは無かった。ユーリの瞳には今、下町の面々が写っている。

「よかったね、ユーリ」

「フッ、しぶとい奴らだっての忘れてた。心配するだけ無駄だったわ」

「なんだかユーリ、今までにないくらいに凄く嬉しそうなのじゃ」

これで懸念は無くなった。無事を喜ぶ気持ちは一旦しまって、ユーリ達は当初の目的に立ち返る。

「お前ら、元団長閣下を見なかったか?」

「はっ、いえ我々は見ておりません。ただ外で親衛隊の話し声で、何やら御剣の階梯の事を」

「ああ、イエガー達もそんなこと言ってたわね。それって何なの?」

「俺達が吹っ飛ばされた、あの高ーい高いアレよ」

「まだそこに居るってことね」

「問題は、御剣の階梯って、えらーい人しか入れないのよね。仕掛けがあんの」

「仕掛けならボクが外す! 術式ならリタが居る。大丈夫だよ!」

「だな。じいさん、あんたらはこのままここで隠れててくれ」

場所さえ分かればこちらのものだと、ユーリ達は勇んでその仕掛けのある場所へと向かう。レイヴンもそれに続こうとして、しかしルブランに呼び止められた。

「レイヴン殿、ここへ来る途中にアルノルドとはお会いになられましたか?」

「いや、こっちに来てるって話は聞いてるが……お前らは見たのか?」

「はい。下町の皆さんをここへ連れてくる前に、城の外で。親衛隊がぶつくさ言っとるのも聞きました、恐らくはまだ城内に居る筈です」

「そうか……様子はどうだった? 怪我は?」

「多少動きは鈍かったですが、それほど支障は無さそうかと。とは言え、一人でアレクセイと対峙するのは荷が重いでしょう」

「わかった、後は任せろ」

その言葉に安堵した様子のルブラン達の敬礼に見送られて、レイヴンは駆け足でユーリ達の所へ戻る。
御剣の階梯へ続く扉がある謁見の間には兵の姿は無かった。代わりに、一人の女性が歩み寄ってくる。

「漸く来ましたね」

「クリティア族!? いえ、貴女は確か……」

「帝国騎士団特別諮問官クローム……要するにアレクセイの秘書殿よ」

「アレクセイの……ってことは、敵!?」

「いいえ違います。……少なくとも今は」

「引っかかる言い方だな。悪ぃがこっちは急いでんだ。戦うか、でなきゃ後にしてくんねえかな」

「誰が為に貴方達は戦うのですか?」

クロームは先にアルノルドにしていたのと同じような問いを、そうとは知らないユーリ達に投げかけた。

「あの哀れな娘の為ですか」

「哀れだとか、あんたに言われる筋合いなんかない!」

「回りくどいねぇ。何が言いたいのよ?」

「あの人が貴方達に何を見たのか分かりませんが……、貴方達があの人を止めてくれるのを願っています」

クロームはそれだけ言い残して、何をするでもなく去って行った。
ユーリ達は困惑気味に使い所のなかった武器をしまう。

「意味不明。ワケわかんないんだけど……」

「アレクセイを止めて欲しいってこと?」

「さぁな。ま、考えても仕方ねぇ」

今はそれよりもこちらが先だと、ユーリは閉ざされた扉を調べ始めた。記された文から仕掛けの内容を読み解き、順に解除していく。

「そう言えば、結局アイツと合流出来なかったわね」

「アイツってアルのこと?」

「他に誰が居んのよ」

「ルブラン達は会ってたみたいよ。元気そうだったってさ」

「あいつも大概しぶといな。けど、それならこの仕掛け一人で解いて先に行ったって事か?」

「そうじゃないかしら? 他の場所は全て調べたし」

「なら早く加勢しに行くのじゃ!」

ロックの外れた扉を潜って、ユーリ達は尖塔――本来であれば帝都を護る結界魔導器としての役目を担うもの――に沿って螺旋状に天高く伸びる坂道を駆け上がった。
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