11.ひとつの終わり
道の終点、円形になっている広場の真ん中に、アレクセイが佇んでいた。その手には蒼く輝く聖核が握られ、傍らには尚も術式に囚われたままのエステリーゼが漂っている。
「……呆れたものだ。あの衝撃でも死なないとは」
「危うくご期待に沿えるとこだったけどな。エステル返してぶっ倒されんのと、ぶっ倒されてエステル返すのと、どっちか選びな」
「月並みで悪いが、どちらも断ると言ったら?」
「じゃあオレが決めてやるよ」
ユーリは剣を鞘から抜いた。レイヴンはそのやり取りを聞きながら、開けた空間に目を凝らす。
(……アルノルドは何処だ?)
見えている範囲に彼の姿は無かった。ジュディスの言っていた通り、他の場所はもう見て回ったのだから、居るとすれば此処ぐらいしか無いのだが。
「姫の力は本当に素晴らしかった。古の満月の子らと比べても遜色あるまい。人にはそれぞれ相応しい役回りというものがある。姫はそれを立派に果たしてくれた」
「用が済んだってんなら、尚のこと返して貰うぜ」
「いいとも」
アレクセイはすんなりと承諾し、エステリーゼの拘束を解いた。が、エステリーゼの瞳には光が灯っておらず、何の感情も映らない表情のまま、突然ユーリに襲いかかる。
「うおっ!?」
「エステル!?」
「待って。……操られている様よ」
「ぐっ……! 卑怯じゃ……卑怯なのじゃ、アレクセイ!」
「取り戻してどうする? 姫の力はもう本人の意思ではどうにもならん。我がシステムによって漸く制御している状態なのだ。暴走した魔導器を止めるには破壊するしかない。諸君ならよく知っている筈だな」
「エステルを物呼ばわりしないで!!」
激昂するリタにも動じず、エステリーゼと鍔迫り合いをするユーリを眺めながら、アレクセイは涼しい顔で続ける。
「ああ、まさしくかけがえのない道具だったよ、姫は。お前もだシュヴァーン。生き延びたのならまた使ってやる。さっさと道具らしく戻ってくるがいい」
「シュヴァーンなら可哀想に、あんたが生き埋めにしたでしょが。俺はレイヴン、そこんとこ宜しく」
「役回りがあるってのは同感だけどな、その中身は自分で決めるもんだろ」
「それで無駄な人生を送る者も居るというのにかね。異な事を」
「自分で選んだなら受け入れるよ。自分で決めるってそういう事だ!」
「無駄かどうかなんて、お前に決める権利なんかないのじゃ!」
「残念だな、どこまでも平行線か」
アレクセイもまた剣を抜いた。その柄に収まっている魔核が煌めき、エステリーゼの攻撃が一段と苛烈になる。
「やめろ!! よせ、エステル! くっそおお!!」
アルノルドの事は気になるが、今はエステリーゼを救出するのが先か。
レイヴンは押し負けそうになっているユーリを助けるべく弓を引き絞った。他の面々も、やり切れない想いでエステリーゼと刃を交える。
「エステル、もう……やめてっ!」
「気をつけて! この子、それなりに強いのよ……!」
「それでも、傷つけるなんて出来ないっ!」
「エステル! 目ぇ覚ませ!」
攻撃にも、仲間達の呼び掛けにも、エステリーゼは反応しなかった。虚ろな目で不似合いな剣を振り回し、術を行使し、時折悲鳴を上げるだけ。
拮抗しているのを見たアレクセイは、術の出力を上げてエステリーゼの力を強制的に増幅させる。それによって、皆が広場の端まで散り散りに吹き飛ばされた。
宙の戒典のお陰でギリギリ耐え抜く事の出来たユーリと、術の反動に苦しめられるエステリーゼだけが、互いに肩で息をしながらも戦いを続ける。
「諸君のお陰でこうして宙の戒典に代わる新しい鍵も完成した。礼と言っては何だが、我が計画の仕上げを見届けて頂こう。……真の満月の子の目覚めをな」
アレクセイが剣を掲げると、遥か頭上の尖塔の先に紋章が浮かび上がった。帝都に満ちていたエアルがそこに集い、光の渦となって海上へと射出される。
光が衝突した海面には魔法陣が刻まれ、その下から海水を巻き上げて巨大な建造物が迫り上がってくる。
遠目に見れば、それは指輪のような形をしていた。その様相はミョルゾの壁画に描かれていたものと同じ。
「くくく……ははは……成功だ! やったぞ、遂にやった! あれこそ、古代文明が生み出した究極の遺産! ザウデ不落宮! かつて世界を見舞った災厄をも打ち砕いたという究極の魔導器!」
「魔導器!? あれが……!?」
「ショーは終わりだ、幕引きをするとしよう。――姫、一人ずつお仲間の首を落として差し上げるがいい」
「!! てめえ……!」
「姫も君達がわざわざここに来たりしなければ、こんな事をせずに済んだものを。我に返った時の姫の事を思うと心が痛むよ。では、御機嫌よう」
そんな白々しい言葉と共に、アレクセイは姿を消した。激怒するユーリに、エステリーゼが背後から斬りかかる。
「一体、お前は何やってんだよ!」
「わ、わたし……わたし……! イヤ……! もう、もう……!」
アレクセイが離れたお陰か、意識は戻ったようだった。だが体の自由は効かないのか、口から出る言葉とは裏腹に、彼女は剣を振り回し続ける。
「こんなところで本当に死ぬつもりかよ!? 死んでもいいのか!?」
「あああああ……っ!」
「帰って来い、エステル! お前はそのまま、道具として死ぬつもりか!?」
――道具。そう、自分は道具だ。
エステリーゼの脳裏に、これまでの人生が蘇る。
満月の子としてだけじゃない。次期皇帝候補としての自分も、帝国の傀儡同然だった。
お城の中で飼われて、外の世界から遠ざけられて、ただ本を読むだけの毎日。
自分はいつだって、どこでだって、与えられた役割をこなすことしか出来ない。
それが誰かの為になるのなら、それでもいいと思っていた。誰かを悲しませたり、傷つけたりするよりはずっといいと。
でも、言いつけを破って初めて得られたこの日々は、とても楽しかった。
知らなかった風景、知らなかった味、知らなかった人、想い、真実。
知識としてではなく、体験する事でわかった事が沢山あった。
美しいと思った。素晴らしいと感じた。
悲しいことも嬉しいことも、その全てが尊くて愛おしくてたまらない。
お城の中で一人良い子にしているだけでは決して得られなかったもの。
自分の居場所。
仲間。
お姫様じゃない私の名前――エステル。
次第にエステリーゼの動きは鈍っていき、その手から剣が滑り落ちる。
「わた……わたしは……」
もう誰も傷付けたくはない――けれど、
世界の毒なのだとしても、生きていることが罪なのだとしても。
彼らが与えてくれたものを、今この手の内にあるものを、全て捨て去る事なんてしたくない。何も感じられない道具になんてなりたくない。死にたくなんてない。
彼らと一緒に居たい。――――生きたい。
「私はまだ、人として生きていたい!!」
エステリーゼの感情の発露と共にその力が溢れ、風が彼女の涙と帝都を覆っていた靄を吹き飛ばした。固唾を飲んで見守っていた仲間達が彼女に駆け寄る。
だがアレクセイが言っていた通り、制御不能に陥った彼女の力は暴走を始めた。
「駄目……もう止まらない……皆逃げて……!」
「大丈夫だ、仲間を信じろ!」
「あいつのシステムが使えるかも……!」
リタはエステルの周囲に展開している術式――アレクセイの残していったシステムに干渉して制御を試みる。
使い方こそ悪逆非道そのものではあったが、彼の用意したソレはリタも唸るほどのものだった。
「すごい……エステルとの同調も完璧、不渉術式不活性化調整データ、余剰エアル隔離術式も揃ってる。でも肝心の聖核の代わりをどうしたら……」
「この剣使ったらどうだ!? アレクセイが使ってたやつの本物だろ!?」
「……やってみる!」
「手伝うわ。流れを読み取るから」
「ボクも!」
誰一人逃げ出す事はせず、続々とリタに指示を仰ぎ始める仲間達に、エステリーゼの瞳が潤む。
「みんな……もう……」
「言ったろ、信じろって。凜々の明星はやるときゃやる。そんな顔するなって」
「……はい!」
ユーリの心にも、エステリーゼの心にも、もう迷いや躊躇いは無かった。
助けたい、助かりたい。その気持ちに嘘はつきたくない。先の見えない暗闇でも、遥か遠くにある小さな光を追い求めることを諦めない。
仲間と一緒なら、きっとそれが出来ると信じて。
「ユーリ! 剣を!」
「っしゃあ!」
先程アレクセイがしていたのとは逆に、エステリーゼの力を抑え込む為の術式が展開される。システムが警告を発する程にまで上振れしていた数値は正常に戻り、やっと自由を取り戻したエステリーゼの体を、ユーリが抱き留めた。
「……おかえり」
「……ただいま」
ここが帰る場所。私の居場所。
ユーリの腕の中で、彼の鼓動と温もりを感じながら、エステリーゼはそれを実感した。