11.ひとつの終わり
そうして、混乱に陥っていた帝都は、ひとまず落ち着きを取り戻した。フレン率いる騎士団の奮闘によって親衛隊の殆どは鎮圧し、残った者もアレクセイの撤退を知り帝都を去って行った。
向かった先は恐らくあの海上に現れた遺跡、もとい魔導器だろう。
エステリーゼの事は仲間に任せて一人フレンと合流したユーリは、事の顛末と共にそれを伝える。
「ザウデ不落宮……」
「そう言ってた。知ってるか?」
「いや、初めて聞いた。どういうものなんだろう」
「さあな。けど何に使うつもりかなら、分かりきってんぜ」
力に酔いしれるアレクセイの演説を思い出しながら、ユーリが至極不愉快そうな顔で言う。
「全世界の支配……本当に出来ると思うかい?」
「出来ると思ったんだろ、奴は」
「騎士団はずっと後手に回りっぱなしだ。ユーリ達が居なかったら、帝都の解放は不可能だった。魔導器が世界を危険に晒しているという事すら……」
「ヘラクレスから帝都守ったのは騎士団じゃねぇか。俺達が帝都に入れたのだってそうだったろ」
「エステリーゼ様の事だって……」
「あれはエステルが自分で帰ってきたんだ」
照れ臭いからか、はたまた背負った罪から来る後ろめたさのせいか、梃子でも賛辞を受け取ろうとしないユーリに、フレンは苦笑する。
「それでも感謝している。有難う」
「よせよ、むず痒いぜ。アレクセイには色々と貸しが出来過ぎた。世界にとっても、俺達自身にとってもだ。だからケリをつける。明日、ザウデ不落宮に乗り込む」
「君の仲間も行くんだね」
「ああ。今は明日の為に休んでるから、今夜はお咎め無しで頼むわ」
「わかった」
「隊長! こちらでしたか。……! またお前か」
数名の騎士を率いてやって来たソディアが、仇を見るような目でユーリを睨みつける。
そのリアクションにはもう慣れたと言わんばかりに、ユーリはヒラヒラと手を振ってそれに応じた。
「ユニオンとの交渉は難航しています、先方の意見が纏まらないようです。それともう一つ。評議会が現在の混乱収拾のため、全権をヨーデル殿下に委ねる旨、布告がなされました。そして殿下はフレン隊長を帝都解放の功により、団長代行に任命なさいました! おめでとうございます!」
「これで問題が一つ片付いた訳だ。おめでとさん」
「ユーリ、本当にやったのは君……」
「まあいいじゃねぇか、細かいことはさ」
「けれど……、それに、団長代行にと言うのなら、せめて僕ではなくアルノルド隊長にすべきだ。……そう言えば、彼は今どこに?」
「……そっちにも戻ってねぇか」
エステリーゼを助けた後、ユーリは仲間達と共に御剣の階梯を隅々まで調べた。
だがアルノルドの姿はおろか、彼があの場に居たと思えるような痕跡すら全く見つからなかった。
であればフレン達と合流しているかもしれないと期待していたのだが、そうでも無いらしい。
城の中も外も、居そうな場所は粗方見て回った筈なのだが、一体何処へ消えてしまったのか。
「ま、そのうちひょっこり出てくるだろ。さてと、それじゃ俺は仲間の様子でも見てくるわ。またな」
そう言って、ソディアの小言が始まらないうちに、ユーリはさっさとその場を離れた。
その足でエステリーゼの様子を見に行こうとしたのだが、途中でレイヴンと鉢合わせる。
「ん? 何してんだおっさん」
「いやね、気分転換にちょっと散歩を」
「んなわけあるかよ。……フレンも見てないってさ」
「何の話?」
「あんたが今探してる相手のこと」
お見通しかと、レイヴンは決まりが悪そうに頭を掻いた。ユーリはやれやれと溜息を吐く。
「これだけ探しても見つからないって事は、帝都にはもう居ないのかもな」
「ん〜、でも他に行く当てがあるとも思えないんだけどねぇ。城まで来てたのは確かだし、嬢ちゃん放って他所へ行くとは……」
「あいつが騎士団の他に懇意にしてた相手とか居ねぇのか? エステル奪還の為に戦力拡充しに行った可能性もあるだろ」
「騎士団の他ねぇ……、まあ、その可能性が無いとは言いきれないけど……」
「なんだよ、ハッキリしねぇな。上官だったんなら、俺よりはあいつに詳しい筈だろ?」
「そうなら良かったんだけどねぇ。というか、つい最近まではそのつもりだったんだけど。実際はなーんにも知らないんだなぁって、ここ数日で痛感してるとこよ」
レイヴンは廊下の壁に凭れて、窓から外を眺めた。無人の中庭に、かつての光景を重ねる。
「まあ、そもそもアルちゃんが俺の下に居たのは、騎士団入って最初の頃の数年間だけだったからね。その後の事も、それより前の事も、アレクセイに聞かされた程度の事しか知らなかった。なのにどうして分かってる気になれてたんだか……」
彼はとても分かりやすい人間だと思っていた。少なくとも自分よりはずっと。
だが、今は彼の方がよほど複雑なように思える。そう話すと、隣で同じように外を眺めていたユーリは、
「あいつは、俺とフレンを足して二で割ったような奴なんだとさ」
そんな事を言った。
その言葉が誰の物なのかを知らないレイヴンはキョトンとする。
「俺が騎士団に居た頃に世話になった人が言ってたんだよ。俺も一度だけ、あいつの事を見たことがあった。エステルと一緒に城で初めて会った時には、全然気付かなかったけどな」
彼がかつてシゾンタニアに遅れて来た騎士の一人だと知ったのは、カプワ・ノールでフレンと再会した時。
フレンの口からアルノルドの話を聞いて、ユーリが真っ先に零した感想は「ああ、あの時の薄情者か」だった。
「俺にとっちゃあ、あいつは隊長の信頼を裏切って、民衆や俺達を見捨てて、帝都でのうのうと式典に出てた最低野郎でしか無かった。実際、旅の中で何度も性根を疑うことだってあったしな。エステルもフレンも、外面に騙されてるだけだって思ってた。……でも」
でも、ずっと引っかかってはいた。
本当にそんな奴を、あの隊長があそこまで信頼するだろうか?
見極めたかった。確かめたかった。
表面に見えている部分よりも奥、自分が知っているよりももっと深い場所にある、本当の彼の姿を。
「確かにあいつは他のやつに比べたら、すげぇ分かり辛かったさ。けど、今なら一つだけハッキリしてる事がある」
ユーリは遠い昔に思いを馳せた。何も知らず、アルノルドを恨んでいたかつての自分に、出来ることなら教えてやりたい。この旅で見てきた彼の事を。
あの日、隊長を失った悲しみで、フェドロック隊の皆は泣いていた。シゾンタニアの町の皆も。
そしてきっと、彼も泣いていたのだろう。
誰にも知られない所で、或いは心の中で。今はそう思える。
「あいつは俺達の仲間だ。信頼に足る男だ。そうだろ、レイヴン?」
ユーリのその言葉と揺るぎない眼差しが、レイヴンには眩しく見えた。
アルノルドと過ごした時間は自分より少ない筈なのに、ユーリの方がよほど彼と信頼関係を築けているように思える。
(今のあいつに必要なのは、ユーリみたいな人なんだろうな)
自分を絶望から救ってくれたように、彼ならば、きっとアルノルドを救ってくれる。自分が何かするよりも、ずっと上手く確実に。
「だから今更アレクセイに寝返ったって事は無いだろ。怪我も治ってたって言うんなら、そんなに心配しなくても大丈夫だって。それより、おっさんは自分の体を労わってやれよ。今日ずっとキツそうにしてただろ」
「はは、ごもっとも。じゃあ今日はもう大人しく寝るとしますかね」
「そうしな。明日寝坊すんなよ?」
そうは言っても、やはり気にはなってしまうもので。ユーリと別れた後も、レイヴンは暫くアルノルドを探し続けた。
だが結局何の成果も得られず、とぼとぼと城に帰る事しか出来なかった。