11.ひとつの終わり
翌朝。帝都の市民街に集っていた仲間の元にやって来たユーリに、リタが宙の戒典を手渡した。それは彼女が昨夜、エステリーゼの力を制御するシステムの調整の為に借りていたものだ。
「上手くいったんだな。で、そのエステルはまだか?」
「エステルは来ないわ。あの子、もう戦えないから」
「!? おい、まさか……」
「抑制は成功したわ。ただ、エステルの力の発動を抑えるにはエアルの干渉を極力避ける必要があったの」
「あれっ? 魔導器を使う限り、エアルは絶対必要なんでしょ?」
「そう。だからあたしはレイヴンと同じ方法を採った」
名指しされたレイヴンは、リタが言っているのが自分の胸にある心臓魔導器の事――つまりエステリーゼにエアルの代わりに生命力を使わせる事にしたのだと理解して眉を顰める。
「まじで? 正直お勧めしないよ、それ」
「他に方法は見つからなかった。でもそれならエアルの刺激を受けずに術式を行使出来る。ただ抑制されるのは満月の子の力だけでなく全部だから、術技とかでも自分の生命力を削る事になる。無理したらそれだけで命が危ないわ」
「そんな……」
「……だからこれ以上、一緒に行くのは無理ってことか」
「それで当人は納得したのかね?」
「……いいえ」
いつから居たのか、問いに答えたのはエステリーゼ本人だった。
リスクを聞いたばかりの皆は驚き振り返る。
「ちょっ、あんた、見送り……よね?」
「ごめんなさい、リタ。やっぱり……連れて行って下さい」
「話したでしょ! 術技を使うだけで命が削られるのよ! 術技さえ使わなければ、なんの問題もなく生きられるのに……」
本当は誰よりも一緒に行きたがっているのであろうリタが、それでも、エステリーゼの身を案じて置いていこうとしているのだと言うことは、皆にも、エステリーゼ本人にも分かっていた。
親友のその優しさと愛情に、エステリーゼが微笑む。
「リタに言われてから、一晩考えたんです。最初は思いました、ああこれでやっと普通に生きられるんだなって」
「そうよ。エステルはもう十分酷い目に遭ってきた。もう休んでいいのよ」
「有難う。でも……皆命懸けで戦おうとしている。世界の命運をかけて……それを知って、私だけ戦わないなんて出来ない」
「エステル……」
「私にも出来ることがある。仲間の為に出来ることが。お願いです、皆、私も連れて行って下さい」
それはいつもの、献身的な彼女らしい選択。
けれど、旅を始めたばかりの頃とは違う。今の彼女はきっと、その選択の重みを正しく理解している。
誰かに与えられた人生ではなく、その責任も結果も全て自分で背負って選ぶ人生。
彼女はもう、城の中で皆に守られているだけのお姫様では無い。自分の足で歩いて行ける。
その覚悟と成長を感じて、ユーリは満足気に笑った。
「駄目だ……と言いたいとこだが、自分で考えて自分で決めたんだ。俺は反対しないぜ」
「そうね。一度言い出したら聞かない子だし」
「連れてってやろうや。仲間に置いてけぼりにされるのは、ちっと切ないぜ?」
「うん。エステルが辛くないように、皆で助け合おうよ」
「一緒にあの大悪人、ぶっ飛ばすのじゃ」
仲間からの援護射撃にむむむと悩んだリタは、熟考の末エステリーゼに向き直る。
「……一つだけ約束して。絶対に絶対にぜーったいに一人で無理しないこと。いい? や、破ったらぜぜ絶交だからね!」
「はい!」
「良かった、間に合ったようですね」
照れてそっぽを向くリタの顔を覗き込もうとしたカロルが拳骨を食らっているところに、声をかけたのはヨーデルだった。その後ろにはフレンも控えている。
「殿下御自らに見送って貰えるとは恐縮だね」
「また君はそんなことを……」
「聞いているかもしれませんが、騎士団は船の調達が遅れていて、まだ出撃出来ません。本来、騎士団が率先してすべき事を民間人である皆さんが担っている。帝国の指導者として申し訳ないと思っています」
「気にすんな。別に騎士団や帝国の為にやってんじゃねぇんだ」
「代わりと言っては何ですが、こちらのフレンを連れて行って下さい」
と、手で示されたフレンはギョッとした。今急に聞かされた話なのだろう。
「ぼ……私は騎士団を指揮しなければなりません」
「騎士団には準備が整い次第、後を追わせます。その位、部下に任せても大丈夫ですよ。それに、誰よりも貴方自身がアレクセイと直に決着を着けたいと、そう願っているのではないですか?」
「殿下……」
「他の理由が必要なのであれば……そうですね、今現在行方知れずとなっている彼の――アルノルド・ブランディーノの捜索も兼ねて、という事でどうですか? アレクセイに加担しているとは思いませんが、この状況を見て単身ザウデ不落宮へ向かった可能性もありますから」
「……アル……」
神妙な面持ちで俯き呟くエステリーゼに、他の面々も視線を落とす。ユーリは昨夜レイヴンにしたように、大丈夫だと言ってそれを励ました。
正直なところ、ユーリも彼が何事もなく無事で居るとは思っていなかった。何か良からぬ事が起きているのではないかと、漠然とした不安が付き纏っている。出来ることなら、早く彼を見つけてこの胸騒ぎを鎮めたい。
だが居所の目星もないままに、闇雲に探したところで見つかるはずも無い。その間、アレクセイが待っていてくれるわけも無く、ならばどちらを優先すべきかは明白だった。
「さっさとアレクセイを片付けちまえばいいだけの話だ。んで、大事な時にどこ行ってやがったって問い詰めてやろうぜ」
「いいわねそれ。散々騒がせた罰として、魔術百発はお見舞いしてやらないと」
「ふふ、リタもアルが心配なんですね」
「な、何よ。あたしは別に、ただ、あんたたちが揃いも揃って暗い顔してるから……」
「照れてる照れてる」
「照れてるね」
「照れてるわね」
「照れてるのじゃ」
「うっさい!!」
と、そんな騒ぎの横でヨーデルの指令を受けたフレンも輪に加わり、一行は復調したバウルとフィエルティア号に連れられて目的の場所へと向かった。