11.ひとつの終わり
海上に浮かぶ、というより海に突き刺さっている状態の巨大な魔導器。上空からそれに接近したユーリ達は、その周囲を飛び回っているフェローの姿を見つける。魔導器から発せられる光線を避けながら魔核のある頂上部分に降り立ったフェローは、機能を停止させようとそこに蓄えられているエアルを吸い上げ始めた。
だが途中でその頭上に巨大な魔法陣が展開し、フェローは発動した術によって吹き飛ばされてしまう。
「フェローが……」
「フェローほどの力を持った始祖の隷長は殆ど居ないのに……」
「それが手も足も出ないたあ、どんだけヤバいのよ、あれ」
「あれがアレクセイの求めた力なのか……?」
「……低空で侵入しよう。フェローにゃ悪いが、今ならアレクセイの目は上向いてる」
ユーリの言葉に従い、一行は海上からザウデ不落宮へと降り立った。付近には別の船が停泊しており、恐らくは親衛隊のものだろうとフレンが見当付ける。
茂みに隠れて偵察に向かったレイヴンとパティは、フレンのその読みが的中している事を仲間に告げた。
「やっぱ入口固められてるわ」
「フナムシみたいにぞろぞろ居るのじゃ」
「あれくらいなら、纏めて吹っ飛ばせそうよ?」
「慌てんなって。そう言う派手なのは俺達の役目じゃねぇ。他に入れそうなとこが無いか探そうぜ」
そんな訳で、親衛隊の監視から逃れつつ別の入口を探したのだが、そう都合よく裏口のようなものは無く。侵入ルートとして選ばれたのは通風孔だった。
あちこちぶつけながらも何とか狭い空間を潜り抜け、内部への侵入を果たした一行は、周囲を警戒しつつ奥へと進む。
「前から気になってたんだが、親衛隊の連中、何であんなにアレクセイに忠実なんだ?」
「確かに。いい加減もう目を覚ましても良さそうなもんなのじゃ」
「騎士団の大部分が、貴族の門弟で占められてるってのは知ってるでしょ? んで騎士の中から優秀なの集めて皇帝の警護やらせた。これが本来の親衛隊」
「皇帝居なくなって、もう何年も経つじゃない」
「その通り。で、騎士団長殿はその間にちゃっかり私兵化しちゃったってわけ」
「あの忠犬ぶりはそれだけとは思えねえな」
「掲げた理想はそれなりに格好良かったからね。我々が帝国を導くんだぞーってね」
「皆彼に惹き付けられて、本気で信じていたんだ。今でも信じているんだろう。僕には彼らを責めることが出来ない」
「……アルもそうだったんでしょうか」
エステリーゼのその疑問に、答えられる者は誰も居なかった。
仲間達は勿論、同僚のフレンとレイヴンでさえ口を閉ざしてしまう。
「おーい。おっさん、フレン、聞かれてんぞ」
「いや、僕はアルノルド隊長とそういった話はした事が無かったから……。シュヴァ――レイヴンさんはお詳しいのでは?」
「その問答は昨日ユーリとしたんだけどねぇ……結論から申し上げると、俺もそのへんはあんまり詳しくないのよ、残念ながら」
「アイツってそう言うの表に出さなさそうだしね。猫被りって言うか、見るからに社交慣れしてますって感じ。嫌いな相手にも仕事の上でならニコニコ出来るタイプでしょ」
「でも、以前はそうでも無かったんですよ。機嫌が悪い時とか、疲れている時とか、今よりもうちょっと判り易かったです。リタが言うような感じになったのは、シゾンタニアの件があってからで……」
「「シゾンタニア?」」
ユーリとフレンの声が綺麗に重なった。
エステリーゼは一瞬困惑したが、ああそう言えば二人は当時その任務に着いていたのだったかと思い出して得心する。
「何の話?」
「ええと、私よりフレン達の方が詳しいと思うんですけど……。当時シゾンタニアという町に、騎士団のとある部隊が駐留していた事があったんです。そこの隊長さんが元は親衛隊の方だったそうで、アルとは懇意にしていたみたいで。でも……」
「……隊長はその任務の途中に亡くなられたんだ。他にも、調査に協力してくれていたギルドの人達が何人も犠牲になった」
「あ、ボクそれ聞いたことあるかも。ダングレストで一時期話題になってたよ。魔導器が暴発したり、軍用犬がおかしくなったりして、酷い有様だったって……」
「クゥーン……」
足元のラピードが珍しく弱々しい声を出すのを聞いて、ユーリはその頭を撫でた。
その一件で親と以前の飼い主を亡くしたラピードの口には、今も形見である煙管が咥えられている。
「なんかそれ、あたしも知ってるような……まあいいか。で、アイツの性格の変化にそれが関係してるってこと? 塞ぎ込んで暗くなっちゃうなら分かるけど、親しい人が死んで世渡りが上手くなるって、よく分からないんだけど」
「世渡り云々は結果的にそうなったってだけで、実際は自分の感情に蓋をして誤魔化すようになったってだけじゃないかね。そうしないと耐えられないほどショックだったんだろうね」
「…………」
「ユーリ? どうしたんです?」
「なんでもねぇよ。ほら、敵に見つからねぇうちにさっさと行こうぜ」
下へ下へと伸びている通路を進んでいくと、やがて一行は大広間のような空間に出た。
ガラス越しに周囲を海に囲まれたその空間は蒼く輝いており、白い床や柱に魚の影や波模様が写る。
皆その光景に魅入っていたが、人の気配を感じ取った者達は表情を険しくした。
「出て来いよ。かくれんぼって歳でもねぇだろ」
最初に聞こえてきたのは拍手の音。続けて、この神秘的な空間には不釣り合いなふざけた男の声。
「ブラボー、ブラボー。研ぎ澄まされた勘と野生の嗅覚、実にエクセレント!」
「イエガー!!」
「今度は何? アレクセイの居場所でも教えてくれるの?」
「イエース、教えて差し上げます。地獄への行き方をね!」
そう言って、イエガーは己の武器を取り出した。
ヘラクレスで助けられたお陰で少しばかり相手への警戒心が薄れていた一行は、その動作を見て気持ちを入れ替える。
「……ここに来てどういう風の吹き回しよ?」
「フォーゴットン? 元よりミーとユー達は敵同士。いつかはこうなるデスティニー」
また罠なんじゃ、とカロルは訝しんでいたが、例え罠だとしても、彼を倒さなければ先には進めない。
何より彼は――ドンの仇だ。
「てめえの言う通りだ。俺達は敵同士。いいぜ、決着つけてやる」
「グッドアンサー! カモン!」
「上等!!」
戦端を開いたのはユーリだった。刃が重なり火花が散って、金属音が響き渡る。
「どうして? ヘラクレスでは助けてくれたのに」
「悲しいですが、エターニティ、フレンドなんてムリでーす」
「ギルドとギルド、ちゃんと繋がれば、世界の人々はもっと幸せになれます!」
「それこそ、ファンタジーってもんですヨ。我がアタックのシンフォニー、聴きなさーい!」
変形した武器の切っ先――否、銃口が、エステリーゼを捉えた。ユーリがそれを弾いて軌道を逸らし、上空で舞うジュディスの槍がイエガーの居た場所へと突き刺さる。
避けた先で、リタとレイヴンの魔術が炸裂した。
炎の塊がイエガーを呑み込んで燃え盛り、風が渦となって炎を大きくする。
更にカロルとフレンの剣が、そこから出てきたイエガーに振り下ろされた。
息つく間もない見事な連携――防御を崩されたイエガーは、血を流しながら乱れた髪を掻き上げる。
「なかなかやりますね。かくなる上は……ミーのトゥルーパワー! 受けてみよ!」
と、イエガーが叫ぶのと同時に、彼の胸元が紅く光り始めた。
フレン以外の面々はその輝きに見覚えがある。
心臓魔導器――皆、特にレイヴンは、その光景に愕然とした。
「まさか……俺様と同じとはな」
「これをルックした人は、ディープなアビスへプリーズよ!」
「やなこった!」
先程よりも速く重い攻撃に、優勢だったユーリ達は次第に劣勢になっていく。だが、それは彼の命を削って引き出された力。
故にイエガーの猛攻は長くは続かなかった。人数も手数も勝るユーリ達を前に、無茶な戦い方を続けたイエガーの体は限界を迎える。
力尽きて倒れた彼の喉元に、進み出たレイヴンが刃を向けた。
「柄じゃねぇんだけど、ドンの仇取らせてもらうわ」
「油断しちゃダメ。まだなんか隠してるかもしれないわ」
「ノンノン。もう何もありません。最後……そう、最後です」
武器を手放して、イエガーは天を仰いだ。
エステリーゼは、悲しげにその傍らに屈む。
「どうして? なぜ一人で戦ったんです? 仲間も、何の用意も無しに……」
イエガーは言葉を返す代わりに、エステリーゼに優しく微笑んだ。
それから、その場に居る皆の顔を順に見る。
「あの騎士のボーイは……どうなりましたか?」
「アルのこと? それが、まだ見つけられて無いんだ。イエガーはどこに居るか知ってるの?」
「ソーリー、それはミーにも分かりません……ですが、ユー達ならきっと……」
「……どうしてお前がアルノルドの事をそこまで気にする? お前には関係ない筈だ」
イエガーはレイヴンを見た。その瞳に、眼差しに、レイヴンは既視感を覚える。
どこかで見た事のある目だ。イエガーではない、遠い昔に見た事のある目。
「ええ、関わりはありません……バット、彼はミー達の大切なファイヤーリリーです。荒野に遺った……彼女が守った、たった一つの……」
「ファイヤーリリー……キルタンサスの別名ですね」
――キルタンサス。
甘い香りの紅い花。苦い思い出の花。彼女の花。
レイヴンの目が徐々に開かれていく。
「あの日……私達は何も成し得なかった。守るべきものを守れず、仲間を喪い、何よりも尊いものを失くした。けれど……彼が生きていてくれた」
生存者が居ることを人伝に初めて知った時、イエガーの胸中には二つの感情が芽生えた。
一つはレイヴンと同じ。生き残れる者が居たのなら、なぜ彼女を救ってくれなかったのかという嘆きの感情。
だが、もう一つは。
「彼が生き残っていたのは、彼自身の幸運か……或いは、他の要因があったのでしょう。我々の功績などでは無いと……そう理解しています。それでも、彼を見ていると……かつての彼女の姿が浮かんでくるんです……」
アルノルドはキャナリ小隊のことなど全く知らない筈だ。
それでも彼は、まるで生前の彼らの軌跡をなぞるようにして騎士になった。帝都に居る多くの騎士ではなく、キャナリの愛した本当の騎士≠ノ。
「私には、それが偶然だとはどうしても思えなかった……例え私の勝手な妄想だとしても、彼は私にとって救いでした。我々はあの日、彼を生かす為にこそ戦っていたのだと……いつからか、そう思えるようになったんです……」
炎の中でたった一輪、灰にならずに遺ったキルタンサスの花。ファイヤーリリー。
ああ、そうか。
自分も彼の存在を、そんな風に受け止めればよかったのか。
レイヴンは武器を下ろした。
イエガーは呆れたような、穏やかな目でそれを見つめる。
「……副官の仕事だ。最後までしっかり務めろよ」
それは、遠い昔に聞いた台詞。
レイヴンはその人≠呼んだ。
イエガーは答えず、静かに瞼を下ろした。
戦いの後、静かになった広場で、皆は動かなくなったイエガーを見下ろしていた。
いつも彼の傍に居たゴーシュとドロワットが場に現れたのはその時で、イエガーの死体を見た二人は何もせずに踵を返して走り去る。
「二人とも、泣いてた……」
「なによ……なんだって言うのよ……」
「酷い人……だったけど、この人ももしかしたら……」
避けられない戦いだった。彼はドンの仇で、自分達が手を下すのは間違いではない。
だがそれでも、釈然としない気持ちは残り続けた。士気を無くしてしまった一行に、レイヴンが発破をかける。
「ほれほれ、障害は無くなったし、さっさと先へ進みましょ。でなきゃ倒し損でしょ」
「……だな。うっし、そんじゃあ気合い入れて行くとすっか!」
肩を鳴らしながら、いつもの様にユーリが先陣を切って歩き出す。他の面々も遅れてそれに続いた。
最後尾のレイヴンは一度だけ後ろを振り返り、先のイエガーよろしく複雑な微笑を向ける。
かつての恋敵に。仲間に。
「またな」