11.ひとつの終わり
広間を抜け、一行は再び同じような通路を駆け抜けていく。その先には、多くの親衛隊が待ち構えていた。「貴様ら……ここは通さん!」
「親衛隊! ではこの奥にアレクセイが……」
「そういうこった。一気に突破するぞ!」
数も多くそれなりに実力もあるが、今のユーリ達にとって彼らは脅威にはなり得ない。
見事全てを打ち負かしたところで、応援に駆けつけたソディアとウィチルも合流し、皆揃って通路の終点にある巨大な扉を潜る。
広い空間、大瀑布、並び立つ親衛隊。
そしてアレクセイの姿が、皆の瞳に映る。
「揃い踏みだな。遥々こんな海の底へようこそ」
「そこまでです、アレクセイ。これ以上、罪を重ねないで」
「これはエステリーゼ姫、ご機嫌麗しゅう。その分では、イエガーは役に立たなかったようだな」
「……死んだよ」
「最後くらいはと思ったが、とんだ見込み違いだったか」
悼むこともせずに嘆くアレクセイに、皆の眉間に皺が寄る。
「そうやって他人の運命を弄んで楽しいかしら?」
「アレクセイ! かつての貴方の理想は……何が貴方を変えたんです!」
「何も変わってなどいない。やり方を変えただけだ。腐敗し閉塞しきった帝国を、いや世界を再生させるには、絶対的な力が必要なのだ」
「その為に、どれだけ犠牲を出すつもりです」
「今の帝国では手段を選んでいる限り、決して真の改革がその実現を見ることは無い。お前なら分かるはずだ」
騎士の腐敗、評議会の陰謀と妨害。
正に騎士団の中でそれを見てきたフレンは、アレクセイの言葉に反論出来ずに口を閉ざす。
それでも、今のアレクセイの在り方を肯定したくはない、してはならない。
エステリーゼは、悲しい顔で問いかける。
「……どうしてこんな、笑顔を奪うようなやり方しか出来なかったんです? 貴方ほどの人なら、もっと他に方法が……」
「理想の為には敢えて罪人の烙印を背負わねばならぬ時もある。ならば私は喜んでそれを受け入れよう。私は世界の解放を約束する! 始祖の隷長から、エアルから、ちっぽけな箱庭の帝国から! 世界は生まれ変わるのだ!」
「世の為だろうが何だろうが、それで誰かを泣かせてりゃ世話ねぇぜ。てめぇを倒す理由はこれで十分だ!」
「もう……引き返す気は無いのですね」
「くどいな。悪いがこれで失礼する。何分忙しいものでね」
「あ、逃げる!」
「逃がさん!」
「みんな、跳べ!」
アレクセイの居る場所が上昇を始めたのを見て、ユーリ達は行く手を阻む親衛隊を押し退けてそれに跳び乗った。アレクセイは素知らぬ顔で制御盤を叩いている。
「なあ大将、どうあってもやめる気はねぇの?」
「お前までもがそんなことを言うのか。何故だ? お前達の誰一人として、今の帝国を良いとは思っていないだろうに」
「目的は手段を正当化しねえよ、大将。俺はこいつら見ててよく分かった」
「ギルドも帝国もいいとこだってある。それを全部壊してからやり直すなんて、酷すぎるよ」
「強行な手段は必ずそれを許さない者を生む。分かるわよね?」
「あんたの作る世界が、今よりマシだって保証なんてどこにも無いわ!」
「お前の勝手な夢なんかに付き合うのはまっぴらなのじゃ」
「てめぇの言い分を認める奴は居ねぇよ」
アレクセイは嘆息した。ユーリ達がアレクセイの行いを間違いだと感じているのと同じように、アレクセイもまた彼らの行いを愚かだと断じて、己の正義を疑わない。
「どうあっても理解しないのか。変革を恐れる小人共。だが既に全世界のエアルは我が手中にある。勝ち目はないぞ」
「よく言うわ。あんたそれ、まだ術式の解析中でしょ」
「え? どういう事です?」
「こいつ、まだザウデの制御、完全には手に入れてないのよ」
制御盤を叩いていたアレクセイの指が止まった。
宙に映し出されていたモニターは消えて、背を向けていたアレクセイがユーリ達と対峙する。
「時間稼ぎ……!?」
「……リタ・モルディオか。成程、これは迂闊だったな」
「小細工が過ぎるぜ。そんなんで世界を変えるなんざお笑い種だ!」
「一々ごもっともだ。良かろう、ならばこれもまた我が覇道の試練!」
アレクセイは気合いの声と共に大剣――複製した宙の戒典の力を解放する。
たったそれだけで発生した衝撃波に、ユーリ達の体は吹き飛ばされてしまう。
「……おいおい、完全じゃ無かったんじゃないの?」
「そうよ、あれでもね」
「あの剣に埋め込まれてる聖核を引っこ抜けば、少しは威力が落ちたりせんかの?」
パティのその言葉を聞いて、アレクセイの口元が弧を描いた。爛々と輝きを放つ聖核を見せびらかすようにして、剣を高く掲げる。
「素晴らしい威力だろう。今日この時まで、長年育ててきた甲斐があったというものだ」
「何寝ぼけたこと言ってやがる。それはてめぇがあちこちの始祖の隷長を殺して奪ったもんだろうが」
「ああ、それは誤解だ。確かに始祖の隷長から精製したものもあるが、これはまた別物でね。――時に諸君、アルノルドの姿が見えないようだが、彼は元気にしているかね?」
突然、アレクセイにそう切り出されて、一行は困惑。
それがどうした、と返そうとしたレイヴンは、愉悦に浸るアレクセイの笑みを見て動きを止めた。
始祖の隷長のものではない聖核。
凝縮されたエアルの塊。
どこかへ消えてしまったアルノルド。
アレクセイが長年育ててきたもの。
「……まさか…………」
「ああ、お前にも礼を言っておこう、シュヴァ―ン。
――――沈黙。
気が付けば、レイヴンはアレクセイに斬りかかっていた。
アレクセイはそれを受け止めて、その剣幕を鼻で笑い飛ばす。
「あの命令は……最初からそのつもりで……!!」
「いや? 私は盾にでも使おうかと考えていたのだがな。クロームがこれを届けてくれたのだ。まさかあの体質にこんな副産物があったとは」
「……うそ、うそよ。そんなの……信じない……!」
一拍遅れてアレクセイの言葉とレイヴンの行動の意味を理解したのはリタだった。ユーリ、ジュディス、パティ、エステリーゼとそれに続く。
「テムザで彼を拾った時は、まさかここまで役に立ってくれるとは思ってもいなかった。嬉しい誤算だよ。欠けた分を埋める程度の働きをしてくれれば十分だったのだが、彼はこの十年、本当によくやってくれた」
「――ッ!! てめぇ!!」
ユーリのものとアレクセイのもの、二つの宙の戒典が衝突する。
エステリーゼはその場に崩れ落ちてしまっていた。フレンは顔面蒼白でそれを支え、加勢しようとするリタの詠唱は声が震えてうまく発動しない。
「え……ねえ、どういうこと? アルは……」
「……何も言わなくていいのじゃ。今はただ、アレクセイを倒す事だけを考えればいいのじゃ……!!」
パティはその怒り憎しみを弾丸に込めて放った。刀身でそれを防いだアレクセイに、ジュディスの槍が迫る。
だが、その狙いに合わせてわざと聖核の位置をズラされ、己の槍がそれを砕いてしまうことを予期したジュディスはギリギリで軌道を変えた。
そのせいで体勢を崩し、アレクセイの反撃を躱すことも出来ずに食らってしまう。
「ジュディ!」
「おっと、余所見は感心せんな」
地面に叩き付けられたジュディスに気を取られたユーリも、同じように隙を突かれて剣を弾かれる。
懐の空いた相手に斬りかかろうとするアレクセイを、レイヴンの矢が防いだ。
「……なあ大将。もういいだろ。アルノルドを解放してやってくれ」
「何を今更。もう遅い」
「そうだな、何もかも遅すぎた。でももう、やめてやってくれ。そいつは、俺やあんたとは違うんだ」
自分は、自らの意思で騎士になった。
理由はそれぞれ違っても、イエガーも、フレンも、騎士団にいる殆ど全ての人間が、自分で選んだ道だったのだろう。
けれどアルノルドが騎士になったのは、果たして彼の意志によるものだっただろうか。
テムザで故郷を失くし、家族を失くし、生きていく事すら難しい状態で、見知らぬ土地に連れてこられた彼に、選択の余地などあっただろうか。
「瀕死の状態から回復させて、職を与えたあんたの功績は大きいさ。でも、その分の恩はもう十分返して貰った筈だ。こんな風に、一生をあんたの手の内で終えなきゃならない理由なんて無かった。他の生き方がいくらでもあった筈なんだ」
リタのように研究家になる事も、カロルのようにギルドに入ることも、ユーリやジュディスのように自由気ままに生きる道だってあっただろう。
或いは戦いとは無縁の世界で、愛する人と幸せな家庭を築く事だって出来た。
なのに騎士団という檻は、それらの可能性を全て彼から奪ってしまった。
「見て見ぬフリをし続けてきた俺も同罪よ。俺は上司としても仲間としても失格で、今更何したって罪滅ぼしにもなりゃしない。……けど、そういう言い訳はもうやめにしたいんでね」
彼について知っていることは少なくても、世界征服に加担させられるのを望まないだろう事ぐらいはわかる。それがエステリーゼ達を傷付けるものなら尚更。
レイヴンはバクティオン神殿で見せた技――元はキャナリの技だった、一撃必殺の矢を番えた。
エステリーゼも立ち上がり、涙を溜めた力強い眼差しで前を見据える。
「援護します!」
「あたしも!」
「ボクも!」
皆強くなったものだ。背後で上がる声にレイヴンは頼もしさを感じながら、指先に意識を集中させる。
フレンとパティ、傷を癒したジュディスとユーリも、皆が一丸となってその一撃に全力を込めた。
閃光と衝撃。一斉に叩き込まれた攻撃は、アレクセイの剣技と膨大なエーテルを僅かに凌駕する。
その威力の前に、アレクセイは膝を着いた。
同時に、上昇を続けていた床が停止し、一行の頭上に巨大な魔核が現れる。
それを見たアレクセイは、痛む体を起こしてモニターを呼び出した。
「! まだ解析してたの!?」
「く、くく……。ザウデの威力……共に見届けようではないか」
「やめろ!!」
単身飛び出したユーリに、アレクセイは剣を向けた。
不敵に笑うアレクセイに逸早く気付いたフレンは、ユーリに駆け寄ってその体を突き飛ばす。
「うがあっ!!」
「フレン!!」
「隊長!!」
ユーリ目掛けて放たれた光線は、彼を庇ったフレンに直撃した。
ソディアが慌てて駆け寄るが、フレンは苦悶の表情を浮かべて呻くだけで、立ち上がることすら出来ない。
ユーリはそちらに駆け寄りたい気持ちを抑えて、アレクセイに斬りかかった。互いの力がぶつかり合い、相殺され、両者共に弾き飛ばされる。
「く……やはり、その剣……最後の最後で仇になったか……。だが……見るがいい」
アレクセイが指し示した先、ザウデ不落宮の魔核から光が立ち上った。その光は雲を突き抜けた後、何かに衝突して消える。
空を見上げる皆の目に、一瞬、結界のようなものが映った。
かと思えば、その向こうから巨大な黒い塊が現れて、先の結界を突き破り地上へと落ちてくる。
皆、呆然とそれを見ていた。
アレクセイですらも、何が起こったのか理解出来ずに固まってしまう。
「な、な、な……」
「な……なによ、あれ!?」
「どこかで……見たことあるのじゃ」
「あれは……あれは壁画の……」
「災厄……!?」
「星喰みか!!」
黒い塊――星喰みは、ゆっくりとゆっくりとその体積を増やしていく。
いや、実際には徐々に迫ってきているのだろう。その光景に、アレクセイはフラフラと立ち上がった。
「どうなってんだ!? 星喰みって……今のでそんなにエアルを使ったのかよ!?」
「……違う。災厄はずっと居たのだ、すぐそこに」
「ど、どういうこと?」
「星喰みは打ち砕かれてなどいなかったんだわ……ただ封じられていた。遠ざけられていたに過ぎなかった」
「そうだ。それが今還ってきた。古代に齎す筈だった破滅を引っ提げて! よりにもよって、この私の手でか! これは傑作だ、はははは!」
気が触れたようにアレクセイは笑い出した。役目を果たしたザウデ不落宮の魔核が、バチバチと音を立てて傾く。
「我らは災厄の前で踊る虫けらに過ぎなかった。絶対的な死が来る……誰も逃れられん」
「……いい加減黙っときな」
ユーリは剣を握り直し、笑い続けるアレクセイを斬って捨てた。
その頭上で、魔核は小さな爆発を起こしながら更に傾く。
「最も愚かな……道化……それが私とは、な……」
血を吐き、そう呟くアレクセイの目から一筋の涙が零れた。いよいよ落下して来そうな魔核を見て、ユーリがその場を離れる。
それとすれ違うようにして、何かが視界の端を横切った。
振り返ってそれが何かを確認したユーリは目を剥く。
「なっ……お前……!?」
それは、聖核になったと思われていたアルノルドだった。
彼はユーリの声を無視して、一目散にアレクセイの元へ駆ける。
アレクセイもそれに気付いた。手にある剣に収まったままの聖核とアルノルドを交互に見て、ああ謀られたのかと自嘲する。
魔核がついに落下を始めた。アレクセイの背中越しにアルノルドの姿を認めたエステリーゼが、危ないと叫ぶ。
アルノルドはアレクセイに手を伸ばした。
その表情と、彼の手に武器が握られていないのを見て、彼が何をしようとしているのかを理解したアレクセイは、眉を下げて笑った。
(……ああ、私の求めていたものは……全て失くしたと思っていたものは、まだ残っていたのか。こんなにも近くに……)
キャナリ小隊。補佐官。
優しさを捨ててでも追い求めたもの。
力を手に入れて守りたかったもの。
トン、と、アレクセイの手がアルノルドの体を押し返した。
「……すまなかった。どうか私の、彼らの夢を――――」
アルノルドの体が反動で後ろに下がった瞬間、その場に巨大な魔核が落下する。
凄まじい轟音が他の一切の音を飲み込み、振動と土煙が正常な視界を奪った。