11.ひとつの終わり
今、向こうに見えたのはアルノルドだった筈だ。レイヴンは信じられない気持ちで土煙の中を歩いていた。他の仲間達も同じようにしながら、アルノルドやユーリの名前を呼んでいる。
聖核にされたんじゃなかったのか? 今の今まで何処に居たんだ? どうやって、いつから此処に?
疑問は尽きないが、今はそんなことはどうでもいい。
とにかく無事を確認したい。顔が見たい。声が聞きたい。
不意に煙の中を彷徨っていた手が硬い何かに触れた。
魔核だ。レイヴンはそれを頼りにアルノルドの姿を探して――――見つけた。
「…………アルちゃん?」
確かにそれはアルノルドだった。見る限り怪我もしていない。だが、呼び掛けられた相手は何も答えない。
アルノルドも魔核に手をついていた。膝立ちの状態で微動だにせず、ただただ目の前の魔核を見つめている。
レイヴンはもう一度名を呼んだ。が、結果は同じ。
仕方が無いのでその肩を掴んで軽く揺さぶると、やっと反応があった。
虚ろなアルノルドの視線が、ややあってレイヴンと重なる。
「…………レイヴンさん?」
「おう、レイヴンさんよ」
と、応答したはいいものの、レイヴンはすぐに言葉に詰まってしまった。
彼にまず何と言えばいいのかが分からない。
最後に顔を合わせたのはミョルゾのあの時だ。まずは謝るべきだろうか? それともエステリーゼの無事を伝えるのが先か?
そんなことを考えている間に、アルノルドの視線はまた魔核に戻ってしまった。
感情の読み取れない顔で、彼の口先が言葉を紡ぐ。
「……ごめんなさい…………」
それが何に対して、誰に向けての謝罪なのか、レイヴンはすぐには分からなかった。
アルノルドが額を魔核に擦り寄せるのを見て、それが魔核の下に居る相手に向けられたものだということだけ辛うじて理解する。
けれど何を謝る事があると言うのだろう。
これまでの経緯を考えれば、アレクセイを恨みこそすれ、謝る必要など無いと思うのだが。
(……まあ、とりあえず、嬢ちゃん達にも無事を教えてやらんと)
レイヴンは一旦思考を放棄して、アルノルドの手を引き立ち上がらせようとした。
が、相手は魔核の傍を離れようとしない。
「どーしたん? 皆心配してるから、早く顔見せてあげてよ」
「……………………」
「それにほら、ここもさっきの衝撃で脆くなって危ないかもしれないから、早いとこ撤退しないと。待機してくれてる騎士団に報告もせにゃならんし、怪我したフレンも運んでやらないと……」
「……………………」
アルノルドは動かない。
心情が分からないレイヴンはその理由を問うが、相手は口を固く結んで開かない。
仕方が無いのでそのままその場で待機していると、次第に土煙は晴れていった。
どうやら今度はユーリの姿が見当たらないらしく、皆足場から身を乗り出して、遥か下の海面に目を凝らしている。
「まさか、ユーリも魔核の下敷きに……!?」
「いや、ちゃんと向こう側に逃げとったのを見たのじゃ」
「なら、やっぱり落ちてしまったんじゃあ……もしそうだったら大変、すぐに探しに行かないと……!」
「ならバウルに運んで貰いましょう。でもその前に、彼を診てあげた方がいいんじゃないかしら」
「隊長、フレン隊長! しっかりして下さい!」
これは、感動の再会は後にした方がいいか。
騒然とする現場を見て、レイヴンはそう判断した。
程なくして、ジュディスに呼ばれたバウルがザウデ不落宮の頂上にやって来る。
その時になって漸く、アルノルドは魔核から手を離した。
だが心ここに在らずの状態は続いており、フィエルティア号に乗ってもエステリーゼ達には近付こうとせず、隅でぼんやりと空を眺めるだけ。
地上に降りると、近くまで来ていたのであろうヨーデルが騎士団や評議会の者達と共に駆け寄ってきた。
彼はフレンの容態とユーリの事を聞いて、直ぐに治癒術士と捜索隊を手配する。
アレクセイの末路も含め、ザウデ不落宮の中であった事や星喰みの件はレイヴンが手短に伝えた。
ヨーデルは一度帝都に戻って皆と対策を練ると告げて、最後にアルノルドを見る。
「無事で何よりです。貴方も色々と疲れているでしょうから、ゆっくりと休んで……と言いたいところなのですが、今回の騒動と星喰みの出現によって、民衆の間に不安が広がっています。フレンが不在の今、騎士団を纏め、世の安寧を守れるのは貴方しか居ません。どうか手を貸して頂けませんか?」
いや、それはちょっと、今のアルちゃんには無理なんじゃない?
レイヴンはそう思ったが、その予想は裏切られた。
「勿論です。私に出来ることがあれば何なりと」
隣に立つアルノルドは、いつもの調子に戻っていた。
困惑するレイヴンを他所に、ヨーデルはホッと胸を撫で下ろして感謝を述べる。
「では、早速帝都で会議を開きましょう。招集と段取りは私がしておきますので、貴方は皆が揃うまでの間、残った騎士達と帝都や周辺地域の安全確認をお願い出来ますか?」
「承知いたしました」
「それからレイヴンさん達には、ギルドの方々への情報共有をお願いしたいのですが……ユーリさんの捜索が済んでからでも構いませんので」
「へ? ああ、はい、それはいいんですがね……」
レイヴンが言い切るのを待たず、伝えるべきことを伝えたヨーデルは足早にその場を後にした。
それに続こうとするアルノルドの手を、レイヴンは咄嗟に掴む。
「ちょちょちょ、待った待った。おかしいでしょ、急にどうしたのよ」
「何がですか?」
「何って、さっきまで抜け殻みたいになってたのに……それに、こっちは色々と話したいことが……」
「……ああ、そうですね。それがありました」
身を翻して、アルノルドはレイヴンに頭を下げた。
その動作の意図がわからないレイヴンに深いお辞儀をしたまま、アルノルドが謝罪を始める。
「申し訳ありませんでした。貴方の気持ちも考えずに、これまでずっと貴方を苦しめて……」
「え? な、何の話?」
「ミョルゾで仰っていた事です」
「ああそれ……って、あれは違うのよ。あれは俺のただの逆恨みで……それより、俺の方が色々と謝らないといけない事が……」
「その必要はありません。ただ、エステリーゼ様にだけは……出来れば、謝罪と説明をお願いします。私が頼むような事ではありませんが……酷く心を痛めていらっしゃったので」
「そっちはもう大丈夫。ケジメ……って言っていいのかはわからないけど、本人とちゃんと話はしたから。心配しないで」
「そうですか、良かった。では、私はこれで」
「いやだから、俺はアルちゃんともちゃんと話を――――」
そこまで言って、レイヴンは気付いた。
このアルノルドの受け答えは、以前どこかで耳にしたことがある。
ヒュ、とレイヴンの喉が鳴った。
全身の血が引いて、アルノルドの腕を掴む手から力が抜けていく。
「俺は帝国騎士団親衛隊隊長、アルノルド・ブランディーノです。残された者の責務を、その務めを果たします」
かつての日を思い出させる平坦な声色。
だがその言葉には、断固とした決意のようなものがあるように感じた。
――――駄目だ。
レイヴンは諦めそうになった己を奮い立たせて、もう一度手に力を込めた。
ここで手を離したら、また同じことの繰り返しになる。
その仕草に、アルノルドは少しだけ困ったような顔をした。穏やかで、寂しそうな微笑み。
腕を掴むレイヴンの手に、アルノルドは掴まれているのとは逆の方の手を重ねた。
そして、ゆっくりとレイヴンの指を解いていく。
「……その優しさは、貴方の大切な人に向けてあげて下さい」
その言葉にだけは、感情が滲んでいた。慈しむような声だった。
強制的に離されたレイヴンの手が、所在なく宙を彷徨う。
引き留めなければならないと、そう思っても。
レイヴンは自分がどんなに言葉を尽くしても、何をしても、今の彼を引き留めることは出来ないと、直感的にそれを悟ってしまった。
故に、遠ざかっていく彼の背を、ただ見ている事しか出来なかった。