02.そして歯車は回り出す
そうして屋敷の前まで来ると、既に中に入っているものだと思っていたユーリ達が立ち往生していた。その先には門があり、門番と思しき兵か目を光らせている。
「成る程、あれは邪魔だな」
「何だ、戻ってきたのか?」
ユーリが意外そうに言うと、エステリーゼが僅かに眉を寄せた。
「嫌だったです?」
「いんや、そのままそこの騎士様が連れて帰ると思ってたんでね」
言い当てられて驚くエステリーゼの隣で、察しの良い青年だなと誉めた。
「で、説得に失敗した、と」
「まぁそんなところだよ。それで、どうやって入るつもりなのかな?」
「それを今考えてるのよ」
「騎士団は何とか出来ないの?」
カロルに期待の眼差しで見られたが、苦笑して首を振る。
「フレンが調査執行書まで持って先に行ったらしいんだけどね、拒否されたらしい。いくら疑わしくても、確証もなく押し入る事は出来ないな。……仮に中で騒ぎでも起きれば騎士団全員有事特権で楽に入れるんだけど」
「なるほど、屋敷に泥棒でも入って、ボヤ騒ぎでも起こればいいんだな」
ユーリの言い回しに、その意図を汲み取ったアルノルドが「まあそうなるな」と返した。
「で、どうする?」
「裏口はどうです?」
皆が頭を捻る中エステリーゼが提案する。
だがそれは突如現れた謎の中年男性に却下された。
「残念、外壁に囲まれてて、あそこを通らにゃ入れんのよね」
「――っ!?」
背後を取られたエステリーゼが叫ぶ前に、男が人差し指を立てる。一般的に知られる静かに、というジェスチャーだ。
「こんな所で叫んだら見つかっちゃうよ、お嬢さん」
「えっと、失礼ですが、どちら様です?」
「な〜に、そっちの黒髪のかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ。な?」
その視線はユーリに向けられていたが、ユーリは即否定した。
「おいおい、ひどいじゃないの。お城の牢屋の中で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェル君よぉ」
「ん? 名乗った覚えはねぇぞ」
男は答える代わりに一枚の紙を取り出してこちらに見せた。それはあちこちで見かけたユーリの手配書。
「ユーリは有名人だからね。で、おじさんの名前は?」
「ん?そうだな……、とりあえずレイヴンで」
「とりあえずって……どんだけふざけたやつなのよ」
胡散臭い発言にリタが呆れる。が、ユーリはそれすら軽く受け流した。
「んじゃレイヴンさん、達者で暮らせよ」
「つれないこと言わないの。屋敷に入りたいんでしょ? ま、おっさんに任せときなって」
言うやいなや、物陰から1人飛び出し颯爽と門へ向かうレイヴン。
あれじゃ門前払いを食らうだけじゃないのかと思いつつも見守っていると、突然兵がこちらに駆け寄ってきた。
そしてその背後で親指を立てて去っていくレイヴン。
「……随分お茶目な人だな」
「あいつ、バカにして! あたしは誰かに利用されるのが大っ嫌いなのよ!」
勝手に囮にされて怒りの沸点を一気に越えたリタが、八つ当たりで兵に容赦ない攻撃をかます。
「あ〜あ、やっちゃったよ。どうすんの?」
「どうするって、そりゃ行くに決まってんだろ? 見張りもいなくなったし」
「ここまできて何だが、勝手に決行するとまた後でフレンに怒られるんじゃないのか?」
「んなもん、もう慣れてるよ」
苦笑するユーリを筆頭に、皆が敷地内に踏み入る。
流石に正面から入るのはいただけないので、通用口を探そうと裏に回るとそこには先程の男の姿。
「よう、また会ったね。無事で何よりだ、んじゃ」
「待てこら!」
悪びれる様子もなくリフトで上層へと上がるレイヴンを追いかけんと直ぐ様隣のリフトに乗り込んだが、それは皆の意識とは裏腹に下へと下降していく。
リフトは地下で停止し、上に戻ろうにも操作が出来ずしぶしぶ降りると、酷い悪臭が鼻をついた。
「なんか、臭いね……」
「血と……あとはなんだ? 何かの腐った臭いだな」
血と一緒にする腐ったような臭いの正体なんて一つしか思い浮かばないんだがなと、顔を顰めてさりげなくエステリーゼの側に寄る。
そしてラピードが唸りだしたのを合図に腰につけていた剣を抜いた。
何処からか、魔物が集まってきている。
「魔物を飼う趣味でもあんのかね」
「かもね、リブガロもいたし」
軽口の応酬をするユーリとリタは、口調こそ先程までと変わらないものの、その空気は張りつめていた。
「パ……パ、マ……助けて……!」
「ちょっ、今度はなに? どうなってんの、ここ!?」
魔物を薙ぎ倒しつつ進む途中不意に聞こえた声に、皆が立ち止まる。
「……子供の声だな、こんな場所に何でまた……」
声を頼りに暗がりの中を進むと、大量の白骨が散らばる部屋の隅で縮こまっている少年を見つけた。
「えっぐ、えっぐ……、パパ…ママ……」
「大丈夫だよ、何があったか話せる?」
泣きじゃくる少年に優しく話しかけるエステリーゼ。少年は嗚咽混じりに自分の身に起きたことを話し始めた。
「こわいおじさんにつれてこられて……、パパとママがぜいきんをはらえないからって……」
「ねえ、もしかしてこの子、さっきの人達の……」
「さっき? 何か知ってるのか?」
聞けば街に入った時に会った夫婦が子供のことを話していたらしい。
人質を取られたところでその夫婦が税金を払えるわけでもないだろうに、一体何のために……と、考えて床に散らばる白骨が目に入った。
「もしかして、この人たちは、ここの魔物に……?」
「……イカれた趣味だな」
自分の考えを代弁してくれたカロルに感想を呟いて、ようやく泣き止んだポリーと名乗った少年を連れて更に奥へと進んだ。
その先で現れたのは巨大な鉄格子だった。大きな獣や人間を閉じ込める為のものにしか見えないそれに嫌気を感じていると、格子の先に初老の男が現れる。
「はて、これはどうしたことか。おいしい餌が増えていますね」
「誰が餌なのかは敢えて聞かないとして、あんたがここの執政官かな? 変わった趣味をお持ちのようで」
「趣味? ああ、地下室のことですか。これは私のような高雅な者にしか理解出来ない楽しみなのですよ。評議会の小心な老人どもときたら、退屈な駆け引きばかりで私を楽しませてくれませんからね。その退屈を平民で紛らわせるのは、私のような選ばれた人間の特権というものでしょう?」
「まさか、ただそれだけの理由でこんなことを……?」
エステリーゼが絶句する。とんだ気違い野郎だと皆が思った事だろう。
「さて、リブガロを連れ帰ってくるとしましか。これだけ獲物が増えたなら面白い見世物になります。ま、それまで生きてれば、ですが」
「「リブガロなら探しても無駄だ」」
「……と、思う、ぞ?」
「ぜ? ……何だ、あんたも何かやってたのか」
見事にユーリとハモってしまい互いの顔を見合わせる。
ユーリ達は街の入り口で出会った、つまりポリーの両親に角を渡したらしい。
「あんたは?」
「いや、同じようなもんだよ」
まさか私欲の為でしたとは言えず、結果的には同じなのだから嘘ではないだろうと渇いた笑いを溢す。
ユーリは怪訝そうな目で見てきたが、深く追及されることはなかった。
「まぁそういうわけだ、諦めな」
「くっ……なんということを……。まあいいでしょう。金さえ積めば、すぐ手に入ります」
「それでもあなたは帝国に仕える人間ですか!」
やっぱり大金持ってんじゃねぇかこのジジィ! と浮かれかけたアルノルドはエステリーゼの怒声で平静を保った。
だがその怒りで前に出たエステリーゼを見て、相手が目を細める。
「むむっ……、あなたは……まさか?」
ヤバい、バレる。
一国の姫がこんな場所に来ていると知れれば面倒事になるのは必至、自己判断で危険な場所に連れ込んだことがアレクセイの耳にでも入れば……
突然のピンチに体が先に動いた。剣を力の限り振り払うと、ユーリも同じく剣を振りかぶる。衝撃で鉄格子は見事に吹き飛んだ。
慌てたラゴウは逃げ出したが、それを追うことはせず先に確固たる証拠を掴むために開けた道を更に進んだ。