12.音速十光年

「――よし、これで一先ずは安心だな」

帝都近郊の巡回がてら、先の騒動で他の地域へ避難していた帝都の住民達を保護して回っていたアルノルドは、無事に護送を終わらせて一息ついた。

「お前らもご苦労だったな、今日はもう休んでいいぞ。フレン団長とヨーデル殿下への報告はこっちでやっておく」

「はっ!」

敬礼と共に去っていく騎士達は皆疲れ切っていた。
無理もない。ここ数年の間、世界は平和そのものだったのだ。ここまでの激務に彼らの体はまだ慣れていないのだろう。

出来ることなら休暇を与えてやりたいが、そうも言っていられない。せめて時間外労働ぐらいは肩代わりしてやろうと、残った雑務を片付ける為にアルノルドは歩き出す。

今にも倒れそうな彼らと違って、アルノルドは快調だった。別にサボっている訳では無いのだが、どういう訳か疲れを感じない。

好都合だ。元気で居られる内に、出来るだけ仕事を片付けてしまおう。
そう考えるアルノルドの頭上で、夕暮れの空が不意に明るくなった。見上げれば、星喰みの周囲に無数の鳥が集まっているのが見える。

鳥――――否、あれは魔物か?
まるで海の中を泳ぐ魚の群れのように、それらは幾つかの塊に分かれて各地に散らばっていく。
よくよく観察すると、集まっているのではなく、星喰みから這い出て来ているようだった。

なんだあれは。アルノルドは暫しそれを凝視していたが、直ぐに我に返って動き出す。

世界を滅ぼさんとする星喰みから出てきているのだから、あれもまた災厄の一つと考えるべきだろう。
騎士団もギルドもバラバラの状態で、あれだけの数の敵に各所を襲撃されたのでは防衛し切れない。その不安を煽るかのように、正体不明の敵の一団が帝都目掛けてやって来る。

事態に気付いた部下達がよろめきながらも戻ってきた。
どう見ても、彼らにアレと戦う余力はもう残っていない。アルノルドは奥歯を噛んだ。

「アルノルド隊長、あれは一体……我々はどうすれば……」

「……お前はフレン団長とヨーデル殿下にこの状況を知らせてくれ。他の奴は住民が結界の外へ出ないよう見張りを頼む。出来れば、結界が破られた場合に備えて皆を城に集めておいて欲しい。お前らも結界の外には出るなよ」

「し、しかし、いくら帝都の結界魔導器とは言え、あの数の敵を相手に長く持ち堪えられるとは思えません。外で迎え撃つ方が……」

「そもそもまだ敵かどうかもハッキリしてないだろ。こっちが先に攻撃して怒りを買っても困る。見たところ普通の魔物とも違いそうだし、下手に攻撃するより様子を見た方がいい。どちらにせよ……」

どちらにせよ、今帝都に居る人員で、あの大群を倒し切るのは無理だ。

アルノルドは喉から出かかったその言葉を飲み込んだ。絶望に追い打ちをかける必要は無い。

指示に従った部下達が四方へ散っていくのを見届けて、アルノルドは一人結界の端で剣を抜いた。やはり敵は真っ直ぐこちらへ向かってきている。

(……そう言えば、確か人魔戦争の時に出たって言う始祖の隷長は、結界をすり抜けたんだったか? アレがそうでない事を願うしかないな)

もしそうなら手の打ちようがない、一巻の終わりだ。
最悪の事態を想像して柄を握る手に嫌な汗が滲んだが、幸いそうはならなかった。敵はアルノルドの視線の先で、結界に阻まれて止まる。

だが普通の魔物のように、がむしゃらに突進を繰り返すようなこともしなかった。
エイのような姿をした無数のそれは、べったりと結界に張り付いて動かない。

その光景のおぞましさに鳥肌を立てていたアルノルドは、恐らくは彼らの口と思しき部分がもぞもぞと動いているのを見た。
そして、その下の結界の光が徐々に薄れていっている事にも気付く。


――食べている。結界を。それを構築するエアルを。


アルノルドはゾッとした。結界を食べる魔物なんて、見たことも聞いたことも無い。
駆け付けてきてくれたフレンも、同じものを見て言葉を失った。

エアルを食べる、という事は、恐らく自分と同じで魔術の類は殆ど効かないのだろう。
だからと言って剣で一体ずつ斬っていては埒が明かない。先に結界が食い尽くされる方が遥かに早いだろう。

何か、剣よりも効率の良い武器があれば。あのヘラクレスのように、強力な兵器の類でもあれば――――

アルノルドはハッとした。一つだけ思い当たるものがある。
確か騎士団本部の魔導器保管所に置いてある筈だ。アルノルドはそれを取りに行こうと踵を返した。

するとそれに合わせるようにして、結界の外の敵の群れが動く。

(ん……? なんだ? 偶然か?)

確認の為にその場で右へ左へと動いてみると、やはり敵もそれと全く同じ動きを繰り返した。


まさか、あの敵は帝都ではなく俺を狙っているのか?


どうしてかは分からないが、もしそうなら話は早い。自分がここを離れればいいだけだ。

「フレン! この場の指揮はお前に任せていいか?」

「えっ? は、はい。それは構いませんが、アルノルド隊長はどこに……」

「多分、そいつらの標的は俺だ。だから人の居ない場所までそいつらを連れていく」

「それは……仮にそれが上手くいったとして、その後はどうするつもりですか?」

「一網打尽にする策はある。ただ、多分戻っては来れないから、後のことは頼んだぞ」


戻っては来れない


不穏な響きを持つその言葉に、フレンの顔色が変わる。

「待って下さい。一体何をするつもりですか。第一、この大群をアルノルド隊長が一人で相手取るのは無茶です、危険過ぎます」

「だとしても、このままじゃ結界が破られて全滅だ。こうして喋ってる間にもタイムリミットは迫ってる」

「ですが……!」

「しっかりしろフレン。お前が優先すべきは何だ? 俺一人の身の安全か? お前がやらないで、誰が帝都の民を、部下を守ってやれる?」

畳み掛けるように言われて、反論出来なくなったフレンは、悔しげに口を閉ざした。

優しい子だ。やっぱり、あんまり騎士団長には向いていないかもしれないな。
アルノルドは微笑しながら、その頭を撫でる。

「……僕は、貴方を死なせる為に、騎士を続けてきた訳じゃありません……」

「わかってる。……ごめんな」

もうあまり時間は無い。
アルノルドは俯くフレンを残して、一人城へと向かった。

アレクセイがこれまでに集めてきた数々の魔導器。それらが保管されている場所に辿り着いたアルノルドは、詰まれている木箱の中から目当ての物を探し出して取り出す。


複合内破兵器


かつて此処で多くの命を奪った魔導器。
出来ればもう二度と見たくもなかったそれは、かつての事件の後、バラバラになった残骸を掻き集めて、アスピオの研究員とアレクセイの手によって復元されたものだ。
こんなものでも、彼らにとっては歴史的価値のある貴重な文化財だったらしい。アレクセイには、また別の目的があったのかもしれないが。

それからもう一つ。持ち運びが可能な小型の結界魔導器も手に持って、アルノルドは空になった木箱を棚に戻す。

(ああでも、勝手に持ち出したことがバレるとマズイな。魔導器の数が減ったらリアゴン達がすぐに気付くだろうし、アレクセイ団長になんて言い訳すれば――――)


そこまで考えたところで、忙しなく動いていたアルノルドの足が止まった。


この部屋に入ったのは久しぶりだった。
ここを出入りするのは、決まって補佐官の皆の仕事を手伝う時だった。

アルノルドは乾いた笑いを零した。
そして、そのまま扉を閉めることもせずに出て行く。

当然、アレクセイや補佐官がそれを咎めることは無かった。
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