02.そして歯車は回り出す

「有難う御座います」

「いえ。それよりこれは……」

辺りには無数の魔導器の魔核が箱詰めにされていた。
ユーリの探していた下町の魔核のような大型のものはないようだが、それにしたって凄い量だ。

「まさか、これって魔核泥棒と関係が?」

「かもな」

「けど、黒幕は隻眼の大男でしょ? ラゴウとは一致しないよ」

しかし悠長に話し込んでいる時間はなく、先程の傭兵達に辺りを取り囲まれた。

「こいつら、やっぱり五大ギルドのひとつ、紅の絆傭兵団だ」

それらを蹴散らして船室の入口に近付くと、中から大男が出てきた。
そのなりは先程カロルが話していた魔核泥棒の容姿に当てはまる。

「隻眼の大男……。あんたか、人使って魔核盗ませてるのは」

「そうかも知れねえなあ……」

大男はわざとらしく笑うといきなり斬りかかってきた。近くにいたユーリ共々それを避けて距離をとる。

「いい動きだ。その肝っ玉もいい。ワシの腕も疼くねえ……うちのギルドにも欲しいところだ」

「そりゃ光栄だね」

「だが、野心の強い目はいけねえ。ギルドの調和を崩しやがる。そっちのはどうだ?」

「残念、兼業は出来ないんでね」

「兼業? ……成る程、騎士か。そりゃ惜しいな」

冗談半分で言う男に、どこに隠れていたのかラゴウが早く始末しろと叫ぶ。
だがバルボスと呼ばれた大男は、金の分は働いたと船に積まれていた小舟に乗り込んだ。

「小僧ども、次に会えば容赦はせん」

「待て、まだ中に……! ちっ……ザギ! 後は任せますよ!」

「! おい逃げんな!!」

後を追おうとしたアルノルドの眼前を剣が通る。そのせいで足が止まりラゴウを取り逃がしてしまった。

剣を振るったのは恐らく先程ラゴウが呼んだザギという者であろう赤髪の男だった。

「あなたはお城で……!」

「エステリーゼ様、ご存知ですか?」

「あんたと城で別れた後、フレンの部屋に行ったらいきなり襲いかかってきたんだよ。どうも縁があるみたいだな」

「刃がうずくぅ……殺らせろ…殺らせろぉっ!!」

こんな危ない奴を城に招き入れるほど帝国は腐ってはいないと思っていたのだが、それともこいつが勝手に侵入したか、どちらにせよ帝国の警備は甘いな。

そう考える間にもザギはユーリに襲いかかる。それと同時に、船の一部が爆発を起こした。
誘発されたかのようにあちこちで次々と爆発が起こる。

「ぐぅあああっ……! 痛ぇ……」

「勝負あったな」

「……オ、オレが退いた……。ふ、ふふふアハハハハっ! 貴様、強いな! 強い、強い! 覚えた覚えたぞユーリ、ユーリっ! お前を殺すぞユーリ! 切り刻んでやる、幾重にも! 動くな、じっとしてろよ……! アハハハハ!」

笑いながら海に飛び込んだザギにユーリが刀をしまう。
また面倒なのに気に入られたなと肩を叩けば、相手は代わるか?と薄く笑った。

そうしてなんとかザギを退けたはいいが、このままでは船は沈んでしまう。その前に海に逃げるべく飛び込もうとした矢先、船室から声がした。

「……げほっ、げほっ……。誰かいるんですか?」

この声は、まさか。
聞き覚えのある声に真っ青になって船室に飛び込むと、そこに居たのは金髪の少年。

「ヨーデル様!!」

「……? 貴方は……親衛隊の……?」

「話は後で、ここは危険です。海に飛び込みましょう!」

ヨーデルを抱え、間一髪で船から飛び降りる。背後で一際大きな爆発が起こり、船は海の底に消えた。

海面に浮上するなりヨーデルの安否を確かめる。ぐったりとはしているが、呼び掛けると小さな返事が聞こえた。

「おい、大丈夫か?」

「俺は大丈夫だが、このお方をこのまま海の中に浸けておくのはまずいな。早く上がらないと……」

「ヨーデル……!」

近くに来たエステリーゼが、ヨーデルを見て驚愕する。
周りに知り合いかと尋ねられ、言い淀みこちらを見た。

「……まあその話は後で」

「あっ船だよ! おぉい! おぉい!」

遠くから向かってくる大きな船にカロルが叫んだ。その甲板にはフレンが見える。

「どうやら、平気みたいだな。……っ! ヨーデル様!!」

「大丈夫、息はしてる」

「今、引き上げます! ソディア、手伝ってくれ!」

1人ずつ船に上がり、皆が乗ると船はそのまま近くのカプワ・トリムに向かう。
着く頃にはヨーデルも普通に話せる程度には回復していた。

「有難う御座います、お陰で助かりました」

「救助が遅くなってしまい申し訳ありません。お怪我はございませんか?」

「ええ」

「ね、こいつ誰?」

未だにエステリーゼに問いかけるリタに、詳しい話は宿でするからとフレンが皆を先導する。

そうして案内された宿にはラゴウの姿。

「こいつ……!」

「おや、どこかでお会いしましたかね?」

素知らぬ顔でシラをきる相手に皆が怒る。
だが確証はある、もう言い逃れは出来ない筈だと思っていた。のだが、

「何度も申し上げた通り、名前を騙った何者かが私を陥れようとしたのです。いやはや、迷惑な話ですよ」

この期に及んでまだ足掻こうとしている様で。しかもそれがまた的確にこちらを黙らせるようなものだった。

「ウソ言うな! 魔物のエサにされた人たちを、あたしはこの目で見たのよ!」

「さあ、フレン殿、貴公はこのならず者と評議会の私と、どちらを信じるのです?」

「……目撃者は彼らだけではありません、そこに居られるお方は騎士団の隊長です。彼の発言まで嘘だと言うのですか?」

「立場はどうであれ、犯罪者と行動を共にするような者の発言に信憑性はありますかな?」

「……これはまた、口の達者なお方で」

地味に痛いところを突かれ、言い返せなくなったフレンは何も言えずに俯いた。心の底では悔しさや怒りで満ち満ちていることだろう。

まあそれはフレンに限ったことではないが。

「なんなのよ、あいつは! で、こいつは何者よ!?」

「ちっとは落ち着け」

ラゴウが部屋を出た瞬間リタが爆発する。
無理もない、自分だってもう少し若ければ、そして騎士でなければ殴りかかっていたことだろう。

「リタ、ちょっと口が悪いぞ。こいつ、じゃなくて、この方、な」

「……何、偉い奴なの?」

言うべきかどうか悩み、ヨーデルに目配せすると、ゆっくりと首を縦に振った。そしてエステリーゼが口を開く。

「この方は、次期皇帝候補のヨーデル殿下です」

「へ? またまたエステルは……って、あれ?」

笑うカロルが周りの空気に閉口する。ヨーデルは微笑んで「あくまで候補の一人ですよ」と言った。

「本当なんだ。先代皇帝の甥御にあたられるヨーデル殿下だ」

「ほ、ほんとに!?」

「はい」

ニコニコと笑う少年を見て、確かに気品があるような……とカロルは納得する。

「殿下ともあろうお方が、執政官ごときに捕まる事情をオレは聞いてみたいね」

「……この一件はやはり……」

エステリーゼの言葉を手を出して止める。それを見たユーリが後ろを向いた。

「市民には聞かせられない事情ってわけか。ま、好きにすればいいさ。目の前で困ってる連中をほっとく帝国のごたごたに興味はねえ」

「ユーリ……。そうやって帝国に背を向けて何か変わったか? 人々が安定した生活を送るには、帝国の定めた正しい法が必要だ」

「けど、その法が今はラゴウを許してんだろ」

言い争いを始める2人に室内が不穏な空気に変わる。アルノルドはそれを黙って聞いていた。

(成る程、ユーリ君が騎士団を辞めた理由は、法に縛られて小さな悪事を裁けないからか)

かなりのお人好しだと思った。大きな成功の為には犠牲は仕方のないことだというフレンの考えの方がまだ自分は共感出来る。
そもそも何故二人ともそこまで他人の為に頑張れるのかが分からない。ましてやその為に安定した職を捨てるなど最早理解の範疇を越えていた。

言い争いの末ユーリは部屋を出ていってしまった。フレンはまた言いすぎてしまったと項垂れている。

「……貴方はどうされるんですか?」

自分と同じように黙って事の成り行きを見守っていたヨーデルが口を開く。その問いはエステリーゼに向けてのものだ。

「行ってもいいのでしょうか?」

それを聞いて、アルノルドは自分の任務を思い出した。そうだ、城に連れて帰らなければ。
だが割り込む隙がない、話はどんどん旅を続ける方向に進んでいる。

「ユーリと旅をしてみて変わった気がするんです。帝国とか、世界の景色が……。それと、私自身も……」

「そうですか……、わかりました」

わかりましたじゃねぇだろ!! 格好良く頷いたフレンを蹴飛ばしたい衝動をなんとか抑えた。
これはまずい、最早修正が効かない空気になっている。

「少年、ユーリに彼女を頼むと伝えておいてくれ」

「は、はい……!」

「いいんですか……?」

「私がお守りしたいのですが、今は任務で余力がありません。それに、ユーリの側なら私も安心出来ます」

「フレンはユーリを信頼しているんですね」

「ええ」

和やかに会話する2人とは裏腹にアルノルドの気持ちはどんどん落ち込んでいった。
もう無理だ、俺にはこのタイミングで「さぁ帰りましょうか」と言える度胸はない。

「アルノルドはどうするの?」

何も知らない無邪気な少年がこちらを見上げる。どうするも何も、このまま帰れば最悪首が飛ぶ。だから答えは1つしか無かった。

「ユーリ君に全て任せる訳にもいかないでしょう、エステリーゼ様の護衛として同行します。」

「ほんと? 騎士が居れば、僕ら怖いもん無しだよ!」

「アルノルド隊長……任務は良いのですか?」

任務だから行くんですよと心で返して頷くと、エステリーゼが満面の笑みでお礼を言った。
過ぎたことを嘆いても仕方がない、期日が決められていたわけでもないのだから、道中で団長閣下に会うようなことさえ無ければいいのだ。

「話がまとまったところで、そろそろ行かない? あいつ見失うわよ」

リタが先に宿を出る。皆もその後に続き、最後にヨーデルとフレンに見送られながらアルノルドも宿を出た。
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