02.そして歯車は回り出す
どこまで続くかわからない道を黙々と歩く途中で、他とは違う広いスペースに行き当たった。下へと伸びる螺旋階段を降りると、皆が一様に気分が悪いと訴え出した。エステリーゼに至ってはその場に座り込んでしまうほど。
「行き倒れになんなら、人の多い街ん中にしといてくれ。オレ、面倒見切れないからな」
「は、はい、ありがとう。まだ、だいじょうぶです」
「アルノルドは大丈夫なの……?」
「ああ、今の所は別になんとも」
「なんでぇ〜?」
エステリーゼはユーリに任せ、辛そうなカロルを支えてやる。
リタにも手をかそうとしたが、必要ないと振り払われた。
「素直に助けて貰えばいいのに……」
「うっさい!」
そこでふと辺りを見渡せば光の塊がふわふわと宙を漂っていた。
その光景は綺麗だが、リタが顔をしかめる。
「……これ、エアルだ」
「え? エアルって目に見えるの?」
「濃度が上がるとね」
「そういや前にエステルが言ってたな、濃いエアルは体に悪いって」
「はい……濃度の高いエアルは時として人体に悪影響を及ぼす、です」
ならここに長居するのは危ないんじゃないかと引き返すかどうか聞いてみたが、一番容態が悪いエステリーゼが進むと言ったので、それに付き合うことにした。
リタが近くにあった魔導器の扉を開ける。その奥にはまた空間が広がっており、宙に浮いた魔導器が小さな起動音を出していた。
エアルの異常発生はこれのせいだと思われるが、壊れたならばエアルの供給は止まる筈だとリタは言う。
「じゃあ……一体……」
「わからない……あの子……何をしてるの」
やはりまだ苦しいのか、2人は一言話すたびに息を吸ったり吐いたりしている。だがそれに追い討ちをかけるように魔物の咆哮が部屋に響き渡った。
見ればその声の主は魔導器が作り出している結界の内側に居る。
「ま、魔物ぉ……!」
「病人は休んどけ、ここに医者はいねーぞ。あんたは動けるな?」
「勿論」
再び咆哮をあげる魔物に気圧される。
魔物を閉じ込めるための強力な結界らしいので簡単には消えない筈だが、それを知っていても不安になる。
「でも、なに、このエアルの量……異常だわ」
「……あっ、アルノルド、あんまり近付くと危ないんじゃ……!」
カロルに大丈夫だと言ってなるべく魔物を刺激しないようにと静かに歩み寄る。近くで見ると余計に魔物が大きく見えた。
「ちょっと、あんた……何する気よ!?」
「いや、このままエアルが増えると危ないだろ?」
「アンタ何とか出来るの?」
「いや、まあやるだけやってみようかと」
と、魔導器に伸ばしかけた手はリタに払い除けられる。
「専門的な知識がないなら余計なことしないで、悪化しちゃったらどうすんのよ」
「悪化はしないと思うんだけどな……」
「根拠は何よ?」
「説明しろと言われると難しいんだけどね」
ハッキリしなさいよ! と怒鳴られ苦笑する。と、頭上から男の声がした。
上を見れば今日で三度目の魔狩りの剣との対面。
「俺様たちの優しい忠告を無視したのはどこのどいつだ?」
「悪ぃな、こっちにゃ大人しく忠告聞くような優しい人間はいねぇんだ」
「ふん、なるほど……って、なんだ、クビになったカロル君もいるじゃないか。エアルに酔ってるのか、そっちはかなり濃いようだね」
そっちは、ということは上はまだ薄いのだろうか。
せめてエステリーゼだけでもあちらに行かせられないだろうか、エステリーゼにもしものことがあれば後で何を言われるかわからない。
しかしそれは無駄な思慮だったようで、魔導器は上空からやって来たいつぞやの竜使いによって壊され、エアルの発生も止まった。
しかし魔導器が破壊されたということはつまり結界も消えるということで、閉じ込められていた魔物は魔狩りの剣に襲いかかる。
「そうだ、もっと暴れろ、ケダモノはケダモノらしく! 我が手でほふってくれるわ!」
「自分の楽しみの為に周り巻き込んでんじゃねぇよ……!」
苛立ちに歯を噛み締めるが状況は更に悪化。竜使いは魔物の味方らしく魔物の援護に入った。
そのせいで魔物の標的は魔狩りの剣からこちらに変わる。
「やべ……足震えてら」
「大丈夫か? 無理はするなよ」
「あんたは余裕って感じだな」
「余裕って訳じゃないけど、ああいうのを見るのは初めてじゃないんでね」
一撃でしとめようとはせずに、襲い来る爪を避けながら確実に攻撃を当てていく。それをしばらく繰り返すと魔物はなんとか退いてくれた。
それに伴い竜使いも撤退するが、魔物が暴れたことによる振動は収まらない。
「天井が……ここは危険です!」
「首領! 撤収を! 標的に逃げられた以上、長居は無用です!」
「最近にない魔物だったが……興ざめだな、引き上げるぞ」
「オレ達も退くぞ」
「あ〜もう、あたしもあのバカドラ殴りたかったのに!」
各々出口へと向かって走り出す中、エステリーゼだけがなかなか動こうとしない。何かを探しているように辺りをキョロキョロと見回している。
「エステリーゼ様、早く行きますよ!」
「待ってください、カロルはどこに!?」
言われてみれば、先程から姿がない。
だがどちらにせよこのままでは自分達も危ないからと腕を引いて脱出した。
「なにかあれば、すぐにそう! いつも、いつもひとりで逃げ出して!」
「ち、違うよ!」
「何が違うの!?」
「だからハルルの時は……」
「今はハルルのことは言ってない!」
外に出てすぐ、ナンの怒声が聞こえてきた。微かにカロルの声も聞こえて、そちらに駆け寄る。
「みんな……」
「カロル、無事でよかったです」
「まったくよ、どこ行ってたんだか。こっちは大変だったのに」
「ご、ごめんなさい……」
先に逃げたことに背徳感を感じているのか、カロルは目を合わせようとしない。
それを知ってか、ナンが去って行った後、ユーリはカロルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わっちょっと! や〜め〜て〜よ〜!」
「行こうぜカロル、もう疲れた」
「ユーリ……」
嫌がりながらもどこか安心した様子のカロルは、少しだけ表情を明るくした。
「しかしとんだ大ハズレね、紅の絆傭兵団なんていないし」
「ほんとに。やっぱあのおっさん情報は次から注意しないとな」
それを聞いたリタが顔をひきつらせる。
気づいていなかったのだろう、わなわなと拳を震わせた。
「あ、あ、あのおっさん、次は顔見た瞬間に焼いてやるっ!!」
怒るリタをエステリーゼがなだめる。だがカロルはまださっきのことを気にしているのか、皆が歩き出しても動こうとしない。
「そんなに落ち込まなくてもいいんじゃないか?」
「わっ、ビックリした。……違うんだ、落ち込んでるんじゃなくて……」
黙って俯くカロルに、アルノルドは遠くを見て一人言のように呟いた。
「……逃げることが悪いだとか、恥だとか、俺は思わないけどな。それで死ぬよりよっぽど……」
「え?」
「おーい、置いて行くぞ」
暗い影を落としたのは一瞬で、前を行くユーリに呼ばれたアルノルドはさっさと歩いて行く。
カロルはそれを不思議に思いながらも、すぐ行くと返してまた歩き出した。