03.影を追い影に追われ
「続けて十八番目の罪状を確認する」「はい、どうぞ」
場所は新興都市ヘリオード。
森林だらけの土地から一転建造物だらけの都へやって来た、もとい連行されてきたアルノルド達は、騎士団本部の一室でシュヴァーン隊の取り調べを受けていた。
といっても、取り調べを受けているのはもっぱらユーリのみで、リタやカロルはユーリの脇に座りそれを聞いているだけだったのだが。
「滞納された税の徴収に来た騎士を川に落としたのは間違いないな?」
「そんなこともあったな。あれ、デコだっけ?」
「そうだ! おかげで私は風邪をひいて、三日間寝込んだのであ〜る」
どんだけやんちゃしたんだこの青年はと、壁に寄りかかっていたアルノルドが全く悪びれる様子のないユーリを見やる。
どれもこれもイタズラの進化系程度の小さな罪だが、普通に生きていてこれだけ埃が出てくるのもおかしいだろうと思う。
「……お話の途中申し訳ありませんがねルブランさん」
「なんだ」
「もういいんじゃないですか? 別にそれくらい他でもやってる奴は居るでしょう。それに指名手配だの姫様誘拐だのは元々こちらの勘違いだったんですから、過去の些細な不祥事くらいそれで相殺してやっても……」
「ばかもーん! それとこれとは話が違うだろうが! 貴様はそれでも騎士か!」
何でちょっと口出ししただけでそんな事を言われにゃならんのだと溜め息をつく。
大体ほとんど、というか今のところ読み上げられた罪状は全てユーリのことではないか、たまたま一緒に行動していただけでいつまでも拘束されるのは納得がいかない。
「そういや、おまえらんとこの何もしない隊長はどうした?シュヴァーンつったっけ?」
「偉いからってサボりでしょ」
口々に好き勝手な見解を並べ立てるユーリとリタにルブランが怒鳴る。
「我等が隊長を愚弄するか!シュヴァーン隊長は、十年前のあの大戦を戦い抜いた英雄だぞ」
「それは今関係ありませんって。大体この詰問だって、隊長がやれって言ったんですか? あの人ならこんな小さな事でいちいち少年少女を閉じ込めたりしないと思ったんですけど。まあ七年も経てば人も変わりますか」
「アルノルド、昔の事とはいえ世話になった隊長のことをそんな風に言うとは何事だ!」
「変わったのは貴様の方なのだ!」
「はいはいそうですね」
軽く受け流して面々を視界から外す。
自分が変わってしまった事くらい自分が一番分かっている、だがそれを悪いことだとは思わないし、当たり前の事だとさえ思った。時間が経ち環境が変われば自ずと変化は訪れるものではないか。
そういえばエステリーゼ様やフレンはどうしているだろうか、着くなり別室に連れていかれたが……、この様子だと今日はここに泊まる事になりそうだなと、落ちかかった夕日を眺める。
さっさと終わらせてくれないだろうか、明日まで続くようなら自分はさっさと抜けさせて貰おう。自分のせいで仲間が捕まってしまった今ならば、エステリーゼ様も大人しく城に戻ってくれる筈だ。
と、あとどれくらい続くのかわからない罪状確認を右から左に流していたアルノルドが、ノックも無しに入ってきた気配に顔を上げた。
「…………」
そして入ってきた人物を見て、我が目を疑った。疑わずにはいられなかった。
数十秒ほど全ての身体機能が凍結する。まるで剥製にでもなったかのような見事な固まりっぷりだった。
「ア、アレクセイ団長閣下! どうしてこんなところに!?」
そう、入ってきたのは現在アルノルドにとって最も会いたくない人物のアレクセイ騎士団長閣下だった。
何がどうしてこんなところに居るのか、何一つ理解出来ないが分かったことは、
(……終わった――ッ!!)
自分にとって今が最上級にまずい状況であるということだけだった。
アレクセイは固まったまま心中で絶望し絶叫するアルノルドを一瞥し、だが何を言うでもなくユーリに告げる。
「エステリーゼ様、ヨーデル様、両殿下のお計らいで君の罪は全て免除された」
「なっ、なんですとぉっ! こやつは帝都の平和を乱す凶悪な犯罪者で……!」
「ヨーデル様の救出並びに、エステリーゼ様の護衛、騎士団として礼を言おう」
ルブランの言葉など聞こえていないかのように話を進めるアレクセイは、側近の女性に目配せする。すると女性は持っていた袋をユーリに差し出した。
その中には決して少なくはない謝礼金が入っていたが、ユーリは受け取りを拒否。
「そんなもんいらねえよ、騎士団のためにやったんじゃない。それにヨーデルを助け出したのはそっちの騎士様だろ、褒美ならそっちにやったらどうだ?」
もしもアルノルドが正常な状態だったならば、この上ない話だと舞い上がったことだろう。
しかし残念ながら彼は現在心境的には生きるか死ぬかの瀬戸際であり、ユーリの心遣いは完全に逆効果だった。
今は金よりもアレクセイがこちらに意識を向けないでいてくれる方がよっぽど助かるんだ、だからいちいち話を俺に振るんじゃない! アルノルドは伝わる筈のないテレパシーをユーリに送った。
「それより、エステルだが……」
「先ほど帝都に戻る旨ご承諾いただいた」
「えっ!? ……あ、でも、お姫様なら仕方ないか」
少し寂しそうにするカロルの横でアルノルドはその倍精神的ダメージをくらっていた。
もうエステリーゼ様と会ったのか、ということはもう言い逃れは出来ない、一緒に行動していたにも関わらず連れ戻さなかったことがアレクセイにしっかり伝わってしまったようだ。アルノルドは周りに聞こえない声で「消えたい」と呟いた。
「姫様には宿でお待ちいただいている、顔を見せてあげてほしい」
アレクセイに言われユーリ達と、役目を終えたシュヴァーン隊が部屋を出ていく。
パタンと閉じられたドアの音がやけに悲しく感じた。
「……それで、貴殿は何をやっていたのかね? アルノルド・ブランディーノ」
部外者が居なくなったとたんに先程までとは一変した空気にドッと心臓が大きく脈打つ。
喧しく律動するそれとは裏腹に急激に身体中の血液は冷え、手には嫌な汗が滲んだ。
「私は姫様を連れ帰るようにと言った筈だが、その様子では言葉の意味をきちんと理解出来て居なかったようだな」
「……申し訳御座いません」
「謝罪を聞きたいのではない、何故命令に従わなかったのか、と聞いているのだよ」
そんなの俺が聞きたい。今まで多少の失敗こそすれ、結果的にでも任務を放棄するようなことは無かったのに。
でもあの空気では仕方がないじゃないか、どうせ帰りましょうなんて言ったところでヨーデル様にでも言いくるめられていたかもしれないし、そもそもそこまで言うならあんたが直接行けばいいだろう!
言えるわけもない不満を心中で叫びながらも、消えない絶望感に囚われていた。
ああ、これで順調な人生も終了か。諦めモードに突入した思考は早くも残りの人生を投げ出そうとする。
だがそんなアルノルドに対しアレクセイの反応は意外過ぎるものだった。
「……まぁいい。手筈が整い次第帝都に引き上げる、それまで姫様から目を離さぬようにしたまえ」
解雇通告を下される心構えをしていたアルノルドは、アレクセイの言葉を一瞬理解出来なかった。
へ?ともう一度聞こうとしたが、アレクセイはさっさと部屋を出ていってしまう。
え、それだけ? アルノルドは信じられない気持ちでしばらく部屋に立ち尽くす。
何で、普通なら解雇、良くても降格くらいはさせられる筈なのに。それどころか何の罰もないだと?
別に罰を待っていた訳ではないが、ちょっと優遇過ぎないかと逆に不安になる。
自分はそこまでアレクセイに気に入られていたのだろうか? 大した力も無いし媚びた覚えもないのだが。まあ親衛隊の隊長にまで任命するあたり、待遇の良さは今に始まったことでは無いのだが……いまいち相手の意図を図りかねて首を傾げる。
まあ、いいか。別に悪いことでもないし、平穏無事に済むならそれにこしたことは無いと、アルノルドはそれ以上深く考えるのを止めた。