03.影を追い影に追われ

あれから宿屋に運ばれ、ある程度の治療を受けたアルノルドは、一人静かにベッドに横たわっていた。

何で起きてすぐまた寝なきゃいけないんだと、やることがなく暇だと唸る。
しかし動こうにも起き上がれば体はまだ痛むし、何より部屋の外に監視役が付けられていた為、出歩く事も出来なかった。

そこまでしなくても、自分の体の調子くらい自分で分かるのにと、監視役を煩わしく感じていたアルノルドの耳に、コンコンと戸を叩く音が届く。

どうぞ、と返せば入ってきたのはユーリだった。手には白い袋が握られている。

「どうだ? 調子は」

「万全。……って返せたらいいんだけどね」

よっこいせと上体だけ起こすと、ユーリが隣に腰かける。
そして袋の中から何かを取り出したかと思うと、またもや口に突っ込まれた。

「ルブラン達からだよ。必要だろうから渡しておいてくれ≠チてさ」

食べてみればそれはグミで、渡された袋の中身はそういった回復系の道具で埋まっていた。

相変わらず良く気の回る人達だ、今度会ったら礼くらいは言おう。

「エステリーゼ様と、あとリタはどうだ?」

「魔導器バカはまだ寝てるよ、話を聞かないお姫様はそれにつきっきりで看病してる」

「それは困るな、止めてくれないか」

「止めたよ、倒れたら俺もあんたも怒られるってな。そしたらなら怒られて下さい≠セってよ」

本当に、強情な姫様だなとアルノルドは溜め息をつく。
怒られて下さいだなんて冗談じゃない、人の心配をするのはいいが、こちらとしては自分の身を一番に考えて欲しいものだ。

「そうそう、それ食べて元気になったら、一度エステルに顔見せに行ってやってくれねぇか。何もしてあげられなかったーって、かなり落ち込んでたもんでね」

「別にエステリーゼ様が気負う必要はないんだがな」

まあどちらにせよ様子は見に行くつもりだったのだし、ならば急ごうとお菓子を食べるかのように袋の中身をどんどん減らしていく。
それを見ていたユーリが呟いた。

「治癒術が効かないってのも大変だな」

「ん? あぁ、まぁそうかな。全然効かないって訳じゃないんだけど」

痛みが取れてきたところで飲み物を持ってこようと立ち上がり、ついでにユーリの分も注いで渡す。
そして口の中の物を胃に流し込んでから続けた。

「効きにくいもんでね。治癒術だけじゃなくて、魔術や補助魔法も同じ。おかげで君みたいに洒落た腕輪も着けられないよ」

腕輪、というのはユーリの着けている武醒魔導器のことで、言われたユーリは目を丸くする。

「見当たらねぇなとは思ってたが……武醒魔導器無しでその強さとは驚きだな」

「そりゃあ、騎士団に居るのに戦えないんじゃね。それに自分の身を護る為なんだ、必死にもなるよ」

実際まともに戦えるようになるまで随分時間がかかったし、その間は血の滲むような日々だったと語る。

「最初は魔術が効かないだけかと思ったんだけど、武醒魔導器を着けてみて、そういうものの力を抑える効果まであるんだって初めて気付いた時は愕然としたよ」

「さっき結界魔導器のエアルを抑えてたのはそういうカラクリか、とんだ特技だな。それはそういう体質か?」

「さぁ、自分でも良く分かってないんでね。ただ自分がそういう特性を持ってるらしいってことは自覚してるよ」

空になった袋を投げ捨てて、さてエステリーゼ様の所に行くかと立ち上がる。まだ多少痛みはするが、動く分には問題ないだろう。

「そう言えば、エステリーゼ様の部屋は?」

「出てすぐ右に曲がって、またすぐ右に曲がったところだ」

「……それはつまり隣の部屋ってことか?」

「ご名答」

悪戯っぽく笑うユーリに、なら普通にそう言えと笑いを返し、扉を叩いた。

「エステリーゼ様、ご無事で……」

内装は自分が休んでいた場所とほぼ変わらないその部屋に入ってすぐ、視界に入ったのはベッドに突っ伏すエステリーゼの姿だった。

「!? エステリーゼさ」

「しーっ、静かに!」

人差し指を立ててこちらの叫びを区切ったのはリタだった。
ちょいちょいと手招きされ近付いてみると、エステリーゼはすーすーと小さな寝息を立てていた。

「疲れて寝てるだけよ」

何だ、吃驚したとアルノルドは早くなっていた心音を落ち着かせる。この姫様はいちいち心臓に悪いことばかりするな。

「リタはもう大丈夫なのか?」

「この子のおかげでね。そういうあんたはどうなのよ? 見たところ平気そうだけど」

「大事ないよ、ご心配どうも」

別に心配なんてしてないわよ! と頭に血を上らせるリタに今度はアルノルドが指を立てる。エステリーゼはむにゃむにゃと寝言を漏らすだけだった。

「それよりあんた、さっきのあれは何なのよ?」

「さっき?」

「結界魔導器、エアルの量を制御してたでしょ。私にも出来なかったのに……。あんた騎士のフリして実は魔導士なんじゃないの? それとも魔導器研究家?」

疑り深そうに見てくるリタに、先程ユーリにしたのと同じように簡単な説明をする。
話を聞く間、相手は驚いたり考え込んだり、質問を挟んできたりして考察し、そして自分なりの答えを示した。

「つまり、あんたは自分に触れたエアルを抑制出来るって事ね。それならカルボクラムであんただけピンピンしてたのも納得だわ。……でも、そんな人間……ううん、そんな事例すら、見たことも聞いたこともないわよ」

「まあ、俺も自分以外は知らないけどな」

「……ま、それはエステリーゼも同じか」

リタの言葉に目をしばたかせる。
何でそこでエステリーゼ様なのかと聞こうとして、いきなり部屋の戸が開いた。

「ちょっと、ノックくらいしなさいよ」

「そりゃ悪い。目、覚めたのか。よかったな」

深い紫の髪を持つ青年は、剣を脇に置くとまた隣に座った。その目はエステリーゼに向いている。

「あれほど倒れる前に言えって言ったのに」

「わかってたんでしょ? 言っても聞かないことくらい」

「うう〜ん……ふにぅ……」

幸せそうに眠るエステリーゼを見ていたリタが、突然こんな質問をしてきた。

「あのさ、エステリーゼってあたしをどう思ってると思う? ……って、何て顔してんのよ」

UFOでも見たかのような衝撃を受けた二人は揃って目を見開いていた。
驚きましたという言葉をそのまま表情にしたかのような反応に、リタが顔をしかめる。

「やっぱりリタもそういう事が気になるんだな?」

「自分がどう見られてるかなんて気にしてないと思ってた」

「も、もういい、あっち行って」

恥ずかしそうに顔を背けるリタに、アルノルドはユーリと顔を見合わせて笑う。

いくら頭がキレる天才魔導士といえど、役職を外せばただの少女らしい。初めてリタが年相応に見えて、純粋に可愛いなと思った。それを口に出せばまた怒るのだろうが。

「術式なんぞより、こいつは難しくないぜ」

「俺の手には余るお方だけどな」

「ふむぅ……あれ? リタ! アルノルド! 目が覚めたんですね!」

と、話題に上がっていた少女が目を覚まし、話し合いは強制的にお開きとなる。
エステリーゼはリタとアルノルドを見て安心したように1人顔を綻ばせた。

「二人とも、無事で良かったです。あ、でも油断したらだめですよ! 治ったと思った頃が危ないんです」

そう言ってもう一度治癒術をかけようとしたエステリーゼの手を、リタが止めた。

「もう大丈夫よ。あと、魔導器使うフリ、もうやめていいよ」

「? 使うフリ……?」

「な、何のことです?」

「魔導器なくても治癒術が使えるなんてすげえよな」

「ど、どうしてそれを……」

慌てるエステリーゼと何かを知っているらしい二人に、全く話が見えないアルノルドが詳しく話を聞こうとする。
しかしそこにまたも邪魔が入った。

「なんだ!?」

「あ、バカドラ!」

咆哮と共にやって来たのは、ラゴウの館で見た竜使いだった。
部屋のベランダに近寄ってきたそれが、こちらに向かって炎を吐き出す。

「リタ、危ない!」

「なっ、こら!?」

エステリーゼがリタを庇うように抱き、それを見たアルノルドが咄嗟に二人を庇う。
そして更にユーリはその前に立って、炎を剣で受け止めた。

「悪いな、ユーリ君」

「全くだ。騎士なら市民を護ってくれよ」

「リタ、だいじょうぶですか?」

「あんたって子は……」

ユーリのおかげで誰にも怪我はなかったが、大きな爆発音は周囲にまで広がっていたようで、騒ぎを聞き付けたカロルが部屋に飛び込んで来る。

「すごい音がしたけどどうしたの……って、うわあっ!?」

竜使いを見たカロルが驚いて体を硬直させた。
一方で竜使いはというと、第二撃を繰り出すことなく空へと去っていった。

何が目的だったのか、なんにせよ迷惑な奴だ。

「なに? なんなの? な、なんだったの、あれ?」

「大事な話の途中だったのに」

「エステルの治癒術に関しては、とりあえずここまでな」

「別にいいわよ、あたしはだいたい理解したし」

自分達だけで勝手に話を終わらせようとする二人に待ったをかける。
アルノルドが自分は全然理解出来ていないということを伝えると、

「あんたと同じようなもんよ」

と一言で締められた。

同じ、というのはどれを指しているのか分からないが、ともかくエステリーゼも他の人とは少し違うということだろうか。
これ以上話す気の無さそうな2人に仕方なく、多分そうなんだろうと決め込んだ。

「ちょっと、ボクだけ仲間はずれなの? 何のことだよ、教えてよ!」

「大丈夫だよカロル君、俺も軽く除け者にされてるから」

「うそだぁ、だってアルノルド、雰囲気に溶け込んでるもん。どうせ知ってるんでしょ?」

拗ねるカロルの頭をよしよしと撫でてやると、カロルは子供扱いしないでよ! と更に機嫌を悪くしてしまった。
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