03.影を追い影に追われ

空がオレンジ色に染まり、建ち並ぶ建造物に影を落とす。窓には明かりが灯り始めるが、街はまだ行き交う人々で溢れている。

「ここがダングレスト、ボクのふるさとだよ」

「賑やかなとこみたいだな」

「そりゃ、帝都に次ぐ第二の都市で、ギルドが統治する街だからね」

ギルド=悪党というイメージを持っていたらしいユーリは、もっとじめじめしてるかと思ったと失礼なことを言う。
カロルがそれは偏見だ、と言うが、ユーリにそういうイメージを付けてしまう要因がギルドにあるのも確かだ。

例えば彼らの探している紅の絆傭兵団などのように、ギルドというのは血気盛んな者が多い、そして何より自由を好む。故に騎士のような規律を重んずる者を嫌う人間が大半だ。
自分もユーリ達が居なければこんな街に来ようとは思わない程に、ダングレストでは騎士は肩身が狭い。

「さて、バルボスのことはどっから手つけようか」

「ユニオンに顔を出すのが早くて確実だと思うよ」

「ユニオンとはギルドを束ねる集団組織で、五大ギルドによって運営されている、ですよね?」

「うん、それと、この街の自治もユニオンが取り仕切ってるんだ」

帝都に居れば楽に過ごせるのに、ここに住む人々はそれを嫌がり帝都から抜け出してくる。
だから何があったとしても騎士団はここに干渉しない、完全に独立した街だ。流石、故郷というだけあってカロルは詳しい。

「でも、いいわけ? バルボスの紅の傭兵団って五大ギルドのひとつでしょ?」

「ってことはバルボスに手出したら、ユニオンも敵に回るな」

「……それは、ドンに聞いてみないとなんとも」

「ドンって、天を射る矢のリーダーのドン・ホワイトホースか? 五大ギルドの元首の」

ギルドとほとんど関わりを持たない自分でも聞いたことのあるその名に、カロルは「アルノルドも知ってるんだ?」と目を輝かせる。

「んじゃ、そのドンに会うか。カロル、案内頼む」

「ちょっとそんな簡単に会うって……、ボクはあんまり……」

「お願いします」

エステルに強く言われ、カロルは仕方なくユニオンの場所を教える。
そうしてドンに話をつけるべく一行は歩き出したが、途中ユーリが動かないアルノルドを振り返る。

「……なんだ、あんたは来ないのか?」

「ギルドの本拠地に騎士が行くのは、流石にちょっとね。街中なら危険も無いだろうし、エステリーゼ様のエスコートは宜しく」

「あ、そっか。じゃあ後でね!」

一人になった事で余計居づらくなってしまったが、行って周りから視線の矢を受けるのはご遠慮したいところだ。
かといってこのまま道の真ん中に突っ立っていることも店に入ることも出来ず、なるべく目立たぬようにと街と外を繋ぐ橋の手摺に座る。

最初は剣の手入れをして時間を潰していたが、それも終わり完全にやることの無くなったアルノルドは、目の前を通りすぎていく人々をぼーっと眺めていた。
すると視界に見覚えのある紫色の羽織が映り、目で追ってみればそれはリタの恨みを買っている胡散臭い中年男性だった。一瞬目が合ったかと思ったが、男はそのまま街の中に消える。

彼もこの街に用か、それともこの街の住人か? あちこちで会うあたり後者ではない気もするが、もしかしたらギルドの関係者なのかもしれない。

後でリタに教えてやろうか。あの男に振り回されたのは自分も同じなので、多少痛い目に遭わせてやりたいという気持ちが起こる。
激昂するリタに叩きのめされる男を想像していると、

「……ぅおっ!?」

ドォン!! と、突然大砲でも飛んできたかのような地響きと共に、座っていた橋が揺れ、危うく川に落ちかけた。

何だ何だと顔をあげれば、すぐ近くに魔物の群れが居て、結界に体当たりを繰り返している。

直ぐ様結界近くに武器を持った人が集まる。その対応の早さは騎士に負けるとも劣らずで感心していると、結界の光が電球のようにチカチカと点滅し始めた。

(……何だ? 結界魔導器の調子でも悪いのか…?)

まさか消えたりしないだろうなと近付いてみると、最悪のタイミングでその予想は的中してしまった。街と外の境目で暴れていた魔物が、結界を突き破って乗り込んで来たのだ。

正しくは破ったのではなく結界が消滅したのだが、どちらにせよまずい事態であることに変わりはない。魔物は次々と街に入り住民を襲い始める。

「たっ助けてくれぇ!!」

「パパ、ママぁ!!」

賑わいだっていた街は瞬く間に悲鳴の渦に吞み込まれる。
自分に飛びかかってくる魔物を薙ぎ倒しつつも街の中心部まで後退すると、丁度戻ってきたユーリ達と出くわした。

「おい、何があった!?」

「俺にもよくわからん! 急に結界が消えたとしか言いようがない」

「魔物の様子も普段と違いませんか?」

「来るよ!」

カロルの声に皆が武器を構える。
各々力を奮い魔物を殲滅していくが、それをものともしない量の魔物につい舌打ち。

「どんだけ居んだよこいつらは……!」

「すげーな。こんだけの魔物、どっから湧いてくんだ」

「ちょっと異常だよ……!」

「あ〜、ウザイ! 次から次へと……もぉっ!」

愚痴りながらも、一行は手を休めずに武器を振りかざす。

アルノルドの近くで女性が魔物にぶつかり転んだが、それを助ける事はしなかった。
自分は今エステリーゼの身を護る事が最優先事項だ。それにこの混乱の中でいちいち他の奴に構っている暇はない。

そう思って女性を視界から外すと、横をユーリの斬撃が通った。

「あ、ありがとうございますっ」

「礼はいい! 走れ!」

どうやら先ほどの女性を助けたらしい。しかもそれだけでなくユーリは手当たり次第に襲われている住民を助けて回っている。
殊勝な心掛けだが、それじゃキリがないだろうと周囲を見渡すと、一点だけ魔物の居ない妙な空間が目に入った。

その中心に居たのはガタイの良い老人だった。そのままこちらに向かって来るその男の後ろには、魔物の死骸で道が作られていく。

「さあクソ野郎ども、いくらでも来い。この老いぼれが胸を貸してやる!」

「ドンだ! ドンがきたぞ!」

「一気に蹴散らせ! 俺たちの街を守るんだ!」

助っ人の登場に街から歓声が起こる。ギルド員達は消えかかっていた戦意を取り戻し今一度魔物に向かっていった。

あれがドン・ホワイトホースか。想像よりもおっかない爺さんだな。
勇ましい戦いっぷりを観戦していたアルノルドの視界に、今度は見知った騎士が飛び込んでくる。

「フレン!」

「魔物の討伐に協力させていただく!」

「……フレンが何でこんなところに居るんだ?」

任務があるんじゃなかったのか、それともこれが任務に関係してるのか?
フレンだけでなく、その両脇にはソディアとウィチルが、背後には兵が並んでいる。

「騎士の坊主はそこで止まれぇ! 騎士に助けられたとあっては俺らの面子がたたねえんだ、すっこんでろ!」

「今はそれどころでは!」

街の入り口で、協力を拒絶したドンとフレンが言い争いを始めた。こんな時まで頑固な連中だ。

「ちょっとあんた! 何のんきに眺めてんのよ、さっさと行くわよ!」

「ん? 何だ?」

「結界魔導器を直しに行くのよ! このままじゃ拉致があかないでしょ!」

リタに服を引っ張られ、アルノルドは強引に連れていかれる。
もう少し二人のやり取りを見ていたかったのだが、エステリーゼの側を離れるわけにもいかないのでそのまま引き摺られていく。

魔物を蹴散らしてたどり着いたそこは、人の死体が転がり血にまみれていた。

「……もう手遅れです。なんてひどい……」

「どうだリタ、直りそうか?」

「これなら、なんとかなるかも」

リタは急いで復旧作業に取り掛かる。だが何処からともなく現れた黒装束の男達がその周りを取り囲んだ。

「結界は直させんぞ」

「おいおい、悪役っぽさが滲み出てるぞ?」

アルノルドは魔物の血を振り払って、躊躇いなく刃を男どもに突き刺す。
引き抜いて次の敵に斬りかかろうとして、しかしユーリに止められた。

「やめとけ、血に慣れてないお姫様が怯えてるぞ」

「……ああ」

そう言えばそうか、とエステリーゼが目をきつく閉じている姿に納得して、剣を鞘に納めそれを相手の腹部に叩き込む。
倒れ込んだ男達の後ろ首にトドメと言わんばかりに衝撃を与えてやると、ようやく静かになった。

「終わりましたよエステリーゼ様」

「……殺して、しまったんです?」

「鞘で叩いただけじゃ死にません、気絶してるだけでしょう」

ほっと胸を撫で下ろす相手に、やりにくいなぁと苦い顔をする。敵に情けなど不要だというのが自分のやり方なのだが、この旅の間はエステリーゼに合わせるしかないようだ。

「結界魔導器の不調はこいつらの仕業かよ」

「みたいだな、誰の差し金なんだか」

「えっ、誰かが裏で糸をひいてるってこと?」

「ただの悪戯にしちゃタチが悪すぎるからね」

予想だがその可能性は高いだろうとアルノルドは推測していた。
衝動的な犯行なら、わざわざこんな姿を隠すような衣装は用意しないだろう。何処の誰だか知らないがふざけた真似をしてくれるもんだ。

「こっちも大変な騒ぎだね」

「なんだ、ドンの説得はもう諦めたのか?」

悪役の次にやって来たのはフレンだった。
帝都に戻ると話していたにも関わらず此所に居る自分達に驚きもしないで、青年はこちらに一礼する。アレクセイにでも聞いたのだろう。

「魔物の襲撃と結界の消失、同時だったのはただの偶然じゃないよな?」

「……恐らくは」

「おまえが来たってことは、これも帝国のごたごたと関係ありってわけか」

「わからない、だから確かめに来た」

フレンの仕事について詳しく聞き及んではいなかったが、ユーリの言う帝国のごたごた≠ニ今回の件の関連性を考えると1つだけ思い当たる節があり、フレンが来た理由はそれかとアルノルドには予想出来た。まあ答え合わせは後にでもしよう。

「……それが、あれで、これが、こう!」

黙って解析を進めていたリタが最後のキーを叩くと同時に、街の結界が回復する。その見事な働きをエステリーゼが称賛した。

「よし、外の魔物を一掃する! 外ならギルドも文句を言うまい」

「魔物の件はフレンに任せて、オレらはユニオンにバルボスの話を聞きに行くぞ」

「さっき聞きに行ったんじゃなかったのか?」

「着く前にこの事態になったもんでね」

別れてから魔物の襲撃に遭うまでそれなりに時間はあいていたと思うのだが。
途中で寄り道でもしていたのかと聞けば、何故かカロルが苦笑した。

「……? まあ、それなら俺はフレンを手伝ってくるよ。終わったら声かけてくれ」

「わかった、待たせてばっかで悪いな」

「なるべく早く戻りますね」

走り去っていく一行を見送りながら、まあやる事がないよりは良いかとアルノルドはフレンに倣って魔物の討伐に向かった。
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