03.影を追い影に追われ

「待たせたな、お疲れさん」

せっかく磨いた刃がまた血塗れになってしまった頃。
かなり数の減った魔物と未だ応戦する人の間を潜り抜けてやってきたユーリ達を見て、アルノルドは剣をしまう。

「随分頑張ったみたいだな」

「いや、頑張ったのはほとんどフレンやギルドの人達だよ。そっちは? 有力な情報を恵んで貰えたのか?」

「それが……」

カロルの説明によれば、ドンとは丁度入れ違いのようになってしまったらしい。
押し寄せてきた魔物の巣を叩きに行ったらしいが、その場所がわからないので、先にケーブ・モック大森林で用事を済ませようということで話はまとまったということだった。

「それでいいです?」

「構いませんよ。じゃあ帰りにまた此所に寄ればいいんですね」

「お願いします」

大物だけあって話を聞くことだけでも難しいって感じだな。
用事を済ませて帰って来た時にはちゃんと居てくれますようにと、待たされてばかりで気の滅入ってきたアルノルドは願った。






大森林はそれほど遠くはなく、エステリーゼの呼吸が乱れることもないうちに着いた。
生い茂る木々達はどれも遥か天に向かって伸び、その巨木をエステリーゼが見上げる。

「世の中にはこんな大きな木があるんですね……」

「けどここまで成長すると、逆に不健康な感じがすんな」

例えるならそれは長年放置された建物に蔓が巻き付いているようなものだった。
その成長は明らかに異常で、リタはカロルが言っていた通りだと頷く。

「ならやっぱり、此所に何かあるのかもな」

「その可能性が高いわね……」

ざっと見た感じでは何もないが、奥に進めば何かわかるかもしれない。
さっさと済ませて帰ろうと一歩を踏み出すと、最後尾に居たカロルが何かの気配に気付いた。

「気をつけて……誰か居るよ」

誰かって、こんな場所にか?
ダングレストで片付けた奴らの仲間だろうか。気配からして数は多くはないと思うが、皆は警戒しつつ相手が現れるのを待つ。

しかし出てきたのは、ダングレストで見かけた中年男性だった。
その姿を見た瞬間、緊張感が崩れ去る。

「よっ、偶然!」

これだけ頻繁に出会すと偶然とは思えないんだが。ストーカーでもしてるんじゃないかと訝しげに男を見る。

「こんなとこで何してんだよ?」

「自然観察と森林浴って感じだな」

「うさん臭い……」

リタが殴りかかるんじゃないかと思ったが、当人は興味無さげに白い目で相手を見るだけだった。それを少し残念だと思ってしまうあたり自分もなかなかにあの男に対して嫌悪感のようなものを抱いているらしい。

いや、嫌悪感、というより、苦手というべきか。

ただのちゃらんぽらんなおっさん、と言ってしまえばそれはそう見えるのだが、こういう人間は逆に掴み所が無い。
ふざけたフリして何を考えているのかわからない、そんな理由と今まで騙されたことも含め、アルノルドは相手となるべく関わりたくないと感じていた。

だが話はそんな心境とは裏腹に思わぬ方向へと進んでいく。

「あれ? 歓迎されてない?」

「本気で歓迎されるなんて思ってたんじゃないでしょうね」

「そんなこと言うなよ、俺役に立つぜ」

「役に立つって、まさか一緒に来たい、とか?」

「そうよ、1人じゃ寂しいしさ。何、ダメ?」

勘弁してくれ。レイヴンの発言にアルノルドの顔がひきつる。
あんたみたいな正体不明の超不審者をエステリーゼの側になんて置いておけるか。今でさえ楽な仕事ではなのにこれ以上気苦労を増やすな。

心の中で早く立ち去れと念じるが、レイヴンは皆の冷たい言葉など気にしていないといった様子で後ろを着いてくる。

「まあ俺のことは気にせず、よろしくやってくださいよ」

「宜しくしたくないんですがね……」

「どうします?」

「おっさん、なんかオレらを納得させる芸とかないの?」

「俺を大道芸人かなんかと間違えてない?」

言いながらも、レイヴンは少し考えて、カロルを呼びつける。
呼ばれたカロルが素直に従うと、そのまま2人でどこかに行ってしまった。

え、誘拐? 誘拐か?
小さな少年をおっさんが連れていきましたという光景は警察、もとい騎士であるアルノルドの目にはそんな風に見えた。
だが暫くしてレイヴンだけが戻ってくる。

「ん? カロルはどうしたんだ、おっさん」

皆の疑問を代表してユーリが聞くと、直後、森の奥からカロルが叫び声と共に走ってきた。

「う、う、うわぁあっ! ちょっと、一人にしないで〜!!」

「ほら、ガンバレ少年!」

「……何だあれ」

カロルは通常の数倍もある巨大な昆虫に襲われていた。
あれも植物の異常な成長と同じ理由でああなっているのだろうか、何にせよ今はそれどころでは無いが。

「くっ、くそぉおっ! も、もうイヤー!」

戦おうとハンマーを構えていたカロルだったが、結局逃げ出してしまう。
これは助けてやった方がいいかとアルノルドは剣の柄を掴んだが、先にレイヴンが動いた。

レイヴンは弓を構え、矢を一本放つ。それは見事に当たったが、昆虫は涼しい顔をしている。

そりゃ、一発じゃ死なないだろ。何がしたいんだこのおっさんはと益々不信感を膨らませていると、レイヴンは「もうそろそろかね」と呟いた。

そして、

「はっ!?」

「うわっ!」

突如、昆虫が爆発し粉々になる。
塵芥と化したそれを見て、アルノルドは唖然とした。

「な、何したんです!?」

「防御が崩れた瞬間打ち込んで、中からボン! てね」

「まったく……悪趣味な芸ね」

悪趣味な芸。いや、そんな可愛いもんじゃないだろう今のは。

見たこともない技に男への警戒が一気に高まった。今のをもし自分に当てられたらと思うと気が気ではない、危険すぎる。
しかしエステリーゼはあろうことか「いいんじゃないでしょうか?」と言い出す。

「エステリーゼ様……、あの男と行動するのはちょっと……」

「? どうしてです?」

「いや、だって素性もよく知らない訳ですし、俺はあまり信用出来ないんですが……」

「変わった方だとは思いますが、わたしには悪い人には見えませんでしたよ?」

それはあなたの目にそういうフィルターがかかっているからではないでしょうか。
世の中の汚れを知らぬ純粋な目には、あんな男でさえ綺麗に映るのだろうか。

「で、どうするんだ?」

「私はいいと思います」

「……いいのか?」

「ええ」

頷くエステリーゼに、ユーリは次いでこちらを見る。
エステリーゼに見られている為はっきりと拒絶は出来なかったが、こちらの表情から抵抗を感じ取ってくれたらしいユーリは、

「傍においといた方が、下手な真似しやがったときに色々やりやすいんじゃないか?」

と、どちらの意思も尊重した意見を述べた。
確かにそれもそうか、と少し納得し、悩んだ結果同行することを許可する。

「……初対面でいきなり失礼ですけど」

宜しくお願いしますとレイヴンと挨拶を交わしたエステリーゼが、こちらの声が聞こえない程度に離れたのを確認してから、アルノルドは男に近付く。

「ん? なになに? さっきの技に惚れて、サインでも欲しいとか?」

「貴方がどういうつもりで付き纏っているのか知りませんが……少しでも妙な動きをすれば容赦はしませんので」

相手の冗談を受け流して低いトーンで言うと、レイヴンは「偶然だってば」と変わらず軽い声で言った。

「おたく見たところ騎士でしょ? 何であのお嬢ちゃん達と一緒に居んの」

「それを貴方に言う必要がありますか?」

「いんや。ま、言いたくないならいーんだけどね。……元気? 仕事楽しい?」

「はい?」

何の話だ一体、と脈絡のない質問に眉をひそめる。
そういう会話は慣れ親しんだ奴と久しぶりに会った時にでもするようなものだろう、名も知らないであろう奴にそんなことを聞いて何になるんだ。

「仕事に楽しいも何もありませんけど」

「あらま、若いのに冷めてるねぇ」

「すみませんねつまらない奴で。そういう貴方はどういったご職業で?」

「俺? 俺はそうだなぁ……世の女性に愛を振り撒く罪深き色男……って、ちょっと?」

おーい、と後ろから呼ぶ声を無視してスタスタと先を行く。
正体を暴こうにもまともな会話が出来そうにない、なら話さないのが一番だ。

そうしてエステリーゼの元に戻ったアルノルドの後ろ姿を見ながら、残されたレイヴンはぽつりと言った。

「……見ないうちに随分と荒んじゃって」

せっかく丸くなっていたのに、また入団当初に逆戻りかと、自分と初対面だと言っていたかつての部下にやれやれと溜め息を溢して、レイヴンはその後をついていった。
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