03.影を追い影に追われ
そんなこんなでレイヴンを快く、とはいかないものの、共に行動することを黙認することにした一行は、森の最奥で不思議な光景を目にした。黄色い光が地面から滲み出るように溢れ、周辺をオレンジ色に染める。
それはヘリオードでの騒ぎの際に見た光景と似ていたが、それよりも一際輝いているように見えた。
アレクセイの考えは間違いでは無かったようだ、エアルと分かっていても神秘的なその光景に少し惚けていると、ダングレストと同じように、背後から魔物の群れがやって来る。
「木も、魔物も、絶対あのエアルのせいだ!」
「ま、また来た!」
倒しても倒してもその数は減らない。いくら強くはない相手とはいえ、流石にこう連戦ばかりでは疲れてしまう。
体力が何処まで持つか……と先の見えぬ戦いにうんざりしていると、突如上空から銀髪の男が降ってきた。
男は綺麗に着地すると、手に持っていた立派な剣を高々と掲げた。刹那、眩い光に視界を奪われる。
白に染まる世界。次に目を開いた時には、辺りに居た魔物の群れは跡形もなく消え去っていた。そしてオレンジ色の光は黄色に、つまりエアルの暴走も同時に収まっていた。
一体何が起こったのか、銀髪の青年に皆の視線が集まる。
「誰……?」
「デューク……」
ぽつりとレイヴンが溢した言葉は誰の耳に届くことも無かった。
男はそのまま何も言わずに立ち去ろうとするが、こちらがそれを許す筈がない。最初に口を開いたのはリタだった。
「ちょっと待って! その剣は何っ!? 見せて! 今、いったい何をしたの? エアルを斬るっていうか……、ううん、そんなこと無理だけど」
「知ってどうする?」
「そりゃもちろん……いや、それがあれば、魔導器の暴走を止められるのかと思って……。前にも魔導器の暴走を見たの。エアルが暴れて、どうすることも出来なくて……」
悔しそうに話すリタに、表情に変化を見せない青年は足を止めて向き直る。
「それは歪み、当然の現象だ」
「ひず…み……?」
「あ、あの、危ないところをありがとうございました」
歪みって何、と言いたげなリタの隣で、エステリーゼは戸惑いながらも男に軽く頭を下げる。
「エアルクレーネには近付くな」
「エアルクレーネって何? ここのこと?」
「世界に点在するエアルの源泉、それがエアルクレーネ」
「エアルの……源泉……」
男の言葉の1つ1つを記憶し、それらを自分のもつ知識と合わせて答えを導き出そうと考え込むリタ。
アルノルドは専門家のリタですら知り得ないような事を知っている男の方が気になった。
それに。目の前の青年にアルノルドは既視感を覚える。
自分の知り合いに思い当たるところはないが、誰かに似ているだけだろうか?
「あんた、一体……。こんな場所だ、散歩道ってこともないよな?」
「…………」
黙秘する相手に、ユーリもそれ以上詮索することなく礼を述べる。青年はそれに応じることもなく去っていった。
結局何が目的だったのか、何故こんな場所に居たのか、あの剣は何だったのか。疑問は疑問のまま皆の中に残った。
「……ここだけ調べてもよくわからないわ、他のも見てみないと」
「他のか……。さっきの人、世界中にこういうのがあるって言ってたね」
「それを探し出して、もっと検証してみないと確かなことは何もわかんない」
探し出してって、何のヒントも無いのにか。
よくよくまあそこまでやる気が出るもんだと、全く興味の湧かないアルノルドは自分がそれに巻き込まれませんようにと密かに祈った。
「うわっ、何!? また魔物の襲撃?」
「いい加減しつこいな……」
目的を達成し、さてダングレストに戻るかと帰路を辿っていた一行は、突然の地鳴りに足を止めた。
本日何度目かわからぬ魔物の大群が、頭上を、横を通り過ぎていく。
それらが過ぎ去るのを待ってから周囲を確認すると、先に人の姿がある事に気づいた。
「あ……あの人たち……」
「ドン……!」
目を惹いたのは白髪の老人で、僅かに喜ぶカロルとはうってかわってアルノルドは「げ、」と嫌そうな声を出す。
関わらないようにしていたのに運が悪いというか何というか。
「何でえ、また騎士か? てめえらが何かしたのか。」
「……まあ一応騎士ですけど、別に俺は何もしてませんし、する気もありません。今はただの護衛役ですから」
「護衛?」
「あ……いや、まあ、色々ありまして」
ハハハと笑ってはぐらかすと相手はそれ以上聞いてこなかった。
エステリーゼのことはなるべく公言しない方がいい、特に帝国に敵対心を持つギルドの連中には。
「誤魔化すのが下手ねぇ」
「悪かったですね……、って、何隠れてるんですか」
背後から小声で茶々を入れてきた自分より小さい体が、背に張り付くようにして前方をうかがっている。本当にこのおっさんは何がしたいのか。
「何かって何だ?」
「暴れまくってた魔物が突然大人しくなって逃げやがった、何ぃやった?」
「ボクたちがエアルの暴走を止めたから、魔物も大人しくなったんです!」
いつもより張り切った声で報告するカロル。正しくは自分達ではなく謎の銀髪美青年がやったのだが、憧れの人物の前では良い格好をしたいのだろうと訂正はしないでおいた。
「エアルの暴走? ほぉ……」
「何おじいさん、なんかあんた知ってんの!?」
仮にもギルドのトップにその口の聞き方は流石というか、ある意味大したもんだと相手の反応に食いついたリタにアルノルドは苦笑する。
ドンは古い友人からそんな話を聞いたらしい。その友人というのは、ノードポリカという街の闘技場の首領を務めるベリウスという人物らしい。
「で? エアルの暴走がどうしたって?」
「本当大変だったんです! すごくたくさん強い魔物が次から次へと、でも……!」
「坊主、そういうことはな、ひっそり胸に秘めておくもんだ」
「へ……?」
「誰かに認めてもらうためにやってんじゃねえ、街や部下を守るためにやってるんだからな」
熱弁していたカロルに冷や水のごとく厳しい言葉がかけられて、いさめられたカロルは勢いを無くし悄気てしまった。容赦ない爺さんだ。
「ご、ごめんなさい……」
「ちょっとすみません、見せて下さいますか?」
「ん? 何だ?」
「エステリーゼ様?」
二人の間に割って入るように前に出たエステリーゼは、負傷していたドンの部下を治癒し始めた。
また無茶をして倒れないで下さいよとアルノルドも動くと、
「……ん? そこにいるのはレイヴンじゃねえか。何隠れてんだ!」
背後に隠れていた男がドンに見つかり、突発的かくれんぼに負けたレイヴンが舌打ちをする。
「うちのもんが他人様のとこで迷惑かけてんじゃあるめえな?」
「迷惑ってなによ? ここの魔物大人しくさせるのにがんばったのよ、主に俺が」
嘘つけ、あんたはただ後をついてきていただけだろうが。
天を射る矢の一員なのかという疑問より先に頭に浮かんだのはそんな悪態だった。
「いてっ、じいさんそれ反則……! 反則だから……!」
「うるせぃっ!」
「ドン・ホワイトホース、会ったばっかで失礼だけど、あんたに折り入って話がある」
中年男性が初老男性に刀の柄でつつかれる、という誰も得しない光景を遮ってくれたのはユーリで、ドンはユーリに名乗らせると面白い玩具を見つけた子供のような目をした。
「ユーリか、おめえがこいつらの頭って訳だな? 最近どうにも活きのいい若造が少なくて退屈してたところだ。話なら聞いてやるが、代わりにちょいとばかり面貸せや」
「あちゃー、こんな時にじいさんの悪い癖が……」
まるで不良番長のようなドンの発言にレイヴンが額を押さえる。
どうやら血気盛んなギルドの首領はユーリの腕試しをしたいらしい。その申し出にユーリはドンとやりあう機会などなかなかないからなとやる気満々で剣を抜いた。こちらもこちらで血の気が多い。
「おめえもどうだ? 護衛ってこたぁ、腕っぷしはあるんだろう」
「遠慮しておきますよ、うっかり殺されそうですから」
口調は軽いがその言葉に乗った気持ちは重く、受け取ったドンは「つまらねぇ野郎だ」と吐き捨てるとユーリに斬りかかった。
「ノリの悪い子は嫌われるわよ?」
「……さっさと避難してた貴方に言われたくありませんね」
話がドンの道楽に向かい始めたのを悟って退散していたレイヴンはいつの間にか隣に座っていた。
ぶつかり合う刃を眺めながら、アルノルドはなるべく相手と距離をとろうと横に移動する。
「そうあからさまに避けられると、おっさん悲しいわ」
「親しくする必要はないと思ったもので」
「まあそんな冷たいこと言いなさんな、ほれ、ここ座って。お互いのリーダーの勇姿でも見物しようじゃないの」
「俺はユーリ君達のギルドのメンバーでは無いですって……」
腕を引かれ強引に観戦に巻き込まれたアルノルドは内心とても疲れていた。
もう嫌だもう帰りたい、この男に絡まれるのが苦痛で仕方ない。
好きか嫌いかで言えば完全に嫌いだと、陰鬱としながらユーリの刀が弾かれるのを見ていた。