03.影を追い影に追われ
「ちいっ、まだまだ!」「おおっと、ここまでだ。これ以上は本気の戦いになっちまうからな」
手合わせが終わり、やっと話を聞いて貰える時が着たと立ち上がる。
だがドンの元に部下の1人がやって来て何かを耳打ちし、何かの知らせを聞いたらしいドンは、
「すまねぇな、急用でダングレストに戻らにゃならねえ」
と、こちらの願いを申し訳なさそうに断った。
ユニオンを訪ねれば優先して話を聞いてくれると約束しては貰えたのだが、街で待たなくて済んだと思い込んでいたアルノルドはがっくりと肩を落とした。
「まあ、そう落ち込みなさんなって」
「……貴方は一緒に行かなくていいんですか?」
部下を先導し森を出ていく天を射る矢の後を、皆はのんびりとした足取りで着いて行く。
急用という言葉の通り小走りで先を行くドン達に対し、まるでこちらの仲間だとでも言うようにレイヴンはアルノルドの隣を歩いていた。
「ん? おっさんが一緒の方がいいと思うけど。また1人で待たされるのも嫌でしょうよ、俺が居れば少しは周りの目も和らぐってね」
つまりユニオンに入りやすいように、ダングレストで肩身の狭い思いをせぬようにと気遣っているということだろうか?
有難いと言えば有難いが…、
「……気持ち悪いんですが」
「親切にしただけなのにそりゃないでしょうよ……」
嫌味ではなく。アルノルドは口を開いて、閉じた。
この男がただ単に人に親切にするように思えないからだとか、何か裏があるんじゃないかという意味だったが、きっと聞いたところで正直に言うということもなさそうだ。
「……ならお言葉に甘えて」
それならそれでこちらも利用してやるだけだ。
エステリーゼのような人間よりこちらの方がやり易いと、しかし相手への嫌悪は変わらないままアルノルドは微笑して答えた。
「よぉ、てめぇら、帰ってきたか」
言葉の通り、レイヴンと共にユニオンを訪れたアルノルド達は、椅子に深々と腰かけるドンの前に騎士が立っていることに、しかもそれがフレンだということに先ず驚いた。
「……ユーリ、アルノルド隊長」
「なんだ、てめぇら、知り合いか?」
自分とフレンが服装からして仕事仲間というのは分かるだろうから、ドンの質問はユーリとの関係だけを指すものなのだろう。
振り返っていたフレンは視線をユーリからドンに戻す。
「はい、古い友人で……。ドンもユーリと面識があったのですね」
「魔物の襲撃騒ぎの件でな。で? 用件はなんだ?」
「いや……」
フレンは言いにくそうにこちらを見る。
その用件は恐らく仕事絡みなのだろう。無関係のユーリ達の前では話せない、といったところか。
だがこちらが紅の絆傭兵団について聞きに来たと話せば、フレンは自分もバルボス絡みだと言った。
「ユニオンと紅の絆傭兵団の盟約破棄のお願いに参りました。バルボス以下、かのギルドは各地で魔導器を悪用し、社会を混乱させています。ご助力いただけるなら、共に紅の絆傭兵団の打倒を果たしたいと思っております」
「……なるほど、バルボスか。確かに最近の奴の行動は少しばかり目に余るな、ギルドとしてけじめはつけにゃあならねえ」
「あなたの抑止力のおかげで、昨今、帝国とギルドの武力闘争はおさまっています。ですがバルボスを野放しにすれば、両者の関係に再び亀裂が生じるかもしれません」
「そいつは面白くねえな」
つまり相互利益の為に手を組もうということらしい。
騎士が丸々かかっても潰せないほど紅の絆傭兵団は厄介だということか。ただの魔核泥棒だと思っていたが、傭兵団と言うだけの実力はあるらしい。
だが戦争こそ起きていないものの、普段から犬猿の仲である両者が果たして上手く手を組めるだろうか? ドンが言えば皆は黙って従う程、目の前の老人の支配が行き届いているということならばいいが。
「協力ってからには、俺らと帝国の立場は対等だよな?」
「はい」
「ふんっ、そういうことなら帝国との共同戦線も悪いもんじゃあねえ」
「では……」
「ああ、ここは手を結んで事を運んだ方が得策だ」
交渉は上手くいったらしい。ドンは部下にいざという時にノードポリカにも協力して貰えるよう、ベリウスにも連絡をしておくよう命じた。
「なんか大事になってきたね……。アルノルドは話に混ざらなくていいの?」
「うーん……、まあ、俺の仕事じゃないからなあ」
エステリーゼの護衛をしている今の自分には関係の無い話だろうから、と小さな少年に話す。
本部から協力要請でも来れば別かもしれないが、フレンが居るならある程度は何とかなるだろう。
「こちらにヨーデル殿下より書状を預かって参りました」
「ほぉ、次期皇帝候補の密書か。読んで聞かせてやれ」
ドンはフレンの差し出した手紙をレイヴンに渡す。レイヴンはその文面を見て何やら怪訝な顔をした。
その理由は密書の内容。
「……ドン・ホワイトホースの首を差し出せば、バルボスの件に関しユニオンの責任は不問とす=v
――安穏としていた空気が、瞬間的に凍りついた。
周りの人々も、ユーリ達も、自分も、書状を渡したフレンでさえも、耳を疑った。
「何ですって……!?」
「うわはっはっは! これは笑える話だ」
アルノルドはレイヴンから返された書状をフレンと共に確認する。
そこには確かにレイヴンが読み上げた通りの文が書かれていた。
「どうやら、騎士殿と殿下のお考えは天と地ほど違うようだな」
「これは何かの間違いです! ヨーデル殿下がそのようなことを……」
フレンの言う通り、あの殿下がこんなことを言うとは思えない。
だがヨーデルを良く知らないギルド側の人間からすれば、そんな言葉は通用しなかった。
「おい、お客人を特別室にご案内しろ! そっちの兄ちゃんもだ!」
「……最悪だなこりゃ」
「ドン・ホワイトホース、聞いてください! これは何者かの罠です!」
騎士団とは何と面倒なものだろうか、同じ騎士というだけでフレンと一緒に牢屋行きとは。
抵抗すれば余計に相手を刺激してしまうからと、アルノルドは大人しくドンの部下に連れられて行った。遠ざかる部屋からドンの怒声が聞こえる。
この書状は十中八九ヨーデルが書いたものではない。なら何だ、やはり罠か? ギルドと騎士団をぶつからせたい奴が、どうにかして書状をすり替えたとか……。
牢に着くまでアルノルドは悶々と考えていた。
「すみませんアルノルド隊長、僕の不手際のせいで巻き込んでしまって……何と謝ればいいか……」
「それはもう過ぎた事だから仕方ないけどな……。あの書状、預かってから今までずっと持ってたのか?」
「はい。ですがトリム港でアルノルド隊長達と別れた後、またバルボス達に襲われて……
その時にでもすり替えられたのだと思います」
やっぱり偽物の書状か。土下座しようとしたフレンを止めて思考する。
バルボスは結局何が目的だ? 騎士団とギルドを衝突させたいのだろうということは分かるが、何故それをさせたいのか。バルボスということはまた裏にラゴウが居るのだろうか。
(……待てよ? ラゴウ……ラゴウって確か……)
以前奴と相対した時の事を思い出す。
あいつは評議会の人間で、奴にとって騎士団は邪魔者だ。カプワ・ノールで派手に屋敷を壊した事に対しても憎しみを抱いているかもしれない。
なら奴の狙いは騎士団の弱体化か。それだけではないかもしれないが、何にせよやはりあの時逃がすべきではなかったと、己の失態を悔いる。
「で、どうやって出るかな……」
アルノルドは頑丈な鍵のかけられた鉄格子をガンガンと叩いた。
壊そうにも武器は来る途中に取り上げられてしまったし、ピッキングなんて器用な真似は出来ない。
参ったなと途方に暮れていると、入り口の方からかすかに足音が聞こえた。