03.影を追い影に追われ

「捕まった割には元気そうだな」

ユニオンの人間かと思ったが、現れたのはユーリだった。
彼はフレンと一言二言言葉を交わすと、剣で牢の鍵をぶち壊す。

「これ、あんたのだろ」

「ん? ……ああ、そうだな。助かるよ」

アルノルドは投げ渡された剣を掴んで、どうもなっていないかと鞘から出して光に当てる。
相変わらず血で汚れてはいるものの、異常が無いことを確認してそれを腰に納めた。

「エステリーゼ様は外か?」

「ああ。今なら見張りも居ねぇから、出るならとっとと出た方がいいぞ」

「……そりゃどうも」

わざわざ助けに来たのか。まあ、だとしたら自分じゃなくてフレンの為だろうが。
ユーリはまだフレンに話があるからと残るらしく、アルノルドは先に1人ユニオンを抜け出す。

ユーリの言った通り人気はなく、難なく街まで戻れた。
外では魔物との戦いや一方的に襲われ怪我をした人々が地面に座り込んでおり、その間をエステリーゼが駆け回っている。

手から発せられている淡い光が皆の傷付いた体を癒していたのを見て、治療をしてあげているのだろう事が分かったアルノルドは、止めても聞かないだろうからと黙って終わるのを待った。

「アルノルド! 大丈夫でしたか!?」

最後の1人を治し終え、エステリーゼはようやくこちらに気付く。
怪我が無い事とフレンも無事だという事を伝えると、少女は安堵し表情を和らげた。

「でも、フレンは一緒じゃないんです?」

「多分もうすぐ来ると思いますが……、そういえば、他の皆は何処に……」

「ちょっと、待ちなさいよ!」

リタやカロルの姿が見えないと周辺を見渡していると、丁度リタの声が聞こえそちらを見る。
するといつか見た赤眼の大男と同じ服を着た連中が、すぐ近くを駆け抜けていった。

「――紅の絆傭兵団か!」

自分の計画が上手くいったかどうかを確認しようとでもしたのだろうか。全速力で逃げる男達を、リタとラピードが追いかける。

「あっ、アルノルド! 無事だったんだね!」

遅れて、大きなカバンを振り乱しながらカロルもやって来た。

「ねえっ今、紅の絆傭兵団が……!」

「知ってるよ、リタとラピードが追ってる」

ほどなくしてユーリも戻り、皆が揃ったところでリタ達の後に続いた。

一人と一匹は壁に張り付き、裏通りにある建物を見張っていた。その光景は明らかに怪しく、何も知らない人から見ればこちらが不審者のようだ。

中にバルボスが入っていったらしい。恐らくはそこが彼らのアジトか何かなのだろう。
せめて近くで様子を窺いたくても、入り口は見張りで固められている。

策も浮かばず立ち往生していると、再びどこからともなくあの男がやって来た。

「いーこと教えてあげよう」

「……いい加減捕まえますよ」

絶対ストーカーだ、目的はわからないけど。
いい加減にしてくれと顔を覆うこちらを微塵にも気にしないレイヴンは、皆の背を押すようにして酒場へと入った。

「なんだ、ここは」

「ドンが偉い客迎えて、お酒飲みながら秘密のお話するところよ」

酒場の奥の部屋に通された一行に、自分達が下手を打たないようにドンに見張りを頼まれたと男が語る。

つまりここで大人しくしていろということか、とユーリが問うと、レイヴンは部屋の一角に目を向けた。そこには入り口とは別の大きな扉が1つ。

「この街の地下には複雑に地下水道が張り巡らされてる。その昔、街が帝国に占領された時、ギルドはこの地下水道に潜伏して、反撃の機会をうかがったんだと」

「へえ……初耳だな」

「ん? 騎士なのに知らないのか?」

「帝国生まれって訳じゃないし、歴史の勉強はしてこなかったもんでね。……で、ここがその地下水道に繋がってるとかいう話じゃないでしょうね?」

「そのまさかよ。で、ここからこっそりと連中の足元に忍び込めるって寸法なわけよ」

今までの体験からしてまたデタラメな情報なんじゃないかと睨む。故に保険、になるかはわからないが、レイヴンも連れていく事にして扉を開いた。

中は暗く、数メートル先すら見えない闇だった。たまたま落ちていた光照魔導器をリタが拾い上げ、それを光源にする。
そのまま敵を避けつつ奥へと進むと、壁面に何かの文字が刻まれているのを見つけた。

「……かつて我らの父祖は民を護る務めを忘れし国を捨て、自ら真の自由の護り手となった。これ即ちギルドの起こりである。――しかし今や圧政者の鉄の鎖は再び我らの首に届くに至った。我らが父祖の誓いを忘れ、利を巡り互いの争いに明け暮れたからである。――故にに我らは今一度ギルドの本義に立ち戻り、持てる力をひとつにせん。我らの剣は自由のため、我らの盾は友のため、我らの命は皆のため。ここに古き誓いを新たにす」

「ねえ……これってユニオン誓約じゃない?」

長い文を朗読したエステルにカロルが言う。ドンがユニオンを結成した時につくられた標語のようなものらしいが、

「自分たちのことは帝国に頼らないで自分達で守る。そのためにはしっかり結束し、お互いのためなら命もかけよう、みたいなことね」

「……綺麗事というか」

「ん? 何か言った?」

他人の為に命をかけようとか、手を取り合って頑張ろうとか、まるで少年漫画じゃないか? いい歳してよくそんな事を言ったもんだ。
そう思いながら、何でもありませんよとアルノルドは首を振った。

「ここ……アイフリードって書いてあります」

壁の文を目で辿っていたエステリーゼが下方を注視する。
アイフリードといえば前パティに会った時話題に上がった大海賊の頭の名だが、その名がどうしてこんなところにと皆が疑問を持つ。

「ドンが言うには、一応盟友だったそうよ。
でも頭の回る食えない人物で、あのドンですら相手すんのに苦労したってさ」

「へえ……まあ死して尚、騎士団を困らせるぐらいですもんね」

「それでも盟友とか言うあたり、大した器のじいさんだな、ドンってのは。……面白いもんが見れたが、今はバルボスだ。そろそろ行こうぜ」

ユーリが、ラピードが、エステリーゼが、リタが、そして少し名残惜しそうにカロルが壁の前を通過する。
アルノルドは壁に手をついてその文字をなぞっていた。

「どしたの青年? 置いてかれるわよ」

「いや……何かこういうのって……」

形にしてないと不安になるから、って風にも見えるんだけどなぁと、刻まれた誓いに目を細める。

例えばこれが無くなった途端にユニオンは崩壊したりしないのだろうか。まあそこまでこの誓いに依存しているわけではなさそうだが。手に触れる字を消してみたい衝動が僅かに湧き起こった。

だが勿論そんな真似が出来るわけもなく、指が壁から離れる。

「何よ?」

「いや、何でも。行きましょうか」

「……あのねアルノルドくん」

出口だろうか、ユーリ達が進んだ方向からうっすらと明かりが漏れている。
それを背に立つレイヴンの顔を、逆光になって見えないそれを、彼に初めて名を呼ばれたアルノルドは驚いた顔で見た。

「言う気がないなら最初から言いなさんな、気になっちゃうでしょーが」

「…………」

「……あれ、もしもーし? 聞いてる?」

「………はあ、わかりました……」

目の前でぶんぶんと手を振られ、やっと返した返事は何とも間抜けな声だった。


何だろうか、今名前を呼ばれた瞬間、何かを思い出しそうになったんだが。
遠い昔、ずっと以前にも、この男に呼ばれたことがあるような感覚。


まさか、そんな筈はない。だってこの男と会ったのは初めてで――


(……初めて、だよな?)

そういえば、ここまで顔をしっかり見ていなかった事に気付く。
でもまあこんな怪しい知り合いなんて自分は持たないだろうし、気のせいか。そう思ってアルノルドはレイヴンの顔をちゃんと確認しようとはしなかった。

だからこそ彼がレイヴンの正体に気付く事はこの時点ではまだなく、彼はそれがまさか数日前に「合わせる顔がない」と評していた元上司とは知らずに、紫の羽織に続いて暗闇から脱出したのであった。
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