04.黄昏に光る少女の泪
暗い地下道を抜けて、一行は再び地上へと舞い戻る。酒の匂いが充満したその空間に、まさかまた同じ場所に出てきたんじゃないだろうなと、アルノルドはレイヴンに目で問いかける。
「バルボスがアジトに使ってる街の東の酒場。つまりおたくらが忍び込もうとしてた場所よ」
「じゃあ、このどこかにバルボスが……?」
「上があるみたいだな……上がってみるか」
臆することなくずんずん進んでいくユーリの度胸に感服しながらも、アルノルド含め皆は木造の階段を上る。
音を立てぬように、と思ったが、上で何やら怒声――恐らくはラゴウのもの――が聞こえてきたので、それもいらぬ気遣いとばかりに一気に駆け上がった。
「悪党が揃って特等席を独占かいいご身分だな」
「そのとっておきの舞台を邪魔するバカはどこのどいつだ? ……ほう、船で会った小僧共か」
バルボスは椅子に深く腰かけたまま、目だけをこちらに向ける。
「この一連の騒動は、あなた方の仕業だったんですね」
「それがどうした。所詮貴様らにワシを捕まえることはできまい」
「大した自信だが、こっちはあんたのお陰で迷惑被ったんだ。多少穏便じゃなくても逃がす気は無いな」
「ガキが吠えおって」
バルボスが立ち上がると同時に皆は武器を構える。流石アジトに使っているとあって、あちこちからバルボスの手下がうじゃうじゃと湧き出てきた。
面倒だな、バルボス本人が直接かかって来ればいいものを。
武器を構えすらしないバルボスにアルノルドが苛立っていると、遠くから轟音が聞こえた。
「バカどもめ、動いたか! これで邪魔なドンも騎士団もぼろぼろに成り果てるぞ!」
直ぐに轟音の正体がよからぬ物だと、そしてそれはバルボスが絡んでいることだと理解し、カロルが慌てる。
「まさか、ユニオンを壊してドンを消すために……!」
「騎士団がぼろぼろになったら、誰が帝国を守るんです?」
「お忘れですかエステリーゼ様、こいつはラゴウが雇ってるんですよ。ラゴウは騎士団を煙たがっている評議会の人間です」
「なるほど。騎士団の弱体化に乗じて、評議会が帝国を支配するってカラクリね」
「で、紅の絆傭兵団が天を射る矢を抑えてユニオンに君臨する、と」
成る程。合理的というか、馬の合わなそうな2人が手を組むには充分に魅力的な作戦だ。
ただしその作戦が成就すればこちらは職を失いかねない。アルノルドは剣を握る手に力を込めた。
「騎士団とユニオンの共倒れか、フレンの言ってた通りだ」
「……あいつ意外と口軽いな。まあいいかもう」
「ふっ、今さら知ってどうなる? どうあがいたところで、この戦いは止まらない!」
「それはどうかな」
「そして、おまえらの命もここで終わり……」
「止まれーっ!! 双方刃を引け!! 引かないか!!」
バルボスの声と被さって、馴染みのある声と馬の嘶きが聞こえた。蹄が奏でる軽快な音が遠くから近づいてくる。
手綱を引いていたのはフレンだった。
彼は外で乱闘を始めていたギルドと騎士の間に割り込んで、一枚の紙を掲げる。
「私は騎士団のフレン・シーフォだ。ヨーデル殿下の記した書状をここに預り参上した! 帝国に伝えられた書状も逆臣の手によるものである! 即刻軍を退け!」
「ったく、遅刻だぜ」
口振りからフレンの動向をユーリは知っていたのだろう。フレンの良く通る声を聞きながら、安堵したように微笑している。
「ラゴウ、帝国側の根回しをしくじりやがったな!」
「ひっ……」
畏縮するラゴウに舌打ちをして、バルボスが部下に目配せする。すると周りを囲んでいた部下達は四散した。
「何だ?」
「ユーリ! あの人フレンを狙ってます!」
散り散りになった部下が窓の外にライフルを構える。
が、そこに金槌がクリティカルヒットして、ライフルは火を噴くことなく持ち主と共に地面に転がった。
「当たった!」
「ナイスだカロル!」
「ガキども! 邪魔はゆるさんぞ!」
ガッツポーズをしていたカロルにバルボスが巨大な銃でエアルの塊を打ち出す。
カロルは寸のところでそれを回避し、弾が当たった壁は大きな穴を開け、辺りに木材を飛び散らせた。
「うわわわっ!」
「きゃあっ!」
「エステリーゼ様!」
「逃げろ、出口に向かって走れ!」
皆を庇うように前にたったユーリに、エステリーゼが危ないと叫ぶ。前に出ようとする彼女を、アルノルドが制した。
「エステリーゼ様、危ないですから後ろに居てください」
「でもユーリが!」
「ユーリ君、盾なら俺がやるから、君はエステリーゼ様と一緒に逃げてくれ」
「そうかい、でも護られるのはガラじゃないんでね」
「エアルを再充填するまで少し間があるはず、その隙を狙って……」
リタの言葉を信じ、再度打ち出された弾を避けて、皆は一斉に出口へと走り出す。だが、
「……おい、何かおかしいぞ!」
「遅いわぁ!」
「うそ!? エアルの充填が早い!」
間を置かずして打ち出された弾に、アルノルドは咄嗟に前にいたエステリーゼを押し倒す。バルボスの攻撃がその体を掠めた。
「アルノルド!」
「大丈夫です、所詮はエアルですから」
服は傷んでしまったが、さして痛みは感じ無かった。こういう面ではこの体も便利なもんだ。
と、突然バルボスの体が部屋の反対側へと吹き飛ばされた。
部屋に新たに現れたのは、見慣れた青い竜。
「なんだありゃ」
「また出たわねバカドラ!」
「リタ、間違えるな。敵はあっちだ……!」
「あたしの敵はバカドラよ!」
「今はほっとけ!」
きょとん、としたのはレイヴン1人で、他は皆見覚えのある竜の出現に様々な反応を見せる。
リタはやはりまだ魔動器を壊された怒りがおさまっていないらしく、ユーリは彼女が飛びかかろうとするのを抑えている。
「お知り合い?」
「行く先々で出会うっていうだけですよ。貴方と似たようなものです」
「ちょっと、だから本当にわざとじゃないんだってば。寧ろそっちがあとつけてるんじゃないの?」
「そんなわけな――」
ない、と続くはずだった言葉は、突風によって塞がれてしまった。
室内に似つかわしくない強風、それを起こしていたのはバルボスが持つ剣だった。
剣と言ってもそれはまるでチェーンソーのようで、渦巻く風を纏っているように竜巻を起こしていた。
そしてその力でバルボスの身が地を離れる。
「うそっ! 飛んだ!」
「それは反則だろ……!」
「おーお、大将だけトンズラか」
遠ざかっていくバルボスを追うように、竜使いも部屋から飛び出す。そこにすかさずユーリが叫んだ。
「やつを追うなら一緒に頼む! 羽のはえたのが居ないんでね」
「あんたなに言ってんの! こいつは敵よ!」
「オレはなんとしても奴を捕まえなきゃなんねぇ。……頼む!」
巨大な竜がゆっくりと下降し、ユーリはそれに飛び乗った。あちこちで破壊行動ばかりする割には優しいもんだ。
「助かる!」
「待って! ボクたちも……!」
「こりゃどう見ても定員オーバーだ! おまえらは留守番してろ! ちゃんと歯磨いて、街の連中にも迷惑かけるなよ!」
「そんな……!」
「ユーリのバカぁっ!」
「フレンにもちょっと行ってくるって伝えといてくれ!」
成す術なく地団駄を踏むカロルと、不安げに竜の背に乗ったユーリを見つめるエステリーゼ。
最後の言葉はこちらを見て言っていたのでアルノルドが了承の意味を込めて軽く手を上げると、ユーリは竜使いと共に飛び立って行った。
「い、行っちゃったよ。どうするの!?」
「どうするもこうするも、追いかけるに決まってるでしょ!」
「あっリタ! 待って下さい!」
「えっ、ちょっと、置いてかないでってば〜!」
慌ただしく階段を下りていく面々。追いかけるのはいいが、果たして場所は分かっているのだろうか。
「皆行っちゃったわよ?」
「分かってますよ、それじゃあお元気で」
「もっと感謝のお言葉とかないの? 色々してあげたのに〜」
アルノルドは鼻で笑って、恭しく姿勢を正して敬礼した。
「ご協力有難う御座いました、天を射る矢のレイヴン≠ウん」
わざと強調して言えば、レイヴンはそれ以上何も言わなかった。
アルノルドはもう二度と会いませんように、と願いながら、足早に部屋を出ていった。