04.黄昏に光る少女の泪
そしてその数十分後。アルノルドは自分の願いなど叶う筈もなかったのだと、街の出口で待ち構えていた中年男性を見て思った。
「遅かったわねー、なかなか来ないもんだから心配したわよ」
「………行きましょうエステリーゼ様」
「え? でもあの人は……」
「いいですから」
アルノルドはエステリーゼの背を押して、レイヴンの前を素通り。
酒場を出て、ユーリの言伝をフレンに渡そうと街を駆け回っていたのが悪かったのか。このおっさんがいつから待っていたか知らないが、もっと早く出ればあるいは出会わなかったかもしれないのに。
「ちょっと、無視するこたーないでしょうよ」
「レイヴン、天を射る矢に帰らなくていいの?」
「それが聞いてくれよ。ドンがバルボスなんぞになめられちゃいけねえ、とか言い出して。いい迷惑よ」
「なら1人で行けばいいでしょう」
「旅は道連れ世は情けって言うじゃない、これも何かの縁だって」
その縁を切るハサミが欲しい。アルノルドはそれを天に願おうとして止めた。さっき願いが切り捨てられたばかりだ。
「バルボスの向かった場所とか知りたくないの?」
「何よ、あんた知ってるの?」
「まーね、ガスファロストっていう塔があるんだと。道は聞いてきたから着いておいで」
すたこらと身軽そうに歩き出すレイヴン。何であんなに元気なんだ、いい歳なんだから大人しくしといてくれればいいものを。
「相変わらず胡散臭い……」
「でも、ボクたちだけじゃ場所分かんないし……」
「着いていってもいいんじゃないでしょうか? さっきだって助けてくれましたし、きっと大丈夫ですよ」
「だといいんですけどね……」
助けてもらった回数と騙された回数を天秤にかけると、後者の方が傾いてしまう。信頼するにはまだまだ足りなかった。
「ほらほら、急がないと青年が危ないわよー」
「そうですね、行きましょう!」
まあドンとあれだけ親密にしているのだから、天を射る矢に所属しているということは嘘ではないのだろう。
もしこれで相手が妙な真似をすれば、ユニオンに責任を追及すればいい。
「レイヴンさん」
「おっ、やっと名前で呼んでくれたわね」
「仏の顔も三度までですよ」
「……あれ、信頼してくれたかと思ったのに」
大袈裟に喜びを表現しようとしたレイヴンががっくりと頭を垂れる。
アルノルドはそれを無視して先に進んだが、数歩先で立ち止まった。
「……あの、先に行ってくれないと道が分からないんですが」
「……さいですか。ほんと、おっさんを何だと思ってるの」
あーあーと愚痴りながら先頭に立ったレイヴンに、アルノルドは黙ってその後ろを歩いた。
なるべく自然に、エステリーゼとレイヴンが近付くのを阻止しながら。
しばらくして、レイヴンの言葉通り塔が見えてきた。
だが正門は固く閉ざされており、外敵の侵入を阻んでいる。
「他に入れそうなところはありませんね」
塔の周りをぐるりと一周してからアルノルドが伝える。
「外で待つか?」
「冗談、またバカドラに逃げられちゃうじゃない」
「リタの目的はあくまでもそっちなんだね……」
「でも、私もユーリが心配です……何とかして入れないでしょうか」
「あれはどうよ?」
言ってレイヴンが指差したのは、外壁に貼り付けられたように設置してある鉄製の梯子だった。正門とは逆の位置にあり、地上から二階へと伸びている。
アルノルドもそれに気づかなかった訳ではない。だが、とエステリーゼの方を見る。
「あれはちょっとオススメ出来ないんですが……色んな意味で」
手を滑らせて落ちるだの、スカートの奴が多いだのということもそうだが、それ以上に、あそこから入れば明らかな不法侵入である。
それに、もし上ったところに兵が居れば乱闘は避けられない。自分だけならまだいいが……
「でも他にないんでしょ? さっさと行きましょ」
「あっ、こら待てリタ。……俺が先に上るから」
全く、お姫様が居るってことを忘れてるんじゃないだろうな。
危険な道ばかりを進む一行に肩を落としながら、アルノルドは梯子に足をかけた。
「俺の次はレイヴンさんでお願いしますよ。その後は出来ればカロル君、エステリーゼ様、リタの順で」
「どうしてです?」
「それが一番安全だからですよ」
その言葉に込められた様々な意味をリタとレイヴンは理解し、前者は何も言わずに賛同、後者はえー?と反対した。
「女の子が先に行った方が良くない?」
「いえ結構です、何なら貴方が一番最初になりますか?」
「それは遠慮しとくわ……」
結局、渋々了承したレイヴンと先に二階の様子を覗き見る。
やはり危惧した通り、そこには十数人の武装兵が居た。
「どうよ? 様子は」
「警備が居ます、倒せない数では無いと思いますが……」
「ま、こっちにゃ五人居るんだから、何とかなるでしょ」
「エステリーゼ様を頭数に入れないで頂けますか」
「何でよ? 嬢ちゃんだって戦えない訳じゃないでしょ。まあとにかく、早く上がって上がって、後ろ詰まってるから」
「ちょ、押さないで下さいよ!」
無理矢理押し出されたアルノルドが兵の前に転がり込む。
いきなり現れた侵入者に、兵は直ぐに反応することが出来なかった。
その期を逃すまいと、気を取り直して抜き身の剣を近くの兵に向けて薙ぎ払う。それにより兵もこちらを敵と見なして攻撃を開始した。
右から来た敵の剣を刃で受け止めて受け流し腕を斬りつける。そのままの流れで前から来た敵の刃を弾いて足を斬る。よろめく兵を蹴り飛ばして今度は左方から来た攻撃を伏せてかわし、足払いで転がした兵のみぞおちに拳をお見舞する。
斬り殺した方が楽なのに。前にダングレストでユーリに指摘されてから、彼はなるべくエステリーゼの前で殺生はせぬようにしていた。今もなるべく急所を避け、血も極力少なくて済むようにと気を配る。
だがそんな戦い方は慣れたものではなく、動きが平常時よりも随分悪くなる。背後を突かれたアルノルドはすれすれで攻撃をかわした。更に追撃してこようとした兵に矢が刺さる。
視線を辿ればレイヴンが新たに矢を番えていた。
「何でまたそんな戦いにくそうなことしてんのよ?」
「平和主義者のお姫様が一緒なもので」
「そりゃまた、大変だねぇ」
「うわっ! 二人とも大丈夫!?」
カロルも梯子を上りきり、槌を振って小さな体で奮闘する。だがこちらの数が増えるのに比例して敵の数も増えていく。
矢が刺さる、剣が舞う、槌と鎧が当たる鈍い音がする。
アルノルドが取り零した敵をカロルが叩き、避けられないと思った攻撃はレイヴンが防いでくれた。その助け合いはカロルとレイヴンの間でも行われている。
戦いの中で、アルノルドは妙な感覚がしていた。
いつもこうして誰かと戦うことはあっても、互いの足りない部分をカバーし合うような戦い方などしたことはなかった。いつも自分のことは全て自分でしていたし、他人のことにも気を回したりはしなかった。
まあ自分が周りに気を回すということは今もしていないが、周囲は違った。カロルやレイヴンは明らかに自分に気を回してくれている。
戦いやすかった。だがアルノルドはそう感じた自分を叱責した。
そして何より、少なからず自分が守られているということに、言い様のない気持ち悪さがした。