04.黄昏に光る少女の泪
「……やめてくれ」「? 何か言った?」
「だから……!」
「はい、これで最後!」
リタの魔術が炸裂し、敵が地上へと吹き飛ばされる。
それと同時にユーリが塔の内部から出てきた。エステリーゼがその姿を見て駆け寄り、怪我はないかと身体中を触りまくっている。
「お疲れさん。気分悪そうにしてたけど、どうしたのよ?」
「……いえ、何でもな……」
アルノルドは何でもないとまたはぐらかそうとして、つい最近目の前の男に「それはやめろ」と言われたことを思い出した。
「……ああいうのに慣れてないんです」
「何に?」
「だから……何か、俺を庇う、みたいな……」
「一緒に旅してれば助けてもらうこともあるでしょうよ。そんなに嫌なら今度から手出さないけど?」
「嫌って、いうか……」
「でも、1人で無理して死んでちゃ意味ないわよ」
こちらに背を向け、レイヴンもまたユーリに歩み寄る。
アルノルドはそれはその通りだと理解はしたが、これまでの人生がその考えを受け入れることを邪魔した。
幸いというか、まあ予想通りというか。ユーリは怪我1つしていなかった。
そして隣には見知らぬ女性。その存在は皆に、特にレイヴンに衝撃を与えた。
「だ、誰だ、そのクリティアッ娘は? どこの姫様だ?」
「おっさん、食いつきすぎ」
クリティアッ娘、もといクリティア族というのは、長い耳とその後ろから生える触覚を持つ少し珍しい種族だ。
彼女は名をジュディスというらしく、塔の中で捕まっていたらしい。
「そういえば、あの竜使いはどうしたんだ?」
「さあ、ここに着いた時に別れたからな」
「ボク、カロル!」
「エステリーゼって言います」
順に挨拶をする一行、アルノルドもそれに倣って名を名乗った。
レイヴンも張り切って自己紹介をしようとしたが、皆に茶々を入れられる。そのやり取りを見て、ジュディスは綺麗な顔で微笑した。
「ジュディス、あなたはここへ何しに来てたんですか?」
「私は魔動器を見に来たのよ」
「わざわざこんな所へ? どうして?」
「私は……」
「ふらふら研究の旅してたら、捕まったんだとさ」
ジュディスに代わってユーリが答える。
研究熱心らしいわ、とリタが他人事のように言った。
「水道魔動器の魔核は取り返せたんですか?」
「残念ながらな」
「じゃあ、この塔のどこかにあるのかなあ……」
探すのには骨がおれそうだなと高い塔を見上げると、視界に空の青と塔とは別に黒い点のようなものが見えた。それは次第に大きくなる。
……いや、落ちてきている?
「……敵襲か!?」
「うわあっ!」
信じられないことに、空から人が降ってきた。重力と体重のかかった攻撃を受けてアルノルドは流石によろける。
それらの兵は駆けつけてきたフレンが叩き伏せた。意外な人物の登場に皆口を開ける。
「大丈夫ですか!」
「フレン!? お前、何でここに」
「衝突はもう大丈夫なんです?」
「ドンが真相を伝えたので、みな落ち着きを取り戻しました。もう衝突の心配はありません。あとはバルボスだけだ。危険ですから、エステリーゼ様はユーリ達とここにいて下さい」
それで言うことを聞くような連中ではないと思うが。
案の定、エステリーゼ含めユーリ達は皆バルボスには因縁があるからと反発した。
「まあ、いつまた敵が出るとも知れないし、置いていくよりは一緒に行動した方が安全だと思うぞ」
「アルノルド隊長……。……分かった、なら一緒に行こう」
「話はまとまった? じゃ、行くわよ」
最初から突入を止める気などさらさらなかった、とでもいうように、さっさと歩き出すリタ。
皆それに続いたが、レイヴンはしばらくその場から動かず、じっと塔を眺めていた。
「……あれ?」
アルノルドがそれに気付いたのは、塔の中に入ってからだった。
きょろきょろと男の姿を探すが見当たらない。
「どうした?」
「一人減ってないか?」
「ああ、おっさんなら外でたそがれてたぞ」
たそがれ…って、こんな時にか。アルノルドはその自由奔放な振る舞いに呆れた。
まあ居ても居なくても、むしろ居ない方が自分は嬉しいから別に何処に消えようが構わないのだが。
しかし残念なことに、レイヴンはすぐに戻って来た。
「よっ、お待たせ」
「待ってません」
「……おっさん泣くわよ? 泣いちゃうわよ?」
顔に両手を被せてメソメソする相手に、アルノルドは釘を刺すようにもう一度忠告する。
「あまり怪しい行動はしないで貰えますか。多少なら気にしませんが、あまり目立つようなら……」
「はいはい、分かってますって。じゃあ青年の後ろに張り付いとけばいいのかね」
誰もそこまでは言ってない。
本当に自分の後ろをぴったりくっついてくるレイヴンを想像して、アルノルドは全身の毛が逆立てた。
何階にも渡る階段を上り、ついに頂上に出た一行は、目当ての人物とようやく対面した。
「性懲りもなくまた来たか」
「待たせて悪ぃな」
「もしかして、あの剣にはまってる魔核、水道魔動器の……!」
リタの視線はバルボスを飛行可能にした機械武器に向けられていた。持ち手のすぐ近くに煌々と光る青い球体が埋め込まれている。
「あれがユーリ君の探し物か?」
「ああ、間違いない……」
「バルボス、ここまでです。潔く縛に就きなさい!」
ビシッ相手に人差し指を向けて決めたエステリーゼを、バルボスが鼻で笑う。
「まだ終わりではない。十年の歳月を費やしたこの大楼閣ガスファロストがあれば、ワシの野望は潰えぬ! あの男と帝国を利用して作り上げたこの魔導器があればな!」
「あの男……?」
「帝国を利用して、ねぇ……。どうなってるんだか」
バルボスが剣から衝撃波を放つ。
皆はそれを避けて、一段低い足場へと着地した。
「下町の魔核をくだらねえことに使いやがって」
「くだらなくなくなどないわ。これでホワイトホースを消し、ワシがギルドの頂点に立つ! ギルドの後は帝国だ! この力さえあれば、世界はワシのものになるのだ!」
自らの力に酔いしれるバルボスの発言に、ホワイトホースを思い出してアルノルドは思う。あのおっさんを倒すのはまず無理だと。
だがバルボスとて弱い訳ではなかった。剣から連続で繰り出される衝撃波を避けるだけの防戦一方で、このままでは自由に身動きすら取れない。
「レイヴンさん、ここから矢であの剣壊せないんですか」
「無茶言わないでよ、この状況じゃ弓引くだけでも大変だっての」
言っている間にも状況は更に悪化、辺りが爆発に包み込まれる。
「どうした小僧ども、口先だけか?」
「ふん、まだまだ」
「お遊びはここまでだ! ダングレストごと消し飛ぶがいいわ!」
バルボスが武器を天へ向ける。青く光り出したそれにいよいよマズいと感じ立ちたが、この場に居る誰のものでもない声がそれを止めた。
「伏せろ」
静かな声だった。だがこの喧騒の中でそれはしっかりと聞こえる。
声の主は手に持つ剣を掲げた。
するとどういう訳か、バルボスの剣は何の前触れもなく大破する。
「なにっ!?」
「あれは……?」
その男は高みからこちらを見下ろしていた。ケーブ・モック大森林でエアルクレーネを沈静化させた銀髪の男だ。
「ヒマも興味もなかったんじゃないの?」
「は?」
「いやいや、こっちの話」
用は済んだとばかりに何も言わず去っていった男にレイヴンが呟く。
何か知っているのか? だが、今はそれを聞くより先に片付けることがある。
「形勢逆転だな」
「……賢しい知恵と魔導器で得る力など紛い物にすぎん……か。所詮最後に頼れるのは己の力のみだったな。さあ、お前ら剣を取れ!」
「あちゃ〜、力に酔ってた分、さっきまでの方が扱いやすかったのに」
「開き直ったバカほど扱いにくいものはないわね」
「まあ、あの厄介な剣を省けただけでも良しとしましょうよ」
「ホワイトホースに並ぶ兵、剛嵐のバルボスと呼ばれたワシの力と……ワシが作り上げた紅の絆傭兵団の力、とくと味わうがよい!!」
今居る場所から周囲にある塔へと歯車の足場が伸びる。それを渡って続々と傭兵部隊がやって来た。
「さて、ちゃっちゃとやっつけますかね」
「ジュディスさんは大丈夫ですか?」
「ええ、戦うのは割と好きなの」
ジュディスは自分の身長よりも高い槍を構え、地を蹴って敵の頭上へと躍り出た。そのまま槍を1振り、更にもう1振り。
重力を無視しているようなその動きで、敵を次々倒していく。
「……人は見かけによりませんね」
「……そうみたいね」
戦い方も美しいが、その威力は凄まじい。それに負けじと皆も敵へと突っ込む。
エステリーゼに近付く者を主体に、アルノルドは着実に敵の数を減らしていく。
途中また誰ともなく庇われたりもしたが、纏わりつく違和感や嫌悪感は無理矢理振り払って堪えた。