04.黄昏に光る少女の泪
「ごはっ!」ユーリの一撃がバルボスを切り裂く。
辺りには十数人の兵が静かに床に転がっていた。
「……もう部下もいない。器が知れたな、分を弁えないバカはあんたってことだ」
「ぐっ……ハハハっ。な、なるほど、どうやらその様だ」
「ではおとなしく……」
「こ、これ以上、無様をさらすつもりはない」
膝を着いていたバルボスはよろよろと立ち上がった。
逃げるつもりかとアルノルドは一瞬身構えたが、相手は静かにユーリを見据えるだけ。
「……ユーリ、とか言ったな? おまえは若い頃のドン・ホワイトホースに似ている……そっくりだ」
「オレがあんなじいさんになるってか、ぞっとしない話だな」
「ああ、貴様はいずれ世界に大きな敵を作る、あのドンのように。……そして世界に食い潰される。悔やみ、嘆き、絶望した貴様がやってくるのを、先に地獄で待つとしよう」
バルボスはゆっくりと身を後ろへと倒した。その先に足場は無い。
バルボスが不適な笑みを浮かべながら霧の立ち上る深淵へと落ちていくのを、一行はその姿が見えなくなるまで見続けていた。
「まったく、魔核が無事でよかったぜ」
塔から降りつつ、水色の球体を掌で弄んでいたユーリはやれやれといった調子で言った。
「水道魔導器の魔核って、そんなに小さいものだったんですね」
「さて、魔核も取り戻したし、これで一件落着だね」
「でも、バルボスを捕まえることができませんでした……」
目を伏せるエステリーゼに、皆がバルボスの最期の姿を思い出す。
その死に様は皆の心にもやもやとしたものを遺した。
「ええ……それだけが悔やまれます」
「……まあ、やれるだけの事はやっただろ」
「何言ってんの、あんな悪人死んで……」
ユーリが軽くリタの顔を小突く。リタはふぎゃ! と情けない声を出した。
「それにまだ一件落着には早いな」
「ああ、こいつがちゃんと動くかどうか確認しないと」
「魔導器の魔核はそんなに簡単に壊れないわよ」
「ふ〜ん、そうなんだ。知ってたレイヴン……?」
カロルは後ろに居るであろう男に話しかけたつもりだったが、相手は忽然と姿を消していた。
「あのおっさんは……本当に自分勝手ね」
「ダングレストに帰ったんだろ、会いたきゃ会えるさ」
会いたくない会いたくない。アルノルドはゆるゆると首を振った。だがまたその内ふらっと出てくるんじゃないかという気がしてならない。
まあそうだとしても、それはその時だ。今はもう忘れようとレイヴンを頭から消した。
「僕も一足先に戻る、部下に仕事を押しつけたままだから。ではエステリーゼ様、アルノルド隊長、ダングレストで」
「ええ、また」
「お疲れさん、道中気をつけてな」
敬礼し立ち去るフレンを見送って、自分達も帰るかと切り出す。
するとジュディスはここでお別れだと背を向けた。
「相棒のとこに戻るのか?」
「相棒? 誰です、それ」
「……ここからは別行動、お互いの行動に干渉はなしね」
エステリーゼの質問に答えることなく、ジュディスはにっこりと微笑んだ。
見るものを魅了する柔らかい笑みだが、それ以上の干渉を拒絶する妙な威圧感もある。
「そっか、じゃあな」
一行はジュディスに別れを告げて、ダングレストへの帰路を寄り道もせずに進んだ。
アルノルドが途中振り返った時には、聳え立つ塔の前にもうジュディスは居なかった。
歩き疲れた一行が街に着き、夕暮れに染まる石畳の道を歩く。
「あ、騎士団も戻ってきたよ」
度重なる事件に東奔西走していた騎士達は、今はラゴウを取り囲み、その身柄を拘束していた。
相手は未だに抵抗して何かを喚いているようだが、騎士達はそれに耳を傾けようとすらしていない。
「往生際悪いじいさん」
「まあ、もう言い逃れは出来ないだろうな」
「フレンは……?」
「ここからじゃ見えないな」
場所を変え、皆は野次馬に紛れて真ん中へとにじり寄る。
騎士の群れのすぐ近くにフレンは立っていた。彼は喚き立てるラゴウを冷ややかに見つめている。
「騎士団を信じてはいけません! 彼らはあなたたちを安心させた上で、この街を潰そうとしているのです!」
「我らは騎士団の名の下に、そのような不実なことをしないと誓います。――帝国とユニオンの間に友好協定が結ばれることになりました。今、ドン・ホワイトホースとヨーデル様の間で話し合いがもたれています」
「どうして……アレクセイめは今、別事で身動きが取れぬはず」
「確かに騎士団長はこちらの方に顔を出された後、すぐに帝都に戻られました」
「では……誰の指示で……」
フレンが珍しく、勝ち誇ったような笑みを湛えた。それでラゴウも、アルノルド達も合点がいく。
なるほど、フレンには決断力と行動力があるらしい。
ラゴウはついに観念して騎士団に連行されていった。
「これでカプワ・ノールの人々も、圧政から解放されますね」
「次はまともな執政官が来りゃいいんだがな」
「いい人が選ばれるように、お城に戻ったら掛け合ってみます」
「お城にって……エステル、帝都へ帰っちゃうの?」
「……はい、ラゴウが捕まって、もうお城の中も安全でしょうから。これ以上アルノルドに迷惑をかける訳にもいきませんし……」
カロルがこちらを見るが、その視線に応えることは出来なかった。自分としてはここまでエステリーゼの我が儘に付き合っただけでも褒めて貰いたい。
「ホントは帰りたくない」
「え?」
「って、顔してる」
「そんなこと、ないです……」
「こら、決意を揺るがすような事言ってくれるなよユーリ君」
これ以上振り回されてたまるか。
笑顔のまま言った言葉だったが、ユーリはこちらの本心を悟ったようだった。
「あんたの気持ちも分かるが、どうするか決める権利はエステルにだってある筈だろ。無理矢理連れて帰って城に閉じ込めるなんざ、監禁してんのと同じだぜ」
「……エステリーゼ様の身を案じての行為をそんな風に言われると傷付くな。何かあってからじゃ困るんだ。もしもの事があったらどうする、君が責任を取ってくれるのか?」
「ち、ちょっと2人とも……」
不穏な空気にカロルが慌てる。
エステリーゼもそれを感じ取り、二人の間に割って入った。
「私、帰ります。旅を続ければ、こうやって色んな人に迷惑がかかる……」
「エステル……」
「……そうかい。寂しくなるな、ラピード」
ユーリは大人しく座っていた愛犬に語りかける。ラピードは尻尾を一度振っただけだった。
「アルノルド、その……ユーリを悪く思わないで下さいね」
「大丈夫ですよ。ユーリ君は優しいですね。今日はもうお疲れでしょう、宿を取ってきます、彼らの分も」
気を悪くしたわけではないと行動で示すべく、アルノルドは1人宿へと向かった。
エステリーゼはそれで安心したが、アルノルドは宿に入った瞬間笑みを消し去る。
(……あの青年、ちょっと面倒だな)
別にユーリ個人を嫌いな訳ではない。が、仕事の上では邪魔だ。
良心的な人間だという点では良い青年なのだろうが、今の自分にとってその存在は迷惑でしかない。
これでまたエステリーゼが城に帰らないと言い出したらどうする気だとアルノルドは苛立ちを募らせた。
何でこんなに苛々するんだろう。ここ数日、煙草を吸っていないからだろうか。
後で買いにいこう。アルノルドは夜の予定を組み立てながら、五人分の部屋の空きはあるかと店主に尋ねた。