04.黄昏に光る少女の泪

夜。いつもの団服ではなく軽装に着替えたアルノルドは、闇に包まれる街を1人歩き回っていた。

昼のような騒がしさとは無縁の静けさの中、まだ明かりの灯っていた店に入る。だがお目当てのものは無く、次第に苛々はピークに近付いていった。

畜生、煙草の1つぐらい置いとけよ……!
そう愚痴っても煙草が手に入る訳でもないので、次の店へと移動する。
その道なりで宿の前を通り過ぎようとした時、宿の入り口に身を埋めている1つの影に気付いた。

(……あぁ、ユーリ君の飼ってる犬か)

身動ぎもせず大人しく休んでいるその犬、ラピードにアルノルドは近づいてみる。

別に犬が珍しい訳でもないが、ここまで従順で賢い犬はなかなか居ないと思う。普段特に気にはしないが、ユーリの言うことはよく聞いているし、指示がなくとも犯人を追ったり、戦闘になれば体格差のある魔物や兵を相手に素晴らしい活躍を見せている。

一体どんな躾を施せばこれほどまでに有能な犬になるのか。騎士団の軍用犬も皆こうであって欲しいものだ。

(……ん? これって……)

ふと、ラピードがくわえているものが目に留まった。

それは煙管だった。暗闇でよく見えないが、玩具にしては良く出来て……というか、本物のような気がする。

現在煙に飢えているアルノルドは、ラピードが起きぬようにそっと煙管を引き抜こうとした。
だが触れた瞬間、ラピードの耳がピクリと動き、尻尾が顔面に叩きつけられる。

「い゙っ! 〜〜〜ッ」

思わず出た声を手で押さえて、アルノルドは静かに痛みに悶えた。

尻尾といっても、ラピードのそれはもふもふと気持ちの良いものでは無い。戦闘時には武器として使っているのだから、その痛さは人間で言えば平手で顔面を思い切り叩かれたのと同じかそれ以上だった。

ラピードはふん、と鼻息を鳴らして、何事も無かったかのようにまた眠りについた。ニコチン切れのアルノルドは相手が犬だということも忘れて軽く殺意を覚えた。

「……あれっ、アルノルド?」

だが後ろからかかった声に、アルノルドは剣に手をかける前に正気に戻った。
振り向けばカロルが不思議そうにこちらを見ている。

「やっぱりアルノルドだ、服が違うから別の人かと思ったよ。何か雰囲気変わるね」

「カロル君、こんな時間にどうしたんだ?」

「あっそうだ! 大変なんだよ!」

カロルはどこで聞いてきたのか、ラゴウが評議会の立場を利用して罪を軽くしたらしいことを話した。

「少し地位が低くなるだけで済まされるみたい! ひどいことしてたのに!」

「腐っても評議会だな。……いや、評議会だから腐ってるのか」

「ねえ、アルノルドって騎士団の偉い人なんだよね? 何とか出来ないの?」

「そうは言ってもなぁ……俺にそこまでの発言力は無いから。評議会と渡り合えるとなると、騎士団長くらいだと思うよ」

「でも、ちゃんとした罰も受けないなんて、こんなの絶対おかしいよ!」

「カロル、何の騒ぎだ?」

また面倒事が増えたと眉間に皺を寄せていると、ユーリが宿から出てきた。静かな夜中に少年の声は大きすぎたらしい。

カロルはユーリにも同じように説明した。ユーリの顔が次第に険しくなる。

「面白くねえ冗談だな」

「冗談じゃなくて、ほんとなんだよ!」

「これが今の帝国のルールか。ったく、ホントに面白くねえ。おいあんた、こりゃどういう事だ?」

ユーリの怒りの矛先を向けられ、アルノルドは心外だと立ち上がった。

「あのなユーリ君、俺は騎士団長じゃないんだぞ。騎士団内の出来事を全て把握出来てるわけ無いだろう。まして今はエステリーゼ様の護衛中だ、ラゴウの件だって今カロル君に聞いて初めて知ったさ。悪いが俺にはどうにも出来ない事だ」

夕刻にも増して険悪になる2人に、カロルはそうだと思い立ったように走り出した。

「エステルに言えば、なんとかなるかもしれない!」

そう来たか。
止めるのも待たずカロルは宿に飛び込んで行った。確かにエステリーゼならばある程度掛け合えるかもしれないが……、その様を見たユーリが苦笑する。

「あんまお姫さまに迷惑かけんじゃねぇぞ、って聞いてねーな」

少しだけ和らいだ空気に、アルノルドも少し冷静になり息を吐いた。

「……ちょっと苛々しててな、キツい言い方して悪かったよ。だけど俺はユーリ君みたいに、正義感溢れる人間じゃなくてね。自分に与えられた仕事以上のことはしない主義なんだよ」

「……そうかい、そりゃ悪かったな。ならあんたに聞くのは止めるわ」

ユーリはカロルとは反対方向に向かって歩いて行った。予想だが、フレンにでも聞きに行ったのだろう。

アルノルドは腹にたまった苛立ちを尚も消化することも出来ず、再び煙草を求めて店へ向かった。






翌朝。あれからこれでもかと言わんばかりに煙草を吸い続けたアルノルドは、幾分腹の虫が治まり清々しい顔でエステリーゼの隣に立っていた。

「ここでお別れなんて、ちょっと残念だな」

「今度お城に遊びに来てください」

「ガキんちょほんとに行くわよ」

カロルとリタは見送りの為に宿から出てきていたが、ユーリは姿を見せなかった。
昨日あれからどうしたのだろうか、朝起きた時にはベッドで寝ていたが。

「……それじゃ、そろそろ行きましょうか」

「あ、はい。ラゴウの件は私からもお願いしてみます、正当な処罰を下せるように」

結局、カロルはエステリーゼにラゴウのことを話した様だ。
するとその言葉を聞いた評議会員の人間がエステリーゼを呼んだ。何かよほどのことなのか、周囲に聞こえぬ様距離を取って話す。

「じゃ、あたし行くから。あんた、しっかりエステルを送り届けなさいよ」

「分かってるよ。それじゃ、元気でな。」

リタはエステリーゼの横で一度立ち止まり、何かを告げる。するとエステリーゼは嬉しそうにリタの手をつかんでぶんぶんと振った。
どんなやり取りだったのか、リタは照れくさそうに視線をそらして走り去っていき、エステリーゼは評議会員から離れこちらに戻ってきた。

「カロルはこれからどうするんです?」

「ボクはギルドを、ユーリと一緒に作りたいな……」

「ああ、言ってたな」

「それ、いい考えだと思います」

評議会員が急かすようにエステリーゼを呼ぶ。別れを惜しみつつもエステリーゼはそれに従った。

「あ、ユーリ呼ばなくても……いいの?」

「ええ……まだ休んでるみたいですし」

「そう……」

「では、ここで……」

「うん、アルノルドも、また会えるといいね」

「……そうだな」

お互い、もう会えることはないかもしれないなと思っていた。
カロルはギルド、自分は騎士団、エステリーゼはお姫様だ。カロルと会う機会などそうそうないだろう。勿論、ユーリとも。

エステリーゼは暗い顔のまま、大人しく評議会員について行く。
これでようやく解放される、何度も思ったことを今また感じて、同時に今までそれが何度も妨害されたことを思い返していた。

最初はノール港で、次はヘリオードで。その度自分は浮かれては落ち、浮かれては落ちを繰り返していた。
だが思いの外時間がかかってしまった任務もこれで終わる。アルノルドは来るべき安息に思いを馳せていた。

「アルノルド隊長、エステリーゼ様、お疲れ様です」

「ああ、フレンか。……いつの間に昇格したんだ?」

橋に並ぶ馬車の1つの前で、見慣れた金髪が前までとは違う鎧を身に纏っているのを見て、アルノルドは驚いた。
それは自分と同じ、隊長各の人間が着るものだ。

「はっ、先日付けで隊長に就任いたしました」

「……そうか、昨日のあれでか」

ラゴウを捕まえた手柄はフレンのものだ、確かにあの働きぶりならその功績を称えられるのは当たり前とも言えるだろう。

「おめでとう、これで俺とお前は対等って訳だ」

「いえ、まだまだアルノルド隊長には及びません。いつか貴方のような立派な騎士になるまでは、僕は貴方の隣には並べません」

「……フレン、お前が言う立派な騎士≠チてのはどんな騎士だ?」

「国の為、そして何より苦しんでいる民のために、出来うる事を全力でやり遂げる、そんな心と強さを持った騎士です」

「俺はそれに敵ってるか?」

「勿論です」

考えもせず即答したフレンに、アルノルドは純粋な子供を相手にしている気になった。自分ではどれ1つ当てはまっている気はしない。

「そうか、まあフレンがそう思うならいいんだけどな」

その実力とやる気なら、俺なんてすぐ追い抜くさ。
アルノルドは言っても否定されるだけだからと口には出さなかったが、本当にそう思った。

「さて、いい加減行かないと評議会の人間が五月蝿い……エステリーゼ様?」

馬車のドアを開いて招き入れようとしたアルノルドは、エステリーゼが空に視線を向け固まっていたことにようやく気付いた。
同じように空を見ると、橙から紫へとグラデーションをつくる空を背景に、大きな鳥のようなものが飛び回っている。

それはただの鳥ではない。炎のような翼を纏った、巨大な魔物だった。
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