04.黄昏に光る少女の泪

「なんだあれは……!」

空気が一気に張りつめて、慌ただしく騎士や評議会員が動き出した。
魔物は空を旋回しながらこちらに近付いてくる。口からその巨体に見合うサイズの火の玉を打ち出しながら。

「ほらしっかりしろフレン!隊長の初仕事だろ」

「……っはい! 総員、戦闘準備!」

ウィチルとソディアを筆頭に、騎士が鳥に向かって武器を構える。火の玉が当たった箇所からは黒煙が立ち上っていた。

「エステリーゼ様、絶対に傍を離れないで下さいね」

「わ、わかりました」

エステリーゼもあれほどの魔物は見たことがないのか、顔を強ばらせている。魔物はあっという間に橋の上空までやって来た。

そこからが大変だった。攻撃はかなり一方的で、こちらが上空にいる敵に太刀打ち出来ないのに対し、敵は容赦なく火の玉を落としてきた。陣形は瞬く間に崩れ、統率の取れなくなった兵が次々に倒れていく。

「そこのお前ら、戦えないなら下がれ! 動ける奴は魔導師を援助しろ! 評議会員はさっさと退け、死にたいのか!」

「くそ……っ、ウィチル、頼む!」

「わかりました!」

小さな少年にならい、魔導師が杖を構えて術式を展開する。
だがその攻撃を受けても、魔物はまるで効いていないかのようにスイスイと空を泳ぎ続ける。傷つき倒れた兵を認めて、エステリーゼは駆け寄り治癒を始める。

「何をなさってるんですかエステリーゼ様! 離れないで下さいと言ったでしょう!」

「でも! この人たちを放っておくわけにはいきません!」

火の玉がエステリーゼの近くに落ちる。アルノルドはそれだけで心臓が止まるような思いをした。

橋はすっかり混乱に陥った。橋だけでなく、街の住民にまでそれが伝染している。
黒煙は更に数を増し、しかし攻撃は止む気配が無い。しかも、

(……何だ、狙われてる……!?)

周りに比べ、明らかに攻撃が自分とエステリーゼの周りに集中していた。
よりにもよってどうして。アルノルドは舌打ちした。

「魔物め、こっちに来い!」

「なぜ私たちを無視する」

魔物はアルノルドとエステリーゼの前に飛来した。ウィチルの攻撃にもソディアの声にもまるで反応せず、じっと二人を見ている。

アルノルドはエステリーゼを背に庇い、抜き身の剣を向けた。

「退ケ、間ノ者ヨ。我ガ狙イハ貴様デハ無イ」

「! 人の言葉を……!?」

「私が……狙われてるの?」

エステリーゼが前に出ようとするのをアルノルドは牽制する。
エステリーゼの言う通り狙いは恐らくエステリーゼだろうが、彼女に傷を付ける訳にはいかない。

「忌マワシキ、世界ノ毒ハ消ス」

「さっきから何を訳のわからない事を……!」

すると突然、今までの魔術とは比べ物にならない爆撃が魔物を襲った。
魔物は二人の傍を離れ、それを追うように爆撃が続く。

「ユーリ!」

「無事だな」

「ここにいちゃ危ないよ!」

「こら、何で君たちまで来てるんだ」

倒れる人の間をくぐり抜けやって来たユーリとカロルを諌めつつ、アルノルドは自らを助けてくれたものの正体を見る。

街の外にはいつの間にか巨大な要塞の姿があった。突き出した砲台から次々と攻撃が繰り出され、魔物はすばやい動きでそれを回避していく。

アルノルドはその要塞に見覚えがあった。ただし実物ではなく、小さな模型としてだったが。

「オレはこのまま街を出て、旅を続ける」

このタイミングで何の話だ。皆疑問に思ったがユーリは続けた。

「帝都に戻るってんなら、こいつと一緒にフレンのとこまで走れ。選ぶのはエステルだ」

この期に及んでまだその話しかこの野郎。
アルノルドは止めようとしたが、エステリーゼを見て言葉を無くした。

「私は……、私は旅を続けたいです!」

初めて自分の意思をハッキリと伝えたエステリーゼの目から、涙が流れた。

それは彼女が押し込めていた気持ちが表に出た証。

「そうこなくっちゃな」

ユーリは片目を閉じて、エステリーゼの手を掴んだ。アルノルドは反射的に、その反対の手を掴む。

直後、敵の攻撃が橋に直撃した。
エステリーゼに、正しくはユーリに引かれ、皆は崩れる橋から全速力で離れる。

「……ジュディス?」

途中、エステリーゼが橋の上にいつかのクリティア族を見つけてそちらへ向かう。
アルノルドは手を離さなかった為、そのままエステリーゼに振り回される。

「危ないことしないで!」

「お前がそれ言うな」

「心配ないわ、あなたたちは先に」

ジュディスの言葉も聞く耳持たないといった様子で、エステリーゼは強引にジュディスを連れ出した。
そのまま街を出ると、漸く魔物は飛び去っていく。

それを見ながら、アルノルドはぐったりと地面に手をついた。

「何だあんた、ついてきたのか?」

「あのなぁ……!!」

言ってやりたいことは沢山あった。だがもう気力がない。
二つに分断されてしまった橋の向こうでは、フレンが必死に叫んでいる。

「ごめんなさいフレン、わたしやっぱり帝都には戻れません。学ばなければならないことが、まだ沢山あります」

「それは帝都にお戻りになった上でも……」

「帝都には、ノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした。自分から歩み寄らなければ何も得られない……、それをこの旅で知りました。だから! 旅を続けます!」

「エステリーゼ様……」

ユーリはフレンに、バルボスから取り戻したばかりの魔核を投げ渡した。
河の向こうで、フレンはしっかりとそれをキャッチする。

「フレン、その魔核下町に届けといてくれ! 帝都にはしばらく戻れねえ、オレ、ギルド始めるわ。ハンクスじいさんや、下町の皆によろしくな」

「ユーリ……!」

カロルが表情を明るくするが、フレンは複雑そうだった。

「……ギルド、それが君の言っていた、君のやり方か」

「ああ、腹は決めた」

「それはかまわないが、エステリーゼ様は……」

「おい、あんたはどうすんだ?」

ユーリはへたりこむアルノルドに向く。エステリーゼも傍に屈んだ。

「アルノルド、アレクセイには私からちゃんと話します。これから先、旅を続けることは私の我が儘です。ですから、貴方はフレンと帝都へ戻って下さい。長い間、付き合わせてしまってごめんなさい」

深々と頭を下げる少女に、アルノルドはどうしていいかわからなくなった。

本当にここで帰っていいのか? 自分の任務はエステリーゼを無事に帝都へ連れ戻す事だ。自分だけ帰るということはつまり、任務を途中で投げ出すという事では無いのか。
アレクセイがそれで納得するだろうか。今自分が取るべき行動は何だ、アレクセイがこの場に居たら何と言う?

答えはすぐに出た。エステリーゼを、目の届かない場所に行かせてはならない。

アルノルドは立ち上がり、崩れた橋の淵に立つ。

「フレン、俺がエステリーゼ様について行くよ。団長閣下から受けた命令はまだ解けてない、エステリーゼ様は俺が責任を持ってお守りするよ」

「アルノルド隊長……」

「それなら問題無いだろ? その代わり、じゃないが、この騒ぎの収拾は悪いが任せる。もし団長閣下に会うことがあったら、俺の事言っといてくれ」

多分これでいいだろう。
フレンを視界から外して橋を下りると、エステリーゼが唖然としていた。

「あ、あの……」

「ご迷惑でしたか? ですがエステリーゼ様を一人で出歩かせるのは……」

「違うんです、迷惑なんかじゃありません。でも、本当にそれでいいんです……?」

「いいも何も、それが俺の役目ですから」

自分の意志なんて仕事には関係ない。アレクセイがそれを望むなら、それに従うだけだ。
だがユーリはその判断が意外だったようだ。

「帝都へ連れて帰るんじゃなかったのか?」

「勿論そのつもりだけど……まあ、エステリーゼ様があの調子だとね。団長閣下と連絡が取れない今、俺がすべき最善の行動はエステリーゼ様の傍を離れないことだと思うし」

「なんだ、エステルの涙に心変わりでもしたのかと思ったぜ。ま、しばらくは一緒に来るってことだな?」

全くあの別れは何だったのかと虚しくなりながら、アルノルドは何だかんだで付き合いの長くなってきている相手に頷いた。

「ならとっとと街を出ようぜ。ウダウダしてると他の騎士どもが追っかけにきちまうぞ。ほら、エステルも」

「あ、はい」

最後にエステリーゼがフレンに深々とお辞儀をして、皆で走って街を出る。
頭上に広がる光の輪、街を守る結界を抜けた時には、カロルは肩で息をしていた。

「はぁ、はぁ、街を出なきゃはわかるんだけど正直へとへと〜。てゆうか、なんでジュディスついてきてんの?」

「行きがかり上、そういうことになったみたい」

クリティア族の女性は、息ひとつ乱さずに変わらぬ笑みを浮かべていた。その表情は何処か楽しんでいるようにも見える。

「道連れが増えんのは構わねえけど、今はもうちょっとがんばって踏ん張ろうぜ」

「どこまで踏ん張ればいいのかしら」

「ここから近いのはヘリオードか。とりあえずそこまでかな」

「え〜ッ!」

ヘリオード。そういえばあそこには騎士団の本部があったな。

アルノルドはエステリーゼの身柄を引き渡すことを一瞬考えたが、どうせまた何かしら邪魔が入って上手くいかないんだろうなと早々に期待するのをやめた。

「もう少ししたら休憩します?」

「そ、それ賛成〜」

「へいへい、んじゃ行きますか」

もう歩けない〜と背にしがみついて来るカロルに、アルノルドは気持ちのこもらないエールを送りながら歩いた。
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