04.黄昏に光る少女の泪

街とは違い、人工的な明かりのない夜空にはハッキリと星が光る。

カロルが疲労でギブアップを訴え、一行はヘリオードへ向かう道の脇で休んでいた。
焚き火の爆ぜる音と虫の鳴き声だけが鼓膜を揺らしている。

アルノルドは皆から離れて、昨日買った煙草の残りに火を点けた。煙を深く肺まで吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

昼間、ユーリが言ったことは本気らしかった。彼は新しく立ち上げるギルドについて、カロルと話し合っている。

まだ名もないそのギルドのメンバーは、言い出しっぺのカロル、それに乗ったユーリとジュディスの3人だった。
首領は最年少のカロルになり、任命されたカロルはそんな大役に重みを感じながらも、とても張り切っている。

ひとりはギルドのために、ギルドはひとりのために。
それがカロルが掲げたギルドの掟だった。

(お互いに助け合う、ギルドのことを考えて行動する……か)

入る気は無いが、どちらにしろ自分は仲間にはなれそうにないと思った。

エステリーゼは焚き火の近くで岩壁に寄り添うようにして眠っている。燃え盛っている炎を見るのが嫌で、アルノルドはそれが見えない場所に腰を下ろした。

「寝ずの見張り番かしら? ご苦労様」

「……ジュディスさん、まだ寝ないんですか?」

夜の気候には合わなそうな露出の高い服のままの女性は、あなたもね、と言うと隣に座った。

「吸いすぎると体に毒だと思うのだけれど?」

「これ、一本目ですよ?」

「そう、なら他にも吸っている人が居るのかしら。あちこちに吸い殻が落ちていたのだけれど」

「……後で拾いますよ」

この暗いのによくぞまあ見つけたもんだ。
アルノルドは母親に叱られた子供のような気持ちで答える。

「そういえばジュディスさんは、どういう目的でカロル君のギルドに入ったんです?」

「そうね……気に入ったから、かしら」

「それだけで?」

「他の理由が無い訳ではないけれど、詳しくは秘密。……安心して、貴方の仕事を増やすような事はしないわ」

エステリーゼもこんな風だったなら、どれだけ楽だっただろうか。
アルノルドは自分の護衛対象がジュディスだったならと現実逃避気味なことを考えた。まぁまずジュディスならば、護衛など必要無いだろうが。

「それより、前から気になっていたのだけれど、貴方……」

突然ずい、と間隔を詰めて、顔を近付けるジュディスにアルノルドがたじろぐ。
彼女は無言のまま顔を見続けたかと思うと、そのまま何をするでもなく離れた。

「な、何です?」

「……何でもないわ。それじゃ、また明日」

去っていくジュディスに、アルノルドはただ疑問符を浮かべていた。

確かに、気になるな。
言いかけて止めるのは良くないと言っていたレイヴンの気持ちが、今なら少しだけわかる気がした。






「せっかくギルド立ち上げたんだし、何か仕事したいね」

夜が明けて、出立の準備を整えた皆は、道の中央で今後のことを話し合っていた。

「そう慌てるなって。……エステルはこれからどうするつもりなんだ?」

「私は、あの喋る魔物を探そうと思います。狙われたのが私なら、その理由を知りたいんです」

「なっ、エステリーゼ様!」

エステリーゼの発言にアルノルドが待ったをかける。どうしてわざわざ自ら危険を犯そうとするのか。

「それは流石にやめていただきたいんですが……」

「騎士としては大事なお姫様を危険にさらしたくない、か? でも理由がわからないと、おちおち昼寝も出来ないぜ」

「だからって……」

「大丈夫ですアルノルド。私、自分の身は自分で守りますから」

それが出来そうにないから俺が駆り出されてるんですけどね、とは言えず、アルノルドは代わりに渇いた笑いを零す。

「でも……見つかる? どこにいるかわからない化け物なんて……」

「化け物ではなくて、あの子はフェロー」

「知っているんです?」

「前に友達と旅をした時に見たの。友達が彼の名を知っていたわ」

「一緒に旅してたって人? その人、なんでそんなの知ってたの?」

ジュディスは何も答えなかった。
信頼されていないのか単に言いたくないのか、また出会ったばかりなのだから当然だが。

「見たってどこでですか?」

「デズエール大陸にあるコゴール砂漠で、よ」

「このトルビキア大陸の南西の大陸ですね」

「ただ見たってだけでほいほい行くようなとこじゃないぞ、砂漠は」

ユーリの言う通り、砂漠というのはその暑さだけが問題なのではない。長時間歩けば方向感覚すら失い、経験者が居なければ最悪そのまま行き倒れる可能性もある危険な土地だ。

エステリーゼは実物を見たことが無いのだろう。想像して目を輝かせているが、物見遊山で行くような場所ではない。

「もしかして、あのおとぎ話の……」

「おとぎ話?」

「お城で読んだことがあります。コゴール砂漠に住む、言葉を喋る魔物の物語を」

「でも、いくらでもあるじゃんそんな話。
ほら、海の中から語りかけてくる魔物の話とか」

「それはきっと逆ね。そのままそういうお話になったのよ、彼らのことが」

そんなまさか、フィクションに決まってる。
実際にそれらの魔物と会ったことのない者ならそう言っただろうが、ここに居る皆はそのフィクションじみた存在を先日見たばかりだ。

「とにかく、そんな場所にエステリーゼ様を行かせる訳には……」

「止めたって無駄だろ、1人でも行っちまいそうだ」

「そうね、その方がずっと危ないんじゃない?」

「あ、何ならボクらが引き受けようか? ギルドの初仕事だよ!」

自分以外は皆エステリーゼの味方のようだ。

ある程度信頼出来る面々が造り上げたものであろうと、皇帝候補の身柄をギルドに任せるなど出来る筈もなく、アルノルドは一応デズエール方面に向かうことを了承はした。

「ですがあまり危険な行動はなさらないで下さいね」

「わかっています。また、みんなで旅が出来る……」

「ん? 何だ、一緒に来るのか? そいつが居るなら俺たちは必要ねぇだろ」

「え? あの……」

ユーリに言われ、おろおろと慌てだすエステリーゼ。
全く、目的はフェローに会う事ではないのか。遠足なら俺の居ないところでやって欲しい。

「いいじゃん、ボクたちも一緒に行こうよ! 護衛の人数は多いに越したことないって」

「それはどーだか。俺らが付いていったところで、騎士様の足手まといになるだけかもしれないぞ」

「足手まといだなんて、そんな……! ユーリ達だってとっても強いです、何の問題もありません! アルノルド、構いませんよね!?」

「いや、あのですね……」

「あら、こんなに可愛らしい女性がここまで言っているのに、それを無下に扱うなんてこと……貴方はしないわよね?」

ユーリ達が充分に戦えることは知っている。別に足手まといだとも……まあ全く思わない訳ではないが、いちいちついてくるなと言う程では無い。

だが問題はそういう事ではなく、

「騎士団の人間とギルドの人間が共に行動しているとなると、周囲が煩いですよ」

「でも、帝国とユニオンは友好協定を結んだんだし、もう大丈夫なんじゃないの?」

「そう、そうです! 私たちが一緒に旅をして回ることで、その関係がより良いものになるかもしれませんし……」

何だその強引な理由付けは。
エステリーゼがただユーリ達との旅を続けたいだけなのだという事は誰の目にも明らかだと思うのだが、誰1人反対しないのは、皆も同じ気持ちだからだろうか。

「どうするの?」

「……断る理由がありませんから」

「なら……!」

「お好きになさって下さい」

まあ、エステリーゼの身の安全を確保出来るならそれでいいかと、アルノルドは細かいことを考えるのを止めた。
仕事さえ完遂出来るなら、他のことなどどうでも良い。

「おもりも大変ね」

「それ、エステリーゼ様の前では言わないで下さいね」

「よーし! じゃあ勇気凛々胸いっぱい団出発!」

「ちょ、それなんです?」

カロルが素晴らしいネーミングセンスを発揮させて付けたギルド名にエステリーゼが異議を唱える。

「それじゃだめです! 名乗りをあげるときに、ずばっと言いやすくしないと! ――凛々の明星、なんてどうです? 夜空にあって最も強い光を放つ星……」

「一番の星か、格好いいね!」

「凛々の明星……ね。気に入った、それにしようぜ」

「大決定! じゃあ早速トリム港に行って船を調達しよう! デズエール大陸まで船旅だ!」

へばっていた筈のカロルは手を振り上げて元気よく歩き出した。何だ、まだまだ元気なんじゃないかと皆も続く。

にしても、デズエール大陸、ね。アルノルドはどこまでも広がる空に、懐かしい景色を思い出していた。
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