05.花の下に戦士は集い

(……あーらら、寝ちゃったんかい)

数分後、ベリウスとの面会は新月の晩にしか出来ないため、次の新月の日に来てくれと面会を謝絶されたことを伝えにきたレイヴンは、靴も脱がず中途半端な姿勢で宿のベッドに突っ伏しているアルノルドを見て苦笑した。

状況を見るに眠るつもりではなかったのだろう、それだけ疲れが溜まっていたのか。
そういえばトリム港でもダングレストで見かけた時も、彼は夜遅くまで起きていたなと、アルノルドよりも遅くまで起きていたレイヴンは思った。

エステリーゼから目を離せないからだろう。一日ぐらいは休ませてあげてもいいですよねと、レイヴンは此所には居ない上司に心中で告げて、靴を脱がせてからアルノルドの全身をベッドに寝かせた。
これだけ動かしても起きないとは、かなり熟睡しているようだ。

「…………っ」

「ん?」

不意にアルノルドの口から小さく、寝息とは違う音が零れた。レイヴンは耳を澄ませてそれを拾う。

「……っだ、な……で、……ぉさ、か……さ……、……っ!」

どうやら寝言らしい。途切れ途切れに発せられる言葉や表情を見るに、あまり良い夢では無さそうだ。

きつく閉じられた瞳から一滴だけ雫が流れ落ちる。
それを指で拭って頭を撫でてやると、少しだけ表情が和らいだ。寝言は止んで、規則正しい寝息だけが聞こえる。

しばらく後に戻ってきたユーリ達に事情を話して、アルノルドを静かに休ませてあげようと、その晩は皆別の部屋で眠った。
レイヴンはアルノルドの代わりに、エステリーゼが眠るまで彼女を見張っていた。






「本当に、本っっ当に、申し訳ありませんでした……!!」

そして翌朝。
一番に目を覚ましたアルノルドは、床に頭をつける勢いで後に起きてきたエステリーゼに土下座していた。

エステリーゼからすれば謝られることではないと彼女は首を振ったのだが、アルノルドはなかなか頭を上げようとしない。

「もういいじゃねーか、エステルもいいって言ってんだし」

「そうだよ、疲れて眠っちゃうくらい誰にでもあるよ!」

ユーリやカロルにもそう言われ、漸く重い頭を上げる。
この任に就いてから先に眠ることなど一度もなかったのにと、アルノルドは昨晩の自分を責めた。エステリーゼに何事もなかったのが救いだ。

「そう言えば、ベリウスさんには会われたんですか?」

「それが……駄目だったんです」

「次の新月までは会えないんだって。だからそれまで、砂漠の情報とか色々聞いて回ろうよ!」

「これだけ人の集まる場所なら期待出来そうですね」

そういえば昨日はいつ眠ってしまったんだろう。起きたときにはちゃんとベッドの上に寝ていたが、靴を脱いだ記憶すら無い。

まあ無意識のうちにやっていたのかもしれないが……。外へと繰り出すカロル達の後に続きながらアルノルドは首を傾げ、それを見たレイヴンは笑いを堪えていた。

「おめぇが先に手を出したんだろうが!」

「はぁ? なに言ってんだ!」

「お、おふたりとも、や、やめてください。こんな街中では、み、皆さんにご迷惑が……」

街の真ん中では、何やら荒々しい怒鳴り声を上げながら男たちが殴りあっていた。
仲裁に入ろうとしている弱々しげな男は確か昨日カウフマンと話していた人物だ。名は確かラーギィだったか。

男たちがついに刃物まで取り出し、止めに入ったラーギィに切りかかろうとしたので、見かねたユーリが剣でそれを払った。
別の男がユーリに攻撃しようとすると、今度はそれをジュディスが槍で払う。

「私が悪いのなら後で謝るわ。あなたたちが悪いのだとは思うけれど」

「ちっ……」

「大丈夫です?」

「あ、こ、これはご、ご親切にどうも。あ、あなた方は、た、確か、カウフマンさんと一緒におられた……」

男たちは退散し、エステリーゼがラーギィに手を差しのべる。
その顔を見て誰だか思い出したらしいラーギィは一礼した。

「ギルド、凛々の明星だよ!」

「ちゃっかり宣伝してるし」

「ふふっ、いいじゃない」

こうして見ていると家族のようだ。カロル達を見てアルノルドは思う。
ジュディスさんが長女でエステリーゼ様が次女、リタは三女でカロル君も末っ子、なら長男がユーリ君で……

最後にレイヴンを見ると、視線がかち合った。

「なに、いい事でもあったの?」

「はい?」

「だって、珍しく笑ってるもんだから」

「え」

アルノルドは両手で顔を挟んでまさかと固まる。そこで自分が意味の無いことに思考を没頭させていたことに気づいて焦った。仮にも仕事中に何をやってるんだ。

「……すみません」

「え、なんで謝んの? その方がいーじゃない。それより何考えてたのか教えてよ」

「何でもありませんよ」

「またなんでもない=H」

また、と言われて、アルノルドは言葉を詰まらせた。
そういえばそんな事を度々言われていたな。でもこれは別に言わなくてもいいんじゃないか? それで納得しそうにはないが。

「……か」

「か?」

「家族みたいだなって思っただけです」

言い終わる前に背を向けて傍を離れる。
一間あってからレイヴンが笑いだしたので、アルノルドは真っ赤になってその体を蹴り飛ばした。






「じ、実は、戦士の殿堂をの、乗っ取ろうとしてる男を倒していただきたいんです」

レイヴンとアルノルドが不毛なやり取りをしていた間に、話はおかしな方向へと流れていた。
ラーギィにお願いしたいことがあると言われた一行は、とりあえず話くらいは聞いてやろうと闘技場前に集まる。

「乗っ取り……!? この街を!?」

「いきなり物騒な話ね、それ」

「でも、なんであんたがそれを止めようとしてんの? 別のギルドの事だし、放っとけばいいじゃない」

「戦士の殿堂には、と、闘技場遺跡の調査を、させてもらっていまして。も、もし別の人間が上に立って、こ、この街との縁が切れたら、始祖の隷長に申し訳ないです」

「始祖の隷長?」

思わぬ単語に顔をしかめ、口から出てしまった言葉に、皆が反応する。

「アルは知ってるの?」

「いや……えっと、まあ名前だけは聞いたことはある、かな。ラーギィさんの方が詳しいんじゃないですか?」

「こ、この街を作った古い一族で、我がギルドとこの街の渡りをつけてくれたと聞いています」

「ふーん、古い一族……、ね」

ユーリは本当にそれだけのものかとこちらを見たが、アルノルドには答えようがなかった。自分の知る始祖の隷長はそんな綺麗な存在ではないが、そういうものも居るのかもしれない。
カロルはクリティア族のことだと思ったようだが、ジュディスは首を傾げている。

「んで、どこの誰なのよ、その物騒なヤツって」

「と、闘技場のチャンピオンです」

「はあ? なにそれ?」

「や、奴は大会に参加し、正面から戦士の殿堂に挑んできたそうです。そ、そして、大会で勝ち続け、ベリウスに急接近しているのです。と、とても危険な奴です。ベリウスの近くからは、排除しなければ……」

「そりゃ、戦士の殿堂も追い出すに追い出せないわ」

早い話が自分たちに大会に出て、そのチャンピオンに勝ってほしいということらしい。
ユーリやジュディスなら無理な話ではなさそうだが……、リタはどうにも腑に落ちないらしい。

「まわりくどい……、そいつの目的って本当に闘技場の乗っ取りなわけ?」

「もも、もちろん。おお、男の背後には、海凶の爪がいるんです! 海凶の爪は、この闘技場を資金源にして、ギ、ギルド制圧を……!」

「……なんかどこかで聞いた覚えのありそうな話じゃないか?」

「ああ、キュモールの野郎あたりが考えてそうな……」

「まさか……」

「キュモールと海凶の爪は繋がってる。さて、藪をつついたら何が出るか……」

「どちらにせよ、海凶の爪が関わっているのなら止めないと! 帝国とギルドの関係が悪化するばかりです」

エステリーゼがそろそろ何か言い出しそうだなと考えていると、正にその通りになった。ジュディスがそれを静かに諌める。

「フェローはどうするの? こんなのじゃいつ会えることか」

「で、でも……」

「あなた、本当にやりたい事ってなんなの?」

「本当にやりたいこと……」

ジュディスの言葉にエステリーゼが考え込む。
ラーギィが難しいだろうかと聞くと、ジュディスは難しくはないと言った。エステリーゼが顔を上げる。

「やるんでしょう? 話を聞いてしまったし」

「う、うん。ギルドとしても放っておけない話、かもしれないし……」

厳しく諭していても、やはりジュディスもユーリやエステリーゼと同じタイプらしい。
まあここまでくればもう寄り道や用事が1つ2つ増えたところで変わりはないかと、アルノルドもそれに従う。

誰が出るのかという話になり、まずエステリーゼ、リタ、レイヴン、アルノルドは除外された。
カロルが言うには、これは遺構の門に対して凛々の明星が受ける話だから、らしい。

となると候補はジュディスとユーリになるわけだが、ユーリはジュディスとどこかでぶつかるのは勘弁だと1人で出ることにした。

彼ならば心配は要らないだろう。怪我には気をつけてと告げて、アルノルドたちは観客席へ、ユーリは受付へと移動した。
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